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幕間1 お姉さまがカッコいいわ!

お待たせしました!

ぼちぼち再開させていただきます。本編に入る前にちょっとした幕間を挟みます。(毎週水曜更新)


※メイレリアン・シシリー・グロワッサム第一王女視点

 今日、この日が来るのをずっと待っていた私は、いつもより早く目が覚めて侍女が来るのを待たずにベッドから下りた。窓へと近付いて空を見上げれば、今日にピッタリな青空が広がっていた。


 私、メイレリアン・シシリー・グロワッサムはこの国の第一王女。王族として国民のために日々勉強の毎日を送っている。国王陛下であるお父さま、傍で支える王妃のお母さま、そして王太子となるべく多くを学びはげむお兄さま。自慢の家族に囲まれて幸せな日々を送っていたけれど、三人と比べて私は魔力も少なく、要領も悪い。頑張っているつもりだけど、お兄さまと比較されたり、王族としての自覚が足りないと苦言を漏らされていた時期があった。きっと、人から見たらそれは些細なことだったのだと思う。だからそんなことで誰かに頼ったり、落ち込んだりするのは甘えでしかないとその時は思っていたの。

 そして極めつけは魔法。王族であるなら二属性、三属性の魔法が使えて当然だし、その力は強くなければならない。そう教師に教えられてきた私は、けれどもとっても弱い木属性の魔法しか使えなかった。それを知った瞬間、どうにか耐えてきた小言も助言も私を追い詰めるものに変わってしまったの。

 次第に勉強が嫌になって、たまに仮病を使ってサボっていたわ。部屋にこもるのも嫌で、勉強はしないくせに庭の散歩はよく一人で抜け出してしていたの。そんな時にティーナお姉さまに会ったの!


『何に使うんですか? 魔法』


 魔法学校に通っていると聞いた時、やっぱりこの人も教師と同じように魔法の強さがないと王族と認めてくれないかも。そんな思いから魔法について聞いてみたら、思いがけない言葉で返されて唖然としてしまったことを今でも覚えているわ。魔法なんてあっても日常的に使うことなんてない。王族となれば特に、日常的に必要なら周りの使用人たちがやってくれるし、むしろ王族が無暗に自分の力を使ってしまうのはよくないとされている。それなのに、強い魔法を使えたとしても何の意味もない。お姉さまが言ったことは驚いたけれど、納得してしまうもので、今まで強さや属性の多さにこだわっていた私がおかしく思うくらい、自然と心に入ってきた。

 あの時のことを思い出してつい笑ってしまった私は、扉のノックと共に侍女の声がしたので返事をした。


「メイリー様、もう起きていらしたのですね」


「ええ! 今日はずっと楽しみにしていた公務の日ですもの! 準備、よろしくね」


「はい、ティーナ様から意見を聞いて相応しい服装をご用意しております。ただ、メイリー様は一度もお召しになったことのないような服ですので、驚くかもしれませんが……」


 言いづらそうに言葉をにごす侍女の気持ちを察して、私は微笑む。今日向かう先は孤児院だ。正確にいえば、教会と一体化している孤児院というべきだろうか。多少過保護気味の両親とお兄さまの考えで、私は今まで市井におりたことがなかった。だから平民とまともに接したこともない。しかも今日は公務として向かうけれど、王女という身分を孤児院の子供たちに明かす気はない。せめて貴族令嬢と偽って接する予定で、なるべく孤児院の子たちに警戒されないようにと質素な服で向かう手はずだ。これは事前にお姉さまから言われていたし、前もってどういう素材で、どんな見た目の服かは教えられている。


「わかってるわ。汚れるようなことをするかもしれないことも聞いてるから大丈夫よ」


 そう答えれば、彼女は安堵したように笑ってすぐに用意しますと一度下がった。


 用意された服は本当に質素で簡素な物だった。肌触りは少しざらざらして気になるけれど、普段身に着けているドレスと比べればとても軽いし、涼しい。多少スースーしていて落ち着かないけれど、簡単に脱ぎ着できるその構造にはつい感心してしまった。

 考えてみれば平民は私たちのように使用人もいないのだから、一人で脱ぎ着できない服では生活できないよね。


「メイリー様、ティーナ様がいらっしゃいました」


「まあ! 応接間へお通しして!」


「かしこまりました」


 まだ出発の一時間前。だけど、それまでにお姉さまとはやらなければいけないこともあるので、私の部屋まで来てもらったの。普段着ている服とは違って私以上に質素なワンピースを着てやってきたお姉さまは、それでもとっても可愛い。だってお姉さまが平民だなんて今でも信じられない。よく見かける色だけど、艶のある亜麻色の髪に空のように澄み渡った瞳、そして眩いほどの白い肌。きっと高位貴族のご令嬢なのだろうと思って最初は声をかけたのだもの。だから平民だと知っても未だに半信半疑。特に孤児らしいから血筋的には貴族という可能性も高いし。なんて、そんなこと私が言っていても出自が明らかになるわけじゃないけど。

 とにかく、質素なワンピースがとっても似合わないの!


