19.ハプニング
とりあえず、ゲイルのバディと決着がつき、勝利をもぎ取った私達は一度観戦席に戻ろうかと思ったけど、シードとはいえ、一試合しか間にないので、袖口にあるベンチに座るだけにした。それでも、次の試合が終わったらすぐに始まることは流石にない。連続で闘うバディが気の毒過ぎるからね。三位決定戦に関しては同じ条件同士なので終わってすぐに始まることが多いらしいけど。
「にしても、さっきのお前の魔法さ、なんかすげーけど、植物の種類を限定して生やすなんてできるのか?」
「できるよ。その植物の特徴を知ってれば、イメージして生やしてもらうことくらいは。でも、環境は大事だけどね。さっきのも本来は湿地帯……というか、水の中に根を張るタイプの植物だから長くは維持できないんだよ。だから、特別。魔力を含んだ特別な土があり、魔力を含んだ水を与えたからこそ暫く保っていたけど、あと数分ももたせるのは難しかったと思うよ」
単純にイメージして楯や足止めのように生やしている木や植物は指定が無い限りはその土地、その土に適した植物を精霊が勝手に決めて生やしていると言われている。でも、自分でこの植物が欲しいと願えば、頑張って生やしてくれたりするのだ。そう考えるととても便利に思えるけど、さっき言ったようにきちんと制約というか、環境というか、何かしら存在する。だから、本来ならさっきの植物もここで使うのは不適切なものではあった。それを、魔法を掛け合わせることで無理やり可能にしただけ。
「つまり、えっと、お前だからこそできた無茶な魔法ってことか?」
「うーん、まあそれに近いかな」
「はあ。すげーな。まあオレはどっちにしろ風と火だから特定な何かを想像する必要はねーんだけど」
面倒臭いというのを顔面に出しながらぼやくテオに、私は苦笑を返すしかない。普通の技術の時間ならそんなことないと言葉を返していたところだ。火は火でも温度によって色が変わるし、風は風でも、空気を動かすだけでなく、空気を発生させることが可能だ。ということは、どんな空気を出せばいいのかという部分で変えることができる。この世界では二酸化炭素とか酸素とか窒素とかそういう言葉はないし、そこまでのことは解明されていないから説明しにくいけど、でもガスという言葉ある。となれば、ガスが非常に燃えやすいものくらいの認識だって世間にはあるわけで。となれば、風魔法でガスを出し、そこに火を投下すれば簡単に爆発を起こすことは可能なのだ。
そういう可能性を秘めていることに、テオは気付いていない。まあ、それは王子も同じことだ。だけど、そういう魔法があるというのは授業でも聞かないし、できる人を聞いたこともない。ということは、解明されていない、または解明されてはいるけど、情報が制限されていると考えるのが普通だ。それだけ危険だし、この世界では異質でもあるのだから。
「次の対戦者の方、準備しておいてください。五分後に始めます」
先生に促されて私とテオはその場に立った。袖口からだと闘技場が見渡せないので見ることも諦めていた私達は、きっと余裕そうに見えたのだろう。チラリとそこに佇んだままの次の対戦者の一人が強い殺気を向けていた。ビリビリと背中が痛痒いほどの視線に流石に気持ちを引き締める。
「テオ、もしかしたらさ」
「……ああ、単純に剣と剣、魔法と魔法って組み合わせじゃないかもしんねーな」
「魔法には剣、剣には魔法。やりにくい相手になるけど、だからこそ勝負がつくのは早いし、相手も私達のこと意識しているみたいだから、有り得なくないよね。特にあの二人は双子。育った経緯が経緯だけにお互いに苦手意識を持っている。同い年で、一番近くにいる、一番のライバル。となれば、あの二人が相手にするのに一番得意なのは、そのやりにくいタイプの可能性が高いかもしれないね」
そこまで説明してみれば、テオはげんなりという顔をした。それはそうだ。私とテオが手合わせをした時、テオはすっごいやりにくそうにしているもんね。でも、さっき使ったような魔法を掛け合わせるやり方や、あまりにも一方的になるような、魔力に物を言わせるやり方は控えてるんだけど。
