幕間3 平民は無理でも聖女さまならいいのよね?
※メイレリアン王女殿下視点
それからいろんなことをして遊んだけれど、特に危ないことはなかったわ。男の子たちはかわるがわるルドルフに木の棒を振っていたみたいだけど、当人は嫌がることなく黙々と付き合っていて……いえ、黙ってはいなかったわ。結構挑発していたのは何度か聞いていたもの。それでも子供たちは怖がることも怒ることもなく、その挑発に乗るように木の棒を振って挑んでいて、楽しそうに見えたわ。
鬼ごっこという遊びをしている時は少しだけ羨ましくなってしまったわ。だって、とっても楽しそうなんだもの! 鬼役を一人決めて他の子を追いかけてタッチするという遊びらしいけど、最初の鬼にルドルフを指定した時は、子供たちの無謀さに口を覆ってしまったのは仕方ないことだと思うの。それに、鬼を嫌がることなく引き受けたルドルフはとても怖かったわ。だって、笑いながら追いかけているんですもの。あれが城に仕える騎士だと思うと……後でお兄さまに採用項目について相談すべきかしら。
ルドルフの恐怖はともかく、追いかけっこしている姿はとても楽しそうだったわ。そしてルドルフは絶対本気だったわ。
「そろそろ時間ですね」
「えー、もう! メイリーちゃんと遊ぶの楽しかったのに」
「私もミミアと遊べて楽しかったわ。こんなにも思い切り遊んだのは初めてよ」
気付けば王族としての勉強が始まっていたし、貴族とのご令嬢と顔を合わせても基本的に茶会になってしまうから、子供らしい遊びなんてしたことがなかった。女の子が外で遊ぶなんて、庭の散歩くらいしか知らないもの。だから、汚れるようなことってなんにも想像できなかったけど、砂遊びだったり、小さな花を潰して色水を作ったり、歌を歌いながら踊ってみたりと次から次へと知らない遊びを提案されてとっても斬新で面白かった。
「じゃあ、また来てくれる?」
「……! ええ、また、また来たいわ! お父さまにお願いしてみる」
「よかった!」
ミミアと顔を合わせてニッコリと笑い合う。今日一番よかったことと言えば、ミミアとお友達になれたことだわ。ハキハキしていて思ったことはちゃんと口にしてくれるし、私が貴族だからって距離を置くこともしない。もちろん、知らない子たちと接する私のことを気づかってはくれているけど、身分という壁を作らずにいてくれる彼女の存在はとても大きかったと思う。本当は他の孤児院や教会に平等に慰問に行くべきなんだろうけど、今日は初公務だったわけだし、慣れるまで同じ場所に通うことはきっと許してくれるはず。そのあたりは私がどうお父さまを言いくるめるかにかかっているわね。
次の約束をしてミミアと手を合わせていれば、突然空気を割るようなカアンと甲高い音が響いた。
「あぶない!」
小さな男の子の悲鳴のような声に振り返れば、グルグルと回転しながら木の棒がこちらに向かってくる。もちろん避ける時間もなくて、ミミアと体を寄せ合って目をつぶった。だけど、いつまでたっても痛みはこなくて、何が起きたのかわからないままゆっくりと目を開ける。
「――! ル、ルドルフ?」
「……はあ、怪我はねーな?」
「え、ええ」
私の前に庇うように両手を広げて立つルドルフがいた。視線を動かせば、地面に飛んできていた木の棒が少し横に外れて落ちている。もしかして、体を張って助けてくれたのかしら。でも、庭の中央にいたのに、一瞬でここまできたの? 驚きで声も出せずにいれば、騒ぎを聞きつけたセイリムさまがこちらに走ってきたわ。
「ルド! メイリー様! お怪我は?」
「わ、私は大丈夫よ。でも、ルドルフが」
「何ともねえ。騒ぐな」
ルドルフの顔は普段と変わらないように見える。痛みはないのだろうかと不安になりながらも見守っていれば、不意に彼は後ろを振り返った。その先にはさっきまで楽しそうに棒を振っていた子供たちが恐怖で引きつった顔をして固まっていた。
「おい」
