34.問題は山積み
「……ん? つまり、オレの父さんはこの人の血の繋がった息子だから殺されたってことだよな? 何で?」
これで話はわかっただろうと思ってたのに、わかってほしい当事者は未だに理解してくれてないみたい。チラリと周囲を見れば、呆れた表情をする他三名。まあ、リリーは呆れているというより苦笑だけど。つまり、わかっていないのはやっぱりテオだけだ。
「テオ、この人が誰かわかってる?」
「えっと、宰相だろ? それで、公爵だっけ?」
「まあ、そうね。間違ってはいないけど、セドリックさんが死んだことはそれ自体には関係ないの。問題は彼の血筋よ」
そこまで言っても首を傾げるテオ。きっと根本的なことに気付いていない。
「テオ、彼の公爵位は一代限りのもの。それ以前は何処にいたと思う?」
「知らねーよ。ティナ、オレにそんなこと聞いてわかるわけねーだろ!」
「威張らないでよ。一年生の内に習うわよ。ザロフ公爵は一代限りの爵位。彼は公爵位を授かる前の名前はゼオン・リック・グロワッサム」
「グロワッサム……って、ジルと同じ」
「そうよ。彼はこの国の先代陛下であり、現陛下の兄、つまりれっきとした王族よ」
頭を抱えたくなる威張り具合だけど、適当に言っても察してくれるはずもない。仕方ないと思い直してわかりやすくぼかすことなく教える。
現陛下の兄であり、先代陛下でもある彼は、魔法学校の理事長であり、宰相閣下だ。今現在でもこれほどの権力を有する彼は、王族を抜けても尚政治への影響力が大きいのは一目瞭然。未婚であり、血縁者がいないからこそ周囲も彼を認めている部分がある。これで彼に家族がいた場合、確実に王位継承権の争いが起きてしまうからだ。
だから、息子であるセドリックさんの存在は危険だった。王子よりも年齢が高く、実力もある彼がもし王家の血を継いでいると知られたら愚かな人間が担ぎ上げるくらいはするだろう。
先々代陛下の時代は隣国からの圧力もあり戦争とまではいかないが、それなりに混乱のある時代だったと言える。そんな時に先々代陛下が亡くなり、急遽先代陛下であるゼオン閣下に王位が回ってきた。けれど、彼は今後も妻を娶るつもりはないと宣言し、十離れた弟に王位を譲るつもりで十年だけという約束の元、国の立て直しを行った。
そのため、先代陛下への支持は今でも高い。不安定だった国を安定させ、衣食住を整えたのだから当然と言える。国民は今でも現陛下よりも先代陛下への期待が強く、そんな時に彼の血筋がいることを知られれば支持層が割れるのは必須だ。ようやく安定した治世、しかも王太子候補である王子は文武両道で十分将来が期待できるスペックの持ち主だ。そんな時に余計な不安材料が増えることは望まれない。
だから、出る芽は早めに摘むとばかりにセドリックさんが殺された。私はそう考えてる。もしかしたらもっと複雑な理由があるかもしれないけど。
「つまり、こいつの息子が父さんで、オレが孫で、だから王族の血を引いてて、結果、貴族に狙われる可能性があるから目立つポジションの勇者から降ろして王都に縛り付けた上での見張りを付けて護ろうとしてるってことか?」
「そういうこと! よくできました!」
思ったよりも理解してくれて思わずテオの頭を撫でる。背が高いので手が疲れる。あからさまな褒め方にテオは首を振って嫌がった。
「ふざけんなよ! それってつまりオレに汚名を着せただけで何もしてねーのと同じじゃねーか!」
理解したところで当然納得できる内容じゃない。血の繋がりなんてこっちは知らないわけだし。こんなやり方をしている以上、感謝してほしいとは思っていないだろうけど、それでもやり方が悪手過ぎる。
「ただの憶測にしか過ぎないことだ。そんな事実はない」
「あー、そうかよ。じゃあ別にオレを王都に拘束する必要はねーだろ!」
「先ほども言ったように君がティーナ嬢の傍にいるだけで、君を勇者だろ思――「知るかよそんなこと! そっちの都合をこっちに押し付けんな!!」
