31.覚醒
数の暴力。その言葉を体現している光景に闘う前から気が滅入る。それでもテオ達が必死に数を減らしてくれているはずなので私が文句を言う資格はないんだけど。
空をまだらに色づけている魔物の群れを見つめながら一息ついた。
「お待たせ~! 短剣あってよかった!」
「そうね。丁度武器が届いていてよかったわ」
王子が呼んでくれた騎士団から武器をもらってきた二人はリリーの左右に陣取る。エルダは細めの長剣。マリーは短剣二本だ。
「マリーって短剣を使うんだ! 知らなかった」
「短剣っていうより、ナイフの方がいいんだけどね。でも普段は使わないよ。対人で闘うなら素手派だし」
「まあ、魔物相手だとある程度リーチが必要だから、ナイフをわざわざ騎士団でも持ち歩かないでしょ」
武術大会では基本的に剣か精々槍しか許可されないからマリーも素手で対応していた。だから武器を使えるとは思ってなかった。
「ティーナはやっぱり魔法オンリーなの?」
「うーん、一応専用の武器はあるんだけど、今日はあいにくと持ち歩いてなかったんだよね」
この世界では私が考案したあの武器は存在しないから、完全オリジナルと言ってもいいだろう。似たような武器はあるかもしれないけど、騎士団が扱うような物じゃない。だから最初から武器をもらいにいくつもりはなかった。そもそも、武器を扱う戦闘は自分の武器以外慣れていないし。
「まあ、あんたなら魔法だけでどうにかなるでしょ」
「接近戦は任せてもいいんでしょ?」
言外に頼りにしていると匂わせればエルダは少し気恥ずかしそうに視線を逸らして当たり前でしょと言葉を返した。マリーも少し緊張気味だけど、短剣の重さや握りを確認しながら頑張ると頷いてくれた。
まあ、ここにいるメンバー全員が武術大会上位者だし、あんまり心配はしてないけど。
ただ、いくら強くても危機的状況が長時間続くのはキツい。テオ達だって十数分闘い続けるのもキツそうだったし。リリーの浄化の光が無かったら危なかったかもしれない。だから、今後もリリーの力を期待するしかないんだけど……。
ちらりとリリーを盗み見る。彼女はあの水晶を両手で握ってずっと祈りを捧げるように集中している。……というか、あの水晶は持っていて意味あるのかな? 誰も何も言わないから私もついスルーしちゃったんだけど。
あれは聖女であることを教えてくれるだけの物じゃないのかな? あ、でも、あの水晶から出た光が浄化の力を持っていたのなら、魔法適性検査やバディ決めの時に使った魔道具とはまた違う性質があるのかも。そう考えると無意味とも言えないか。
それに――。
「駄目です、力が出せません」
聖女の力を出す条件が今のところ不明というのもあの水晶を手放せない理由の一つなんだろう。
もし条件を満たしていなくても水晶が手助けをしてくれるかもしれないと。実際、あの魔道具が何をどうしてリリーを聖女だと判断したのか。それに、どうやってリリーの力を引き出したのか、詳細はわかっていないらしい。というか、今はそれを説明できる人がこの世に存在しないと言った方が正しいか。だから可能性を賭けて水晶を頼ってしまうのは仕方ない。
(とはいえ、やっぱりある程度聖女の力を使うためのコツとか何かわからないと難しそうだよね)
「やはりまだ完全に力を使えるわけじゃないみたいだな」
「あ、王子殿下!」
「ジルシエーラ様! ……申し訳ありません」
リリーは落ち込んだように頭を下げる。それに王子は苦笑して首を横に振った。
「いや、無理もない。大神官から何も言われていないのなら、聖女の力の出し方を知る者がいないということだ。そんな未知なる力をいきなり実戦で扱えと言われても困るだろう」
やっぱり誰も知らないんだ。
どうして聖女関連の情報はこんなにも不足してるんだろう。一度きりしか聖女が現れていないのならまだ理解できるけど、過去五回も聖女がいて、魔王を倒している。それだけの歴史があるのなら、秘密裏に聖女のための本とかを残していてもいいのに。リリーには是非今後のためにも〝聖女のすゝめ〟とかいうタトルで自伝でも出してもらおう。そしてそれを大神官様と王子に押し付けて二か所で保存してもらおう。
「王子は何でこっちに? 疲れてるだろうしこっちはあたし達に任せてくれていいわよ」
「もちろん君達のことは信用している。だが、僕はリリー嬢のバディだ。彼女が聖女で大変な思いをしているのなら、僕もできる限り支えたいと思ってな」
率直な言葉にリリーは堪らず頬を赤らめた。
「そうだよね、リリーが聖女ならジルシエーラ様は勇者だし」
魔道具でわざわざ決めたバディが今日のことに繋がっているのなら、聖女とバディとして選ばれている人は必然的にそう考えるのが自然だ。その証拠に王子は否定する素振りがない。
