16.武術大会開催
「リリーとマリーのブロックとは別々になっちゃったね」
「代わりにこっちにはあの双子のバディがいるけどな」
あれから約一か月。時間が過ぎるのはあっという間で今日はもう武術大会当日だ。観戦席もある立派な闘技場で開催するのは流石としか言いようがない。トーナメント戦であるこの武術大会では二ブロックに別れて勝ち抜き、最終的にそれぞれ勝ち残った一チームが決勝戦を迎えるというものだ。
だから私達は勝ち残ることがない限りリリーともマリーとも当たることはない。おそらく魔道具で決まったバディを二チームごとにブロック分けにしたんだろう。
「他に要注意人物いる?」
「あー……まあ、一応ゲイルかな」
「ああ、確かに。ま、でもその人の相手はテオに任せるね。私はもう一人を抑えるし」
「了解」
とはいえ、闘技場で一度に出られるチームは限られている。ただの学校行事とはいえ、魔法を使った実施だ。狭い範囲で多くの人が同時に試合ができるほどの余裕はないので、各ブロックの一試合を同時に行うくらいが精々だ。そのため、自分達の出番が来るのはもう少し先の話だ。
まだ開催式前ではあるが、そのまま第一試合を行うので、目当ての試合が見やすい席を今のうちにとっておく必要がある。
「マリーとリリーの方の試合も気になるけど、まずは自分達が当たるチームの見学しないとね」
「そうだな。オレ達の一試合目は最後だし、のんびり観戦できるな」
「早い段階で双子の試合あるよね? テオは見たことあるんでしょ? どんな印象?」
私達のブロックの試合が見やすい真ん中の席を探して二人で腰を下ろす。出番が早い人達は既に会場の袖口に控えているので観覧席には姿がない。容姿は派手だから覚えているけど、私もテオも技術の時間は引きこもって特訓しているせいで、他の人達の戦闘スタイルはまったく情報を持ち合わせていない。仕方ないとはいえ、ちょっと不安になる。
「女の方が剣士で男が魔法師って感じだな。前衛後衛一人ずつだし、双子でバディだから息ぴったりなんだろうなって思ったんだけど、思った以上にあの二人険悪ムードで、前回の時は口喧嘩しながら闘ってたぜ。男は確か……土と水と風の三属性持ちで、女は火属性だったはず。どっちも我が強そうなイメージだったな」
「えーっと、確かデートリア領の子供だよね。あれ、男の子の方は一切剣使ってなかったの?」
「全く。動きも鈍くて魔法頼みって印象だったな」
なるほど。それは確かにお互いに複雑になるかもしれないなあっと一人納得する。魔道具で決まったバディは無条件で注目されるので、情報通のマリーからそれなりに生い立ちを聞いていたから何となく理解できる。一人頷いていた私に、テオは僅かに首を傾げて視線で問いかけてきた。流石に貴族事情なんか知らないだろうし、今まで気にしてもいなかっただろうから、世間話の一つとして教えておいてもいいかな。でも、一応周囲には聞こえない程度の声量を心掛けて説明した。
デートリア領は長年敵対していた国との境を領地の騎士団で鉄壁に護っている辺境の土地だ。辺境伯自身、屈強な肉体と高い知能を持ち、夫人も同じく騎士を名乗り、右腕として活躍している。
嫡男であり長男は既に副騎士団長として領地で活躍しているらしい。
この学校にいるのは、次男エリクと長女のエルダだ。どちらも燃えるような赤い髪をし、エリクは琥珀の瞳を、エルダは深緑の瞳を持っている。
貴族であろうとも魔力を持っているとは限らない。騎士として生きてきたデートリア夫妻はそのことを十分に理解しているからこそ、自分達の子供も幼い頃から騎士として鍛えた。長男に続いて双子も同様に。例外はない。
幼い頃から剣を持たされ振ってきた二人だが、意外にも剣の才を見せたのは長女のエルダだった。女性故に力は限界があるだろうが、スピードも技術もぐんぐん身につけ、自分より年上の騎士すらも負かすほどの腕前を見せた。