テオを護るつもりがないのなら王都に拘束する理由がそれなのは薄い。それに、私の傍に置きたくないというところだけで主張したいのなら、テオが勇者に見えてしまうからではなく、元々テオを勇者から降ろす理由になった〝王家への忠義の薄さに寄り、聖女を害する可能性〟を説いた方がいい。それに気付けてない時点で動揺していることを教えているようなものだ。
「テオが傍にいるいないとかの以前に、そもそもな話、旅は聖女と勇者の二人だけではないのでは?」
「それは……そうだが」
「それなら監視でも付ければいいんじゃないの? 閣下ならそれなりに揃うでしょ。腕の立つそういうのが」
疑惑や懸念だけでは勇者を降ろすのは理由としては薄いと思う。特にテオは三年連続で武術大会の上位に入るほどの実力者だ。しかも、聖女である私とは幼馴染。余程の理由でないかぎり、民衆は納得しない。とはいっても、こんな情報、私達を知らない一般人が知るはずもないから納得も何もないけど。
(それに貴族とか国民がなんて思おうがどうだっていいんだけど)
何を言い訳にしてこようと、何を理由に口にしても、全てどうでもいい。だから、本当ならこんな風に話を長引かせるだけ時間の無駄だ。それでも私は腹が立っていた。自分を蔑ろにされたことにではない。テオを縛り付けることにでもない。テオだけが助かればいいというその考えに、だ。
テオは確かに閣下の孫かもしれない。だけど、同じ勇者で、確実に旅に出ることが決まっている王子は、彼の甥だ。血の繋がり方は違えど、テオよりもよっぽど近い場所にいて、長い時間共にしていた家族を厳しい旅に送るくせに、テオは自分の手で護ろうとするその中途半端な甘さに腹の奥がムカムカした。
「そうすれば、テオが勇者でもいいんじゃない?」
「認められない」
「どうして? やっぱりテオが閣下の孫だからですか?」
「そんな事実はない」
「この無駄な対策にそういう意図は一切ないと?」
「……そうだ」
自分に血縁者がいることも、テオを護ろうとしていることも、こちらが提示した妥協案も、何もかも認める様子のない相手に堪らず溜め息を零す。
「そうですか……。じゃあもう勝手にそちらで話を全て決めてください。どうせこちらの意見は何一つ聞く気がないのでしたら、こんな中途半端な報告も連絡も無意味ですし、時間の無駄です。次は出発日時と集合場所だけで十分ですのでそれ以上の話はご遠慮ください。ああ、それと同行メンバーの紹介も当日で結構ですので」
所詮これは決定事項を伝えるだけの場なのだろう。だから閣下は私達の言葉に耳を貸さないし、核心をついた話には応じない。私達はあくまでも平民で、だから格上である彼の言葉に従わないといけない。そう伝えたいのだろう。
ならば、必要最低限なことにのみ対応すればいい。聖女だからしなければならないことは魔王を討伐し世界を浄化することのみで、それ以外は義務ではないのだから。
これで無意味な儀式やお披露目、パーティーなどに呼ぶ気でいるのなら、かなりおめでたい頭だと思う。
「それでは、もう私達には用はありませんね? お先に失礼します」
「ちょ、ちょっと待てティーナ!」
「すみませんジルシエーラ様。今後の連絡はできればジルシエーラ様かリリーが伝えに来て頂けると幸いです。他の人では信用できませんので」
ソファーから立ち上がりテオの手を引く。テオももうこれ以上無駄に会話をするつもりはないようで、黙って私の後についてきた。入口の方へと向かえば、リリーと王子に名前を呼ばれる。だけど、立ち止まるつもりはなかった。
このままここにいたところで、私達が進む道は決まっているのだから、余計な労力を使いたくない。
こんなことなら、水晶を光らせなければよかった。そうしたら私は聖女じゃないし、テオも勇者じゃない。きっと閣下が変なことを言い出すことはなかったし、もっと自由でいられたはずなのに。
「……最後にこれだけは言わせてください」
扉の前で足を止めて、振り返ることなく口を開いた。
「閣下が王位を継いだその後、国を安定させるだけでも多忙を極めていたその時に、自ら魔法学校の理事を務め、そしてバディ形式を導入したのは、今回のように聖女や勇者にその権力を使って何かを強いるためだったんですか?」
