17.午前の部
会場の袖口に向かえば、そこにいた先生からテオが言っていた例の魔道具を渡される。ネックレス型になっているそれはとてもシンプルで、小さな魔石をはめ込んだものだった。
「致命傷を負わないためのものなので、軽傷は覚悟してください」
「わかりました」
確かに、ちょっとした魔法でいちいち反応していたら困るもんね。そんな細かい設定を組み込める人がいるのも驚きだけど、それを使ってまで行う武術大会への熱量もすごい。
首にかけながらしみじみ魔道具を見つめていれば、会場から試合終了を告げる審判の声が響いた。とうとう出番だ。
「よし、行くか!」
「はーい」
模造剣を受け取ったテオと一緒に肩を並べて会場に入る。途端、またしても視線が集まるのを感じた。でも、これはきっと私じゃなくてテオのはずなのでスルー。
「来たな! 一昨年の屈辱、ここで晴らしてやる!」
まだ開始も言われてないのにまるで斬りかからんばかりの勢いの相手に、私はそっとテオの方を見る。見事に眉間には皺が寄り、口元は引きつっていて、隠しもしない嫌悪の表情に感心してしまう。テオにも、テオにそこまで嫌がれる相手も。
「一度負けたが所詮は平民! 今回バディも平民だし、絶対に負けねーからな!」
うわー……ゴリゴリの選民主義なのかな? それにしても、平民なら弱くて当たり前っていうよくわかんない根拠でここまで自信持てるのすごいな。テオ、前回優勝してるんだけど。
「で、誰?」
「さあ? 名前覚える気ねーから知らねえ。お前も知らなくていい相手だから無視しとけ」
なるほど、対戦相手の名前見ても記憶にないって言うわけだ。でも、こんな反応するってことは、クラスメイトくらいではあるのかも。
審判をしてくれる先生を見れば、うんざりしたような表情で相手の人を見てたけど、テオに文句を言うのに必死な相手は気付かぬまま。諦めて私達に視線を送って来たので、さっさと試合を開始しろという合図だろう。
覚えなくていいってことは大した相手ではないのだろうけど、この文句ばかり言っている人はともかく、もう一人の大人しい方はどれほどの実力かわからないので警戒するに越したことはない。どうせ、あれだけ言っているってことはテオの方に向かうだろうし、私はもう一人の方を気にしてようかな。
「それでは、両者構え! ――始め!」
号令と共に身構えるテオ。ギャンギャン吠えていた相手は同時に走り出してテオに向かう――かと思いきや、一直線に私の方に向かってくる。
「ハ! オレが馬鹿正直にお前を相手にするわけねーだろ! 弱点をつくのも実力の内だ!」
走りながら何か言ってるんだけど、この人本当は余裕なのかな? でも、強そうに見えないんだけど。だって、走ってるけど、こっちまで来るのにテオがその気になったら対応できるくらいのスピードだよ? あまりに拍子抜けして逆に身動きできないよね。
「お前の相棒脱落させてやる!」
そう言って大きく振り上げたその剣を、私は一歩後ろに下がって避けた。ガン、と剣が弾かれた音を響かせて、その人は驚きで目を丸くする。
どうしよう、あまりにも戦闘に慣れていない様子に、私もどう反応を返していいかわからない。少なくとも武術大会は三回目のはずなのに、それすらも参加していないのではと思うくらい酷い。
だけど、とりあえず、まあ、こんな戦闘に時間かけている理由はないか。
「この、一回避けたくらいで調子に乗――ぶへほ!」
地面を大きく踏み鳴らしたのを合図にして、土を盛り上げて相手の胴へと打ち入れた。軽く後ろに吹っ飛んだ相手はそのまま白目を剥いてしまい気絶したようで、同時にテオの方を見れば、この人がこっちに来た時点でもう一人に走り込んでいたようで、既に決着がついていた。
「勝者、テオドール&ティーナ!」
……何とも呆気ない第一試合になった。
「で、結局あれ誰だったの?」
不完全燃焼とも言える最初の試合を終えた私は、観戦席に戻りながらテオに問う。
「あー、最初同じクラスにいた、嫌味だけしか言わねーヤツだよ。嫌味ヤローって呼んでたから名前知らねーの」
「嫌味野郎って……まあ、確かに相いれないタイプではあるけど。そもそもあの人、戦闘に向いてなくない?」
全力で走ってるのにドタドタしたガニ股走りだったし、剣もただ大きく振っていたって感じだし。あれ、絶対誰にも指導受けてない。受けてあれだったら大分ヤバい。
貴族の子供で、きっと甘やかされて育ってきたんだろうな。自分なら何もしなくてもできる、なんて根拠ない自信でもあるんだろう。それでも、貴族には貴族なりの義務があるはずだから、家にいた時はそこそこ勉強とか嗜み程度の剣術とかは習っていたはずなのに、彼はこの二年半、一体何をどう過ごしていたのか。とても疑問だ。
