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終章

 もしかしたら、という気持ちはあった。閣下の行動に失望して、他人に対する興味が一気に消え失せた感覚に襲われていた私だけど、それでも落ち着いたら王子やリリーのことを心配する自分の心があった。だから、今まで作り上げていた自分の感情は完全に消え失せていないのだとわかって、同時に王子やリリーが閣下をどうにか説得してくれるかもという希望を持っていた。

 誰かを心配したり、誰かを頼ったり、誰かを信じたり。そんな感情、前世では持っていなかった。だから、テオやロッテさん以外にはそんな気持ちも抱かなくなったと思っていたから、密かに安堵していた。まだ自分は〝ヒト〟なのだと。

 だから、少しだけのんびりして二人を待ってみようと思った。平民である私やテオにはもうどうにもならない事態だし、閣下の提案通りになったとしても、その対策は一日や二日で解決できる問題でもなかったからだ。

 だけど、それでもこれは想定外だ。


「まさか、昨日の今日で来るなんて」


「オレも早くてびっくりした。そういえば、二人共オレの家に連れてきたことなかったな。狭いけど上がってくれよ」


 数日は話し合いなり何なりと続くだろうと思っていたのに、一日で姿を現した王子とリリーに私もテオも苦笑した。


「あの場でお開きなんてできるような内容じゃなかったからな。それに、僕の提案に伯父上もあっさり受け入れてくださったし。その後父上とも話をして了承を頂いたから。それなら、日を置く必要はないだろう?」


 王子の言葉は尤もだ。それに、あの後すぐに私達のために話し合ってくれたのだと知れて、嬉しくなった。気持ちの整理もつけたいからということで今日も店を休みにしていたロッテさんも交えて今後について話をすることになった。店舗にあるテーブルに全員で向かい合ってつく。


「飲食店だから忙しいだろうと思って朝早く来たんだけど、逆に迷惑をかけたかな?」


「いや、遅い時間になったらそれはそれでずっと今後について無意味に考えていたかも知んねーから、助かる」


「その言いようだと、ようやくテオが考えているほど簡単なことじゃないって気付いたのか?」


 揶揄うように笑って問いかけてくる王子にテオは苦い顔で返した。そのやり取りは気さくな友人同士だ。微笑ましいやり取りだなと思いつつも、隣を見ればロッテさんはやはり顔を青くしていた。


「友達って言っても、相手は王子なのに、ああでも、テオも王族なんだっけ? というより、セドリックと王子殿下は従兄弟? 従兄弟ってなんだっけ?」


 何故か私が真ん中に座っているのでロッテさんの小声での戸惑いは全て筒抜けだ。ちなみに王子も気付いていてどう声をかけるべきか決めかねているように思える。学校だと身分の差はあまり気にせずに必要ならば普通に会話をするから、これほどまでにあたふたしている人間の対応をする機会がないんだろうな。


「ロッテ夫人、あまり緊張しないでください。血筋で考えるならそれこそ、セドリック殿の妻である貴女は親族になるのですし」


「いえ、それは、流石に……というか、未だにその事実を飲み込み切れず……」


「まあ、そうですよね。過去には結構あった話ですけど、先代と今代の陛下はどちらも一途な性格だから、そんなことはないだろうと僕も油断していました。あまりにも予想外な出来事で、ティーナ嬢からお聞きした時は耳を疑ったくらいです」


「そ、そうですよね! ほら、テオ! これが普通の反応なのよ! あんたみたいに血筋なんて別に何だっていいなんてことにならないんだから!」


 仲間を得たとばかりに声を張り上げるロッテさんにテオはうるさいなぁとおざなりに躱す。どうでもいいんだけど、やっぱり私が真ん中なのおかしくない?


「ジルシエーラ様、本題に入ってもらっていいですか?」


 話が進まなそうなので無理やりそう口にすればすぐに王子は真剣な顔に戻り背筋を伸ばした。そして、彼が考えた今後について順序立てて説明してくれた。

 時間としては三十分近く話し続けていただろう。閣下がテオを孫だと思った理由やそれでも孫だと認めなかった理由。それも含めて全て話してくれた。そして、それを踏まえた上で、今後どのように対応して、テオを勇者にするか。


「と、いうわけで、テオには明後日再度開かれる会議に出席してもらってその場で王位継承権を放棄してもらいたいんだが」


「おう、いいぜ。つまり今まで通りだろ?」


「はは、まあその通りだ。でも、いくら王位継承権を放棄して、城にも伯父上の邸にも通わないと言っても、君の血はやはり王族の血だ。周囲の視線は変わるし、君の子供もまた少なからず影響が出るだろう。それは理解していてくれ」