ルドルフが声をかければビクリと体を揺らした。怒られると思ったんだろう。私も、きっとそうだと思ってハラハラとした気持ちで見守ってしまったわ。だけど、彼は小さく溜め息をついて手招きをした。それにビクビクと体を震わせた子供たちがゆっくりと近付いてくる。
「ほら、悪いと思ってんなら素直に謝れ」
「べ、べつに、ぼく、そんなこと」
その中で一番小さな男の子がどもりながらも反論する。きっと、また騎士ごっこというものをしていたのだろう。思い切り打ちあって、結果手の力がもたなくて弾かれてしまった。その弾かれた先に偶然にも私たちがいたんだわ。これは紛れもない事故で、故意ではない以上、男の子を悪いと責めるのは私にも気が引ける。
「思ってないならどうしてそんなに怯えてんだ。いいぜ、悪くないって言うなら謝んなくても。お前がそれでいいって言うならよ」
まるで突き放すような言い方をされて否定をしていた男の子は大きな瞳に涙を溜める。故意ではなかったとはいえ、私を危険な目にあわせたのは確か。でも、だからと言ってこんなに威圧的に責めるのはどうなのだろうか。私はじっとその子を見つめた。私よりも小さな子だった。六歳か七歳か。そのあたりだろう。そんな子がわざとではないことで責められるのは可哀想だわ。そう思ってお姉さまの方を向くけど、意外にもお姉さまはあの子をかばうことなく静かに見守っていた。
「やりたくてやったわけじゃねえ、そう思ってんだろ?」
ルドルフが問いかける。男の子は小さく頷くことしかできないようだった。
「でも、それでも誰かを危ない目に遭わせたのは確かだ。だから、お前だって居心地の悪い思いしてんじゃねーのか? なら、事故でも何でも危ない目に遭わせて悪かったって伝えねーと、ずっとその居心地の悪い思いを抱えて生きなきゃなんねーぞ。それでいいのかよ」
ルドルフの言葉に男の子は絶望的な表情を浮かべた。だけど、ここで泣いてダダをこねても誰も助けてくれないと、きっとこの状況で理解しているんだと思う。だから目に涙を溜めながらも必死に息を吸って何かを言おうとしていた。その様子を静かに見守っていれば、小さな声でようやく声を出した。
「ご、めん……なさい。わざとじゃ、なかったから、だから、――ッ、ごめん、ごめんなさい」
つっかえつっかえ、涙を零しながらの謝罪に私は笑った。怒られるのは怖い。否定されるのは怖い。それなら最初から自分の失敗をなくしたほうが楽だと思う気持ちは、私もわかる。だから、たったそれだけの言葉を伝えるのにどれだけ勇気がいることなのかも、わかるわ。だから、私はこれ以上その子が怖い思いをしないように、優しく笑うの。
「ええ、大丈夫よ。謝ってくれたもの。怒ったりしないわ。でも、次は気を付けるのよ」
ボロボロと泣く男の子の頭をそっと撫でれば、手の甲で拭いながら小さく頷いた。これでこの話は終わりだと頷けば、見守っていた子たちがワッと近づいて励ますように男の子の背中を叩いた。その気安いやり取りが少し羨ましいなんて、ちょっと思ってしまったわ。
「ルド、貴方、怪我しているのでは?」
「大したことねー。騒ぐな」
「大したことないのなら見せられるでしょう? 魔法で治します」
子供たちには聞こえないようにセイリムさまとルドルフが会話をしているのが聞こえてしまって思わず振り返る。セイリムさまはレベルの高い治療魔法を得意としている神官さまだ。だから見せればすぐに治してもらえるのに、ルドルフはセイリムさまの提案に何だか酸っぱいものでも食べたような顔をした。
「できるかよ。こんなことで怪我したとかダセーだろ」
「そんなことを言っている場合じゃ――「ルドルフ様、お疲れ様です」
セイリムさまの言葉をさえぎってお姉さまがルドルフに近づく。いつも私にするような優しい笑みを彼に向けて、少し強引に彼の手を握った。
「何す……! おま、え、なんで……」
「内緒ですよ?」
手を握られたのがそんなにびっくりしたのかしら。目を大きく見開いた彼は、じっとお姉さまを凝視している。その顔が信じられないと言っているみたいで、一体何があったのかよくわからなくて首を傾げた。けれど、結局その時は何も教えてもらえなかったわ。
