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29.迎撃

※テオドール視点

 雲もない晴天の空が黒く染め上がる。最近よく魔物を相手にしていたオレでも、これほどの量の魔物を見たことはない。大型の魔物も結構討伐するようになったから安定して戦闘はできるとは思うけど、とはいえ飛行型の、しかも空一面を黒く染めるほどの魔物相手に、どうすればいいかなんてオレにはわかんねーや。


「ジル、エリク、作戦はあるか?」


「いや、作戦って言っても……」


「無理でしょうね。あんな暴力的な量、もはやただの天災としか言いようがないです。時間もないこの状況で、打開策などありません」


 勢いよく外に飛び出てきたはいいけど、あまりの魔物の多さに皆その場に凍り付いたように動きを止めている。無理もねーよな、オレだって流石に怖ぇ。それに、魔物って核を壊さないかぎり倒せないのも問題だ。体の大きさはどうあれ、核の大きさはほとんど一定で、大きくもない。拳ほどもない核を的確に壊していくとか考えるだけでもゾッとする。

 でも、数はヤベーけど、その分いいことも一つだけあるんだよな。


「的確に狙って倒すのが難しい上に面倒なんだから、確実にぶつかるっていう今の状況で大技は一発かましてーんだよな」


「……やれるのか?」


「一発どでかいのはいけんじゃねーか? まあ、オレは飛行魔法があるし。ジルは飛べんの?」


「飛行魔法は一応使えるが、飛んだ状態で別の魔法を使うのは正直厳しい」


 それは仕方ねーな。飛行魔法はそもそも飛ぶだけでかなりの集中力使うし。あれ自体が二つ魔法を使っているようなものだ。


「じゃあ、オレを抱えて飛んでくんねえ?」


「は? お前、何を言って……! 殿下に何させる気だ!」


 おっと、流石に王子を足代わりに使うのはいくらなんでも不敬すぎるか。だけどなー、オレも大技使うなら飛行魔法したままなのはキツいんだよな。

 いや、飛行魔法で飛んで、魔法を解いた状態で攻撃して、また飛行魔法を使えば……ややこしいな。


「何か策があるんだろう?」


「策って言えるものじゃねーよ。でも、少しは数減らせるとは思うぜ。ただ単純にどでかい風魔法をあの黒い部分にぶち込もうぜって話だから」


 コントロールも必要ないし、考える必要もない。オレがそれをするのも、この中で風魔法の威力が一番強いのがオレだからってだけ。もし、ジルがオレより風魔法が得意なら、オレ自身が足になるつもりだった。


「確かに、単純な数減らしなら有効だな」


「……それに、その方法は一撃目だからこそ効果があると思うんだが」


「まあ、そうでしょうね。いくら単純な魔物とはいえ、目的がある動きをしている以上、攻撃を受けたら多少バラけて襲ってくる可能性が高いでしょう。基本的に魔力が強くて飛行魔法が安定して使えるのはこの場で殿下とテオドールのみでしょうし、仕方ないですね。それでいきましょう。その後、バラけた魔物をなるべく確固撃破できるよう配置を変えて迎撃しましょう」


 エリクの言葉に全員が頷いた。鳥形の魔物は頭に核を持ちやすい。その情報を外に出た好戦的な奴らに回して、確実に仕留められるようにこちらは個人にならないよう複数人でグループを作る。今から一撃入れることも伝えた、


「あ、オレ剣持ってきてねーじゃん」


「ああ、それなら借りておいた。これを使えテオ」


「お、助かるわ!」


 長さも重さもしっくりくる剣だ。流石ジルはオレのことをよくわかってるな。こういう気遣いって普通王子がするものなのかは不明だけど。


「よし、やるぞ!」


 ジルと顔を合わせて頷き合う。オレの脇を抱えるようにして掴んだジルは、飛行魔法を使って大神殿の上まで飛び上がった。あまりにも急上昇でちょっとビビった。慣れてない表れなのか、それともジルが気にしないからこういう雑な方法なのか。後者かな。考えてみたらオレ、ティナと一緒に飛ぶことが多いから飛ぶ速度は結構抑えめだったな。


