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幕間2 この国一番の男を紹介しますわ!

※メイレリアン王女殿下視点

 今日向かう孤児院はお姉さまの馴染みの場所である南区の孤児院なの。まともに城の外に出るのも初めてな私は、ドキドキと高鳴る胸を抑えるように胸の前で手を組んで教会と一緒になっているその建物を見上げた。中央区にある学校や役所と比べればこぢんまりとした建物だけど、教会部分は装飾もあり、とても綺麗な造りをしているわ。それでもかなり昔に造られた建物なので、少し古い印象はぬぐえないけれど。


「ようこそいらっしゃいました、王女殿下。気に利いたおもてなしはできませんが、ごゆっくりしていってください」


「ご苦労様です。私の方こそ未熟な身ですので、何か間違ったことをしてしまいましたら遠慮なく言ってください」


 たまにお母さまやお兄さまが慰問へと出かけていることは聞いているけれど、私の初公務ということもあって、教会側の人も緊張しているみたい。王族を相手にするのだから当たり前よね。過度に気負わないようにと意識して声をかけてみたけど、あまり効果は見られない。


「こんにちは、神父様。セイリム様も今日はご一緒してくださいますし、私も王女殿下の傍にずっといますので、あんまり緊張しないでください」


「ティーナさん、ありがとうございます。不甲斐なくて申し訳ない」


 強張った顔を向ける神父さまにお姉さまが気さくに話しかける。続いてセイリムさまもお久しぶりですと神父さまにご挨拶されていた。もちろん、護衛の怖い顔をした人――もうルドルフって呼び捨てにするわ!――は何も言わないけど。まあ、本来護衛は護衛でしかないから、こういう時に特に挨拶をすることはないから普通のことではあるんだけど。


「さて、メイリー様、子供達は庭にいますから、ご挨拶しに行きましょうか」


「ええ!」


 神父さまやシスターの紹介は卒なくお姉さまが済ませてくれてとてもスムーズに進んだ。やっぱりお姉さまは優秀だわ! セイリムさまだって顔見知りのはずなのに、ただニコニコしているだけだもの。こういうところが何だか頼りないのよね。

 次はいよいよ子供たちと対面だわ! 子供たちと言っても、私より年下ばかりなわけじゃない。孤児院には基本的に赤ちゃんから十五歳くらいの孤児を保護していて、私より年上の人もそれなりにいるらしい。でも、今はアルバイトがあって、十二歳以上の子供はほとんど昼間はいないって聞いてるから、人数はそれほど多くないみたい。


「みんなー、こんにちは!」


「あ! ティーナお姉ちゃん!」


「お姉ちゃんだ!」


「こんにちはー!」


 お姉さまの顔を見た瞬間、バラバラにいた小さな子供たちが集まってきた。キラキラとした顔を向けるその姿に、やっぱりお姉さまがとてもよく慕われていることがわかるわ。


「みんな、こちらメイリー様。貴族のお嬢様だけど、みんなと仲良くなりたくていらっしゃったの。だから、今日はメイリー様も一緒に遊んであげてね」


「こ、こんにちは、皆さま。今日はよろしくお願いしますわ!」


 ドキドキしながら挨拶をすれば、子供たちはポカンとした表情で一度互いに見合わせる。何かおかしかったかしら、と冷や冷やしながら反応を待っていれば、一人の女の子が前に出てきてニッコリと笑ってくれた。こげ茶色のクセのある髪を高い位置で二つ縛りした女の子はキラキラとした緑目を私に向ける。


「初めまして! 私、ミミア! 今日はよろしくね!」


「さすがはミミア。自己紹介してくれてありがとう。メイリー様はミミアと同い年なの。いいお友達になれるわ」


「お友達……」


 それは甘美な言葉だった。今まで城の中で生活してきた私は、同じ年ごろの知り合いがほとんどいない。だから、お友達と呼べる人もいなかったの。この孤児院に行っても、貴族と平民という高い壁があるうちはお友達なんていう関係になれるはずもないだろう。そう思っていたのに。


「もちろん! メイリーちゃん、あっちで遊びましょ!」


「……! ええ!」


 身分という壁を作らずに触れてもらえることがとても嬉しかった。本当なら、気安いと怒るべきなのかもしれない。分け隔てなく、なんていうのは身分がある上ではただの理想でしかないし、王族という頂点にいる自分がその態度を許すべきではないことをマナーの先生からも言われてきたわ。今は王族という身分を隠しているとはいえ、それでも貴族として接している。一緒に遊ぶことを目的にしていても、簡単に触れていい相手と認識させてはいけないんだと思う。

 でも、そんなことを言って、どうなるのだろう?


