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27.伝説への序章

お待たせしました…!

今回の更新で第二部終わらせますので、お付き合い頂ければと思います…!

 キィっと金物が擦れるような音を響かせて、扉を開ける。使っていない部屋はシンと静かで、とても冷たい。一歩、二歩と足を進めた先にある机を覗けば、そこにはいくつも並べられた封筒がある。その中で封を開けてあるのは二通だけ。


「ティナ! 戸締りと暖炉の火の確認終わったぜ」


「ありがと、テオ」


 振り返った私の所へ近づいてきたテオは、私が見ていた物に気付いて首を傾げた。


「それ、もしかしてばあちゃんからの手紙か?」


「そ、遺書。テオの分もあったでしょ?」


「あったけど、何でまだこんなにここに残ってるんだ? それに、宛名にあるの……お前の名前と数字?」


 机の上に並べられた手紙には全て私の名前が書かれている。それ以外にあるのは数字だけ。


「全部、私宛の遺書なの」


「全部?!」


「すごいよね。フィーネさん、状況に応じて読むようにって、いくつも未来を予想して手紙を残してたんだよ」


 一の手紙にはちょっとした挨拶と他の手紙はどんな状況になったら開くべきかの指示が記されている。二の手紙には入学準備についてフィーネさんがしてくれたことを中心に書いてある。そこに、私の後見人として宰相閣下にお願いしてくれていることが記されていた。


「ばあちゃんって、変なところで細かい性格してると思ったけど、まさか死んでも尚その性格を感じることがあるとは」


「本当だよね! 私この遺書の数見て悲しさ一瞬忘れちゃったもん。ちなみに、テオと盛大に喧嘩した時に開く手紙もあるんだから」


「ゲッ! 何だよそれ、絶対ロクなこと書いてねーだろ!」


「どうだろうね。まだそんな喧嘩してないから読んでないし」


 当分必要ないと思ってたからつい遺書はこの机の上に置いたままだった。だけど、今後どんな状況になるかなんてわからないから、今日から持っていくつもりだ。何度も読み返してしまうと、紙が擦れて劣化してしまうだろうけど、布にくるんで保管しておくだけなら大丈夫だろう。

 綺麗にまとめて薄い板に挟んで糸で止める。それをそっと荷物へと忍ばせた。


「さ、帰ろう。あっちの家に」


「母さんがきっとあったかいシチュー作ってくれるぜ」


「わー! ロッテさんのシチューって夏でもたまに食べたくなるほど美味しいんだよね」


「それぜってー言うなよ。オレは夏にシチューはヤダ」


 そんな他愛無い会話をしながら外に出れば、昼間なのにキンと刺すような寒さに襲われた。陽は出てるのに! 寒い!


「さ、ささ、寒い」


「ブローチ使えよ」


「そうだった!」


 もらった髪飾りもブローチも忘れずに身に着けているんだけど、ついつい魔道具だってこと忘れるんだよね。すぐに起動させれば、じわりと暖かい風に包まれる。


「冬季休暇もあっという間だよね」


「本当。でも、三年も学校にいるとさ、休みばっかりなのも暇なんだよな」


「よく言うよ。テオ、休みでも飽きずにずっと特訓してるくせに」


 小さい頃からそんなことしているからか、テオは私と違って暑がりだ。代謝がいいんだろうなあと感心する。私も運動しているはずなんだけどな。


「そら、行くぞ」


「はーい! よろしくね」


 差し出された手を取って身を寄せれば、その瞬間飛行魔法で体が宙に浮く。白く染め上がった大地を見下ろしながら、約一時間の空中散歩を楽しんだのだった。






 再開した学校生活も今ではすぐに馴染んで、繰り返しの生活でも楽しくて仕方ない。メイリーの家庭教師や教会への訪問。ロッテさんのお手伝いなどなど、合間合間にこなす行事は忙しなくて、たまに疲れも感じるけど、それさえも心地いいものだった。

 今では毎日のように王子を含めた八人でランチを摂るようになり、勉強や政治、または戦闘スタイルなどの話に花を咲かす。そうしていれば長めのランチタイムもあっという間で、物足りさなを感じるほどになった。