肩透かしを食らった一試合目だったけど、二試合目はまた違った意味で多難さを予想する。
「ようやく堂々と貴女にわたくしの魔法をぶつけることができますわ!」
甲高い声で声高々にそう意気込むのはもう何度も顔を合わせている伯爵令嬢のミシェーラ様。私という幼馴染でバディという存在ができたから以前よりもテオを構う頻度が少なくなっているらしいけど、それでも私達は常に一緒にいられるわけじゃない。店へ直撃してくることはなくなったけれど、休み時間や技術の時間は未だに突撃してくることがあるらしい。だから、私もそれなりに顔を合わせてはいるけど、いつまで経ってもこの態度は変わらない。
それでも、あまりにも度が過ぎる迷惑行為をして来た際はきちんと言葉で言い返しているし、彼女もそれを繰り返すほど愚者ではないようで、テオも最近はあまり気にしてはいないようだ。ただ、未だにテオ様呼びには嫌がっていたけど。
「別に焦らしていたつもりはないけど、そこまで言われたら堂々と返り討ちにしますね!」
「何を言ってらっしゃるの! 貴女をコテンパンにやっつけるのはこのわたくしですわ! 騎士団長を父に持つレント家の娘をあまり見縊らないことね!」
ビシっと音がしそうなほどの勢いで指を差したミシェーラ様に僅かに肩を竦めて見せる。どこまで本気に受け取ればいいのかわからないけど、それでも一試合目を通過してきたのは確かだし、魔法の強さは知ってはいる。あのテオに突っかかっていた男の人よりも確実強いだろう。だから、油断は禁物だろうし、馬鹿にするつもりもない。
でも、それでも私はこの人に負けるつもりがないだけ。
「それでは、両者構え! 始め!」
言わなくても今のやり取りで、ミシェーラ様のバディを相手にする流れだと理解したテオは、私と何の打ち合わせもしないまま一直線に走り出した。私もミシェーラ様もそれを気にしないで、お互いを見やる。
「あの時は失態を晒しましたが、今日はそうはいきませんわ! 食らいなさい!」
そう言って彼女が手を振り上げた瞬間、火の玉が空中に現れる。だけど、出会った時みたいに大きなものではない。拳程度の小さなものだ。それが無数に浮かび上がった。
同時に、私の方へと一斉に飛ばした。十、二十……もしかしたらそれ以上の火の玉が眼前に迫る。大岩ほどの炎を出したこともあるのだから、魔力量は相当だと思っていたけど、これほどの量を小さいとはいえ一気に出すのは流石だと思う。大きく威力のある火の玉一つに比べればどうとでもないように思うが、数が増えればそれだけこちらも手を考えないと、避け切るのは難しい。きっとそれを考えた結果の策なのだろう。
だけど、数が増えればそれだけ一つひとつの動きには制限ができる。イメージするということは、考えてる以上に難しい操作だ。
(多分、初見でこれを見たらパニックを起こして自分の魔法を使うのにかなり精度が落ちるんだろうな)
普通の人ならば。
火の玉を避ける、または相殺するやり方はいくつもある。けれど、ここは敢えて無駄なやり方を選んでみることにした。
今にも迫り来る火の玉に向けて自分の手のひらを向ける。同時に私の周囲にも魔法が展開される。ミシェーラ様が作った火の玉より一回り大きな水の玉。それを同じ数だけ周囲に展開する。同時に、ミシェーラ様に向けて飛ばす。
ジュワッと煙のような水蒸気を起こしながら互いの魔法はぶつかりあった。真正面から、ズレもなく。消滅してしまった魔法を唖然と見つめていた彼女は、僅かに頬を赤らめて私を睨みつけた。
「まだまだ、ですわ!」
そうして、もう一度同じ方法で、けれども僅かに火の玉を動きを激しくしながら私の方へと放った。もちろん、私のも水の玉を展開する。揺れ動く先頭を走る火の玉数個を注意深く観察しながらも、同じ動きをするようにイメージを浮かべて、自分の手から放たれた魔法の魔力を動かし、そしてまた相殺した。一瞬白く染まる視界は、だけどただの蒸気で、すぐに収まる。そんなやり取りをもう一度繰り返し、ミシェーラ様は歯噛みして私を睨みつけた。
「この! ネズミ並にしぶとい人ね! 魔法操作だけでなく、魔力も私同等の力を持っているなんて! 平民には度が過ぎるのではなくて?」
「持って生まれた才能に、血は関係ありません。だからこそ、ミシェーラ様だってテオの力を買っているのでしょう?」