(きっと、遊ぶことなんてできなくなるわ)


 それでは意味がない。平民の子がどのようにして暮らしているのか。今日の目的はそれを知ることなのだし。そう思ってお姉さまを振り返れば、優しく微笑んで頷いてくれた。


「なあ、ティーナ姉ちゃん、今日はテオ兄ちゃんいねーの?」


「ごめんね、今日は別なの」


「えー! じゃあオレたちは一緒に遊べねーじゃん!」


 貴族令嬢がいるというのに不満顔を隠しもしない男の子に少し驚く。お兄さまや先生たちからのお話で、子供でも平民と貴族の違いは理解しているし、それなりの対応をするって聞いていた。だから、こんなにも普通の対応をされると、私の方が困ってしまう。


「こーら、いくら自分と変わらない小さな子でも、メイリー様はお貴族様なのよ? きちんと言葉を選びましょうね?」


「えー」


「メイリー様はお優しいから見逃してくださるけど、本当なら今の態度で怒られてもおかしくないのよ?」


 驚いてしまったけれど、声を上げたのは私よりも小さな男の子だ。このくらいの子は元気に外で走り回る遊びばかりしていると兄弟の多い護衛騎士の方から聞いたことがあるわ。どれほど本当のことかわからないけれど、この子は確かにそういうタイプなのかも。だって、既にあちこち汚れているもの。お姉さまの丁寧な言い聞かせに、不満顔で頷いた彼は私に向かって頭を下げる。言葉はないけれど、私はニコリと笑って頷いた。すると、男の子は見る見る顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。どうしたのかしら?


「それにね、メイリー様は無理だけど、テオの代わりに遊んでくれる人はいるのよ?」


「え、騎士ごっこできる?」


「できるよ! あの人が一緒に遊んでくれるからね!」


 そう言ってお姉さまが手で示したのは後ろで立っていたルドルフで、私だけでなく、子供たちとルドルフも驚きで固まる。孤児院に着いても変わらず仏頂面を作っていたルドルフに子供たちは嫌そうに眉を寄せて不満の声を上げた。


「やだよ、こわそうじゃん!」


「いじめられるよ!」


「でも、本当の騎士様よ? テオはまだ騎士になってない学生だもの。テオよりも強いかもしれない人と遊べるんだから、次テオと会った時にあっと言わせることができるかも……」


 まるで宣伝するようにお姉さまが囁けば、子供たちは少し迷うようにチラチラとルドルフを見始めた。その様子にルドルフも居心地悪そうに顔を歪める。ますます怖い表情になっているのだけど、気付いていないのかしら?


「おい、オレは遊んでやるなんて一言も……」


「孤児院に来てる以上、そうなるのは必然ですよ。その証拠にほら、セイリム様なんて既にままごとに付き合ってます」


 指を差す方に視線を向ければ、小さな女の子二人とセイリムさまが仲良くおもちゃを広げて遊んでいた。い、いつの間に? さっきまで私の後ろにいたのに!