(気付けば、普通に友人になってるんだよね)


 王子や貴族、平民に孤児。身分も立場も様々な人達が集まっているけど、それを気にする人はここには誰もいなかった。それだけ気が合っているんだろう。最初は硬かったマリーやリリーも今ではすっかり馴染んでいる。

 たまに、それがすごく不思議な気持ちになる。どうしてか、なんて、説明できないけど。


 そんな毎日を過ごしていれば気付けばもう始春の月(3)。何もない、平和な日々ってすぐに過ぎてしまうものだ。

 思えば、学校に入るまでだって結構すぐに過ぎていったんだから、この世界で目覚めてからずっと、私は幸せだったんだろうなって、しみじみ思う。

 でも、学校生活がすぐに終わってしまうのは、すごく寂しい。あっという間に一年が過ぎようとしている。その証拠に、今日は学年末テストの結果発表の日だった。


「流石です、ティーナさん」


「結局この一年誰にも首位譲らなかったね、ティーナちゃん」


 どうにか、平民で主席を取ったという矜持を一年保つことができたようだ。まあ、平民だから別にそれほど気張らなくてもいいのでは、とは思ったんだけど、後見人に宰相閣下がついている以上、手を抜けるはずもない。この待遇は前世で言うところの奨学生に対する期待のようなものだろうし。


「この後はちょっとしたホームルームで終わりだよね?」


「はい! そしたらもう今期は技術の授業のみで、残すは卒業式ですね」


「そうだよ! テオ先輩もロイド先輩も卒業しちゃうじゃん! そういえば、ティーナちゃんはテオ先輩が結局どんな道進むのか聞いてる?」


 春の月(4)には学年が上がる。となれば、今月に残された行事はそれこそ卒業式だ。私達はただ一学年上がるだけだけど、テオやロイド先輩は最高学年だから卒業してしまう。一年って本当あっという間だ。私が一番楽しみにしていた時期がもう終わってしまうんだもん。

 ロイド先輩は伯爵家嫡男ということもあり、卒業したとしても領地に戻って次期伯爵としてこれから過ごしていくのだろう。だけど、テオについては未知数だ。平民なので、戻って実家の食事処を継ぐ可能性もあるし、保留していた騎士団入りを決める可能性だってある。本人に聞かない限り、どうするかはわからない。

 武術大会後、皆の前でその話を一切しなかったので、マリーは疑問に思っているのだろう。


「まだ聞いてないかな……」


「この学校に入れるだけで準貴族扱いだし、基本的に平民の人でも王宮関連の職に就く人が大半なんだけど、テオ先輩はそのあたり興味無さそうだし読めないんだよね」


「騎士団には、今のところ入りそうにないけどね。かといって、王都から離れることも無いんじゃないかな。私もテオの行く道に寄って私の未来にも関わりそうだから、決めたなら教えてほしいんだけど」


「ティーナさんはそれこそ治療師でも神官でも魔法師でもなんでもなれそうですけど……」


「枠が多いっていいよね! どこでもついて行けそうじゃない? テオがもし実家継ぐって言っても私パン作りで支えられるし」


 戦闘職でも営業職でも大丈夫なようにしてきたつもりだ。帳簿の書き方もロッテさんに習っているし。そう思って二人に告げれば、何故か顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。何か変なこと言ったかな?




「本日はホームルームを終えたら授業も終わりの予定でしたが、急遽呼び出しがありました。全学年、この後大神殿へと向かってもらいます」


 今日はこれで終わりだから、お昼は外で食べようかと話していた直後、担任であるマークス先生からの話は皆驚くことしかできなかった。全校生徒を唐突に集めるなんてこと、今までなかった。しかも場所は大神殿。本来なら一般人が入り込めるはずのない場所だ。


 大神殿というのは、王都にしかない女神マナリス信仰が誇る城のように大きな神殿だ。この神殿は神官達の職場であり、住まいと言ってもいい。

 神の住まいとして考えられる神殿だけれど、神官は神に仕える人間として入居が許されている、という考えだったはずだ。だから、基本的に神殿には神官と、神官に仕える存在しか出入りは許されず、一般人には謎に包まれた聖なる地となっている。