一方エリクはどれだけ特訓を積んでも筋肉がつかず、スピードも技術も他の騎士と比べて並以下の評価しか得られなかった。それでもデートリアの子供として生まれた以上、騎士の道から外れることは許されず、上達しない剣を必死に振るってきた。
そんな時、二人に転機が訪れた。十歳の誕生日に行われた魔法適性検査だ。剣を扱えるだけで騎士として生きられるが、魔法はあるに越したことはない。辺境伯夫妻も長男も魔法適性を持っていたこともあり、口には出さないが期待はしていたという。
検査の結果、エルダは火の魔法が扱えることが判明した。攻撃力のある適性に彼女は大喜びだったが、その後検査したエリクが、土、風、水の三属性持ちだと判明すると、今まで盤石だと思っていた自分の地位が揺らいだように思えた。
双子だからこそ、普通の兄弟以上に互いを意識して生きてきた結果なのだろう。自分にはない能力にお互い羨望し、子供心のままに対立した。それを何日も繰り返し、そうして協力することもままならないほどに拗れてしまった。
「――てのが、マリーから聞いた話を元にまとめた私の見解ね」
「あー……なるほどな。確かに前の大会の時女の方は、男の属性一つは自分の物になるはずだったのに、とかそんなこと言ってたな」
「魔法が使えるようになる前はきっと、逆の立場だっただろうにね」
まあ、デートリアという土地柄と、二人の生い立ちをザッと聞いて予測しているだけで、実際はもっと複雑な事情があるのかもしれない。それでも、おそらくそれほど間違ってはいないと思う。
まあ、でも仲が悪くても、デートリアの子供だ。同じ戦場に仲間として出る以上、足を引っ張るような真似をしたら、ご両親だって放置はしないはず。
だから、最低限の協力はし合える仲と考えていた方がいいかな。実力が拮抗している相手なら、連携技だってきっと使ってくるだろう。要注意人物には違いない。
そんな話をしていれば、ようやく開催式が始まるようだ。校長先生や担任のマークス先生達が並んで会場内に入ってきた。同時に観客席が騒ぎ出す。
先生が登場しただけにしては妙な賑やかさに視線を上げれば、視界に入ってきた人物に驚くと同時に納得した。
この闘技場は使用していない時は王宮の騎士団達が定期的に試合を行っている場所だ。その関係もあり、王族用の観客席も設けられている。一部だけ屋根があり、絨毯や豪華な椅子などが設置されたその場所に、明らかに煌びやかな衣装を身に着けた人達が足を運んでいたのだ。
艶やかな黒髪をうなじが隠れるくらいまで伸ばし、優し気な陽だまりのような瞳をした男性。その人に寄り添うように佇むのは眩い程に綺麗な白銀の髪を波立たせ、薔薇のように濃いめのピンクの瞳をした美女。そして、その間にいるのはいつもよりもお姫様オーラを強めたメイリーだ。
「うお、すげー存在感」
「当たり前でしょ。両陛下と王女殿下だよ」
「マジかよ! そんな話聞いてないけど。流石に陛下達来るなら一言くらい言ってくれねーかな」
これには私もテオに同意だ。要人にはきちんと連絡は回っていたのかもしれないけど、こちらとしては唐突に高貴過ぎる方が現れて心の準備が追い付かない。だって、陛下達に見られている中で闘うってことでしょ? すっごい難易度上がっている気がする。
「やっぱり王子殿下を見に来たのかな?」
「まあ、普通に考えればそうだと思うけど……」
でも、どうして今? 去年は来てなかったはず。だったら、王子の雄姿を見るのなら王子が三年に上がった時の大会でもいいはず。それなのに、両陛下揃ってな上に、ほとんど顔を見せてもいなかったメイリーまでも連れて今年観戦する意味は何なんだろう。
そんなことを思案している時だった。そのまま陛下達の方を見ていれば、キラキラとしたピンクゴールドと視線が合う。途端、白い肌をほんのり赤く染めて、子供らしい笑顔を浮かべた彼女は、あろうことか大きく手を振った。
「お姉さま~!」
あーーーーメイリーーーーー!
駄目だよ、王女様がそんな声を上げて、しかもはしたなく手を上げて振っちゃいけません!!!
