幕間4.男子会
※テオドール視点
建国記念祭も終えて、本格的な冬に入り始めた。このセントラケルディナ国は比較的に涼しい国だ。となると、冬に入るのも少しだけ早く、そして春になるのが少しだけ遅い。終秋の月下旬から雪が降り始め、始春の月始めまで雪解けの時期にならない。とはいえ、国の六割がそうで、他四割はもう少しだけ温暖な地域になっている。
王都含め北側の範囲が寒い地域になるので、そろそろティナが泣き言を漏らし始める頃だろう。普段は朝型なのに、冬だけは冬眠するかのようにベッドから出てこないんだよ、あいつ。
前に、ばあちゃんに頼まれて羞恥心に耐えながらティナを起こしに行ったら、布団剥ごうとしたオレにむしろ抱き着いてきて暖を取ろうとしたんだぜ。肌に直接触れた方が熱を感じやすいからって首に頬をすり寄せてきた時、どうしてくれようかと……いや、今はそんな話をしてる場合じゃない。
えっと、つまり何が言いたいかっていうと、もうすぐティナの誕生日がくる。オレの成人のお祝いに魔石なんていうレア物をもらっちまったオレは、流石に適当な物を渡すのは気が引けるし、それでよしとする自分でいたくない。ただでさえ、ティナに比べて自立できてないのに、これ以上もらうだけの関係でいられない。
「というわけで、まずは金を稼ぎたいんだ」
「なるほど」
ただ、プレゼントを買うとしてもオレは実質それほどお金を持っていない。今まで持たなくてもどうにかなっていたし、バイトだってしている場合じゃなかった。家の手伝いしないといけねーから。必要な分は母さんに相談すれば工面してもらっていたけど、こればかりはそうもいかない。だから、しばらく他所でバイトして稼ぎたいことを母さんに相談して――もちろん理由も言ったからあのムカつくニヤニヤ顔を向けられた――ティナの誕生日まで手伝いは免除してもらった。
だけど、問題はその後だ。バイトなんてほとんど探したことねーから、いざやるとなると困る。それに、一か月も無いから稼ぎのいい場所に頼まないといけない。悩んだ結果、この国で一番お金を持っていそうなジルに頼みにきたわけだ。
オレの、ティナの誕生日に良い物をプレゼントしたいからバイトをしたいという完結過ぎる説明に、ジルは呆れることなく頷いた。こいつ、真面目な性格だけど、適応力あるよな。
「それなら、僕の手伝いをしてもらいたい」
「オレ、頭使う仕事は無理だぜ?」
「いや、そういうのじゃない。本当は騎士団を動かして行うことなんだが、テオがいるなら代わりになるだろう。僕の護衛をしてくれ……というか、共に闘ってくれないか? 魔物と」
ジルの言葉にオレは思わず目を輝かせる。騎士団入りを拒否した癖に、騎士団の仕事に喜ぶとか失礼なのはわかってるけど、オレ好みのバイトで喜ばないわけがない。
「あ、でも、オレでいいのか? 騎士団を動かすっていうことは、それだけの実績とか実力が備わっているヤツを使わないといけないんじゃねーの?」
「そうだ。だが、だからこそ君に適しているだろう? 王族から直々に声がかかるほどの実力があるし、素行調査は終えているんだ。すでにそれほどの信頼はある」
「まあ、ジルが損にならねーならオレはいいけど。でも、オレだけじゃ流石にダメだろ?」
「そうだな……この際だからいつもの男子メンバーで固めるのはどうだ?」
「それって、ロイドとエリクも誘うってことか?」
「ああ、損はないだろう。なんたって、相手にするのは魔物だ。エリクはそれなりに実践経験はあるだろうし、ロイドも武術大会で手合わせして十分実力が備わっていることは理解している。たまには気兼ねないメンバーで行ってみるのも悪くないだろう。まあ、それでも一人くらいは騎士を付けられる可能性はあるが……基本は手を出させないようにしておこう」