 この場で女神マナリスのことを学び、同時に聖女の伝説について伝えられ、日々女神に祈りを捧げる場所だと言われている。(ちなみに、教会は神殿とは違い、神の住まいではなく、神や聖女の偉大さを人々に教え伝える場みたいなものらしい。細かいことは流石に難しくて覚える気がないのでざっくり説明しかできないけど)

 そんな場所に神官でもない生徒百名を集めるなんて前代未聞と言えるだろう。何が起きたのか見当もつかない。

 前例のない事態に生徒はもちろん、先生も不安そうな表情をしている。おそらく、先生も事情を知らないんだろう。戸惑うのは仕方ない。


 そんな中、私だけはたった一つだけ思い当たることがあった。


「大神殿なんて、本当に入っていいのかな?」


「どうだろうね。でも、全員でって言われているわけだし、先生もついているし、大丈夫じゃない?」


 とにかく、今はマークス先生の言葉に従って私達は移動するしかない。ぞろぞろとクラスごとに集まって大神殿へと向かう。貴族が八割の生徒達には本来なら馬車を用意するところだけど、百名近い生徒分の馬車を用意して大神殿へと向かうなんて、今から何時間かかるかわからない。だから、流石に徒歩移動なんだろうなと思っていた。

 だけど、私の予想は裏切られる。前世で言うところのバスのような大きな馬車がそこには用意されていた。何十人も乗れるような大きさではないが、一クラス分の人数は余裕で入る大きなものだ。それを五頭もの馬が引いてくれるらしい。しかし、元々そんな馬車はこの学校には準備されていたとは思えない。となれば、きっとこれは城から貸し出されたものじゃないだろうか。


 同じ中央区に存在する大神殿はそれほど遠い場所にあるわけじゃない。位置関係を説明するのならば城と大神殿の中間に学校が存在している。だから、移動時間もさほどかからず、大体二十分前後で到着した。


「にしても、何の話なんだろう。今までこんなことあったなんてお姉ちゃんにも聞いたことないんだけど」


「そういえばマリーは三姉妹の末っ子だっけ?」


「うん、まあね。だからある程度学校のこととか王都のことは聞いてたんだけど、こんなの多分初めて」


 ただならぬ様子に不安に思っているのか、ぎこちない笑みを零すマリーに私はなるべく無邪気に笑って見せた。まあ、全校生徒を集めるだけなら学校の講堂で十分なのに、わざわざ大神殿に移動させるとなれば不安になっても仕方ない。


 たどり着いたそこは、城や学校と同じように白亜と思わしき白く滑らかな石材で作られた大きな建物だった。まるで熊でも出入りすることを想定しているのか、と疑うほどの大きな両扉は、金や色ガラスで品よく彩られて正面を飾っている。

 陽の光を浴びる神殿は、まさに聖域のように思えるほど厳かで神聖な場所のように思えた。前世が日本ということもあって、私はあまり信仰心がない。言うなれば仏教なのだけど、幽霊とかその辺ならまだしも、仏とかあの世とか考えたところでわからないし、信じて何かをする考えもない。だから、神聖とかそういうのは勘違いも入っているんだろうなって思って生きてきた。

 でもこの世界はファンタジーだ。魔法があり、魔力があり、魔道具があって、しかも瘴気もある。以前の世界では説明できないものが多くあるこの世界では、感じるその神聖さも勘違いとは言えない。


(何か、心地いい気がする。大自然の中にいる時のような、清々しさというか……マイナスイオンかな?)