「相手の男の子、多分私より性質悪いタイプだよ?」
「うげー。ピンチになったら助けてくれよ」
「まあ、頑張ってみるけど。私だって、スピード勝負の騎士相手に余裕があるわけじゃないんだよ? テオ相手にだって面倒な魔法使わないのは、テオが頭使わせてくれないからなんだから。だから、テオも私もいつも通りやるしかないの」
剣を使う人が同時に魔法を使うのが苦手なのはそういうところにある。ちょっとした隙を見て魔法を放つ程度は誰でもするけれど、剣を振りながら魔法を器用に繰り出す人は稀だ。相性が悪いというのは、そういうところもある。魔法の方が強い、剣の方が強い、なんて絶対とは言えない口論をする気はないので、テオが負けるとも、私が負けるとも思わない。ただ、一つ言えるのは、どちらか一方が負けたら、結果そのバディは負け確実だろうなってこと。それくらい、お互いの実力は拮抗しているように思えた。
「ま、やってみましょうか」
「そうだな。大会なんだし、気負いすぎる必要もねーよな」
「そうそう、何たって私達は気軽な平民ですから」
草臥れた様子だったテオは、片端を吊り上げて生意気そうな笑みを浮かべる。そして、片手を私の方に向かって上げるので、私もそれにならって手を上げた。そうして同時に手の平を合わせて小気味のいい音を響かせる。
「じゃ、いこっか」
「おうよ」
双子が待つ闘技場に足を踏み入れれば、騒がしかった客席は一気に静まり返る。隣でも決勝戦に進むための試合が始まるのだろう。もう目が離せない展開になっているのだ、注目されるのは仕方ない。
「ようやく本命のお出ましね!」
「自己紹介からしましょうか?」
「いらない。君達が僕達を警戒しているように、僕達だって君達をそれなりに調べて警戒している。油断はしないし、今更自己紹介なんて意味がない。それに、戦場に立っている以上、身分は関係ないし」
「オレもそういう考えは好きだな。じゃあ、よろしくな」
テオとエルダが剣を構えれば審判が声を張り上げて試合が開始した。同時に全員が中央に向かって走り出す。
さて、たまには先手を取るのもいいかもしれないよね。というわけで、互いの間に横一列で水の玉を展開させる。もちろん、これだけでは意味がない。だけど、それを見た瞬間、今度はテオがそれに火を投げ付けた。ジュワッと音を立てて辺りは湯気に包まれる。ミシェーラ様の時のことを応用して、目くらましに利用してみたのだ。
視界が遮られるのと同時に私とテオは左右に別れて二人に向かう。互いに接触直前となる瞬間に、周囲の蒸気を魔法で打ち消した。
「甘いわ!」
「!」
私はエリクを、テオはエルダに向かっていったつもりだけど、裏を読まれたらしい。視界が良好になった瞬間、私の目の前にいたのはエルダだった。振られた剣を体を横に逸らすことで避ける。
「へえ、あんた、やっぱり相当身軽ね?」
「まあ、避けることができないと、魔法を当てるのも難しいですから」
お互いに奇襲作戦が失敗したので、一度足を止めて顔を見合わせる。私に焦っている様子がないからか、それを面白そうに笑ってエルダは低くしていた腰を上げた。
「いいわね、肝が据わってて。嫌いじゃないわあんたみたいな子」
「え、ありがとう、ございます?」
「魔法師なんて、頭でっかちの嫌味なヤツしかいないと思っていたのよね。考えを改めてあげる」
うわー、すごい限定的な考え。でも、以前いた世界にあったファンタジー物語にいる魔法使いや賢者とかは確かにそういうタイプが多い気がしたな。結局は後方支援だから、戦況を見ながら使う魔法を考えないといけないし、知性型に偏るんだよね。それに、魔法の才に目覚めた貴族の人って、結局魔法にのめり込んでそっちばっかり力が偏っていていてもおかしくないから、あながち間違いじゃないのかも。
「それは、どうも」
「でも、あたしの本気はこんなもんじゃないからね。覚悟してなさい!」
そう言ってもう一度剣を構えたエルダは、すぐに間を詰めてきた。続く攻撃に最小限の動きでどうにか避ける。待って待って、このスピード出してもし当たりそうになったらこの人本当に寸止めできるの? 息つく暇ないくらい激しいんだけど!