つまり、魔道具でバディが決まっていた私達四人の内誰かが聖女として選ばれた場合、自動的に勇者も決まっていたということだ。
「それに、魔法ではテオが頑張ってくれていたから、僕はまだ魔力に余裕がある。空から攻撃が来たら、僕が対処しよう」
「なるほど、それは助かるわ。魔物相手だとあたしは不利だし」
「私もあまり魔力はないし」
「鳥形の魔物って大きくても小さくても厄介なんだよね。じゃあ、ジルシエーラ様には主に空担当で。だから、リリーの横にいてあげてくださいね」
二人を囲むように私達は三分担して地上側の護衛を担当する。まあ、でもまだ魔物が空から戻ってくるには時間がある。その間に少しでも聖女の力を使うための手がかりを見つけないと。
とりあえず、今のところはこの場にいる魔物だけでも倒すべきかな。そう思って騎士達の方へ顔を向ける。隊服の色が交じっているのは所属部隊の違いだろう。おそらくだけど、ここに集まっているのは第五騎士団を始めとした第一、第二騎士団が揃っているんだろう。比較的動きがいいのは対魔物に慣れている第五部隊だろうな。数も多いし。
それでも、同時に十を超える魔物と対戦することは無いし、その相手も地を這う獣型ではなく、空を自在に飛び回る鳥型だ。いくら魔物に慣れている第五騎士団でも討伐にはかなり苦労しているように思えた。
まあ、今回は魔法師の人を外に配置してしまって、この場にいるのが普段からあまり魔法を使わない騎士がメインらしいから仕方ないとも言えるけど。
(あれ、でも……第五じゃないのに妙に手際がいい人が一人……って、あれルドルフじゃん!)
思いがけない知り合いを見つけてしまった。でも、確かに彼はコミュニケーション力はあまりないけど、実力だけはしっかりしているからここに派遣されるのも頷ける。
何はともあれ、私も今の内に少し手助けをしよう。
ビー玉くらいの大きさの水の玉を無数に作り出す。それを空へと浮かべてギリギリ魔力で操作可能な距離まで放っていく。
「あんた何してるの?」
「んーと、準備かな」
空へとどんどん水の玉を増やしていき、これ以上は自分で管理できないという頃合いに手を止める。自分の魔法を魔力を込めた状態で維持するのは相当疲れる。魔力消費は然程でもないけど、常にその状態になるようにイメージを固定しないといけないので、集中力が必要になるからだ。だから、なるべく短時間で終わらせる!
水の玉だったそれを一気に氷へと変化させる。そして、よぉーく狙って……放つ!
(右、左、下、下、右)
一度に放つのは五発。それ以上一気に動かしても狙いが狂って味方を傷つける可能性があるからだ。最初の攻撃は、命中。ほとんど頭部の核を貫いて魔物が四散する。
次も五発。
(下、右、左、下、下)
氷が浮遊している一番近い魔物を瞬時に見極めて、弾丸のように放てば、たとえ核に命中しなくても羽や胴に傷を付ければ魔物であっても動きの制限に繋がる。そこまでお膳立てすれば、騎士団の人達が一撃を加えて倒してくれるだろう。
そうして、五十近い氷をどんどん放っていき、慣れた頃には六発、七発と同時に放つ量を増やしていった。とはいえ、動かしているのは一瞬なので、別に放つ量を増やす理由はあまりない。強いていうなら魔法を維持する時間を短縮するためだ。
無事に全て放ち終わり、体の力を抜く。遠くの魔物の動きを見定めないといけないから、気力と目に相当クるんだよね。でも、頑張ったお蔭で魔物はほとんど消えたと言ってもいい。代わりに、暇になった騎士団の視線が私へと集中していて居心地が悪いけど。
「あんた、突然ドン引きなスゴ技使わないでくれる?」
「ティーナちゃんもう人間止めてない?」
「え、えええ……」
振り返ればポカーンとした顔で皆も私を見ていた。すごいと単純に褒めてくれたら喜べるのに、まさか頑張った結果皆に引かれるなんてショックだ。ここを離れるのもよろしくないと思って、一生懸命やった結果なのに。
何だか一気にテンション下がる結果になった感否めないけど、これ以上何か言ってもまた引かれそうな気がするから不貞腐れるように黙るしかなかった。
そうして残り僅かな魔物を騎士団が討伐し終え、少しの休憩と状況の確認を行ったその後、確認されていた散らばっていた魔物がこの神殿に到着した。
「まっすぐ聖女様に向かってきてるぞ!」
「殿下もいるんだ、騎士団全員お護りしろ!」
少し時間があったお蔭で効率のいい陣形を組んだ騎士団が周囲を固めていた。王子とリリーは中央、私、エルダ、マリーがその周囲を固め、更に外側は騎士団が固まっている。だけど、相手は飛行できる鳥型。この陣形でも関係なく直接向かってくる魔物ばかりだ。それでも全部が一気にリリーに攻撃できるわけじゃないから、順番待ちをされなければ周囲に散らばって数は確実に減らせるはずだけど。
それにしても……。
(妙に、私の方だけ多くない?)