「よし、丁度いい高さだな。行けるか?」


「おう! ちょっと魔力溜めるからこのままキープな! 多分かなりの衝撃がくると思うから、どうにか耐えてくれ」


「ぜ、善処する」


 ゆらりゆらりと上下に軽く動くけど、まあ想定内だ。相手だって横一列なわけじゃないしな。

 想像しやすいように剣を構える。要領は火炎剣――なんかティナがそう名付けてた――と同じだ。剣の刃の回りに風を起こしてそれを強めていく。魔力をどんどん剣を通して流し、風を大きくするのではなく、魔力をそこに集めて圧力をかけるイメージ。圧縮、だったかな。ティナの言葉は難しくてよくわかんねー。

 そうしてどんどん風を集めていった。そうすると、次第に剣が重く感じ始める。振れるギリギリの重さになるまで繰り返して、魔物の鳥の姿がうっすら確認できるほど近付いてきたその瞬間、横一線に剣を振り切った。圧縮していた風を同時に開放するイメージをしながら、だ。

 瞬間、ドッと全身に何かが圧し掛かったような圧力を感じて後ろに飛ばされる。事前に言っておいたおかげでそれもすぐに持ち直してくれたけど、かなりの威力になった。想像以上でオレ自身もびっくりして言葉を失う。白い線を描いた風は一直線に黒い塊に飛んでいき、そして、音も無く蹴散らした。全身が黒いせいでどれくらい倒せたのかよくわからない。が、黒い塊からボトボトと小さな何かが落ちているように思えたので、ひとまず安心してもいいかもしれない。落ちているのはきっと魔物の核だろう。


「半分は無理だけど、結構削ったんじゃね?」


「ああ! かなり楽になったのは確かだ! せめて二発入れられたらグンと楽になるのだが……」


「まあ、無理だな。案の定バラけた」


 まとまってると迫力があるし、飛んでいる魔物にちょっかいをかけるヤツなんていないから、一直線にここに向かって来たんだろう。だけど、攻撃されたらまとまってる方が危険なことは相手もわかるだろう。四方に散らばった魔物は空をまだら模様にしてこちらに迫ってくる。


「一度下りるぞテオ!」


「了解」


 ジルはオレの衝撃を受け止めてヘロヘロだし、オレも今の一撃にかなりの魔力を使ったから結構疲れてる。ここで空中戦は避けたい。というか、このまま空中戦なんかしたらオレ達は普通に死ぬな。

 思ったよりも早く飛んでくる魔物と接触する前にオレ達二人は地面に降りた。下では既に覚悟を決めた生徒や神官が空を見つめて身構えていた。だけど、生徒達は基本的に武器を持っていない。どうやって闘う気なんだか。誰かに借りるにしてもここは神殿。王宮とかと比べれば絶対数が違うんだろうな。神が人を害すことを好むはずがないから武器は防衛のために置かれている分しかないらしい。

 一応ちらほらと剣を借りられている人がいるみたいだけど、種類も圧倒的に少なくて、剣と弓矢くらいしか存在しないようだ。武器を持っているのはおそらく魔力が少ない上に武器の方が扱い慣れているヤツばかりだろう。

 それ以外は神殿前に固まってる。おそらくあそこから魔法を繰り出す算段だ。でも、前衛と後衛でこんなに離れてて大丈夫なのか? あいつらの魔法にオレ達も巻き添え食うのでは?


「あ、ロイドもいつの間にか借りてる」


「……ああ。エリクは魔法で対応するらしい。殿下の分も預かってる」


「ありがとう、ロイ。おそらく騎士団もそうかからないうちに到着するだろう。生徒が集まっていることも知らせてあるし、武器も余分に持ってくるはずだ。それまで、どうにか持てば、こちらにも勝機はある」


「確かに。いくら何でもこの数相手で武器も揃ってないってなると、負けないなんて言えねーな。普通に数の暴力だし」


「それに、飛行型の魔物は獣型と比べて知能が高いと言われています。その分見かけることが少ないですが」


 飛んでいるだけでもやりにくいのに賢い部類って本当に嫌だな。真っ黒いし、カラスみたいなもんか?

 なんて、どうでもいいことを考えている間に魔物が目前まで迫ってきた。勢いよく飛び込んで来た割に、近づいた瞬間動きが鈍くなったような気がするのは気のせいか?