 それはまあ、確かに。王侯貴族の社会とかあまり知らないけど、よくあるファンタジーな話で、王子が廃嫡になった場合、子孫が残せないように種無しにしたり、去勢したりとかそんな話を見たことある気がする。たとえ王族から出されたとしても、血筋的には王族と変わらないもの。血筋を重視する身分制度では仕方ないことだろうな。だから、本来なら王位継承権を放棄したとしてもテオに何の爵位も与えないのはよくないんだろう。

 だけど。


「テオに子供が生まれる時には、テオ自身にきっと爵位あるから今は保留ってことだよね?」


「流石ティーナ。よくわかってるな」


「はあ? 何でオレに爵位あるんだよ! オレは別に貴族と結婚したりしねーぞ!」


 まだまだ見通しの甘いテオに、私は苦笑を漏らす。そんな言葉、勇者になると決めた時点で言っても無駄なのに。


「テオだけじゃないわよ。私とリリーにもそれなりの権力が与えられるでしょうね」


「二人は聖女になった時点でそうじゃねーの?」


「聖女として動くときの特権と、その後渡される権力は別物だよテオ。そもそも聖女が特別視されるのは、魔王に対抗できる唯一の存在だから。魔王を討伐した後はそれほど必要とされるものじゃないもの」


 もちろん、力は残るだろうから浄化の力による瘴気の浄化及び水属性の治療魔法よりも強力な治療能力があるのは確かだ。だけど、それを必要とする者も、それほど多くないだろうし、聖女という箔がついた存在に治療を頼むとなればそれなりの代償も必要になる。

 結局聖女というだけで格が上がってしまい、中途半端な存在にするくらいなら、権力を与えた方が国のためになると考えるはずだ。


「王族ではないけど、王族に似たような存在になるでしょうね。平和の象徴のような存在だから」


「そうだな。平民で聖女が出たのは今回が初めてだからまだ確定ではないが、おそらくは伯爵位相当の権力を与えると思う。勇者であるテオもそれに準ずる爵位を与えられるだろうね」


 この国では一応女性でも爵位を得ることはできる。だけど、領主や高位貴族の爵位に関しては特例でもない限り難しい。逆に男爵位等は個々の能力を認められたが故に与えられることが多いので女性でも持っている人はそれなりにいる。

 だけど、聖女ともなれば国だけでなく世界を救う存在だ。いくら元が平民でも男爵や子爵程度の報奨で済むはずもない。だけど、伯爵位という高い地位をそのまま与えるのも問題になるので、ここでは伯爵位に近い権力と曖昧な言い回しをしているのだろう。


(どっちにしても私が聖女っていうことについてはちょっと認めたくないんだけどな)


 水晶が反応しちゃったから認めるしかなかったけど、私が聖女って言われても納得できない。基本的に身内以外に関心を持っていないのに慈愛の心を持たないと使えない力って発動条件が厳しいと思う。それを厳しいと思わないリリーこそが正統な聖女だろうし、私は何かの間違いだと思いたい。きっと、前世の記憶が残っているが故のチート的な処置だろう。多分、きっと、そう。

 とはいえ、それでも聖女になってしまったのは変わらないし、もう諦めるしかないんだけど。


「だけど貴族って何かいろいろやんなきゃいけねーことあるだろ? オレ、頭使うようなことできねーんだけど」


「貴族と言ってもいろんな形がある。テオの場合は名誉爵位みたいな形になるだろうからそれほど身構えなくても大丈夫さ。まあ、どっちにしても旅が終わったらまた話し合おう。すぐに爵位を押し付けて無責任に放置、なんてしないから」


「まあ、ジルがそう言うなら信じるけど……」


 商人や騎士や文官などで国に何らかの形で貢献した人物に贈られる爵位というものが存在する。そう言ったものは、形だけの爵位で、貴族としての義務も最小限だ。それに近い形になるのだと王子に説明されてテオはホッとしていた。それでも爵位自体いらないテオはグチグチと文句を並べていたけど、私は無視して視線を横にズラした。

 実は王子がここに来てからずっと気になっていることがある。


(すっごく顔赤いんだけど……)