魔物が何故か私側に偏っている気がした。もしや死ぬ間際にでも以心伝達方法でもあるのだろうか。それで、私が仇とか言われたとか? え、それ怖いな。
ゾッとする想像をしながら確実に魔法で打ち倒していく。
「全部叩き潰す!」
「通さないってば!」
エルダもマリーもそれぞれ自分の武器で対応していた。エルダはまあ言わなくてもわかるほど迅速に、そして正確に。無駄のない動きで確実に頭部を剣で貫いてすぐに次の魔物へと標的を変えている。マリーは慣れない剣で少しぎこちなさを見せているけど、風魔法を上手く使って加速して、腕の力の無さをカバーしているようだった、その絶妙な魔力加減に私も感心してしまうくらいだ。マリーはあまり魔力量が多くない。その分、使う魔法に工夫をするタイプなのだろう。
王子はリリーを護りながら一人風魔法で刃をいくつも作って空に放つ。火属性より精度は劣るが、それでも普通の生徒より圧倒的に強い。
「あー、もう! しつこい!」
上下左右揃えたように魔物が私に突進してくる。まるで一匹の巨大な生物のように思うが、いかんせん目がギョロギョロ光って気持ちが悪い。魔物に好かれても嬉しくない。この魔物は頭から急突進してまるで弾丸のように体を貫こうとするえげつない攻撃をする。だけど、考えようによってはそれを利用して倒すことも可能だ。
私は水魔法で幕を張り、防御の姿勢を取る。武術大会でリリーが使っていた魔法に近い。だけど、リリーの魔法は魔物が突進してぶつかって終わるだけだけど、これを攻撃にも利用する。
ものすごい勢いで突進してきた魔物は、幕に触れたその瞬間、ビャッと鈍く大きな音を響かせて四散する。もちろん、幕に触れた魔物は全てだ。
頭に核がある敵はそれだけで頭部を抉られ、四散する。それを確認した瞬間幕を戻す。
ウォーターカッターをイメージした水の幕だ。常に水を高速で流し続けないといけないのでかなり維持するのに魔力を消費するので、あまり使えない手だけど。
「ぐっ!」
「「「殿下!!」」」
「ジルシエーラ様!」
「だ、大丈夫だ、リリー嬢。君は、今は集中するんだ」
短い悲鳴にそれ以上の声が周囲から聞こえて振り返った。王子は打ちそびれた魔物に腕を傷つけられたようだ。僅かに滲む血は然程多くないものの、痛みに眉を寄せている。気にするなと言われても気にならないわけがない。リリーは青い顔をしながら中腰になって駆け寄ろうとしたのをどうにか止めていた。
その手に持っている水晶に、淡い光が宿る。
(! 反応、してる。てことは、水晶を持っていること自体は別に問題はないのね)
ゆらりゆらりと水晶から漏れ出る小さな薄紫の光。不謹慎にもこの状況で綺麗だと見惚れそうになる。しかし、ふとその光に既視感を覚えた。どこかで、同じような光を見た気がした。
それに、今まで反応しなかったのに、今反応した理由は何だろうか。
(最初に水晶が反応した時と、その後全く反応しなかった時、そして今とで何が違うのだろう)
あれだけ懸命にやっていてもウンともスンとも言わなかったのだから、普通の魔法を使うのとは全く違う方法、原理があるはずだ。けれど、それを今のだけで判断するのは難しい。
「聖女でわかっていることが少なすぎる……」
唯一わかっていることと言えば、聖女とは〝慈愛に溢れた女性〟ということ。その慈愛の心がなければ、力は使えないと言われている、はず。だけど、それは資格的な問題なはず。力を引き出すのとは違う……。
「違う、のかな」
慈愛の心。それに引っ掛かりを覚える。最初は、リリーは何を考えていた。あの時は教会にいる家族を〝護りたい〟と思って必死だったはず。
じゃあその後は? どうして水晶は反応しなかった?