 実を言えば教会の礼拝堂でも同じような感覚を感じていた。だけど、ここはそれ以上だ。敷地内に入っただけでまるで結界の中に入ったかのように明らかに空気が変わった気がした。


「聖女もいるんだから、神の存在も認めないといけないかな……?」


「え? 何か言った?」


「あ、ううん、何でもない」


 危ない危ない滅多なことは神殿内で呟くのは危険だわ。一応この国は基本的にはマナリス教なわけだし。

 学年とクラスごとに列に並んで集まる。教会と同じく大神殿の正面入り口から入るとそこは大きな礼拝堂になっている。真正面に飾られているのは女神マナリスの像だ。人の三倍ものある大きな像は圧巻と言える。そこにステンドグラスから降り注ぐ色とりどりの光を浴びて誰もが見惚れるほどの神々しさだ。

 皆、声も無くその像に釘付けになった。


 暫くして女神像の前の祭壇に白いローブを着た男性が立った。男性と言っても綺麗な白髪をしたお爺さんだ。皺で細くなった目は、優しそうな茶の瞳だ。けれども、表情はとても真剣で、僅かに空気がピリついた。

 その雰囲気を感じ取って背筋を伸ばす。


「急に呼び出す形になってすみません。本来なら私の方から皆様のところへ出向くところですが、何分老体で体が不自由なもので、このようにご足労頂きました。私の名は、ヴァルグ・リーカスと申します」


 彼が名を口にした瞬間、生徒達は騒つく。それもそうだ。彼は神官の中でも一番地位のある、大神官の座にいる人物だ。高い治療魔法を扱い、心より女神を愛し、何十年もの間祈りを捧げたことに寄り、女神の声を聞くことができたという尊い人物。年齢は既に八十近いはずで、この世界では長寿と言われる。政治を動かす力はないが、国を跨いで存在する宗教の頂点というのは、場合に寄っては王族より上の扱いになる。特に聖女関連は王族よりも大神官の方が様々な権限を持っている。

 例えば、聖女の正史を知っていることや、その歴史を誰にどのように教えるか決められるのは基本的に彼のみだ。

 この国の王族が聖女の正史を学べる権利を持っているのは、この国全体がマナリス信仰であることが大きい。その他にも、聖女が誕生するのはこの国から、という事情もある。故に、この国は女神マナリスに愛されし国として、マナリス信仰者に重要視されているのだ。


「皆様には、今から重要なことをお教えします。できれば、静かに話を聞いていただければと思います」


 不思議なくらいよく通る声で彼は言葉を続ける。同時に視線を端から端まで動かした。まるで、何かを探すように。


「今から三十年ほど前、私は女神マナリス様のお声を聞きました。それは、何気ない朝の出来事です。いつものように祈りを捧げている時に、鈴のような、カナリアのような、とても綺麗な声が頭に響いたのです」


 まるで物語を語るように、彼は話し出す。女神の声、ということはつまりそれは信託のようなものだろうか。そんな話、今まで聞いたことがない。女神の声を聞いたことがあるという話は知っているが、それが意味のある言葉だというのは広まっていないはずだ。それはつまり、今まで敢えて広めてこなかったということだろう。そんな貴重な話を、私達にされている事実に緊張が走る。


「マナリス様は言いました。今から三十年後、この地に聖なる力を持つ少女が覚醒するでしょう、と」


 さらに大きくなる騒めきは、誰も止めることができない。こんな状況、誰も想像していなかっただろう。だって、自分達の代で、歴史的瞬間に立ち会うとは思いもしないのだから。


「そして、今日の朝、また私は女神マナリス様よりお言葉を頂いたのです。数多くの少年少女が学びを得るその場所に、聖なる力を持つ少女がいる、と。それが、誰とは教えてもらえませんでした。ですので、こうして皆様に来て頂いたのです」


 大神官ヴァルクはゆっくりと歩を進めて私達に近づいてきた。そしてもう一度視線を巡らせる。口を開いていた者はすぐに閉じて彼の次の言葉を待った。




「マナリス様は言いました。この場にいる誰かが、聖女の使命を持つマナリス様の愛し子なのだと」




 聖なる力を持つ少女。

 世界の希望となる聖女。

 その誕生の瞬間だというのに、私には感動や興奮なんていう感情がなかった。逆に、言い知れない不安に襲われて、唾を飲み込んだ。


 聖女が生まれるということ、聖女の力が必要になるということ。




 それはつまり、伝説への序章であり、絶望への……始まりだ。




 

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