 まあ、いいや。とりあえず、この魔物を一匹でも多く減らすのが、オレ達の役目だし。

 想像以上にしんどい任務に既にテンション下がってる。せめてティナが早めに来てくれればいいなー。






「だああありゃあ!」


 低空飛行してきた魔物の頭を一撃で仕留める。キラリとしたものが粉々になって飛んだのを無意識に確認しながら次の黒い獲物に移る。


「これ、で! 三十!」


 あまり強くはない。どうも、神殿の周囲には聖域と呼ばれる聖なる力が張り巡らされているらしく、その影響で魔物が弱体化しているらしい。それもあってそこまで苦戦はしていない。

 とはいえ、下手に動き回れば囲まれる可能性がある。そうなったらいくら弱くても攻撃は通りやすくなるだろう。気は抜けない。


「あれ、でも……思ったより減ったか?」


 まだ戦闘が始まってさほど時間は経ってないはずなのに、既に最初の半数以上数を減らした気がした。周囲の見通しもよくなって、息もしやすい。


「きゃああ!」


 そう思っていた瞬間、後ろから聞き覚えのある悲鳴が聞こえて反射で振り返る。神殿前には女子を中心とした魔法部隊が立っている。だけど、その周囲に魔物も集まっていた。


「回り込まれてたのか!」


 きっと少数が気を引いている間に大多数が静かに迂回して向かっていたに違いない。気付けば前衛がかなり前に出ていて、後衛との距離がかなり開いてしまっている。頭がいいってこういうことかよ! マジで厄介じゃねーか!


「燃えな、さい!!」


 さっき叫んでいたミシャーラっていうあの令嬢が群れる黒い魔物に向かって火の玉をぶつけている。核を壊さないと死なない魔物に火属性魔法は相性が悪い。だけど、倒せないわけでもない。核を溶かす勢いの高温の火を頭に打ち込めばいいのだから。ただ、核にたどり着く前の黒い肉体? をまず燃やさないといけないから、普通の魔法より魔力を食う。だからオレもこの戦闘では一回も火属性魔法を使ってない。

 だけど、武器も使わない彼女が使える攻撃方法は魔法だけ。しかも属性も火だけなら、それ以外にやれることはない。なるべく後ろに魔物を通さないように気張っていたつもりだけど、それでも好戦的な彼女はそこそこ魔物を倒しているのか、かなり魔力が薄くなっている。息も上がってるし、いつも以上に魔力操作も雑だ。その証拠に、今放った火の玉はほとんど効いていない。


「魔力が、もう、ないですわ……!」


 そして、火を形成することも難しくなった。当然、攻撃を受けていた魔物はここぞとばかりに彼女に向かう。


「クソ! 間に合わねー!」


 ティナだったら離れていても土魔法とかで壁を作ったり、棘を形成して攻撃したりするのかもしれないけど、オレにはそんな器用なことはできない。風魔法を使おうにも敵と彼女の距離が近すぎて巻き添えかねない。結局、地道に走って距離を縮めるしかなくて、だけどそれも間に合いそうにない。悔しさで歯噛みしたその時だった。

 彼女の目の前に地面から木々が突き出て魔物を串刺しにした。


「ミシェーラ嬢、無事か?」


「な、あなた、ロータス家の……っ!」


 前髪が顔に張りつくほど汗だくにしながら駆け寄ってきたのはゲイルだった。地上に近い所にいるなら確かに木属性魔法でもめった刺しにできるな! 土や木は地味に使い勝手が悪い魔法だからゲイルも苦戦するのも仕方ないなって思っていたけど、この一年で大分扱いが上手くなった気がする。


「よ、余計なお世話ですわ! わたくしは、一人でも平気です!」


「意地張る場面じゃないだろう? 魔力が尽きたなら一度建物の中に避難すべきだ」


「余計なお世話ですわ!」


 顔を真っ赤にして反論しているけど、ゲイルの言う通りだ。でも、今は身動きしづらいのもあって、すぐに建物の中に入れるとは限らない。とにかく今は少しでも周辺にいる魔物を減らさないと。だけど、状況は好転したわけじゃない。味方と敵が乱雑に入り交じっているこの状況で魔法攻撃は難しい。この状態で躊躇なく魔法を使えるのは多分ティナかエリクだけだ。


 ようやく神殿前までたどり着いたオレは、手前の敵からなるべく斬り倒していく。

 クッソ面倒だな。魔法で一気に刻めねーかな。


「テオドール、右だ!」


「うへ?」


 バコスコと剣を振って魔物を思う存分斬り続けていたオレに、焦ったエリクの声が聞こえてきた。もう何度もこの声で叱責を受けていたオレは、思考する前に体が右を向く。けれど、一歩遅かった。見たこともない速さで飛び込んで来た魔物が、オレの肩を突く。肉を抉るような痛みに顔を顰める。あーあ、流石に怪我一つもなくは無理な量だったな。そんなことを思いながらも突き刺さった魔物を一振りで倒した。


「無事ですか?!」


「ああ、大丈夫だ。後でティナに治してもらう」


「……ええ、そうしてください」


 深刻そうな顔をして近づいたはずなのに、どうしてすぐに呆れた顔をされたのかよくわからない。おかしいことは言ってないよな? ん?