「いいな、それ! バディでコンビが決まっているのも悪くねーんだけど、他のメンバーと手を組む経験がなくて少し物足りなかったんだ! このメンバーなら遠慮もいらねーし、ジルから声をかけてくれるならきっと集まるな!」
思い付きでジルにお願いしたけど、思った以上に楽しそうな提案をされて、すげー楽しみになってきた。興奮するオレにジルは小さく笑って声をかけてくれると約束をしてくれた。
「ところで、ティーナには何を贈るつもりなんだ?」
「それが少し悩んでるんだよ。できることなら魔道具を買いたいんだけど、個人的に買うとすげー高いだろ? 買えるとしたら単純なカイロとかそういうのになるかなって」
用途としてはショボいけど、寒さに弱いティナにはピッタリとも思う。カイロとは火属性の魔道具で、単純に魔石をはめ込んだ物がポカポカと熱を帯びるようにした物だ。これくらいなら小さな魔石で事足りるので平民でも手が届く範囲の値段で済むはずだ。物が見つかればの話だが。そろそろ寒くなる時期だから出回っていることを祈るしかない。
「カイロか……それならいい物がある。かなり便利なものだぞ。魔石をはめ込んだブローチ状の魔道具で、温度調整ができる加熱道具だ。たとえば、低の温度に調整して服に取りつければ服全体を暖めてくれるし、高の温度に調整して鉄板の上に乗せれば、鉄板を熱してフライパン代わりに使える。中の温度に設定して水に浸せばお湯に変えることが可能だ」
「うわ、すげー便利じゃん! フライパンにできるのはいいな。火をおこさなくていいのは楽でいいな。でもそんなもの、かなりの高額だろ? それに在庫あるのか?」
「騎士団で使っているものだからな。予備はまだあるはずだ。定期購入している関係で、城ではそれなりに安く購入している。魔物退治の働き具合に寄っては給料の天引きで手配しておく」
魅力ある話に正直心が揺らぐ。外で楽に料理ができるのは絶対喜ぶだろうな。料理をしていない時は服に付けておけばあったかいわけだし、きっと他にも便利に思う瞬間はあるだろう。
どっちにしても、バイト代が出ないことには悩むものも悩めない。買うかどうかは働き具合で決めてもらうことにして、一個確保しておいてほしいと頼んでおいた。
「殿下から話があった時は珍しいメンバーだし、いい経験になると思い僕も少し浮かれていたことは認めます。ですが、明らかに! 接近過多です! サポート役が僕だけなのは不公平です!」
約束の日、時間通りに集合したオレとジルとロイドとエリクの四人はお目付け役の騎士一人を伴って近くの森へと偵察に行った。何でもジルはここ最近自ら魔物が出やすい森や山に出向いて異変がないか確認しているようだ。夏休みに山にいたのもそれで、魔物が以前より増えていることに気付き、その夏の内に王都と周辺町村に注意喚起を呼びかけていた。あまりの対応の早さにティナと一緒に感心したことを覚えている。
毎回騎士五名ほど連れて行っている調査を、オレ達が代わりにするというものだが、ジルに言われた通り森を少し入った時点で魔物にすぐ遭遇してしまった。いくら王都近くの森――王都の人達はここを魔境と呼ぶ――とはいえ、こんなにも早く遭遇するなんてとジル以外は全員驚愕していた。けれども、襲い掛かってくれば一瞬で正気に戻り、戦闘体勢になる。しかし、ジルとオレは同じ魔法属性かつメイン武器は剣。ロイドも同じく剣を使い、魔法は土だ。となれば、三人接近戦を得意とし、唯一遠距離戦闘をするのはエリクのみなわけで、自然とサポート役となる。
自由に動き回るオレ達を避けて魔法を繰り出す、なんていうのはかなり至難の技だ。それなのに、エリクは難しさなんて一切見せずに絶妙なタイミングで無駄のない魔法を打ち出し、完璧にサポートしてくれていた。だけど、それでも文句がないというわけではなく。
結果、まだまだ森をウロウロしながらエリクの文句を聞いておかないといけないようだ。
「そうだな、せめて防御と回復役を含めるべきだった」
