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26.それは雪のように積もって

 明日から冬季休暇に入る。もう冬に入って、王都でも雪がよく降るようになった。積もらない程度のふわふわとした雪は綺麗だし、素敵だなって思うけど、積もり始めると途端、恨めしい気持ちになるのは仕方ないよね。

 今日は雪も降らずに快晴だ。陽が出ているだけで少し暖かい気がする。ホッと肩の力を抜いて、ドレスの裾を翻して校庭へと向かった。


「ティナー、こっちこっち!」


「テオ! お待たせ~!」


 会場手前で待っててくれたテオに小走りで近寄れば、テオはマジマジとした様子で私の姿を見つめた。そういえば、テオにこうしてドレス姿を見せるのは初めてだった。メイリーの家庭教師の時はドレスとは違う制服のような衣装をもらったからそっちメインだったし、後は宰相閣下と会う際の個人的な訪問の時にしか着てない。それに、今日は手持ちのドレスじゃ寒いだろうしってことで、レンタルドレスを利用している。だから、普段は着ない暖かみのある淡いオレンジのドレスだ。この色ならもらった魔道具のブローチも映えるし。髪の色も本来の白銀だとオレンジでも可愛すぎる色合いで合わないかなって思ったけど、今はフィーネさんと同じ亜麻色だ。まだ可愛気があるからこの色でも似合わなくはない、はず。


「テオ、どうかな?」


「……」


「……似合わない?」


 私を見たまま動かないテオに少しだけ不安になる。ドレスを選んだのは私で、着つけてもらった時も、マリーやリリーと合流した時もドレスについて意見なんて聞かなかった。だけど、テオにはどう思われているのかやっぱり少し気になって聞いてみたんだけど。硬直したまま動かない。


「す、」


「す?」


「すんげー、似合ってる」


 しみじみとしたその言葉にグッと体温が上がる感覚がした。テオは基本的にお世辞は言わない。よくも悪くも正直者だ。平民だからこそ、地位ある人間と関わってこなかったことも関係しているけど、テオ自身の気質でもあると思う。だけど、誤魔化しや嘘くらいは場面を見極めてきちんとする。でも、私には、しない。私がそれを嫌がったからだ。

 だから、こうしてテオが褒めてくれる言葉は、本当のことだから嬉しく思うけど、同時に恥ずかしくもなる。


「テオも、何だか新鮮」


「窮屈な服着るの苦手なんだけどな」


「でも、似合ってるよ。それに、騎士服って公式の場では似たようなカッチリ系らしいし、もしかしたら着る未来はあったんじゃない?」


 黒ジャケットと黒のパンツスタイルは、引き締まっているテオにとてもよく似合っている。もちろんこれもレンタル衣装なのだろう。高い服に慣れていないテオは動きにくくて仕方ないのだろう。


「これほどじゃないと思うけどな、騎士服は。でも、確かに普段着とは雲泥の差がある品質だろうけど」


「そういえば、ああいう騎士服って支給品なのかな? 最初からあんなの渡されてもお金払えなそう」


「確かに」


「ちょっとちょっと、テオ先輩もティーナちゃんもそんなことここで考える必要なくない?」


「早く行かないと始まってしまいますよ」


 呆れたようにマリーが、可笑しそうにリリーが笑いながら声をかけてくれる。無駄なやり取りをしているのを二人に見守られていたことに気付いて私はハッとする。


「そうだね、早く行こうか。ご馳走食べなきゃだし」


「大丈夫だ、ティナ。ここの人間大半が貴族だから料理にガッツクのは平民だけだ。料理は腐るほどある」


「それはそれで勿体ないんじゃない?」


「本当ですね、余った料理はいただけないんでしょうか? 教会にお土産として持ち帰りたいです」


「リリーちゃんまで……!」


「ジルに相談してみれば?」


 庶民丸出しの会話をマリーに聞かせつつも私達は会場へと踏み入れた。


 このパーティーは冬篭り前の宴として、生徒が交流できるように設けられたものだ。つまり、楽しみさえすれば何でもいいただの交流会。というわけで、気兼ねなく食べて踊って過ごせばいいだけ。つまらなかったらすぐに退出するのも許されている。

 だから、そう、別に無理をする必要はないので、こういう場だからこそ、練習にはもってこい!