 一緒に来ていたリリーの様子が明らかにおかしい。来た時からずっと顔は赤いし、口も開かない。俯いたまま視線をウロウロさせていて、正直不審者でしかない。もしかして体調が悪いのかもと思ったけど、そんな状態のリリーを王子が引っ張り出してくるとは思えない。それにもう一つ気になることが……。


(少し、距離が近い気がするんだよね)


 向かいの席には三つ椅子が並んでいる。その端に座っているリリーと、真ん中に腰かけている王子。それはまあいいんだけど、空席との距離と比べて、若干王子はリリー寄りに座っているように思えた。些細なことなのかもしれないけど、今までなら適切な距離を保っていた王子にしては珍しいように思えた。


「大丈夫、リリー。もしかしてジルシエーラ様に何かされた?」


「はひ!? いえ、何も、まだ! そんな、えっと、されて……ません!」


「え、すっごい怪しいんだけど。本当に何もされてない? セクハラされたならちゃんと言うんだよ? 相手が王子でもどうにかするから」


「ティーナ、本人が目の前にいるのにそういうことを言うのはやめてくれないか? 少し傷付くんだが……」


 王子には悪いけど、でも絶対に無いだろうと思って言った言葉にあまりにも慌てるから疑っても仕方ないと思うんだよね。


「心配しなくてもまだ手も握っていない清い関係だ」


「……まだ?」


「……んん、実は昨日、リリーと僕は婚約したんだ」






(ん?)






「え?」






「「「ええーーーーーー!!!???」」」






 あまりにも予想外な展開に私はもちろん、テオやロッテさんも一緒に今日一番の驚きの声を上げた。店の中に反響する叫びに、二人は特に反応することもなくお互いに視線を合わせる。その後すぐにまた視線を逸らしたリリーは、結局一言も喋ることなく、赤い顔のまま過ごしたのだった。

 まあ、ただ王子を意識しての行動なら大丈夫、なのかな? どうしてあの展開で二人が婚約することになるのかは不明だけど、無理やりなわけじゃないならいっか。






 すっかり雲が覆われて暗くなった空は、いつ見ても気分が下がる。魔王を倒さない限り、前のような青空が見られる日はないんだろう。

 そっと視線を落とせば下には雲ではなくて人で溢れていた。


 今日は春の月(4)の一日。初代聖女が魔王を討伐し、この世界の青空を取り戻した記念の日だ。そして、私達がそれぞれ旅立つ日になる。


「ひぇ、人がたくさんいますぅ……」


「大丈夫だリリー。見送ってくれるだけだよ」


「は、はひ」


「まーだぎこちないわね。ていうか、そろそろ王子と視線くらい合わせなさいよ」


「まだマシになった方だろ。少し前まで顔を赤くしたまま硬直してたじゃないか」


「それもそうね」


「うわぁ、ここの広場ってこんなに人が集まれるんだね。ほとんどの人が押し寄せてるんじゃない?」


「……馬車は通る道、ちゃんとできてるのか?」


「大丈夫だろ。その辺はちゃんとどうにかするってジルも言ってたし」


「ええ、そこは騎士団達を信頼してほしいですね。馬車が通る道はきちんと確保してますよ」


「今日は第三から第五騎士団総出らしいしな。第二と第一も王宮内の警備以外はここにいるだろうし……。にしても大袈裟すぎる。騒々しい」


 私とテオ、リリーと王子は効率的に旅をするために二手に分かれることになった。もちろん二人だけの旅ではなく、同行することになったのは、聖女がいなかった別のバディだ。

 マリーとロイド先輩は私達に。エルダとエリクはリリー達についていくことになった。

 更に王宮からはセイリム様が私達に、ルドルフがリリー達につく。他にも何人かつける計画は立っていたけど、面識のない人が増えるとそれだけ足並みを揃えるのは大変になるし、戦争と違って数があればいいわけではないので丁重にお断りした。まあ、後は旅をしながら臨機応変に対応していけばいい。その為のセイリム様(権力)だし。


「ここを離れてしまうんですね」


 王子から少し距離を取って冷静さを取り戻したリリーは私にしか聞こえない声でポツリと呟く。


「不安?」


「少しだけ。私やティーナさんが離れている間に、前みたいに襲われたらと思うと……」


 自分よりも王都の方を心配しているリリーに相変わらずだと苦笑する。彼女は自分が傷つくことよりも家族が傷つく方がずっと怖いのだろう。だからこそ、彼女は聖女になり得た。