「……となると、ティーナかリリーじゃないか?」
「ティナは当然却下だろ。となるとリリアしかいねーけど、でもせっかくなんだし、男子会するのもいいなーって思ってたからな」
「何だその男子会というのは?」
「何でも、女子だけで集まって話をしたり遊んだりすることを女子会っていうらしいぜ? だから、男子だけで集まって何かすることを男子会っていうんだろうなって思って」
「そういうくだらない話をしているんじゃないんです! 貴方方三人が全員接近戦闘を好んでいるのは理解しています。ですが、四人中三人が前線にいるのは正直非効率的ですし、リスクも高まります。剣しか使えないわけじゃないんですし、誰かせめて中間地点でサポート役を担ってください」
なるほど、確かに正直に全員接近戦をする必要はないな? エリクの叫びに頷いていたオレだけど、溜めもなく「俺には無理だ」と口にしたロイドに堪らず苦笑を浮かべてしまった。
「少しは考えてから言ってください!」
「……向いてない」
「はあ、わかりました。では殿下かテオドール、どちらか頼めますか?」
ロイドに関しては諦めたらしい。まあ、ロイドは基本的に素直だ。実際サポートは苦手なんだろうな。そもそも自分で考えて戦うのですら苦手らしいし。
オレはジルと視線を合わせて互いに悩む。オレとジルはかなり戦闘スタイルが似ている。というか、能力的に言えばほとんど同じだ。魔法属性も武器も同じ。魔力量は比べたことがないから知らねーけど、多分それほど大差ないと思う。一歩後ろに引いて全体を見ながら必要になったら手を出す、というスタイルなら性格的に言うならジルが適任だとは思う。
だけど、一つ試してみたいことがオレにはあった。
「じゃあ一度オレがやってみてもいいか? 実は前々から試したいことがあったんだ」
「僕はいいが、エリクは?」
「まあ、一人が下がってくれるならそれでいいです。僕は一番後ろでテオドールの様子を見ながら邪魔にならないようにサポートします。そこは任せてください」
エリクの任せては信頼できるなあ。絶対どうにかしてくれそうって思う。ティナ並に魔法操作高いし、被害も最小限に済ませる機転もあるもんな。そんな安定したサポートがあるからこそ、オレが考えていることを試すこともできそうだ。まあ、流石に複数体魔物が出てきた場合は試したいことは一旦保留にするけど。
「にしても、まだ成人もしていない女性へのプレゼントに魔道具を選ぶなんて、君もなかなか強欲ですね。貴族ならまだしも、平民の君には稼ぐのだって楽ではないでしょう?」
「オレだってこの前までそんな高価な物、贈る気なかったんだけどさ。成人祝いと言えど、ティナから魔石贈られちまったんだから、少しは見栄を張りてーじゃんか」
「まあ、それが男心というものですかね」
「そうだな。恋人なら猶更だ。しかも年下の女性にそんな貴重な物をもらったなら、少し無理をしてでも返したいと思うのは普通のことだな」
確かに、と二人は納得したように頷いているけど、突っ込むべきだろうか。狙ってやってるとは言え、こうも自然とオレとティナが恋人だと認識されているのは、騙しているようで心苦しい。もちろん、ティナに対してじゃなく、この二人に対してだけど。
「……テオとティーナはただの幼馴染だ」
「「は?」」
オレが悩んでいる間にあっさりロイドが暴露した。まあ、本当のことなのでオレは問題ないけど。だけど、オレが否定しないのも驚きらしく、二人は茫然と見つめてきた。
「待て待て、何の冗談だ?」
「君達、僕達がロイドと闘っている時、イチャついてましたよね?」
「ああ、手を繋いで仲良く観戦してたよな?!」
捲し立てるように問い詰められて思わず身を引いた。それも事実だし、実際オレだってこんなにも仲良しアピールしてるのに恋人になっていない事実に驚きだ。でも、なってないもんは仕方ないから周囲に牽制するしかねーし。
