幕間6.家族の定義
※テオドール視点
オレが家族と聞いて思い浮かべるのはいつも決まっている。父さん、母さん、それとあまり会えないけどフィーネばあちゃん。この三人が、オレの家族だ。血縁上、母さんの両親も含むべきなのかもしれないけど、オレが生まれる前に亡くなっていたから、家族と言われても顔も知らない人を思い浮かべる器用さはオレにはない。
たった三人。だけど、多いとか少ないとか考えたりはしないし、こんな家族構成なヤツ等はたくさんいる。生まれて物心ついた時には三人だったから、特に気にしたことはなかった。だから、今更実はじいさんがいるって言われても正直どう反応していいのかわからない。しかも、そのじいさんがオレを王都に閉じ込めようとしていたから、更に困る。
今更、どんな顔してその人と会えばいいのか、なんて。
「テオ、もしかして緊張してる?」
さらりと綺麗な銀の髪が視界に入り込み揺れる。覗き込んできた瞳は、今は厚い雲で隠れている空色をしていて、その澄んだ色に思わず目を細める。考えていたことを一瞬忘れて見入っていたことを悟らせないように曖昧に笑って見せた。
「無理もない。今日は要人となる大臣らが勢揃いしているしな」
前を歩いていたジルが溜め息交じりに頷くけど、残念なことにそれは全く関係ない。というか、そんなこと今の今まで忘れてた。そうだオレ、これから会議に参加するんだっけ。
顔も名前も知らないおっさん達に会うことに緊張なんてしねーけど、中途半端に関係している人と今更会って話をすることに緊張している、なんて、これはこれでダサくて言えねーな。どう答えるべきか悩んでいれば、ティナはしばらく考えるような仕種をして、体勢を戻した。
「別に、家族かどうかなんて気にしなくていいと思うよ。少なくとも今は」
そっと体を寄せてきて、オレにしか聞こえない声で囁いてきたのはそんな言葉。結局バレてやがる。ちょっと言い淀んだだけでどうしてわかるんだよ。頭を抱えたい気持ちになるが、グッと堪えた。
「だって、じいさんなんだろ?」
気にしなくていいって言われても、実際血が繋がっていたからあんなことされたんだ。それなら、関係ないって態度を貫くにも限度がある気がする。特にこれからする会議では、証拠はないけど血が繋がってますって宣言するわけだし、オレ自身そういう自覚というか、理解というか、必要な気がするんだが。
「テオはさ、フィーネさんと血が繋がってたことに関しては何て思ったの?」
「え? いや、別に。どうも思わねーけど」
そうだっけ。そもそもあの人とばあちゃんの間に生まれたのが、オレの父さんなんだっけ。ずっと血が繋がっていないばあちゃんだと思ってたのに、実際は血が繋がってたのか。
「それなら、閣下のことも同じくらいのノリでいいんだよ」
「えー? そっかぁ?」
そう言われてもどうしてか納得しきれない。首を傾げるオレにティナは少し悩む素振りを見せて、一緒に考えてくれる。
「じゃあ、逆に考えてみたら?」
「逆?」
「もし、ロッテさんとセドリックさんがテオとは血が繋がっていない、って言われたら?」
あー、逆ってそういう……。もし、そうなら感謝はするけどな。人一人育てるにはかなり金が必要だし、労力だってかかる。自分達の子供じゃないのにここまで育ててくれたなんて、感謝しかない。だけど、血が繋がっていないからって二人を家族じゃない、なんて思うことは絶対ない。というか、そういうことに関してはこれも、どうでもいいことだな。
「あぁ、なるほど」
そうだ、どうでもいいんだ。血が繋がっていようとなかろうと、オレの中の家族は今もあの三人だけだ。それは変わりようがない。だから、いきなり血が繋がっているじいさんが出てきたって言われても、オレはそれを受け入れられない。悩んだところで、その事実はきっとかわらないんだ。
「強要されたところで、本当にそう思える人なんてほとんどいないよ。友人とか仲間とか、そういうものならまだしも、家族なんて簡単じゃないでしょう?」
「ああ、そうだな」
「とは言っても、テオみたいに血の繋がりをどうでもいいと思える人は稀だと思うけどね」
そう言ってティナは優しく笑った。まあ、オレのこの思考が楽観的というか、単純なのは自分でもわかってるけど、ティナだって同じようなもんだろ。今からその重鎮達と顔を合わせるっていうのに、緊張してるようには見えねーし。
「まあ、何を言われてもしっくりこないのは確かだけど、オレがその人のことをじいさんだって認知しないのは、よくねーんじゃねーの?」
「公の場で認める発言ができればそれでいいんだよ。世間的にはそう見られても、本人の心情では違う。そんなこと、きっと世の中にはいっぱいあるだろうし。閣下も、テオのことを純粋に孫として扱いきれてないだろうしね」
どういう意味だろうか。ティナはたまに小難しいこと言うから困るんだよ。眉間に皺を寄せて首を傾げていれば、ティナは答えることはなくただ小さく笑っていた。
「改めて、ゼオン・ザロフだ。話をする前に、まずは謝罪させてくれないか。すまなかった」
控室として案内された応接間にその人は一人で待っていた。黒い髪に真っ青な瞳をしたその人は、よく見れば皺が刻まれ、かなり老け込んでいた。前会ったときはその色だけに既視感を覚えていたけど、今はその草臥れ具合が気になった。
「君を、護りたかった思いは本当だ。しかし、そのやり方を間違えたことは理解している」
「そうだな。勝手に勇者から降ろされて、犯罪者候補にされて、何もしてねーのに王都に拘束されそうになって、流石にすげー腹が立った」
しおらしくなっているのは調子狂うけど、思ったことは正直に言うつもりだったオレは遠慮なく口にする。それに、堪える様子も哀しむ様子もなく、ただ粛々と受け止めている男をじっと見つめる。
「オレは、あんたがじいさんと言われても受け止められない」
「ああ、そうだろうな」
「――だぁって、そうだろ! あんたオレのじいさんらしいこと何もしてねーじゃん! 甘やかしてくれたわけでも、何か教えてくれたわけでもない。やったと言えば、理不尽にも権力振りかざして押さえつけようとしただけ。それでどうやって身内だと思えばいいんだよ!」
厳しくても戦う術や知識を教えてくれたばあちゃんとは似ても似つかない方法で護ろうとしたと言われても、そのやり方に納得なんてできない。ジルは立場から理解しているような雰囲気出すけど、正直オレはただの平民として生きたんだ。いくら血に王族のものが混じってると言われようとも、高位の人の立場が理解できるわけじゃない。
王族なんだから貴族が楯突くわけがない、なんていうのは楽観的思考なのは流石にわかった。頂点に立つ王でさえ、貴族を抑えるのは大変なことで、簡単じゃないのだろうと。だから、あんな回りくどい方法で、憎まれてもいいとまでに不器用なやり方をした。そうわかっても、そっかありがとうなんてなるわけねーじゃん!