「ですが、今みたいにティーナ嬢がすぐ傍にいるわけじゃないんですから、血止めくらいは自分でできるようになっていてくださいよ。風属性にも治療効果は一応あるんですから」


「あー、まあそうだな。ばあちゃんがいたら指導してもらったんだけど、いつも怪我したらすぐにティナに治されてたから……そういうエリクだって風属性あっただろ? 使えねーの?」


 悠長に話しているように見えるが、一応まだオレ達は戦闘している。利き手と逆の肩でよかった。何て思いつつも、血止めしてないから動く度に血が滲んでいくんだよな。これ、やべーかも。


「まあ、ありますが、僕が持っている中で風は一番弱い属性で、それくらいだと元々弱い要素の治療魔法を頑張ったところで高が知れてるんですよ。魔力量も適性値も高い君が自力でやった方が確実なのは確かです」


 まあ、そうだよな。元々治療魔法は使える人がいるだけで大分優遇されるほどの存在だもんな。治療できる者って本来なら聖女予備軍みたいな扱いで、基本神官にスカウトされる前提で治療師に抜擢されるらしいし。でも、そうなったら最後、勤務先は教会とかで、自分で店持って病院みたいに働けはしないんだよな。そういうの自由度なくて白けるんだよ。


「でもさ、治るイメージならまだしも、血が止まるイメージってなんかわかりにくくてできる気がしねーんだけど」


「馬鹿ですね。別に血を止めるイメージじゃなくていいんですよ。それこそ治るイメージ……その傷が消えて元に戻るイメージで魔法を使ってみればいいんです。元々治療適性は低いんですから、ちゃんとそうイメージできたとしても治療は結局目指している血止め程度で終わるだけです」


 はーん、なるほどな。風属性魔法なら一応学校一強い自覚はあるけど、そんなオレでも治療魔法という分野においては結局その程度の威力しか出せねーのか。そこまで言うなら一回試してみるかな。

 周囲の魔物の数がある程度減ったのを確認して、オレは痛む肩に手を置いた。ジクジクと未だに痛み続けるその傷からは血が流れていて、どんどん服に広がっていく。そこに魔力を流しながらエリクが言ったようにその傷が塞がっていくイメージを浮かべる。

 傷が塞がるイメージは簡単だ。だって、その光景なら何度だって見てるからだ。その経験だけを言うなら、きっとオレは治療師や神官並に機会をもらっているだろう。なんたって、傍に並の神官も敵わないほどの使い手がいるんだからな。……あと、オレがケガをよくするしな。

 てことで、すげー魔力注いだ。正直キツかった。まあ、大技決めた後ってのもあるけど、まだ? まだなのか? って急かすように魔力を注いで諦めたように手を離してみれば、血は一応止まっていた。


「すんげー、しんどい治療魔法」


「は? おま、今の一瞬で成功したのか? 嘘だろ!」


「イメージはできる自信あったからな」


 だけど、代わりに使う魔力の量が半端ねーわ。これ、治療に使う魔力量の多さで、適正力が変わるって判断じゃねーの? あ、魔法って全般的にそうだったわ、忘れてた。

 やっぱりなるべくティナにお願いしよ。


 そんな堕落した考えを巡らせながら戦闘に戻る。が、戦況はどんどん過酷を極めてくる。流石に少数の武器持ちとその他は魔法を行使するにしても厳しい状況としかいえなかった。オレ含めジルやエリク、ロイドは今のところフォローする側に回っていられるけど、それもどこまで続くかわからない。

 しかも、だ。血止めしたとはいえ、傷の痛みが治まっていないんだよな。血は止まったから貧血にはならねーけど、痛みがある分集中力が続かねー。こういう時、一度深呼吸したほうがいいんだろうな。

 そう思って、魔物から一度距離を取って一つ息をついた。だけど、やっぱり感覚が鈍くなっている。また、左から迫ってきた魔物に気付かず、二の腕を掠めた。衝撃が伝って傷に響く。


「ッ――」


 あー、クソ、いってー。ちょっと愚痴りたくなってきた。



 

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