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30.憧れたのは勇者じゃない

※テオドール視点

「騎士だ! 騎士団が来たぞ!」


 苛立ちながら魔物を倒したら、転がるように魔物から逃れていた一人の生徒が神殿の外を見つめながら叫んだ。反射で視線を追えば、道の先に国旗を掲げた騎士が走ってくるのが見える。

 結構時間かかったな。でも、ようやくこれで希望が持てる。生徒達の顔にも生気が戻り始めた。でも、正直かなり体力はギリギリだ。生徒の大半が魔力をほとんど使い切ってるし、武器も足りないから現状逃げ回っているだけともいえる。かろうじて、少ない神官が神殿の入り口を護っているから中にまで入られてないけど。


(それにしても、おっそいな、ティナ)


 なんだかんだティナはすぐに来るんだろうなって思っていたから、更に遅く感じる。それに、この魔物の目的が何なのかよくわからねーし。多少外に漏れたみたいだけど、大半は神殿内に留まってる。てことは、こいつらの目的は依然としてここってことだ。しかも、建物内。何故なら一直線に向かってるから。あぶれてるヤツが仕方なく他の人間に向かってるだけだ。頭使うのは慣れてねーけど、こうもあからさまだとこいつらの目的が何となくわかる。多分でしかないけど、聖女かな?

 なんて、思考を巡らせながら息をつく。正直、オレも結構限界に近い。やっぱり最初の魔法に魔力を使い過ぎたんだろうな。連続して小さな魔法で同じ魔力量を消費するのと、一気に消費するのとでこんなにも疲労度が違うとは思わなかった。それに、ひっきりなしに襲ってくる魔物の量が問題だ。一体何匹いるんだよ。最近は魔物を相手にする機会も増えてたからイケると思ったんだけど、やっぱり甘かったか。


「気を緩ませるな! 応援がたどり着くと同時に死ぬぞ!」


 ジルの声が響く。絶望的な状況から希望が見えたことで気が緩むヤツは確かにいるもんな。実際、数人が神殿前で押され気味になってる。オレも一度神殿前に加勢しよう。魔法は狙い的にも魔力的にも厳しいし。そう思って一気に群がる魔物に駆け寄り、横一線で数体の魔物を斬りつける。全員一直線にいるわけじゃないから切った相手全部を倒せたわけじゃないけど、これで八割は消える。固まってくれてる分、こっちの方が倒しやすい。


「おま、何でもっと早く来ねーんだよ!」


「ゲッ!」


 魔物に囲まれて危うく死にそうになっていたのはオレの大嫌いな嫌味ヤローだった。そもそもこいつよく外に出てきたな。剣も魔法も大した腕してねーのに。その証拠に、場所が違うだけでずっと闘いっぱなしのオレに見当違いな文句言ってるし。状況把握できないこと丸出しじゃねーか。やってらんねぇ。


「ジル! 魔法師は来ねーの?」


「すまない! ここは生徒とはいえ手練れの数が揃っているから、すぐに来られる騎士や魔法師は周囲を優先させたんだ!」


 ははーん、なるほどな。魔法師と言ってもどの属性が使えるかに寄るが、風属性魔法に適性があるヤツの半数は飛行魔法が使える、らしい。騎士と違ってあんまり見かけることがないから知らねーけど。もちろん、騎士にも使えるヤツはいるけど、騎士団に入る人間はメインが武器になるから、魔法操作が難しい飛行魔法を使える人間はかなり限られる。今回は魔物の量がかなり多いけど、ここに集中している分、優先させるべきは周囲の安全ってことになったんだろう。だから、飛行魔法が使える魔法師や騎士を周囲にバラけさせたってことか。結果として、ここに応援に来るヤツは足で来る騎士や魔法師だけになったのか。

 でも、流石に武器だけでも優先してここに届けてくれればいいのに。そしたらもう少しこっちだって楽できたんだけど。ま、文句言っても仕方ない。むしろジルの判断が早かったから、これくらいで済んでるんだろうし。


「おい! 何無視してんだよお前!」


「喚くしかできねーなら引っ込んでろ!」


「な、なんだと!」


 コイツとはあんまり話したくねーから無視してたのに、本当うるせーな。集中力切れるから黙れよな。

 もっと早く知ってたら助けなかったのに、なんてことまで考えて別の場所に向かおうとする。


「どこ行くんだよ! おい! オレを見殺しにする気か!?」


 その通りだよ。声も出さずに肯定した瞬間、そいつが左腕を掴んできた。くっっっっそいてーんだけど! ふざけんなコイツ!