本気で闘ってくれるのはそれだけ私を認めてくれているってことで有り難いけど、ちょっと今は、厳しいかなーって。
「――ッ、」
「どうしたの? 避けてるだけじゃ決着はつかないわよ!」
それは、そうだ。避けることは得意でも、直接的な攻撃をする術は、私には今はない。それに、単純な体力勝負になれば、エルダに敵うはずもない。
だけど――。
「ここ!」
「なっ!」
横振りの剣を身を屈めて避けたその後、私は大きく跳躍する。後ろに飛んだその瞬間、地面に溜めていた魔力を元に、魔法を展開する。これも少し特殊な方法。時限式魔法……と呼ぶべきだろうか。本来、手の平や自分の周囲からでしか出せない魔法を魔道具もなしに距離のある場所へ直接展開することはできないと思われている。だからこそ、これは隙をつけると考えていたけど、成功のようだ。
エルダの周囲からいくつもの岩の棘が生え、取り囲む。高い塔のように聳え立つそれは、すっかりエルダを囲い込んで閉じ込めてしまった。
「な、な、何なのよ! こんな大物魔法、あんな一瞬で! しかも、離れた瞬間に、有り得ないわ!」
「そりゃあ、一応切り札ですし」
魔力量を抑えるには木属性魔法を使った方がいいんだけど、エルダの魔法は火だ。さっきみたいな特殊な木を生やすのことはできるけど、逆に魔力を使う。それなら土属性魔法だけを使った方がマシだった。念には念を、と思って二階相当の高さまで作ったから、出られないんじゃないかな。
「これ、でも勝負付けるのにこのままじゃ駄目だよね? 水攻めにでもすればいいかな?」
大分残虐な思考に捕らわれつつも真剣に決着方法を考えていれば、突然悪寒を感じて身を捩った。瞬間、脇を何かが通り過ぎて地面を抉る。
「ひぇ」
風魔法の刃だ。後ろを振り返ればテオとエリクが風魔法対決をしていた。いやいやいや、何で? どうしてそうなるの?
そう思ったけど、テオの後ろに土魔法や木魔法の残骸があったので、まあそれなりにやりあった結果っぽい。エリクの属性は土、木、風。木はテオと相性が悪いから最初は土属性魔法を展開して対抗したけど、明確な攻撃の形を作る前にテオが接近してしまったんだろう。最終的に一番動きの速い風魔法に頼り切っている状況って感じかな。
「テオ! 火!」
援護しようにも私の属性じゃあまり役に立ちそうにない。それに、あの爆風の中に魔法を放っても粉々になりそうだし。それなら、風に飲まれても消えない火を作り出して利用したほうがマシだ。そう思って助言だけしておく。
「了解!」
私の意図を理解したテオはすぐさま剣を火炎剣に変えた。いや、違うよ、テオ? 別にそれをする必要はないんだよ? 繰り出す風魔法に火を乗せればいいだけで、剣にまとわりつかせる意味はないんだよ?!