当然とばかりのオレの主張を聞いたその人は呆けた顔で見つめてきた。何を驚くことがあるんだろう。オレ、当然のことしか言ってなくねえ? そう思って周囲を見たけど、ジルも同じようにオレを見てた。だけど、リリアは真剣な顔で頷いているし、ティナに関しては口を押さえてどう見ても笑いを堪えている。
よくわかんねーけど、会議までそんな時間はねーし、話しを続けるか。
「だから、あんたがオレに認めてほしいって思ってんなら、今後はちゃんと家族の付き合い方っていうのを学べよな」
「え、あ、はあ」
「あんたが王族であろうと公爵であろうと宰相であろうと、大切な人だと思う人にどう接すればいいかくらいは少しはわかるだろ。だって、ジルや今の陛下も、あんたの大切な〝家族〟なんだから!」
息子や孫がいなかったからって、全く付き合い方がわからないだなんて言わせない。そもそも、ここにオレ達が改めて来て、関係の修復を試みることができるのは、この人の甥であるジルが間に入ってくれたからだ。その存在をまだ忘れた振りをするなら、それこそこの人を見限るところだ。そう思って睨みつければ、目の前にいる男はしばらく茫然とした後に、目元に皺を寄せて泣きそうな顔をした……ように見えた。
「ああ、その通りだな。すまない」
「もういいよ、謝罪は。あんたの行動が、あんたの立場の難しさによって起こった過ちなのはわかったし、今回のことはジルが挽回策を立ててくれた。だから、オレはもう怒ってねぇ。むしろ、オレ以外にも謝んないといけねーヤツがいるだろ? 後はそいつらにもちゃんと謝れよ」
ジルが尊敬するような人が、皆が褒めるような先代陛下が、あんなにも一方的なことをしたのはきっとそれだけ必死だったからなんだろう。でも、だからってオレを護るために、オレだけじゃなくティナやジルも蔑ろにするような方法を選んだことはやっぱり許せない。だから、謝罪をするのはオレだけじゃないはずだ。オレの言いたいことを理解したのか、またくしゃりと顔を歪めて、笑った。
「ああ、そうだな。そうしよう」
ぎこちなく、不器用に笑うその姿に、オレは小さく息をつく。
父親に愛されなかったとしても、護るべき弟がいて、可愛い甥や姪ができたはずなのに暴走するなんて、どうかしている。だけど、きっとそれほどこの人にとってばあちゃんは大切な存在だったんだろうな。今後、誰とも一緒にならないと、本来なら許されない立場でありながらも貫いてしまうくらいに。その気持ちだけは、オレだってわかるから。
ああ、そうか。オレを孫として見切れていないというのは、そういうことなんだろうか。今回暴走したのは、純粋に孫のためじゃない、愛する人のためなんだ。
そりゃあ、暴走もするかもしれない。だって、誰にもばあちゃんのことを相談していないんだ。肉親である陛下にも、他の誰にも。何だか、こんな不安定な人が置いてかれたんだと思うと、少し憐れに思えてくる。じいさんへの恨みはどんどん萎んで、代わりにばあちゃんに対する不信感が募りそうだ。身内だけに申し訳なくなってくる。
まあ、だから、仕方ない。きっとこれも孫であるオレの仕事だ。
まだ、この人がじいさんだって、家族だっていう意識は薄いけど、少しずつ話をして、理解していけばいい。そうしていくうちに、家族との付き合い方ってやつを少しずつ教えてやることが。
きっと、それが孫としてこの人にしてやれる最大のじじ孝行だろうから――。
年始あたりに幕間~とか言っていて全然できてなくてすみません!
繁忙期を舐めていました……、結局全く書けてませんのでしばらく不定期更新で幕間を上げていきます…!
一応時系列順にいくつか幕間を更新します。全て主役以外の視点で書けたらなと思いますので、しばらくお付き合いください。更新する際は月曜の夜八時に掲載されるようにしますので、たまに覗いてくださると幸いです。