オレの想像以上に慌ててる二人の姿に首を傾げる。何か問題でもあるのだろうか。
「……テオ、普通は付き合ってないなら必要以上に触れ合いはしない。特に貴族は」
「ああ、なるほど。そこは貴族と平民の差、か。いや、平民でもそんなに仲良くない女子と手を繋いだりしねーけど、でも幼馴染とか長い付き合いがあればおかしくはないから……」
とはいえ、まあ、そんなに頻繁に手を繋ぐなんて有り得ないかもだけど。でも、手を繋いでるからって恋人とは限らないのは確かだ。
「恋人じゃないし、ただの幼馴染なのは確かだけど、ティナをいつかオレの女にする予定はあるから、まあ……つまり恋人みたいなもんだ」
「「「…………」」」
「てか、オレのことよりむしろそっちの方が問題じゃねーの? 貴族って自由恋愛できねーんだろ? 誰も婚約者とかいねーの?」
貴族の世界は平民と違って政略結婚が多いって聞いたことある。家格とか嫡男とかそういうのが関係してくるらしい。あのレント伯爵のお嬢様がオレに迫ってくるのは、あの家が家格よりも実力主義の騎士団長の家だからだ。そうじゃなければ流石にあのお嬢様もオレなんか相手にしない。
「僕は立太子のタイミングの関係もあってまだ婚約者は決められないんだ」
視線をわざとらしく逸らしたジルが歯切れ悪くそう言う。そもそも立太子はいつするんだと聞いてもいいだろうか。なんて、意地の悪いことを考えたけど、何となくジルがそういうことを後回しにしているのはティナが言っていた魔王復活に備えていることに関係している気がする。
じゃあ、とばかりにジルの隣にいるエリクを見る。
「ぼ、僕はあまり女性と関わることがなくて、だな。今は、エルダの面倒を見るので手一杯だ。それに、僕はとりあえず魔法師になるつもりだし、嫡男でもないから結婚は慌てない」
「なるほどな。じゃあ嫡男のロイドは?」
二人は二年でもう一年あるけど、ロイドは今年卒業だ。こんな悠長にしていていいのかと視線を移すと、いつも通りの真顔のロイドは焦った様子は一切ない。それどころか微かに口元を緩めて一言で答えた。
「……内緒」
え、何それ、格好いいな。内緒ってことはロイド的に思っている相手がいるってことか。まあ、いつか教えてもいいってタイミングで教えてくれるだろ。
「ところで、どうしてこんな会話してるんでしょうね、こんな場所で」
確かに、まだオレ達は王都近くの森の入口にいたままだ。こんなうっそうとした場所で男同士恋人について語り合うなんて、かなりの変わり者だ。付き添ってくれている騎士なんてさっきから視線すら合わせない。というか、あいつかなり態度わりーんだけど、本当に王家直属か? そういえば口を開いたところすら見てねーや。
「そうだな、歩きながら話すか」
「いえ、そう言う意味ではありません」
だって、今日はこの森から移動しないんだから、カフェでちょっと話でもって訳にもいかねーじゃんか。入口にいたままってのも効率はよくねーし、それなら魔物調査をしながら話をした方が効率的だろ?
エリクの言葉を一蹴して、オレ達はとにかく先に進んだ。魔物が出現するまで、……いや、実際には魔物を討伐しながらも結局はそれぞれの恋愛観について語り合った。
男子会……男子っぽく魔物討伐しながらの会話。これほどこの名前に合った会はねーよな! そんなことを思いながらついでに考案していた新しい技も試して、オレは楽しい一時を過ごした。
後日、その日の話をティナにしたら、ものすごく呆れた顔で魔物討伐しながらする男子会なんて普通じゃないと言われて、何がおかしいのか頭を捻らせることになるのだった。
本当はメインストーリーの話数で入れようかと思ったんですが、元々入れる話でもなかったし、ただの寄り道には変わりないので幕間にしました。
きっとこの話では、女子より男子の方がコイバナしてる。