平民という言葉を彼女は度々口にする。だけど、さっきの人程侮辱の色は見えない。貴族として生まれた以上、恵まれた環境を与えられた身で、そうでない平民の私より劣ることは簡単に許せないだけだ。だから、彼女がこんな風に素直に悔しがっているのは、それだけ私のことも認めているから。
それがわかるから、実はこの人のことあまり嫌いじゃないんだよね。テオに迫るのは困るけど。
「それとこれとは話が別よ! いいわ、こうなったら魔力比べだわ!」
本来ならこの一試合に意固地になって力を使い過ぎるのはよくない。だってまだ二試合目で、もし勝てたらこの後二試合、三試合と続く可能性だってある。
だけど、そんなことを考えるような無粋な真似を彼女はしない。私を全力で叩き潰す。今頭にあるのはそれだけなのだろう。
だから、躊躇いもなくまた手を振り上げる。
「……な、ぜ?」
けれども、彼女の周りには火の玉は現れない。驚愕に満ちた目をして周囲を必死に見渡す。
「ミシェーラ様、水は蒸発するとどうなると思います?」
「は? 何を言っているの? 水は蒸発したら消えるに決まっているでしょう?」
「まあ、大半はそうかもしれませんが、それが全てではありません。じゃあ、夏の日、雨が降った後、晴れたその日はどんな空気をしてますか?」
自分の異変に戸惑っている時に呑気に話しかけてくる私への違和感が拭えないのだろう。怪訝な表情をして彼女は後退った。だけど、逃がすつもりはない。これ以上私もあまり無意味は魔力を使うつもりはないのだから。
「それは……じめっとしていて、熱がまとわりつくような……」
「そう、それが空気中に水がある証拠です。さて、ミシェーラ様、今貴女の周りは、どうなっていますか?」
問いかければ、ハッとした。三度も多くの火と水が衝突した彼女の周囲はきっと私の所よりも湿気で充満していることだろう。そうなるようにわざと彼女の火よりも私の水が多くなるよう調整したのだから。
「まさか――!」
「ええ、そこは私の水で満ちています。見えなくとも。なので、貴女が魔法を展開するのと同時に私の水で相殺をしているのです。だから、無理ですよ」
勝負ありです、と微笑みながら口にすれば、彼女は一瞬恐怖に引きつった表情を浮かべた。もちろん、考慮する気はないけれど。
出会ったあの日と同じように指を上下に振る。同時に、彼女の体にバケツをひっくり返したような水が注いだ。攻撃とは違う。けれども、濡れたことで私の一撃が認められ、審判は私の勝利を告げた。
「勝者、テオドール&ティーナ!」
ずぶぬれになった彼女は茫然としていたけど、ある程度の水分を魔法で打ち消してあげれば、キッと睨まれた。
「覚えてなさい! いつか、絶対貴女の鼻を明かしてやりますわ!」
「楽しみにしてますね」
つい笑って頷いてしまえば、彼女はググッと口元に力を入れて更に睨みつけてきた。馬鹿にしているつもりはなかったんだけど、感じ悪く見えちゃったかな? 心配になり、弁解しようとしたけど、彼女は息をついて肩の力を抜いた。
「まったく、調子が狂いますわ。まあ、でも、わたくしのライバルですもの。そのくらいの自信と図々しさを持っていないと困りますわね」
そうして優しく微笑んだ。
今まで見たこともない綺麗な笑みに、同性である私がドキッとしてしまう。何かよくわからないけど、ミシェーラ様に私という存在を少しは認めてもらえたようだ。別に、彼女に認めてもらうもらわないなんて気にしてはなかったけど、それでもこうして私個人を見て認めてくれるのは嬉しい気がする。だから、私も笑って彼女のその言葉に応えておいた。
一ブロック二十四チーム。第一試合は十二試合、第二試合は六試合をこなしたところで午前の部は終了する。そして案の定、第三試合には私達はゲイルと対戦することになった。
「テオ、お昼に行こう? マリー達とも合流しないと」
「ああ、そうだな」
「そういえば、私達バディとマリー達って勝ち進めれば第四試合の時シード扱いなんだけど、何か法則あるのかな?」
第三試合では三試合行うのだが、勝ったチームは三チーム。となると、一チームは見送り扱いになり繰り上がる。だから、実際私達がシード扱いとは限らないけど、数の調整に適当に決めているようにも何となく思えなかった。それで適当ならブロック分け段階からくじ引き等で決めているだろうし、周知もさせているだろう。
「んー、オレとロイドを意識しているんなら、去年の優勝チームがいる通りかな」
「あー、なるほど」
それなら、本当は第一試合からシード扱いをしたかったところだけど、チーム数が丁度偶数で難しかったから、第四試合という微妙な位置にしたのか。それはそれですごいズルな気もするけど、毎年決まっていることだし、不満は出ないのかな?