何故かお使いをする子供を見る母親のような気持ちでハラハラとテオの闘いを見守っていれば、また悪寒を感じて上を見た。
「うそぉ!」
「やってくれたわね!」
二階相当まで高くした土の壁を、なんとエルダは登ってきたらしい。足場なんてあるはずないのに! 肩で息をしながら彼女は躊躇いもなく飛び降りた。もちろん、剣先を私に向けて。
後ろに跳んで避けて、今度は水の玉をエルダに投げる。けれども、剣で斬られるばかりで攻撃にはならない。でも、水を周囲にばら撒くのは私の戦闘における準備のようなものだから、無駄ではないはず。だけど……。
「あんた、たしか氷にしてたわよね! あれは厄介そうだわ」
「……あー」
大会は上に進むごとに難易度が上がるのは、各々の情報が漏れることだよね。しかも、私が相手にしているのは相性の悪い火属性魔法使い。放った水が地面に溜まるのにエルダは気付いたようで、その場を通り過ぎる度に地面に火を起こして水を跡形もなく消してしまった。こっちで水の調整ができているわけじゃないから空気中にも水分がほとんど残ってない。やっぱり一筋縄じゃいかないなー。
だけど、こっちの体力もそろそろ限界に近い。一か八か、勝負に出ないと。
隙、なんて狙っていても体力切れを起こすのはこっちの方だ。隙は自分で作るしかないし、それでも難しいなら隙が無くても突っ込むしかない。土も水も通用しないなら、木を使ってみようかな。
相性が悪いのはわかってるけど、使ってみないことにはわからないしね。それに、魔力はまた地面にいくつか放っているから、時限式魔法は可能だし。てことで、早速蔦を作れるだけ作ってエルダに向かわせた。
「なっ! こんなもの!」
もちろん、それを見た瞬間、エルダは火で燃やそうとするけど、無数の蔦を全て燃やすのは難しい。その内に足首に巻き付かれ、太腿、腕、胴と拘束される範囲が増えていくとエルダにも焦りが見えてきた。その隙を逃さずに駆け出す。
「ッ、このぉ!」
全身を火だるまにする勢いで周囲に火の壁ができる。だけど、その直前で土魔法を展開してエルダの手を礫で弾いた。蔦の締め付けのせいで若干痺れ始めていたせいだろう。簡単に剣を手放して転がったそれを、私は拾い上げる。そして、蔦が燃え切るその前に水を降り注いで火を消した。だけど、もうほとんどの蔦は燃え千切れていて、振り出しに戻りそうな予感に顔を引きつらせる。けれど、まっすぐに私を見ているエルダは動きが鈍い。手同様、全身が痺れているのかもしれない。毒性のある蔦ではなかった、はず、なんだけどな?
だけど、この好機を逃すはずもなく、私は持っている模擬剣をエルダの首筋に突きつけた。
「勝負あり!」
どうにか決着がついた。流石にキツくて思わずその場に膝を尽きそうになったけど、待ってまだ名前を呼ばれないってことはあっちは決着ついてないんじゃないの? そう思ってテオの姿を探せば、ついてなかった。まだ火炎剣振り回してた。嘘でしょ、あれを今まで維持しながら決着もつけなかったってむしろすごいんだけど。
だけど、こっちは終わったんだし、加勢してもいいか。時間があるならどうにかなるでしょ。と、いうわけで土魔法で空中に礫を展開する。相手はテオに集中しているからこっちの攻撃に気付くのは遅れてくれればいいなあ、程度の期待を込めて放った。
だけど、やっぱり私のことも警戒していたようで、彼の周囲に見えない風の壁が作られていて、礫が弾かれ地面に無残にも落ちる。憐れな姿に切なさを覚えつつも、近づくことはしない。次に使うのは木魔法だ。礫に残っている自分の魔力を糧にし、そこから蔦を地面に潜り込ませ、そしてエリクの足元に出して足首を捕らえた。
「なっ!」
「今だ!」
流石に予想外だったようで驚愕に視線を下に向けたエリクの隙を見逃さなかったテオは、自分の体の周囲に風魔法を纏い、そのまま突進した。そしてなんとそのまま体当たりをかます。体格差もあるので、呆気なく尻もちをついたエリクを、テオは剣を振り下げて鼻先でピタリと止める。
「勝負あり! 勝者、テオドール&ティーナ!」
審判の声でテオも私も、そしてエリクも同時にへたり込んだ。すんごい、疲れた。
