18.午後の部
一か月前に初めて訪れた王族にのみ許されたサロンの部屋に私達はいる。上座側にロイヤルファミリー四人。下座側に私含めた五人のメンバー。あまりにも身分の差が激しくて、私側に座るメンバーはほとんどがガチガチだ。唯一普段通りを保っているのはロイド先輩のみ。
考えてみれば、ロイド先輩はこのメンバー内で一番地位が高い伯爵位の嫡男。王族主催の夜会にも参加する機会がそれとなくあったのかもしれない。それだけでなく、彼自身の性格も関係してるんだろうけど。
「突然誘って驚かせてしまったわね。ただ、いつもジルがお世話になっているから、少しお話したくて」
「い、いえ、大丈夫、です」
おっとりとした口調で朗らかに微笑む王妃様にリリーは裏返りそうになる声をどうにか絞り出している様子だった。あまりにも可哀想なくらいな緊張ぶりに、向かい側に座る王子が心配そうに眉を下げた。
「お姉さまともご飯が食べられるなんて、嬉しいわ!」
「メイリー、貴女は少し落ち着きなさい。朝のような失態は許しませんよ?」
「ご、ごめんなさい、お母さま」
授業をして、合間の休憩でのお茶会は共にしているけど、食事を一緒にすることはなかった。私や兄である王子の戦闘を見れることもあって、メイリーはかなりテンションが上がっているんだろう。確かに朝のようなことがあってはかなり目立ってしまうから遠慮してほしいけど、こうやって素直に喜んでくれるのは私も嬉しいとは思う。
「しかし、すまない。まさかここまで人が増えるとは思っていなかったから、食事の量が足りるかわからなくてな」
「あ、あの」
「お気遣いありがとうございます。しかし、食事は不要です。元よりこの五人で一緒にするつもりでしたので、用意してあったのです。ただ、陛下達のお目汚しになるような粗末なものですので、許可だけを頂ければと思いますが、よろしいですか?」
「まあ! それはもちろんよ。むしろおもてなしできなくて申し訳ないわ」
「いいえ、そのお言葉だけで十分です」
許可をもらったのでお弁当を皆に配ろうとバスケットに手をかける。けれども、すぐに給仕の人が近づいてきた。
「宜しければ私の方で行います」
「ありがとうございます」
言葉に甘えてバスケットを渡せば、他の給仕の人が既にセッティングされている皿へと私が作ったパンやおかずを一人ひとりに好みを聞いて配っていく。静かに、優雅に、流石プロだ。私が考えていた量とメニューが綺麗に配られて行く様を感心して見つめる。
「まあ、それはもしかして最近流行っているというパンかしら?」
「何だ、それは?」
「平民から始まって、今は下位貴族にも広まっていると聞いたことがあるの。一度食べてみたいと思っていたのですよ」
驚いた。王族にもこのパンの存在は広がっているのか。まあ、一度発想を知れば、パンを作れる人は類似品をいくつも考えることは可能だろう。平民に広まれば、たまに下町で買い物をする下位貴族だって知ることもできるし、その情報だけなら茶会などで噂になって人づてに知ることも可能だろう。だけど、メイリーのように目を輝かせてみて来るのは意外だった。
「パンにフルーツやナッツ等が練り混ぜてあるのよね?」
「ええ。パンは主食ですので、余分な味がするのは好まれていませんが、平民ではおかずを食べられる人は限られています。パン自身もあまりいいものを食べられるとは限りませんが、飽きずに食べられるようにとパンに味を練り込んだんです」
「まあ! 美味しそう! もしかして、お姉さまが作ったの?」
「ええ。料理は結構得意なんです」
全員に料理が行きわたり、ようやく食事開始となったが、王妃様とメイリーの視線は私達のパンに釘づけだった。本当は、平民が作ったパンなんてお勧めできるものじゃないんだけど、王族である以上、彼女達から欲しいなんて口にはできない。だから、失礼にも私の方から声をかけるべきなのだろう。
「あの、まだ残っていますし、もしよければ召し上がりますか? 私の手作りで恐縮ですけど」
「まあ、いいの? 一度食べてみたかったの」
「お姉さまの手作りでしょう? 食べたいわ!」
「陛下や王子殿下もよろしければ。甘いものもありますが、チーズやお肉を練り込んだものもありますので、お好きな物を選んでください」
まだパンが入っているバスケットを再び給仕に渡して勧めれば、陛下も王子も興味深そうに視線をやって選んだ。見た目ではわからないものは説明をして、選んでもらう。そんな、王族での食事会ではありえない和やかな空気を出して、ほのぼのとしたランチが始まった。ただし、未だにリリー達は緊張しているけど。