まあ、何か意見があったとしてもトーナメント表は一週間前から掲示されてたわけだし、とっくに先生達に訴えてるか。
「ティーナちゃーん! そっち終わった?」
「終わったよー! マリーは?」
「終わった! ちゃんと勝ってるよー!」
元気に返事をして、その場にロイド先輩がいることも気にせずにマリーは駆け寄ってきた。ニコニコと笑う彼女の無邪気さにホッとする。今日はリリー含めて五人でランチをする約束している。しかも、皆の要望で私がお弁当係なんだよね。五人分は流石に大変だった。
「リリーは?」
「リリーちゃんは、私達より先に試合終えてたはずなんだけど……どこだろう?」
三人と合流するために隣の観覧席側まで移動していたので、そのまま周囲を探す。両ブロック共試合を終えたので、ほとんどの生徒が一度会場から出るため席から離れていく。見晴らしがよくなったその場で、四人で探した。
「ティーナさぁん」
すると、少し離れた場所からか細い声が聞こえてきた。視線を投げれば、今にも泣き出しそうな顔をしたリリーがヨタヨタと近付いてくる。顔は真っ白くて、僅かに体は震えているように思えた。何か余程怖いことがあったのだろうか。ギョッとして私の方からも駆け寄ってリリーの伸ばされた手を取った。
「どうしたの? そんな顔して」
「あ、あの、ティーナさん、皆さん、お願いがあるんです」
震える声で懇願するように見つめる彼女に、なるべく優しく微笑んだ。続きを促せば、リリーは一度躊躇うように視線を彷徨わせ、けれども更に泣きそうな顔をして願いを口にした。
「わ、私と一緒に王族の方の、食事の席に参加してくださいぃ」
そうして、言われた言葉は、予想もつかないもので。
たっぷり間を置いて、瞬きを数回。そうしてそのまま振り返って他三人の表情を窺った。テオはぽかんとしており、マリーはリリーと同じように顔を青くして、ロイド先輩はいつも通り。何ともバラバラな反応に、勝手に私が返事をしていいか悩む。けれども、リリーを一人そこに送り込むのも気が引けた。それに、ここにいる全員のランチを担当しているのは私だ。それなら、私が行くと言えば、強制的に全員行くことになるのだ。
まあ、申し訳ないけど、巻き込みましょう。
「リリーがそれで少しでも安心できるならいいけど、ちゃんと私達も同席していいかは許可取ってる?」
「お、王子殿下には、ちゃんと、許可いただいてます」
ついに大粒の涙が一つ、リリーから零れ落ちた。それほどまでに想像もしてなかった展開に混乱を極めているんだろう。ただの平民が、しかも孤児である彼女が、貴族と共に学校で過ごすのは大変で気苦労も多い。そこで王子とバディを組まされ、更に王族が揃った昼食の席に誘われるなんて許容オーバーどころの話じゃない。気持ちはわからなくもないし、何かしでかしてしまったらと不安にならないはずもない。
だから、せめて私は少しでも落ち着くようにと彼女の背中を撫でてあげた。そして、半ば放心状態のマリーと、通常通りのロイド先輩、そしてようやく状況を理解したらしく引きつった顔を浮かべたテオと共に王子の元へと歩き出した。