「てことで、テオ! ダンスしよ!」


「何がてことなのかわかんねーけど、ダンスって……したことねーんだけど」


「大丈夫! 私もあやふや!」


「余計ダメじゃねーか!」


 ギャーギャー喚くテオの手を引っ張ってダンスのためにあけられている中央へと一緒に立つ。途切れることなく流れる音楽の区切りを待ちながらテオの前に立った。

 観念したようで、テオは息をついて手を差し出してくる。それににっこりと笑って私は手を添えた。


 闘いに於いて右に出る者は少ないと言われているテオ。

 魔法と座学に於いて天才と呼ばれる私。

 故に、最強バディとして密かに噂されていたようだけど、ダンスが壊滅的に息が合っていなかった。あまりの衝撃に周囲は騒然となったようだけど、元々自分達がそんな評価をされていることを知らない私とテオは、ただただお互いの足を蹴りつけながら笑って時間を過ごしたのだった。






 そんな穏やかな一日を終えて、私達は冬季休暇に入った。


「寂しいわ、このお休みの間、お姉さまとほとんどご一緒できないんですもの」


「そう思ってくださって嬉しく思います。ですけど、メイリー様はとても優秀ですもの。私がいなくても既に勉強はかなりお進みになってますよ?」


「もう! そういう意味で言ったわけじゃないわ! お姉さまと会えないことが寂しいって言ってるのよ?」


 ぷくりと頬を膨らませて不満を訴えるメイリーは本当に可愛い。どうしてこんなに懐かれたのかは未だに疑問ではあるけれど。でも、こうして率直に好意を伝えてくれるのは、とても心地いい。だって、嘘じゃないって見ただけでわかるから。


「わかってますよ。ありがとうございます。でも、ひと月程度なんですから、きっとあっという間に過ぎますよ」


 だけど、子供の一年と大人の一年は密度が違う。だから、私が感じるひと月と、メイリーが感じるひと月は長さが違うだろう。それでも、過ごしてみればきっとすぐに終わってまた同じ日常に戻る。今はその日を楽しみにしてくれればいいと思う。


「お姉さまはお休みの間何をするの?」


「一度、実家に戻ろうと思ってます」


「そういえば、お姉さまの実家がどこなのか知らなかったわ! あら、でも南区の教会によく行っていたのなら、王都出身ではないの?」


「私は孤児なんですよ、メイリー様。育ての親は王都ではなく、ベッサの街手前にある山に住まいがあり、そこで暮らしていました。テオはその育ての親の孫扱いで知り合ったんです」


「まあ! 結構遠いのね。とはいえ、馬車で丸一日走れば着く距離かしら?」


 前にお兄さまがおっしゃってたわと言うメイリーに、家族でよく会話をしていることがわかって微笑ましくなる。

 最初に出会った人がフィーネさんだったから、私の周りに集まる人は心地いい人ばかりだ。王族とこれほど関わり合いになるとは思っていなかったけれど、王族自身がこれほど心優しい人なのは予想外だ。

 純粋で可愛いメイリー。聡明で誠実なジルシエーラ様。その二人を育て、導いている堅実な両陛下。全ての貴族が優しいわけではないけど、この国が暮らしやすい状態に保たれているのはわかる。それほど、今の王族は慕われている証拠だ。

 少し前までは……この国も隣国とピリピリしていた関係で少し荒れていたのだから、今のこの平和を有り難く思わないといけない。だけど、王子が言うには近々この平和は壊されてしまう。


(魔王、か)


 聖女と共に魔王の存在もあまりつまびらかにされてはいない。魔物の存在が生物ではない、曖昧な概念のような存在である以上、魔王もそれに似たモノである可能性は高い。そうなると、普通に退治するのは難しいのかもしれない。

 魔物なら核を壊せば消える。だけど、魔王となれば、核すらも存在するのかどうか。だからこそ、魔王を倒すには聖女の力が必須なのではないだろうか。


「でも、今は魔物が増えていると聞いたわ。大丈夫なの?」


「あら、メイリー様も私の闘いっぷり見てくださいませんでしたか?」


「み、見てたわ! とってもかっこよくて感動しちゃった! でも、それでも……女性一人なんて危ないわ。ちゃんと親代わりの方はいらっしゃるの?」


「いえ、もう……。でも大丈夫です! 多分、テオもついて来てくれるので」


 里帰りするなら飛行魔法で帰るのが一番だ。もう雪が積もり始めてるから馬車も危ないだろうし。それに、今度はきちんと伝えてテオを頼らないと拗ねちゃいそうだし。

 そう思って何気なく答えればメイリーは口元を手で隠して目を見開いていた。


「は、破廉恥だわ」


「は?」


「殿方と二人っきりで過ごすということでしょう? お姉さま、それはれっきとした既成事実になりますのよ? 大丈夫ですの?」


 あまりの台詞に口に含んでいた紅茶を吹き出しそうになる。ちょっとちょっとメイリー! 何を言うかな!