騒がしかった観戦席が更に騒がしくなって、視線が一斉に私に向くのがわかった。そりゃあそうだ。ほとんど顔を見せない王女殿下が、あんなにも可愛い顔で笑って無邪気に手を振る相手がいるってことだけでも驚きなのに、その相手が平民の女なんだもんね。しかも、お姉様呼び付き。
まさかこんなことで目立つ羽目になるなんて思いもしなくて、私はその場に顔を覆って俯いた。
正直、ただただ恥ずかしい。
「何で大会始まる前に注目浴びてんだよ」
「知らないよぉ」
そんなこと、私が聞きたい。
チラリとメイリーを盗み見れば、あまりの行動に王妃様が慌てて止めていた。すみません。いや、あの行動は私も予想外だったから私が悪いわけじゃない、はず。でも、ご、ごめんなさい?
何はともあれ、大事な妹分が見てるし、無様な姿は見せられない。注目しちゃったもんは仕方ないし、きっと遅かれ早かれの違いだ。そうだ、そう思うしかない。
私は大きく息を吸って吐く。未だに痛いほどの視線を感じているけど、気付かない振りをして顔を上げる。手はすぐに下ろされていたけど、未だにメイリーの視線はこちらに向いている。だから、控えめに手を振り返した。
目をキラキラさせて喜ぶメイリー。更にざわつく周囲。シュールだ。
「何かもう疲れた……」
「まだ大会始まる前なんだけどな……」
体を動かすだけならいいけど、妙な気疲れはいらないよ。こういうところお貴族世界に合わない。大体、それなりに教育を受けたと言っても、結局はのびのび平民暮らしをしていた身だ。常に視線に晒されるのはいつだって慣れない。
これでテオが道標を作ってくれた後っていうんだから、どれだけ私は異常なんだ。
(でもでも、目立つ原因は私だけのせいじゃないし!)
そう開き直ったところで、周囲はそんなこと知らないから、結局ただただ私が目立つだけ。世の中は不条理だ。
溜め息をついていれば校長先生が出てきて、ようやく開会式が始まった。途端、騒がしかった人達も静かになる。とりあえず変な視線からは解放されたのでホッとする。
ありきたりな言葉を続けて順調に式は進む。今日一日でそれなりの試合数をこなさないといけないので、式は短めらしい。だけど、いつもと違うことが一つだけ。
「さて、本日、急なことだが両陛下と王女殿下をお迎えしている。一言お言葉をいただけるそうなので、皆、心を鎮めて聞くように」
その一言と同時に黒髪の穏やかな表情をした美丈夫は立ち上がり数歩前に出た。
「突然来て皆、驚いていると思う。今年は娘のメイレリアンが公務を始めたこともあり、兄のジルシエーラ応援も含めて足を運んだ。しかし、贔屓をするつもりはない。皆、自分の全力を出して大会に臨んでほしい」
あっさりとした、それでも参加者に考慮した言葉をかけてくださった陛下に、皆頭だけを軽く下げる。王子を見に来たけれど、遠慮はいらない。全力で臨めという言葉は、それほどこの学校の大会を陛下も重要視しているということだ。
身分など気にしなくていい。元々学校の規則としてはあるけど、陛下直々に言われるとまた重みが違う。王子がいても、気遣いいらないと教えてもらえてこっちは気が楽になるし、逆に気遣う必要もないくらい王子は強いと陛下達は信じているのも察することができる。貴族も平民も、全員が気を引き締めるのがわかった。貴族だから気負う必要も、平民だから卑下する必要もない。自分の持てる力を発揮する。それが、今日の課題だ。
「それでは、ただいまを持って武術大会を開催する。各自、準備をするように」
最後は校長先生の言葉で締めくくられ、開催式は終わりを告げた。そして時間を置かずに第一試合のチームが会場へと出てくる。
最初の方という記憶はあったけど、第一試合から双子の出番だったようで、目立つ赤が二つ、眼下に現れる。モデルのように背の高いショートヘアの女性は模擬剣を振るって重さを確かめているようだ。その少し後ろで同じくらいの高さの髪の長い男性は不機嫌そうに眉を寄せてその姿を見ている。
「一年バディね。悪いけど、全力でいかせてもらうわ」