 お姉さまはにっこりと笑いながらも迫力のある顔をルドルフに向ける。その顔はここに来る前に見せた貴族らしい愛想笑いと同じで、ルドルフもそれに気づいているみたい。気まずそうに顔を歪めているわ。


「……なに、すんだよ」


「男の子の遊びなんて決まってるでしょう? 外で思い切り遊ぶのよ! みんな、このお兄ちゃんと何したい?」


「騎士なんだろ! じゃあやっぱり騎士ごっこしようぜ!」


「テオ兄ちゃんが使ってる剣あるからそれ使ってよ!」


「あとで鬼ごっこもしようぜ!」


 怖い怖いって言っていたはずの男の子は、遊んでくれると言ったらすぐに上機嫌になって木の棒に布を巻きつけたようなものを取り出してきた。その内の長い棒を一本ためらいもなくルドルフに差し出す。

 騎士ごっことは何かしら? 首を傾げていればミミアが隣で木の棒を剣に見立てて手合せをするのだと教えてくれたわ。遊びながら特訓しているなんてとても偉いのね! と感心していたらそんな大げさに言うほどのことはしてないって苦笑しながら言われてしまったわ。


「……はあ、わぁったよ。いいか、ボウズ。オレと手合わせするんだ。本気で来いよ?」


 受け取った木の棒を手にしてルドルフは口の片側を吊り上げた笑みを浮かべた。意外にも男の子らしい笑みにびっくりする。大人が子供に挑発する言葉をかけるなんて、と呆れる場面ではあるけど、子供たちは気にする様子はなく楽しそうに負けないと口にして木の棒を振るい出した。


「あきれた、さっきまで怪しいヤツだって言ってたクセに!」


「お姉さまからの紹介だったから、信用したのかしら?」


「違うよ、あの子たちは相手してくれるなら誰だっていいのよ、きっと」


 遊びでも全力を出してくれる大人は子供たちには好印象のようだわ。もしかしてセイリムさまがルドルフは子供好きと言った理由はここにあるのかしら? でも、子供に好かれるのと、ルドルフが子供好きというのは訳が違うのでは?

 行きましょうと、ミミアに手を引かれてその場から離れる。何をするのかわからないので、お姉さまと一緒にミミアの後について行けば、庭の端に連れてかれた。砂地が広がっている中央部分と違い、端には木や草が生い茂っていた。小さいけれど花壇もあって、小さな花が風に揺れている。王城にあるような立派なものではないし、花も見たこともない種類ではあるけれど、小さな花が揺れるその様子はとても可愛らしくて頬が緩む。


「可愛いでしょ! 私がお世話してるのよ!」


「すごいわ、ミミアはお花のお世話ができるのね」


「ミミアはシスターのお手伝いを人一倍してくれるいい子なんですよ、メイリー様。この前だって一緒にご飯のお手伝いもしてたものね」


「えへへ。しっかりやってればテオ兄ちゃんのお店でアルバイトできるようになるかなって思って」


「しっかり者のミミアなら、確かに十二になる前に雇ってくれるかもしれないね」


 二人の会話に驚く。平民の中でも貧しい暮らしであることは孤児院に行く前に知ってはいたけれど、私と同じくらいの子がアルバイトをしたがっているなんて思いもしなかった。この場にいない十二歳以上の子供がもうアルバイトをしていることも驚きだったのに、もっと早くやりたいだなんて、私の理解を超えているわ。でも、そう願ってしまう程お金を稼がないといけないくらい、生活が苦しいのかしら。そうなると孤児院への寄付額を見直した方がいいのかな……。そのあたりのことは私にはよくわからないけれど、一度お兄さまたちと相談してみようかしら。あ、でもまずはお姉さまに事情を聞くべきかしら? どちらにしてもここで話すことじゃないから一度城に持ち帰らないとだわ。

 それはともかく、私はさっきから気になることがあった。


「あの、さっきから子供たちが言ってる〝テオ兄ちゃん〟とは、どなたですの?」


「え! メイリーちゃん知らないの? ティーナお姉ちゃんのカレシだよ!」


 衝撃的な言葉に私は思わず固まってしまった。お姉さまの恋人? 嘘でしょう?

 今まで考えたこともなかったけど、確かにこんなにも魅力的なお姉さまだもの。モテるのは理解できるけど、まさかもう恋人がいるとは思っていなかったわ。どれほど仲がいいかはわからないけれど、でも……でも!