 誰! まだ十歳の子供にそんな台詞を教えたのは! しょっ引いてやるんだから!!






「じゃあ、よ、よろしくね!」


「おう。今回は素直に言ってきて安心したぜ」


 里帰りする前にメイリーや教会の子供達に報告とかして備えないといけなかったから、数日前にはテオに相談はしておいた。すると、案の定ついて来てくれることになった。ロッテさんからテオを借りる形になるのはちょっと心苦しいけど、毎回ロッテさんは喜んでいるから複雑な気持ちになるんだよね。


「ところで、何か緊張してねえ?」


「へ? ううん、してないよ、大丈夫」


「そうか?」


 メイリーが直球な物言いをするから、流石にちょっと意識しちゃってるなんてテオには言えない。いや、だって、意識くらいするよね。特に前回の帰省の時は自分の気持ちを再認識させられたわけだし。


「よし、じゃあ行こうぜ!」


「よろしく」


 どんなに意識していたとしても、テオの風魔法で帰るということは、密着は防げないわけで。今更こんな意識してもどうしようもないのにと思いつつ、どうにか取り繕ってテオの腕の中に収まる。

 高鳴る鼓動を聞かない振りをしながら、高く上がる視線に意識を集中させる。広い空を見れば、悩んでいることもどうでもよくなるだろうと言い聞かせて。


(それに、テオの温もりは安心するんだよね)


 緊張はするけど、それ以上に安心もする。ずっとずっと、この温もりを感じて生きてきたからかな。

 まるで親鳥に擦り寄る雛のような気持ちだ。そんなこと言ったらきっと嫌そうな顔するんだろうな、なんて、想像して笑えば、テオに不思議そうな顔された。


「考えてみれば、私とテオって二歳差よね?」


「考えないと気付けないことか、それ」


「ううん、じゃあ、私、〝お兄ちゃん〟って、テオのこと呼ぶべきだったのかなあって」


 兄妹ではないけど、親族のようなものだし、兄代わりとして呼んだ方がしっくりきたのでは。でも、中身が前世の記憶だから、小さな子を兄呼ばわりするのは難しいな。

 なんて、呑気に思いながら問えば、突然ガクリと高度が下がる。一瞬落下した衝撃に驚いて短い悲鳴を上げてしまった。


「何、何なの?」


「お、お前なあ! 何つーこと言うんだ! びっくりしただろ!」


「ええ? だって、そうじゃない? そうじゃないならテオは本当は私の甥っ子だよ?」


「やめろ、それをほじくり返すな!」


 くだらない会話をしながらもテオはまっすぐに進む。とにかく、テオはお兄ちゃん呼びは嫌らしい。まあ、今更変えるのは難しいからいいんだけどね。




 積もった雪をどかして、墓を掃除して、家の中も掃除して、シチューを作ってご飯を食べて、お風呂に入る。そうしていれば、チラチラと白い雪が空から降り始めていた。パチパチと静かな空間に響く薪が燃える音を聞きながら窓から外を眺めていれば、テオがカップを二つ持って近付いてきた。


「ほら、あったまる薬草茶。よくばあちゃんが淹れてくれてたよな」


「うん、そうだね。ありがとう」


 有り難く受け取って口に含む。じんわりとした熱が体の芯から広がるようだ。香辛料がいくつか含まれるそれはいつも飲む薬草茶と比べて癖が強い。ダージリンのお茶をノーマルと考えるならこれはチャイとかそういう部類だろう。だけど、その分体にはいいし、体を暖めてくれる。寒い地域には必須だ。騎士団でも遠征時に最初から茶葉と香辛料を混ぜた状態で持ち運んで飲んでいると聞いたことがある。