「リリア嬢は防御系の魔法を得意としているのね。水の幕を張ったところなんて、光が反射してとても綺麗だったわ。戦闘じゃなければ見惚れていましたわ」
「いえ、そんな……恐縮です。それに、防御ばかりで、攻撃は王子殿下に頼りきりで、申し訳なく……」
「だが、リリア嬢は治療魔法にも力を入れていると聞いた。そういえば、誰か師はいるのか?」
この大会において、治療魔法は使用禁止だ。だから、使えるとしても今回は何の役に立たない。それ以外でリリーが練習していたのは防御系だったのだろう。申し訳なさそうに眉を下げていたが、気を利かせた王子が話を変えた。しかし、それはそれで困る質問だ。何たって、師はこの私で、私自身がバラされるのを望んでいないのだから。
「あ、はい。教えてもらっている人は、います。けど、その人シャイな人なんで、誰とは言わない約束なんです。すみません」
「……確認だけしたいんだが、その教えてもらっている人とは、白銀の髪の少女とかだろうか?」
王子の質問に吹き出しそうになったのはもちろん私だ。王子が聞いた人物は私であって私ではない。ある意味では正解だけど、不正解とも言える。だけど、そんなことは些細なことで、重要なのは、何故か王子が山で会った私を気にかけていることだ。
「え、いえ。違う人です」
当然、リリーはそんなこと知らないから否定する。これについてはホッとして、何食わぬ顔で食事を続けた。明らかに落胆した王子を盗み見ながら、私を探している理由を考えてみるけど、結局わからずじまいだった。
緊張を残す食事会はどうにか終わりを告げてまたバディごとに別れた。敗退したバディが多数になったから、観戦席の前方は既に埋まっていた。午後の部は特等席で観戦しようとしているのだろう。ここまでくると、私達は無理に前に行くのも難しいだろうから、仕方なく後ろの方に収まる。
「はー……焦った」
「やっぱり王子が聞いてたのティナのことかよ」
「おそらくね。でも、何で殿下が私のことを意識しているのかわかんないんだよね」
でもあの質問以外では穏やかな時間だけが過ぎたからまだよかった。パンも好評だったし、印象は悪くないだろう。
「さて、午後の部最初の試合はまた双子かな?」
「そうだな。流石にそろそろ二人共まともな動きするようになるんじゃねーか?」
「そうだね。席は遠くなったけど、しっかり見ておこうか」
程なくして午後の部が開始した。赤髪の双子は遠くてもよくわかる。お互いに視線を背けて中央へと歩み寄る。反対側から出てきたバディも臆する様子は見られない。
よって、この試合は確かに見応えのあるものになった。双子が相手にしていたのは剣を扱うバディ。騎士団に入れば即戦力にでもなりそうな実力を二人とも持っていた。流石のエルダも一人で二人を抑えられるはずもなく、それでも一人を素早い剣戟で圧倒していた。エリクはもう一人の相手が近づいてくる前に、風の刃で先制攻撃を仕掛けている。けれど、相手にだって魔法はある。風の刃を剣で打ち消しながら、相手は土の魔法で地面から棘を生やしてエリクへと伸ばした。まるで生き物のように盛り上がり近づいてくるそれに、エリクは手を向けた。途端、土の動きがピタリと止まる。
「え、何だ?」
「……多分、エリクも土の魔法で相殺したんだよ。相手は棘を出すイメージを、エリクは棘を出さないイメージをして魔力がぶつかり合って、エリクの魔力量が勝ったんだと思う」
「え、そんなことできるのかよ?」
「そりゃあ、元々同じ土魔法なら、できなくはないよ。片や地面に変化をもたらせたい者、片や地面を保ちたい者。同時にイメージして、魔力を流したなら、土の精霊だって魔力の強さで決めるしかないでしょう?」
三属性魔法を使えるのもあって、彼の魔力量もかなり大きいだろうし。単純な魔力比べになれば、エリクの方が上なんだろう。
視線をずらして今度はエルダの方を見る。何度も振るっている相手の攻撃をことごとく躱しながら、エルダも一撃を入れる。けど、男女の差もあり、一撃が軽いのだろう。スピードが勝るから何度か攻撃が入っているように思うけど、堪えている様子がない。
精神的に追い詰められそうだなと思い、エルダの表情を見れば、意外にも彼女は余裕そうに微笑んでいた。
そして何度目かの彼女の攻撃が惜しくも空振ったその瞬間、剣先から炎が吹き出し、相手を襲った。