「……それ、は」
「私は、そうじゃないと思っていました。フィーネさんをずっと思っているが故に結婚はせず、だけど国民を見捨てることもできなかったからこそ、現陛下に王位を継ぐまでに死に物狂いで国政を安定させ、そして未来のためを思って思いつく限りの政策を行ってきたのだと、ずっとそう思っていました。だから、今回このような方法を取られた貴方に、私は失望しました」
他人のために力を尽くせる人は少ない。特に権力者ともなれば、純粋に善意のある人はいないだろう。それでも、よりよい世界を夢見て少しでも他人のために力を振るえる人は、それだけで尊敬できる。だから、私は閣下のことが嫌いではなかった。
フィーネさんからのお願いで私のことを面倒見てくれたとしても、赤の他人である私に貴族寮を用意してくれたし、姪であるメイリーのために私と会うようにセッティングして、家庭教師になるように誘導したし。少し回りくどいけど、確かに他者のためを考えての行動をしてきた人だって思っていたから。だから、今回テオのためとはいえ、本人が望まない方法で、しかもその他にも受け入れられないような方法を選んだ彼にはがっかりした。身勝手な言い分かもしれないけど、巻き込まれるこっちの身にもなってほしい。
部屋を出ると見張りの騎士が驚いたように目を丸くしていた。まだ閣下や王子からの声かけがないままに私達だけ出てきたのだから当たり前だろう。
こちらのことは気にせずそのまま見張りを続けてとお願いすれば、戸惑いながらも頷いてくれた。
「なあ、ティナ。今からオレの家に行こうぜ」
「はいはい。どうせ、理解しきれてないんでしょ?」
「うーん、いや、要点は掴めてる、ハズ」
いくらテオが気にしない性格といっても、あまりにもあっさりし過ぎてる。きっと、話の展開についていけてないところがあるんだと思う。それでもさっきはそれなりに理解していたようだったから、テオの中では王家の血筋はそれほど重要ではないのかも。
「大丈夫、一緒に帰ろう? 今日のことはきちんとロッテさんに伝えないとだし」
「ああ。頼むよ。オレだと多分ちゃんと説明できないと思うからさ」
緩く笑いながらもその表情は硬い。テオは、子供なりにロッテさんをいつも護ろうとしている。きっと、幼い頃にセドリックさんを亡くした時からずっと。騎士団入りを辞退した理由も大半はそれだと思う。もちろん、テオ自身も騎士団を受け入れられないのもあるだろうけど。
でも、そうやってロッテさんが不安になりそうなものからは隠したり、遠ざけたりして護ってきたから、今回その方法が取れないことに落ち込んでいるんだろう。だから、できる限り私がフォローしないと。励ますようにテオの手を強く握って、私達二人は城を後にした。
テオの家に着いた私達をロッテさんはいつもの笑顔で出迎えてくれた。自覚はなかったけど、私もテオもものすごく疲れた顔をしていたようで、顔を見せた瞬間ロッテさんは店を閉めて話を聞くことを優先してくれた。
「「「…………」」」
で、まあ、話を終えたわけだけど。こうなるよね。ロッテさんは私達の前で頭を抱えたまま動かなくなってしまった。テオはというと改めて事態を聞いても平然としている。理解はしてるよね? まだしてないわけじゃないよね?
「つまり、えーと……テオは、えーと」
「ロッテさん落ち着いて」
「そうだよ。別に大したことじゃないだろ? 血の繋がりなんてさ」
「あるわよ!! 何言ってんのよこの能天気息子!」
あまりの陽気発言に堪らず叫ぶロッテさんに同情してしまう。
まあ、混乱するのも仕方ないよね。自分の夫がまさかこの国の王子とも言える人だったんだもの。それで、自分が産んだ息子も王族になる、なんて言われてもどうしていいかわからないよね。
テオ自身は血筋などどうでもいいっぽいけど、それがセドリックさんを喪った原因なのは思うところがあるんだろう。閣下や他の貴族のことを嫌悪している様子はあるけど、ただそれだけだった。こういう、自分が懇意にしている人と関わりのないことに身分問わず無関心なところ、私に結構似てるんだよね。実は似た者同士なのかな?