「君が多数の魔法をかけ合わせることを得意にしているのを忘れていたよ。いや、そのことを思い出させる余裕を僕は既に失っていたんだな。完敗だ」
「いやー、そっちもすげーな。風対決かと思えば風出しながら別の魔法も次々出してくんだもん。隙が無くてビックリした」
「当たり前でしょ。それでも、あたしもエリクもお互いに手合わせくらいしてるのよ。お互いの弱点は知り尽くしているからこそ、どうすれば闘いにくいのかくらい把握してるわ。だから、負けるつもりなかったのに。それなのに、貴女……強いわね。久しぶりに楽しかったわ。それに、自分の弱点を思い知らされた気分よ。いつかリベンジしたいわね」
「あはは。エルダさんもすごかったです。あの速さに剣のブレなさ。体幹がとってもしっかりしているし、バランスのいい筋力がついている証拠です。それに、あの土壁を上ってくるなんて、驚きました。リベンジは、まあ、また機会があれば。来年も大会はありますしね。でも、当分は遠慮したいです」
疲れるし。
それが表情に出ていたのかもしれない。エルダは私の言葉に苦笑を浮かべて、だけど苦言を漏らすのではなく、同感だわと同意してくれた。それだけこの試合は濃厚だった。その証拠に、観戦席からはすごい勢いで拍手の音が響いていた。
「では、両チームは一度離れてください。五分後、先に三位決定戦を行います」
「げー、五分しかないの」
「仕方ないな。向こうも条件は同じだ」
「うっさい。わかってるわよ!」
私達は一度袖口に戻るべきか。そう思ったけど、流石に三位決定戦はちゃんと見ておきたい気もする。袖口からだとちゃんと見れないんだよね。悩んでいれば、脇に控えていたマークス先生が近づいてきた。
「お疲れ様ですお二人共。次の試合がどれほどかかるかわかりませんし、戦いを見るならここのベンチでどうぞ」
「え、いいんですかここで。でも、闘技場から近い気もしますが」
「ええ。これからはブロックが合併されて、一試合のみ行うので、二つに分けて行っていた試合を、中央で行うんです。なので、よっぽどのことがない限りはここまで被害は出ませんよ」
なるほど。じゃあお言葉に甘えてそうしよう。隣に座ったテオを見ると汗でぐっしょりだった。と言っても、私も似たようなものだ。エルダの攻撃を延々躱していたわけだし。
「テオ、ちょっと手を出して」
「ん?」
小声でそう言ってテオの手を握る。疲労とさっきの試合で受けたかすり傷で僅かに魔力の乱れを感じて、治療魔法をかける。試合中は使用禁止だけど、それ以外では使うことは禁止されていないから大丈夫だろう。
「別にこのくらいよかったのに。お前だってだいぶ魔力使っただろ?」
「まあ、かなりね。でも、このくらいなら平気だし。ちょっとした痛みも次の試合に影響するかもでしょ?」
「まあ、そうだけど。……ありがとな」
お礼の代わりなのか、ギュッと強く手を握られた。そして、試合開始の合図がしたので、そのまま前を向いた。だけど、あれ? 手を、握ったままなんだけど。このままなの?
流石にお互い今汗だくで、ほら、手汗がさ。暑くないのかな? そんなことを思いつつも、私はちょっと混乱しながら試合に視線を向けた。
どうやら決勝に残ったのは王子とリリーのバディだったようで、三位決定戦は双子とマリーとロイド先輩の対戦だった。マリー達だってきっと動き回っているはずなのに、疲れを感じさせない動きで双子とやり合っている。
だけど、やっぱり細やかな部分でパフォーマンスが下がっているのが見て取れた。さっきみたいなキレのない動きをするエルダやいつも以上に魔法を使わずに剣に頼っているロイド先輩がいい例だ。力比べのようなやり取りに思ったよりも決着が早そうだなと思ったその瞬間だった。
キィイイン――と、甲高い金属音が響いたと思ったらエルダの悲鳴が上がる。そしてその場に崩れた彼女に周囲は騒然とした。蹲る彼女は赤い何かを滴らせて、短い呻き声を断続的に上げている。茫然と立ち尽くすロイド先輩が持っている模擬剣は、剣先が欠けているのが見えた。
「まさか……っ!」
打撲や擦り傷程度の怪我しかほとんどしないこの大会で、剣先の破片が丸ごと目に突き刺さるという、そんな大事が、目の前で起きていた。