強気発言に相手の子達はビクリと体を震わせる。高すぎないアルト声は凛としていてとてもよく通る。喧噪の中でも指示や連絡が通るように腹の底から声を出す癖がついているんだろう。可哀想に、普通の貴族だと思う相手のバディは今の言葉だけで怖気づいている。
二人共男子のバディだけど、剣を持っているのは一人だけ。相手側も前衛後衛バディなんだろう。
(でも、思いっきり腰引けてるんだよねえ)
始まる前から勝負が決まっている状態で、そっと息をつく。できれば二人が共闘する瞬間を見てみたかったんだけど、あの調子だときっと無理だね。
「それでは、開始!」
審判の号令と共に試合が開始する。同時に地面を蹴ったエルダは一瞬で敵への間合いを詰め、剣を振るっていた。声を上げる間も無く、首筋に剣を当てられる。一秒に満たない時間首筋で寸止めし、続いてそのまま後方にいるもう一人の方へと向きを変えた。そして今度は心臓の前に剣を突き立てて止まる。
「止め! 勝負あり! 勝者、エルダ&エリク!」
案の定というかなんというか、勝負は一瞬でついてしまった。結局、エルダ一人で、しかも剣技だけしか見れなかった。それだけスピードが桁違いだということ。あのレベルの攻撃を避けるのは並大抵の人には難しい。速さだけで言うなら、テオと同等かもしれない。
「これって、魔法とか思い切り使ったら大怪我しない?」
「するだろうな」
「え? じゃあ、毎年大変なことになるんじゃ……?」
剣だけだったら寸止めとか峰内とかなんかやりようがあるかもだけど、魔法はそんなことしても判断難しいんじゃないかな。剣に関しては万が一を考えて刃を潰す対処をしているのに、魔法に関しては何もしないの? ゾッとするような話に顔を青くしていれば、テオが苦笑を浮かべて頭を撫でてきた。
「安心しろよ。その辺に関しては一応考慮されてる」
「……どういうこと?」
「試合をする直前に魔道具を渡されるんだ。かなり貴重なもので、数に限りがあるからこういう時じゃないと使わせてくれないんだけど、ケガをしそうなほどの魔法に当たりそうになったら防御してくれるって代物。でも、かなりキワキワな判断だから、ほとんど審判が勝敗を決めるんだけどな。魔道具が発動する事態になったらその時点でそのチームは負けだ」
「そっか、一応安全対策はあるんだね。よかった」
「まあ、でもティナなら食らわないだろ?」
「私自身の心配って言うより、思い切り魔法を使ってもヤバいことにならないかなっていう心配っていうか……」
だって、相手がどれほど回避してくれるかわからないのに、いちいち怪我するかどうかなんて心配して魔法なんて使ってられないし。私は火を使う人間になってないから、ただ放つだけで危ないっていう事態にならないから、それだけは安心だけど。
ふと、撫でてくれている手が止まっていたので隣を見れば、テオは静かに引いていた。
何さ、テオだって一緒でしょうに!
いいよいいよ、どーせテオは私の道導。きっと大会で散々目立ってきたんだろうし、テオの隣に負けないように、私だって全力出して目立ってやるんだから! 目指せ、平民化け物コンビ!
「……なあ、ティナ、お前なんか変なこと考えてねえ?」
「え? か、考えてないよ? 考えてないって!」
「ふぅん? まあ、いいけど。でも、ほどほどにな?」
テオって、たまにエスパーなんじゃないかなって思うんだけど。そんなに私、わかりやすいかな?
そんな無駄な話をしている間に私達の前のチームが下に出てきた。そろそろ準備して向かわないといけない。
「いこっか」
「ああ。そう言えば最初に対戦相手って誰だっけ?」
「確か三年バディだった気がするけど。テオの方が知ってるんじゃないの?」
「んなわけねーじゃん。ほとんど話してねーし」
おかしいな。もう三年目じゃないっけ? 確かにこの学校、基本的に学校行事とかグループ課題とかないからわざわざ関わることないかもだけど。それでもクラスメイトくらいは話をしたりとかしないわけ?
コミュ力あるはずなのにこういう変なところで無関心見せるんだよね、テオって。まあ、私も基本的に他人に深い入りはしないからお互い様か。
「ま、誰が相手でも勝つつもりだしいっか」
「そーそー!」
何はともあれ、武術大会開催です!