 苛立ちと痛みで思わずそのまま振りほどく。容赦なく力を入れたせいで、そいつ神殿の壁に打ち付けられてたけど知らねー。


「いっ、こ、この、何する!」


「それは、こっちのセリフだ!」


 逆上した相手に、オレもキレる。本当にこいつはいつもいつもオレの癇に障ってくる。大体、誰もが怖い中必死に闘ってるのに、こいつは他人を頼って縋るってふざけてんじゃねーよ! せめてもっとピンチになってからにしろ!


「……テオ、気を抜くな!」


「囲まれますよ!」


 って、どこから見てたのかわかんねーけどエリクとロイドに心配された。けど、オレだってこんな場面でこんなヤツと対峙したくてしてんじゃねーよ!

 だけど、二人が言うことはもっともで、魔物が十数匹周囲から飛び込んでくる。まだまだうじゃうじゃいるの、本当にうぜー。これ、普通にトラウマもんじゃね?

 短く息をついて剣で薙ぎ払う。向こうに行った魔物はこの際無視だ。


「ギャー!」


 情けない悲鳴上げるそいつに若干胸が空く気持ちになった。魔物がオレにしたみたいにあいつに突き刺さろうと突進していくのを冷めた目で見つめていたその時だった。

 カッと目が焼けるような光が神殿から漏れ出た。


「――ッ、何だ!?」


 紫色を帯びた光だった。どこかで見たことがあるような光だけど、それ以上にあまりの眩しさに目が開けていられない。きっと他のヤツ等だって同じだろう。だけど、問題は魔物も同じとは限らないことだ。

 この隙に神殿内に入り込まれたらどうすべきか、そう焦りつつどうにか目を開けようとする。


 光は、ほんの十数秒で治まった。シパシパする視界にどうにか周囲の様子を探るけど、見た限り変化は見られない。


 ――いや、


「…………は?」


 違和感を確かめるために視線を巡らせる。まだ動けないヤツが同じように周囲を探ろうと顔を動かしているが、それ以外に動きはない。と、いうより、さっきまで目障りなくらいうようよと視界を占めていた魔物が見当たらない。


「一体、何が?」


 更に周囲を見渡せば、敷地の外側、つまり神殿から遠い位置にいる魔物は未だ健在だった。戸惑ったようにその場を飛んでいるだけで、すぐにこちらに向かってくる様子はない。それもまた違和感でしかなく、オレ達も困惑を深めるばかりだ。


「……あ、れ?」


 そして、更なる違和感を見つける。真っ赤に染まった自分の服を破けたところだけ捲ってみる。その先にあるはずの、抉れた傷が綺麗になくなっていた。ただ止血しただけで、治療魔法など何も使っていないはずなのに。

 おそらく、いや……もうこれは確実に、さっきの光が関係している。魔物を一気に消して、かつケガを治すなんて、そんなの、考えられるのが一つしかねー。


「殿下! ご無事ですか?! 今、とてつもない光がこちらまで届きましたが!」


「……も、問題ない! こちらに被害はない!」


 確かに被害はないから、あの光に関しては問題ないと判断するしかないけど、謎だけは残る。けれど、ここで固まっていたところで、魔物はまだ残ってる。流石ジルはすぐに正気に戻って騎士団へと指示を出した。

 魔物の数は何故か一気に減ったし、味方も増えた。こうなったらもう安心だろう。


「――殿下! 四方に散らばっていた魔物がこちらに集まってきます!」


 騎士からの報告に周囲が騒然とした。ようやく息が付ける状況になったのに、追い打ちをかけるように魔物が増えるなんて想定外だ。オレ達のほとんどがもう魔力切れだし、体力もあまり残っていない。この状況で倒す魔物が増えるのは正直キツい。少なくない人数に、絶望の色が滲んだ。