 ここは王都だ。他の街や村に比べれば騎士の数も桁違いだし、結界魔道具も備わっている。だけど、結界魔道具は規模が大きい分起動するのに時間がかかる。地上から走ってくる魔物に関してはどうにかなるが、前回のように飛んで来られたら対処に時間がかかるだろう。


「ね、じゃあ最後に聖歌でも歌っちゃう?」


「え……?」


「だって、私達の聖歌は、浄化の力を乗せることができるでしょう? 直接の影響はなくても、もしかしたら聖女の加護みたいなのがあるかもしれないし、やって損はないと思うの。私も、ここにはロッテさんも教会の子もメイリーも残していくから、心配だし。これだけの人が見送りに来てくれているなら、聖歌くらい贈ってもいいんじゃない?」


 催しの一つとして軽い気持ちで提案すれば、リリーは迷ったように視線を彷徨わせる。だけどすぐに肩を揺らして笑った。


「そうですね。一緒にやってくれますか?」


「もちろん。むしろリリーと一緒にやれないなら私もそんな度胸ないし」


「同感です!」


 注目されることは得意じゃない。だから、聖女なんて目立つ立場はいらなかった。だけど、リリーと一緒だから、やってもいいって思った。リリーもきっとそうだ。自分だけじゃない。私もいてよかったと思ってくれてる。だから、差し出した私の手を、躊躇いもなく掴んでくれた。

 あの時のように、お互いの両手をお互いに握る。今日は水晶がないけど、もう力の使い方はわかっている。すぅっと息を吸う。合図もなく、自然と声が重なった。どれを歌うかも相談していないのに、あの日あの時と同じ歌を、あの日以上に強く響く声でメロディーを紡いだ。

 その声は、不思議と王都中に響き渡ったと言う。




 後に、王都に設置された結界魔道具が魔物が近づいただけで反応し、王都周辺に即座に展開するという現象が起こる。そのお蔭で聖女不在の王都は襲撃を受けることはなかった。

 本来なら数か所に設置された起動装置を操作する必要があったはずなのにと、関係者は戸惑った。

 その魔道具に微かに聖なる力を神官が観測する。魔物が去り平和になった王都でその旨を報告をし、本当に聖女の加護が働いたのだと言われるようになることを、この時の私は知らない。



◇ … ◆ … ◇



 太陽を失ってから数日後、セントラケルディナ王国に沢山の情報が流れた。


 聖女が二人現れたこと。

 それに伴い勇者も二人いること。

 その一人が第一王子であること。

 もう一人の勇者は平民で、先代国王の血を継いでいるということ。

 だけどその子供は王位継承権を放棄し、王族に入ることを辞退したこと。

 第一王子が立太子されること。

 

 そして、最後に王太子となった彼と、対となる聖女との婚約が決まったこと。


 あまりの情報の多さに国民は戸惑いが隠せずにいたが、すぐに湧き上がるように喜んだ。何よりも聖女が二人いることはこの上ない希望となり、解放祭のある春の月の一日に行われる出立のパレードを今か今かと待ち焦がれた。


 後に屋根のない馬車に乗せられ、お披露目された聖女を見て、歓声を上げることになる。

 光り輝く金と銀の髪と宝石のような透き通った瞳をした彼女達は、まさに女神の愛し子だと思うほどの美を放ち、国民の声に応えて微笑むその表情は慈愛に満ちていた。

 彼女達の隣には、それぞれの王の血を継ぐ勇者が寄り添い、その手を合わせていた。その姿に未来は安泰だと言われているようだった。

 二人の聖女と勇者に希望を託し、国民は祈るように彼らを見送ったのだった。




 

第二部終了しました!

予定では20話前後で終わるつもりだったんですけど、最後が、無駄に長くなった気がしてなりません。しかも、それでも旅立ち前の準備段階をすっ飛ばした状態ですので、完全とも言えず。

キリも悪くなる気もしたので、準備段階(マリー達が同行人として決まる話等)は後日幕間として更新できたらと思います。

とりあえず、第二部終了ということで一度更新をストップします…!年明けに週一更新とかで幕間を投稿できたらいいなと、思います。はい。


第三部は魔王討伐編となります。基本主役視線なのでリリー側の話は幕間扱いになるかと思います。が、最終的にはきちんと合流しますのでのんびり待っていただければと思います!

恋愛についても徐々に濃くしていく予定ではありますので、お待ちください!王子はさっさと婚約しましたが……そっちもきちんとした恋愛を少しは書けたらいいな……っ!




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