「魔物が、ここに集まってきている、から?」
それなら、教会にも被害は出ない。ここに、脅威が集まっているのだから。そして今は、王子が危険だった。密かに緩んでいた心が、仲間が傷ついて動揺し、そういう方向に向いた。結果、水晶が反応したのなら。
慈愛の心こそが、聖女の力を発動するトリガー。
この考えは、きっとあながち間違いじゃないはずだ。そう思って顔を上げた瞬間、更に魔物が空から降って来て、王子は歪んだ顔で対応しようと剣を振っているが、魔法を構築する時間が足りない。数体間に合わずに体に受ける。そして、最後の一体が王子の顔面目掛けて向かう。
「ジルシエーラ様!」
叫んで立ち上がろうとしたリリーの後ろから、別の誰かが飛び込んだ。魔物と同じくらいのスピードで通り過ぎたそれは、王子に向かう魔物を一撃で葬る。黒と赤の色が混じった短髪を揺らして着地した彼は、剣を振って澄ました顔で息をついた。
「ルドルフ、すまない、助かった」
「……別に、問題ない。あんまり妹を心配かけてやるなよ」
こっちに魔物が集中してるからルドルフの手が空いたんだ。ラッキーとしか言いようがない。
「ティナ! オレも入れるぜ!」
「テオ! ナイスタイミング! 私のポジション護ってくれる?」
「了解!」
続けて休んで調子を戻したテオが駆けつけてくれた。ここに来るまでにもかなり魔物を狩ってきたようで、テオが来た場所は見事に道ができていた。
ちょっと休んだだけでここまで動けるんだから、テオの方がバケモノじゃない? なんて、かなり失礼なことを考えつつも私はリリーの元へと走る。
「リリー!」
「ティ、ティーナさん、私、私……」
「落ち着いて!」
「でも、駄目なんです、私じゃ、力を使えない。そのせいで、皆が」
ガタガタと体を震わせて涙を零すリリーを、私は抱き締めた。たった十六歳の女の子だ。そんな子に、この場にいる人達の命運を背負わせている。何て残酷なんだろうか。
聖女とは、勇者とは、呪いのようなものだ。だけど、代わることはできない。なら、せめて、少しでもその重荷を軽くしてやるべきなのだろう。
「大丈夫、今から私の言う通りにしてみて」
「……ティーナさん?」
「まずは深呼吸、ゆっくり、ゆっくりとね」
そう言って私も深く呼吸を繰り返した。それを真似するようにリリーも吸って、吐いて、吸って、吐く。徐々に震えていた体は治まって、涙もいつの間にか止まっていた。
「目を閉じて、それからゆっくりでいい。思い出して。リリーは、誰を助けたい? 誰に傷ついてほしくない? 誰でもいい。自分が、護りたいと思う人の顔を思い浮かべて」
私は聖女じゃないけど、でもリリーと一緒に祈ることはできる。願うこともできる。だから、冷たくなった彼女の手を、水晶を握り締めるその両手を、私はその上から包むように握り締めた。それでもこの状況で完全に周囲を気にしないままでいられるのは難しいのか、リリーは震えや涙が止まっても集中できないように思えた。
「……そうだ、リリー、あの時のことを思い出して」
「あの時?」
「そう、歌姫に選ばれた、コンテストの時のこと。そうね、この際そのまま歌っちゃおうか」
あまりにもこの場にそぐわない提案にリリーは驚きで目を見開いた。その紫水晶のような綺麗な瞳をまん丸くして私に向けられる。
「いつもみたいに、ね? 私も一緒に歌うから」
優しく、ゆっくりと、諭すように。彼女をそうやって促せば、リリーは戸惑いながらも頷いた。水晶を握り直して小さく息を吸う。
そして紡がれる綺麗な歌声に、私も自分の声を乗せて聖歌を紡ぐ。リリーと同じように私も護りたい人を思い描いて。
静かに、強く、そして響くように、声に思いを乗せるように、強く、強く、強く。
彼女と自分の声が重なって、空気を震わせる。
その瞬間、手の中にある水晶が強く光った。その色はさっきとは違って、紫と青を交互に主張するような不思議な色彩をしていて、けれどそれ以上に眩しかった。目が焼けそうなほどの光は、けれども痛みは感じない。だから、そのまま目を瞑った状態で、リリーと一緒にそのまま聖歌を歌う。
そして、最後の一節を終えたと同時に、水晶の光も徐々に消え、辺りは静寂に包まれる。
一つ息をついて、ようやく目を開けた。驚いたようなリリーと目が合う。
「ちゃんと使えたよ、リリー」
よかったね、と笑って見せれば、彼女は唖然とした表情で私を凝視している。そんなに驚くことだったかな? 一度は力を使っているんだから不思議なことじゃないのに。そう思っていた私は首を傾げてもう一度名前を呼ぶ。
「リリー?」
「……ティーナ、さん?」
「ん?」
ようやく声を出した彼女は、それでも私を凝視したまま、茫然と続きを紡いだ。
「髪の色が、変わってます」
ピシリ、と体が硬直した。