「ぐぁあ!」
直撃した相手は火にくるまれてその場に崩れる。同時に、審判に双子の勝利を告げられた。
「女性の方のスピードは、テオと同じくらい早いかも」
「それを言うなら男の方はティナと同じく三属性使いだからな。それに、魔力量も相当だし」
「そうだね。当たったら大分大変であることは確かだね。もしかしたら男性の方は私のことそこそこ意識してるかもだし。こっちはなるべく連携で勝負しようか」
常に力を求められてきた環境に置かれていた双子は、自分と同等かそれ以上の力を持つ人間に対しての対抗心が強いはず。特に男性の方は剣の才がなかっただけに、魔法だけが自分の武器だと思っているはず。となれば、力もない三属性持ちの私のことは負けたくない対象になっていると考えるのが妥当だ。かなり厄介な相手なのは確かだよね。
「とまあ、考えるのは次の試合を勝ってから、だね」
「そうだな。そろそろ準備するか」
パッと笑顔になったテオに苦笑を浮かべる。何だかんだゲイルのことは気に入ってるんだよね、テオって。ちょっと暑苦しいところもあるけど、基本的にゲイルは真面目で一直線な性格をしているし、貴族なのに傲慢なところはほとんどないもんね。
これは今回もほとんど一対一形式かな。
下に降りて袖口に行けば、魔道具を渡されて装着する。流石にここまで残っているバディは、早々に決着がつくことはなくなり、まだ会場では魔法や剣激の音が響いている。まだまだ終わりそうにないと思っていたけど、突然大きな音が響いて試合終了の声が響いた。
「試合って、突然終わるよね」
「実力が余程同格じゃないとそんなに長引かねーだろ。大会中って全力出しているんだし、十分、二十分もその調子が続けられるのはそんなにいねーと思うぜ」
確かにそうか。全力疾走をずっとしているようなものだもんね。私も、ちょっと魔力の消費には気を付けようかな。こんなにも何度も試合をすることなんてないし。
前のチームが戻ってきたので入れ替わりで会場に出る。反対側の袖口からはゲイル達が同時に出てきて、既にテオと二人で視線を交わしていた。仲いいね?
「今日こそは勝つ!」
「残念、今年はティナと一緒なんだ。お前がどんなに強くなってても、この大会で負けるかよ!」
とか言いながらも、もうゲイルしか見てないからね、テオ。まあ、わかってたから私は何も言わないけど。
「それでは、両者構え、――始め!」
合図と共に全員が中央に向かって走り出す。案の定、テオとゲイルが最初から剣を合わせて甲高い音を響かせた。何合か打ち合って弾くように後ろに飛んだその瞬間、相手のバディが火の刃を打ち込んで来た。
「――っ!」
しかも、狙いは私じゃなく、テオだ。すぐに気付いてテオが身を引こうとしたけど、私が一歩前に出ることでそれを防ぐ。前から三枚の刃。それを薄い水の幕で打ち消した。
「ありがとな!」
「向こうがバディ攻撃するなら、こっちもするだけ。テオ、飛行魔法も使いながら攻撃して」
「了解!」
そう言った瞬間、迷いなく体に風を纏うテオに、ゲイルがすかさず間を詰める。剣を振りながら、同時に地面から植物の蔦が何本も伸びてテオの手足に巻き付いた。
「うわ、何だ?!」
「そう簡単に逃がすかよ!」
動きを封じてそのまま剣を向けたゲイルを加勢するように相手のバディが私の邪魔をしようと火の玉を作る。けれど、元々テオのことなんて心配してないので意識は最初からそっちにある。とりあえず火を消しておこうと水魔法を展開させようとしたその時、私の前に細い木が何本も横並びに生え、壁を作った。
「え――?」
予想もしてなかった事態に思わず声を漏らす。これは、ゲイルの魔法だ。そう理解した瞬間、その木の壁に火の玉が当たり、激しく燃え盛る。そして、火の玉だったそれは、火の壁になってこちらに向かってきた。
(火に木を掛けたんだ。まさか、他人同士の魔法でそれをやれるなんて……盲点だった)
多属性魔法持ちの人間が助け合う属性同士の魔法をかけ合わせると、魔力を単純に足すよりも威力の強い魔法になる。これについてきちんとした理屈がわかっているわけじゃないけど、おそらくは魔法として展開した現象には、魔力が多く残っていて、それにぶつけた魔法の魔力と化学反応的な何かが起きているんじゃないかなって思っている。
「流石に、ただの水じゃあ厳しい、か」
それなら、私もある意味同じような要領でやろう。