「そんな、お姉さま! 私、お姉さまには是非紹介したい人がいましたのに!」


「え、ええ? メイリー様、テオは別に彼氏じゃないよ? 幼馴染なの」


「でしたら、私の紹介する方と会ってくださいます?」


「……いや、その、えーっと、メイリー様、一体誰を紹介するつもりですか?」


 知らない人を紹介されることを警戒しているのか、いつものハキハキした様子は隠れて、戸惑ったように言葉を詰まらせる。安心してほしくて私はニッコリと笑って見せたわ。だっって、これ以上ない人選だもの。きっとお姉さまだって喜ぶはずよ!


「もちろん、この国一番の殿方よ! 地位も才能も顔も何もかもそろっているのよ! お姉さまとお似合いだし、何よりも一緒になれば私とお姉さまが姉妹になれるわ!」


 この国の王子だし、王太子になるのは確定しているようなものだし、その内国の頂点になる人よ。王位を継ぐために毎日勉学も魔法も剣も誰よりも頑張っているし、周囲からも評価されているわ。そして見目だってとってもいいもの。いつだってキラキラしてて、パーティーに出ればその完璧な存在に気後れする令嬢も数多いだと聞いたことがあるわ。もちろん、それでもアプローチする女性は後を絶たないらしいけれど。それだけ魅力的な相手なら、きっとお姉さまだって安心するでしょうし、何より私と家族になれるもの。喜んでくれるに違いないわ!


「ま、待ってください、メイリー様。それ、確実貴女のお兄様じゃないですか……」


「ええ、そうよ!」


 この国の第一王子よ! そういえば学校ではもうご挨拶済んでいる可能性もあるのかしら? お兄さまからはそんな話一切聞いていないけれど。お互いの顔くらいは確認しているわよね?


「えー! ダメだよメイリーちゃん! お姉ちゃんは今はまだ幼馴染って言ってるだけで、テオお兄ちゃん一筋なんだよ! もちろん、テオお兄ちゃんだってお姉ちゃんにゾッコンだし! まだ会って話したこともない男の人なんて付け入る隙ないんだから!」


「まあ! そんなことわからないわ! 会って話せば燃え上がるような恋に落ちるかもしれないでしょう? それに、テオ様がどれほど素晴らしい人かは知らないけれど、お兄さまは誰にも負けないくらい魅力的な人なのよ! その人にだって負けないわ!」


「メイリーちゃんは姉妹になりたいから強引になっているだけじゃない? お姉ちゃんの気持ち本当に考えてるの? テオお兄ちゃんとは小さいころからずっと一緒にいるんだよ? それなのに、他の男の人にお姉ちゃんが行くと思う?」


 そう言われてしまうと私も困ってしまって口を閉じる。だって、お姉さまに決まった相手がいるなんて思っていなかったもの。でも、お互いに好き合っているのなら、どうしてまだ幼馴染のままなの? 恋人だって言ってくれたら、私だってこんな風にお兄さまを紹介なんてしないわ。本当は家族になりたいし、お姉さまとお兄さまならお似合いカップル間違いないけど、困らせたいわけじゃないもの。

 だけど、押し付けるのは確かによくないわよね。そう思ってお姉さまの方に視線を向ける。すると、何だかどこか遠い方を見つめていて、私たちの会話を聞いていなかったみたい。


「お姉さま?」


「お姉ちゃん!」


「……あはは、二人共、私の心配してくれるのは嬉しいけど、そういうのは自分で決めるからね?」


 なんて言って、結局お姉さまがどう思っているか教えてくれなかったわ。残念。

でも、裏を返せばお兄さまと顔を合わせるくらいはしてくれるってことよね? 自分で決めるにもまず相手の選択肢を増やさないといけないもの! つまりこれは私の腕の見せどころだわ!

 お兄さまにもお姉さまにもそれぞれいいところを伝えて、少しでも興味持ってもらえるように計画を練りましょう! おじさまにも相談したら協力してくれるかしら?

 楽しくなってついつい口を緩めてこれからのことを考える。


その時、お姉さまが引きつった笑みを浮かべて私を見ていたことなんて全然、まったく気づかずに。



 

本当はこの話で終わるはずだったんですけど、詰め込むと微妙に文字数が多い上に巻きの展開になるのでもう一話続きます。

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