「それにしても、いつの間に騎士団入りを断っていたのね。あんたは、セドリックの跡を継ぐのかと思っていたのに」
「仕方ねーだろ。誰が敵か味方かわかんねーとこに、好き好んで入れねーよ」
それに、テオが剣の特訓していたのは騎士になりたかったと言うよりも単純に強くなってロッテさんを護るためだと思うんだよね。騎士団に入っちゃったらロッテさんの傍にいられなくなるし、無意識に避けてるんじゃないかな。
ロッテさんもセドリックさんを喪った騎士団にテオを送ることはきっと不安だったに違いない。複雑そうに笑ってはいるけど、騎士団に入らないと聞いてから安堵したように息をついてたし。
「そうね、私もそんな場所に行ってほしくはないわ」
「じゃあいいだろ。問題はこれからのことだって」
「私は聖女として王都から追い出されて、テオは国家反逆罪予備軍として王都に拘束の上監視される未来ね」
「うわー、言葉にすると何も救えねー」
うんざりした口調で呟いてテーブルに突っ伏すテオに、ロッテさんは労わるようにお茶を淹れて差し出した。湯気が出たそれをわざと音を出しながら啜る。カップの半分ほど飲んで落ち着いたのを確認してから、ロッテさんはテオと視線を合わせる。
「とりあえず、テオが王都を出るのなら、私もついて行くわ」
「はあ?!」
まるで一緒に買い物でもしましょう、というようなノリでさらっとされた爆弾発言にテオはお茶を零しそうになった。
「いやいや、無理だろ!」
「だけど、あんただけ外に出て、私がここにいてもねぇ」
「外は魔物もいるんだ! 闘えない母さんを護りながら旅なんてオレにはできねーよ!」
テオは確かに強いけど、今までほとんど王都から出てない。誰かを護ることも、旅も、どちらも初心者なのに、敵が魔物と人だ。常に気を張りながら旅をするなんてかなりハードな旅だろう。そこに闘えないロッテさんを抱えるのは難しいのは確かだよね。だけど――。
「でも、私も出て行かないと結局人質に使われるわよ」
「あ――」
「……閣下はそれもあってテオが王都から出るはずはないって思ってたと思うよ」
それなのにテオがあっさり監視も見張りも振り切ってでも王都から出る発言したからきっとかなり焦ってたと思う。ざまぁみろだけど。テオがロッテさんを見捨てるなんてことしないだろうから、きっと人質なんて思い至ってなかったんだろなとは思ってたけど、やっぱりそうだった。まあ、敢えてそれを指摘しないで、閣下を煽ることに徹していたのは私だけどね。ムカついたんだからそれくらい許されるはず。
「それにあんた、いきなり一人旅なんてできるの? 今までほとんど王都から出たこともないのに、知らない町や村を回って買い物したりご飯を作ったり。かなり大変よ?」
「うぐ」
「あんたには敵も多いんだし、だから私のことを心配してくれるのは結構だけど、自分の生活面も心配しなさいよ。そんなんじゃ、すぐに疲労で集中力切れて事故でも起きて死ぬわよ」
容赦ない言葉がテオに襲い掛かる。流石ロッテさん、えげつないほどの正論だわ。私も自信満々にテオなら一人でもついてくる! って豪語しただけあって耳が痛い。
まあ、テオの一人旅がいろいろ穴のある計画なのは確かだけど、ロッテさんが王都に残ったところでどうしようもないのも確かだ。たとえ何の危険がなかったとしても、これから晴れのない日々が続けば、食材も手に入りにくくなるだろう。近い内に食材の高騰は免れないし、一部を除いた飲食店は営業できない状況に陥る可能性は高い。となれば、ロッテさんも家でやることがなくなるわけだ。
「だから、私も一緒の方がいいのよ」
「うーーーーん」
「まあ、今日いきなり結論を出さなくてもいいんじゃない? 私の旅立ちはまだ先だろうし、今日はいっぱい考えることもあったから一度考えることをやめましょ」
「それもそうだな……。なんか腹減ってきてちょっとイライラしてきたし」
「相当疲れたのね。いいわ、今日はお店閉めちゃったから材料余ってるのよ。好きな物作ってあげる」
さっきまでの重苦しい空気を飛ばすように茶目っ気交じりの提案に、テオはやったと喜びながら肉盛りスペシャルメニューを強請っていた。
私は普通のチキンと野菜の甘酢餡定食にした。
(リリーも王子も置いてっちゃったけど、大丈夫かな?)
閣下に失望したと言っても、あの二人が嫌いになったわけじゃない。むしろ私の我がままに振り回してしまった自覚はあった。次会った時は謝ろうと決めて、だけど次会えるのはいつだろうかと憂鬱になった。胸に沈む重い気持ちを溜め息と共に散らして、甘酸っぱい肉の味を堪能するのだった。