 そんな時、突然神殿の扉が開いた。


「私が、浄化します!」


 震える声でそう宣言したのは、リリアだ。彼女の後ろからエルダやマリエッタ、ティナも続いた。


「上手くいくかは、わかりませんが」


「……リリー嬢、どういうことだ? 今、浄化と言ったが」


「殿下、聖女様です。彼女こそ、六代目聖女様となられました」


 ジルの質問に答えたのは更に後ろから現れた大神官様だ。聖女と聞いてやっぱりと納得した。さっきの死ぬほど眩しい光は、リリアが聖女だと判明した時の光だったんだ。


「聖女様……!」


「やった、これで助かるのね!」


 疲弊した生徒達は目に光を戻しながら喜んだ。多大な期待をかけられて、リリアは固い表情のままだ。今まで平民で、しかも孤児だからと期待されることはなかったからこそ、ここで多数の視線に晒されるのはかなりのプレッシャーだろう。怖気づくように後ろに下がろうとしたリリアを、ティナが後ろから押した。


「大丈夫、私が傍にいてあげるから」


「……ティーナさん」


「私もいるよ! 頑張ろ、リリーちゃん!」


「マリーさん」


「ほら、さっさと行くわよ。これで上手くいかなくてもあんたのせいじゃないわよ。元々、聖女をあてにしてたわけじゃないんだから」


 聖女の邪魔をしないように皆がリリア達から距離を取る。それに逆らうようにしてオレは前に進んだ。


「ティナ!」


「テオ! って、何怪我してるの!? 真っ赤じゃん!」


 オレの声に反応して駆け寄ってきたティナが青い顔をして肩に視線を向けた。ケガが消えても服の破れや汚れが消えるわけじゃない。赤黒く染まったそれにすぐに手をかざそうとしてきた。


「いや、これは」


「あれ? 怪我してない? 魔力の流れに乱れがない」


 服をめくってもいないのによくわかるな。ホッとしつつも頷く。


「ああ。血を止めただけだったんだけど、さっきの光で何か治った」


「浄化と癒しの力、だもんね。あれは聖女だって知らせるための光かと思ったけど、リリーからちゃんと力も引き出していたんだ。でも、よかった。こんだけ血が出てるんだもん。すっごい痛かったでしょ?」


 もう傷はないのにそれでも心配そうに目を伏せるティナに胸があったかくなる。一息ついてみると、たった十数分たらずの短い戦闘だった。それでも大きな魔力を使って、息つく暇もなく魔物を倒して、知らぬ間にストレスが溜まっていたんだろう。いくら嫌いな相手に苛つくようなことを言われたからって、見捨てるような真似をした自分に今更驚く。そうして、今改めて考えてみれば、あの時の感情は少し異様なものだと気付く。


「ああ、クッソ痛かった。そのせいでちょっとイライラしてたんだけど、治ったし、妙にスッキリしてる」


 とりあえず、今ここでティナに話して気を散らす必要はないだろう。もう大丈夫だとアピールすれば、ティナも頷いてリリーの後を追った。もちろん、オレもその後ろにつく。


「テオ、こっちは大丈夫。休んでて」


「いや、でも」


「そうよ、あんたはあっちにいなさい。彼女達はあたしが護るわ」


 リリアがどんどん進むのを止めることなく、四人で固まって動くのをオレは戸惑いながら見つめた。ティナはおそらくオレの疲労具合を見て言ってくれてるんだろう。そしてエルダはティナのその意思を汲んで言ってる。わかってるけど、ティナと一緒に戦えないのはちょっと自分が情けねーな。


「そんなに心配そうな顔しなくても大丈夫よ。あんたのお姫様はあたしが命を賭けて護ってあげるわ」


「いや、そこまで心配してるつもりはねーけど……。それに、そう簡単に命賭けるなよ」


「簡単じゃないわよ。ただ、ようやく踏ん切りがついただけ」


 何に? なんて、当然の疑問を口にする前に、エルダはティナの方に顔を向ける。


「ティーナ! あんたに言っておきたいことがあるのよ」


「え、はい! 何ですか?」


 全く予想していない展開だったんだろう。ティナが珍しく慌てた様子で姿勢を正してエルダと向き合った。彼女は短い髪を首を傾げて揺らしたかと思えば、普段と変わらない口調と態度でサラリと言葉を口にした。


「あたし、あんたに忠誠を誓うわ。だから、これからあんたの意見を最優先に聞くから、そのつもりでいて」


「…………へ?」


「そういうことよ。だから、安心して任せてちょうだい。わかったわね?」


 安心してと言われた。けれども、〝どうして〟安心できるのか。その部分があまり理解できない。

 というか、え、今何があった?

 エルダが、ティナに、忠誠を誓うとか言ってなかったか?