そうして、最後はちょっとハプニングもあったけど、何だかんだ無事に公務を終えることができたわ。ミミアと友達になれたし、他の子たちとも今度また遊ぶ約束をして、とっても大満足。四人で広い馬車に乗り込んで王城へと向かう。じんわりと疲労感が襲ってきているけど、まだ瞼は重くない。ただ遊んでいたとはいえ、私は公務に向かったのだ。眠って帰るだなんてしてはいけないわ。
「さて、ここならいいでしょう? ルド、怪我を見せてください」
「必要ねーよ」
「何言ってるんですか。子供達が自分を責めるからと思ってあの場では見せることを躊躇っていたのでしょう? ということはそれなりに痛みを感じていたはずです。見せてください!」
あの時、ルドルフが頑なに見せなかったのはそういう意味があったのね。彼は身分で人を判断しない分、本当に誰にでも平等に接するんだわ。子供相手でもきちんとけじめを付けさせ、揶揄うことも侮ることもしないで、一人の人として接している。だから、子供たちもルドルフにはすぐに懐いたのね。怖くても、対等として扱ってくれる大人は貴重だもの。特に、平民で、しかも孤児への対応は酷いものがあると聞いたことがあるし。
しかも、あの時謝ってくれた子がこれ以上自分を責めないようにと、ケガをしたことを隠していた。
(子供好き、というよりも……子供に好かれるタイプなんだわ)
とてもツンケンしているけど、誠実な人なのだと、私は見方を改めることにした。
「本当に必要ねーんだよ。だって、もうその女に治された」
「……は? え、だって、見せもしてないじゃないですか」
「もしかして、お姉さまが手を握った時?」
「…………」
あの時、ルドルフはとても驚いていたのを思い出して、お姉さまの方を向く。するとお姉さまはニッコリと微笑むだけで何も言わない。でもこの場で否定をしないということは、きっとそうなのだろう。
でも、そんなことってできるの? だって、治療魔法はケガをした部分を見て、ケガをしていない状態を想像しながら治療する魔法のはずよ。ケガを見なければどれほど強い力で、どれほどの時間かければいいかなんてわからないもの。それなのに、手を握っただけでどうして見えない部分のケガを治せるの?
「そんなことが本当にできるんですか、ティーナさん」
「セイリム様、もちろんこれも内緒ですよ」
「……はあ、本当に貴女は規格外な人ですね。内緒にせずにすぐにでも神官へと引き込みたいのに」
どうやら本当にお姉さまは見ないで治してしまったみたい。すごい、ただ手をギュッと握っただけなのに。さすがお姉さまだわ! しかも、お姉さまの治療魔法はセイリムさまと引けを取らない腕前で、以前に何度か神官か治療師として働かないかと声をかけていたみたい。学校に入る前から神官になった人なんてほとんどいないわ。城で働く高位の文官並のお給料がもらえるらしいのに、どうしてお姉さまは断ったのかしら。今度聞いたら教えてくれるかしら。
まあ、なにはともあれ初公務を終えた私たちは城に戻ってきたわ。その後、家族揃っての食事で問題にならない程度の報告をして、お父さまに次の公務への許可を無事にいただけたの! それに、今回のことでルドルフの株も上げることができたし、次も同じメンバーでの訪問も許していただいたの。今から楽しみで仕方ないわ!
「そうだわ、お兄さま! 今度ティーナお姉さまにお会いしてくださらない?」
「何だい、いきなり。確かに挨拶はしたことはないけど、僕も彼女もお互いの認識くらいはしているよ?」
「それじゃあダメなの! ぜひ、お二人には仲良くなっていただきたいわ! だって、私の自慢のお兄さまとお姉さまだもの!」
そうして顔を合わせている内にきっとお互いに惹かれ合うに決まっているわ! お兄さまはこんにも素敵だし、お姉さまだってあんなにも綺麗だもの。そうならないほうがおかしいじゃない?