「テオがこのお茶の配分知ってたことに驚きだな」


「あー、まあ、知らなかったけど、ばあちゃんが倒れる前に一回教わったんだよ。気を遣える男になるべきだって説教付きで」


「ぶっ、はは! 何それ! 珍しいね」


 フィーネさんは基本的にテオは放任主義だ。まあ、実の親が身近にいるんだから、フィーネさん自身がうるさく言うつもりはなかったんだろう。でも、お父さんのセドリックさんを失ってからは、剣の特訓については度々面倒を見ていたらしい。そうしないと、きっとテオは一人で突っ走るだろうしね。下手な特訓をしていたら、大怪我に繋がることもある。フィーネさんなりに、父代わりをこなしていたのかもしれない。

 それでも、剣以外のことは基本的にノータッチだったはずだ。元々テオは男だし、料理とか家事とか、そういう部分はフィーネさんがわざわざ口出す部分じゃない。


「まあ、お前と一緒にいることが多かったから、二人の時はオレも手伝いくらいはしろよってことだったんだろうな」


「なるほど? だからテオは、たまに私にだけには料理作ってくれるの?」


「……まあ、そうだな。お前だからこそ、甘やかしてるつもり」


 確かに、フィーネさんが亡くなって、私が一人旅に出たことをきっかけに、テオはこうして私を支えようと気遣ってくれているように思う。くすぐったくなる時もあるけど、いつもその気遣いに胸が暖かくなった。

 照れ臭いのか、そっぽを向くテオの肩にそっと自分の頭を乗せる。

 テオは私の幼馴染で、バディで、相棒で。そして、一番傍にいたいと思う人。お互いにお互いをそう思っているからこそ、私達はこの曖昧なようで明確な関係を続けていられる。

 幼馴染にしては距離が近い男女なんて、本来なら長続きしないものだ。だって、きっとお互いに自覚している。この気持ちに。それでも、一線を越えずにいられるのは、テオが私のことを許してくれているからだと思う。私が、その一歩を踏み出そうとしていないことに、気付いているからだ。そして、私もそれに甘えてしまっている。

 いつまで、この関係が続けられるのか。不安定で、だけど心地よいぬるま湯に浸かっている現状に満足している振りをする。その、深すぎる底が、いつしか消えてしまう恐怖を心の奥底に抱きながらも。


(だって、この体は私のものじゃないもの)


 以前の記憶はない。前世の記憶はあるけど、あれを本当に前世と言っていいのかもわからない。ただ、この体として目覚めたあの日以前の、この体の記憶がないことが、いつまでも私を不安にしていた。

 私は一体誰で、どこに住んでいて、何をしていて、親は何者で。何もわからないまま前世の私として目覚めて、今まで過ごしてきた。だから、本当にこの体は私なのか。本当に私はこのままここにいられるのか。わからないから不安で、わからないから先に進めない。

 だって、もし本当は別の誰かがこの体の持ち主だったら? そうだとしたら、きっと、いつか私は消えてしまう。

 テオの傍にいたくて、テオと思い合って、そして誰よりも思っていることを確かめ合ってしまったら。その後で、私がここから出てしまったら……テオは、どうなるのだろう。


(怖い……)


 常に襲ってくる小さな不安。それが消えない限り、きっと私はいつまでもその一歩を踏み出せない。

 テオと一緒にいたいのに、思っているのに、誰よりも大切なのに、それを伝えることができない。それをただただ笑って誤魔化し続けることに、最近は息苦しさを覚える。


 いつかは、探さないといけない。自分の過去を。自分の真実を。だけど、まだ、そんな勇気はないから。


 だから、もう少しだけ……このぬるま湯に浸かれることを願う。

 まるで、この雪のように降り積もっていく不安を誤魔化すように、視界に入る雪を瞼を下ろして遮った。




 今はただ、何よりも安心するテオの温もりと香りを感じていたいから。


すみません、この前一週間ごとの更新に変えたばかりなんですが、書き残しているシーンを考えるとどう考えても九月いっぱいで話は終わらないので、ここは思い切って一度更新を止めます。

前後半ですっきり終わる話数だと思ったんですが、ラストスパートはそんな甘い話数で終わるはずなかったなと、ちょっと話の構成を考え直して、今年中に更新再開できるようにしたいと思います(汗


しばらくお待ちいただければ幸いです…っ!

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