火相手に木属性はご法度。と、なれば土か水が残っているけど、土壁でも火力が強ければ溶けるし、水でもあの威力では押し負ける可能性もある。だけど、さっき使った水の幕の魔力がまだここに残っているから。
「水の温度を、一気に低くする」
再度水の幕を生成し、それを氷点下まで下げる。たったそれだけで、目の前には氷の壁ができあがる。威力を上げる異種同士の魔法とは違うけれど、それでも普通に魔力を足すよりも倍率が上がるもう一つの方法だ。本来なら水をゼロから生み出した後に氷点下に下げるという二段階になるわけだが、周囲に残っている水分をかき集めて氷にしたので、魔力の消費に対して、威力が強くなるのだ。
「なっ、氷!?」
「そんな魔法があるなんて!」
かなり火力が上がっている火の壁をどうにか相殺すれば、驚きに満ちた表情をした相手のバディと目が合う。今度はこっちから仕掛けようかな。まずは土で地面を盛り上げる。
「うわっ!」
足場を悪くして気を引き付けている間に今度は木で土と土の間にいくつも壁を作る。そしてたっぷりの水を頭上から降りかけた。
「こんなもの!」
雨のように細かい水を降らせているだけなので、今回は相手の負け判定にはならない。たとえ水の玉を作って放り投げたとしても、相手だって火の玉で相殺してくるだろうし。だから、今はこれでいい。これで足止めしている間にゲイルをどうにかしようかな。そう思って振り返ってみれば、手足の蔦を火で燃やしてとっくに抜け出していたテオは、模擬剣の刃の部分を炎で包んでいた。
「……えー?」
それは、意味がある行動なのだろうか。でも、それ知ってる。よくRPGとかである火炎剣とかそう言うのでしょ?
「な、な、何だそれ! すげー羨ましい技じゃねーか!」
「そうだろ! 火が使えるだけじゃこれは成り立たねーんだぜ! 風で剣を守りながら、周りを火で包む。結構神経使う技なんだからな!」
それ、本当に意味があるの?! 無駄に魔力と神経を使うだけの技では!?
そうツッコミたいのに二人が盛り上がっているせいでツッコミにくい。仕方なく見なかった振りをする。
(まあ、どうにかテオが決着つけるか)
どっちにしても、相手は私が拘束しているんだし、ゲイルがテオに集中している以上、私もこっちを終わらせておこう。
そう思って雑で簡易的なドームに視線を戻す。木の隙間から相手が火で燃やそうとしているのが見えた。だけど、元々このドームはそれができないように既に形成されている。
「くそっ! なんで燃えないんだ」
「その木は池や湖の中によく生えているもので、中はいくつもの管が通っていて、その中にたっぷり水を蓄えているの。魔力を含んだ土を土台にして、魔力を含んだ水を降らせて中に浸透させたので、かなりの威力の高い火でないと燃えないですよ。燃やすには、中の水を全て蒸発させないといけませんから」
「……そん、な!」
「なので、ここで終わってください、先輩」
何度も火を出して燃やそうとしている彼を少し気の毒に思いながら、私はその木を動かした。私の手首よりも細いそれは、四方から相手のバディへの向かって伸び、彼の体を雁字搦めに巻き付いた。そして、高い位置まで持ち上げる。
「放せ、この!」
もがいている彼に審判が勝負ありの判決を出して、相手のバディは脱落した。
さて、あっちはどうしようかなと改めて振り返れば、意外にもあの火炎剣でテオはゲイルを押していた。
「どうした、避けてるだけじゃ勝てねーぞ!」
「くっ!」
ああ、そうか。打ち合おうにもテオの剣は燃えてるから、ゲイルの剣だけ溶けるのか。なるほど、意味はあったんだ。それに、さっきみたいに蔦や木を伸ばしてきてもテオの炎で燃やしちゃうから、かなり有効な魔法ではあるよね。でも、展開している間ずっと魔法操作と魔力を消費しているから、テオの方も相当大変なはず。そろそろ決着つけないと後に響くけど。
そう思っていたら、テオがフェイントを使ってゲイルの足を払い、地面に倒した。その一瞬の隙をついて燃える剣をゲイルに向けて突き刺す。
と、見せかけて、横にずらして地面に刺した。
「勝負あり! 勝者、テオドール&ティーナ!」
「あちちちち! おい、テオドール早く退けろ! 考慮しててもその剣熱いんだよ! てか、近いだろ!」
「近くねーと判定してくんねーじゃん」
「わかってるけど、早く退けろ!」
すごい対決していた気もするけど、締まらないんだよねー。
でも、こういう風に自然体で終わらせることができるから、この二人は気が合うのかもしれない。