「いやいやいや、どういうこと!?」


「だから、言ったまんまの意味よ。デートリア家は騎士の家。もちろん、家としては王家に忠誠を誓ってはいるけれど、個人として誰に尽くすかまでは縛られていないのよ。騎士としての自覚があるのなら、自分でその主となる人間を見つけなさいって子供の頃から言い聞かされてきたわ。だから見つけたのよ。その相手があんたってだけ。わかった? それじゃあよろしく」


 何かさらっとしてるけど、結構重要なことじゃないか? だって、騎士にとって忠誠を誓うって、自分の人生を相手に預ける行為に等しいよな? だからこそ、護衛として傍に居続けるわけだし。

 この状況にオレは何を言えばいいのか、困ったように考えていれば、エルダと視線が合う。


「ああ、安心して。あんたとティーナの間に割り込むつもりはないわ。あくまでも騎士として忠誠を誓うだけだから」


「はぁ……」


「あんたはいつも通りあの子の隣にいてくれればいいわ。だけど、いられない時はあたしがあんたの代わりに護るのよ。任せてくれるかしら?」


 だからついてこなくても大丈夫だと。忠誠を誓った騎士に二言はないのだと。エルダは視線の強さで語る。口調は軽く、まるで戯言のような言い方だけど、彼女はそういう冗談はあまり言わない。少し気が強い性格だけど、いい加減なことは言わないし、この状況なら猶更だ。

 だから、きっとこれは本気で、信じるべきなんだろう。チラッとティナを見てみれば、少し遠い目をしていた。まあ、いきなり上級生に忠誠を、しかも挨拶みたいなノリで誓われたらそうなるのも仕方ないよな。

 だから、これはもう、オレはどうにもできないし、どうにかするつもりもない。つまり、あれだ。……見捨てよう。


「わかった。よろしくな、エルダ」


「任せなさい! さ、行くわよ! 騎士団が来たからどうにかなってるけど、追加が来るんでしょ!」


 張り切るエルダに手を振れば、ティナが絶望的な表情でオレを見ていた。ごめんな、ティナ。頑張れ、お前なら大丈夫だ。

 魔物が増えるのも今すぐってわけじゃないのもあって、今なら危険もないだろうしと一度オレはジルの元へと向かった。騎士団が合流したことで武器を生徒に配るよう指示していたジルは、流石王子だなと感心してしまう。


「お前は行った方がいいんじゃねーの?」


「……え?」


「だってリリアはお前のバディだろ?」


 当然のように聞けば、何故かすごい驚かれた。別に変なこと言ってねーよな? まあ、確かにジルは王子という立場で、今みたいに騎士団や生徒に指示をしないといけないのかもしれないけど、それでも一番優先しないといけないのはリリアだろうし。


「だ、だが、僕が行くとテオが困るんじゃないか?」


「……? 何で?」


「いや、だって、リリー嬢は聖女だ」


 そうだな。…………ああ、なるほど。ようやくコイツが何に遠慮してるのかわかった。


「確かにオレはガキの頃から勇者になるのが夢だったけどさ、今はちょっとちげーから」


 いや、正確にはガキの頃から根本的な部分では変わっていない。勇者になりたかったのはその肩書きに憧れたわけじゃなくて、ただ……純粋に勇者のように〝大切な人〟を護れる存在にずっと憧れていたんだ。


「ティナが聖女じゃないなら、別に勇者なんて興味ねーからさ」


 勇者になってまで護りたい存在がいる。だけど、それが〝聖女〟じゃないのなら、別にオレも〝勇者〟なんていらない。だから気にしなくていいと笑って背中を押したつもりなんだけど、何故かジルは呆れたように気の抜けた笑みを浮かべてリリアの方に向かった。

 最近オレを見る目が皆あんな感じなのは何なんだ?


 一つ息をついて空を見上げる。散らばっていた魔物が黒い塊を作ってこっちに向かってくるのが見える。


「やっぱり目的は聖女か」


 あれだけ神殿内に入ろうとしていたのに今は見向きもしないのがその証拠だろう。周辺にいる魔物はかなり減っているし、騎士団も到着したことで討伐の速度も一気に上がった。だけど、思った以上に散らばっていた魔物が多い気がする。

 最初ほどにはならないだろうけど、それでも浄化される前くらいには戻りそうだ。しかも一気に来たらまたそれだけ混乱するだろう。

 その時にはオレも加勢ができるように今は少しでも体力を回復させねーとな。そう思ってエリクとロイドのところへと向かった。



 

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