うっとりとその時のことを想像していれば、お母さまが私の考えを読んだようで、まあと声を上げて会話に割って入ってきた。
「メイリー、貴女が思っているようなことがたとえ本当に起きても、それを私達が容認するのは難しいわよ?」
「ええ! どうして?」
「だってそうでしょう? 貴女がお慕いしているティーナ嬢は、どれだけ素晴らしく綺麗なお方であろうとも、平民なのですよ? 私達は王族。その自覚を持って胸を張って生きなければならないわ。どれほど魅力的なお相手であろうとも、心だけで決めていいものじゃないのよ? 貴女だって、その自覚をきちんと持っているはずでしょう?」
「……なるほど、そういうことか。確かにそれは認めることは難しいな」
「そんなあ」
でも、確かにそうね。たとえどれほどお似合いであろうとも、どれほど思い合っていても、許されない関係というものがあるのよね。物語の中では美談とされるようなものでも、現実ではそうはいかない。王族は貴族をまとめ、そして平民を……国民を護る存在。どんな相手にも付け入る隙というものを見せてはいけない。次期王となるお兄さまの伴侶に、平民を選ぶことは許されないわ。
「平民でもし王太子妃を許されるのなら、それは〝聖女様〟しか有り得ないということよ。わかったわね、メイリー」
「はい。…………せいじょ、さま? そうよ、聖女さまだわ! じゃあ、お母さま、お姉さまがもし聖女さまなら、お兄さまのお相手として許してくれるの?」
ありえない話じゃないわ! だってお姉さまはとっても完璧だもの!
綺麗だし頭がいいし優しいし! そして何よりあの治療魔法! 聖女さまとしての資質十分だわ!
キラキラした目でお母さまを見つめていれば、僅かに口元を引きつらせてお父さまやお兄さまと目配せをした。
「「「メイリー……」」」
そうして、三人は同じように溜め息交じりに私の名前を呟く。どうしてそんな反応をされたのかよく理解できなくて、私はただただ首を傾げることしかできなかった。
結局、いいも悪いも答えをくださらなくて、だけど私の家庭教師をしているのだからいつか挨拶はしに来てくれるとお兄さまは約束してくださったわ。今はそれだけでも十分だと、私はお兄さまに抱き着いてお礼を口にした。
「今日は楽しかったなあ」
ふわふわとした気持ちでベッドの中に潜り込む。いつもより早い時間だったけど、昼間あれだけ遊んだのは初めてで、だから心地よいベッドの中ですぐに瞼が重くなる。
ああ、早く次の公務の日にならないかなあ。その前にお姉さまと授業しながらまたたくさんおしゃべりしたいわ。お兄さまのことをお姉さまにたくさん伝えて、さりげなく好意を持ってもらいたいし、たまにはルドルフとも会話をしてみたいわ。セイリムさまから聖女さまについて話を聞いて、お姉さまが聖女さまの可能性はないかも伺ってもみたいし。はあ、やりたいことがたくさんあるわ!
興奮してきたと思ったけど、気付けば私は夢の世界に旅立っていた。
だけど私は忘れていたの。もうすぐ魔法学校の夏季休暇が終わることを。そうすれば、お姉さまの勤務時間がグッと減るという事実を――。
それに気付いたのは次にお姉さまに会った日で、しかもそれは夏季休暇最後の授業の日だった。「学校が始まったら授業どうなるんですかね?」というお姉さまの素朴な疑問を投げられて、その時の私はしばらく茫然とお姉さまを見つめることしかできなかったのは言うまでもなかったわ。
こちらで幕間は終了です。後半連載は11日から再開します!また週二更新で頑張ります…っ!
後半は行事が目白押しになりますので、少しでも楽しめるように気合いを入れて頑張りたいです!チートをお披露目しつつ、聖女についてもう少し意識させていく展開です。