「御機嫌よう、メイリー様」


「ごきげんよう、お姉さま! もしかしてそれって普段着?」


「ええ。メイリー様にだけ質素な格好をさせるわけにもいかないし、孤児院に行くときによく着ている服をね。でも、これで城に来るのは勇気がいますね」


 確かに、登城するだけで本来ドレスコードが必要になる。文官や武官であっても、相応の制服というものが用意されているから、それ以外の服となると盛装に近いものを着るのが暗黙の了解だ。それをわかっている人が事情があるとはいえ平民の普段着で登城するのはかなり勇気がいることよね。居心地が悪そうにしているお姉さまに思わず笑ってしまう。


「早めに来てもらったのはお姉さまに同行者を紹介しようと思ってたからなの!」


「そういえば護衛に誰が付くのか聞いてませんでしたね」


「ええ! 私もこの前聞いたばかりなの。もうすぐここに来るはずなんだけど……」


 話をしていればタイミングよくノックの音が響いた。侍女から来客を告げられ中に通すよう言えば、今回ついてくれる予定の二人が中へと入ってきた。


「王女殿下にご挨拶を申し上げます」


「……」


 入ってきたのは優しい笑みを浮かべて神官服をまとうセイリムさまと、騎士服を着た仏頂面の黒と赤の色が混ざった短髪の男の人。


「セイリム様が、護衛の一人ですか?」


「ええ。教会には定期的に訪問してますし、その方が子供達に緊張感を与えないだろうというご配慮もありましてね」


 セイリムさまの登場にはお姉さまはさほど驚いていないようだった。きっと聡明なお姉さまのことだからある程度予想していたのかもしれない。けれど、驚いてはいないけど、どこか疑うような眼差しを向けていて、形のいい眉も眉間に寄っていた。


「セイリム様って、強いんですか?」


「嫌だなー、確かに私は治療魔法特化型ではありますが、魔法の扱いは攻防関係ないじゃないですか。操作方法さえ理解してしまえば防御も攻撃も簡単ですよ。その辺は治療魔法を得意としているティーナさんもわかっているのでは?」


「セイリム様の魔法の強さ自体を疑っているわけじゃないです。でも、神官である以上攻撃魔法に躊躇いがあるかもしれないでしょ?」


「もちろん、その辺も考慮しております。その上で彼が選ばれたんですよ」


 ニコニコとお姉さまの視線を流すセイリムさまにお姉さまは未だに苦い表情をしつつも、隣の彼へと視線を向けた。お互い初対面ということもあり、お姉さまはワンピースの裾を掴んでカーテシーをする。


「お初にお目にかかります。王女殿下の家庭教師をさせていただいております。ティーナです」


「……」


 完璧なお姉さまのカーテシーを見ても何の反応もしない彼に、私も少しムッとする。おじさまからは少し失礼な人だという話は聞いていたけど、これは少しどころじゃないと思うわ。私にだってきちんと挨拶が返せないんだもの。


「ルド、騎士としてここで働いている以上、必要最低限な挨拶は必須じゃないかな?」


「チッ、ルドルフ・アーガインだ」


 舌打ち!? なんてガラが悪いの! 私を前にしてこの態度はさすがに容認できないのでは? しかも、お姉さまへのご挨拶よ!

 信じられない気持ちで彼を見つめていれば、面倒臭そうな表情を一切取り繕うことなく言葉を繋いだ。


「言っておくがオレは身分でへりくだるような真似はしねぇ。相手が王族だろうが貴族だろうが関係なく扱うからな」


 それは私に言っているのか、お姉さまに言っているのかわからない。セイリムさまが大丈夫だと念を押したから彼が選ばれたはずだけど、これは私の方から交代の要請をすべきなのかしら。私への挨拶の時は不愛想ながらも普通だったし、そこまで長い時間顔を合わせたわけじゃないから気付かなかったわ。お姉さまはどう思っているのだろうと視線を上げてみれば、綺麗な顔で綺麗な笑みを浮かべていた。あ、この顔知っているわ! 貴族間ではよくある〝愛想笑い〟よね? すごいわお姉さま! 完璧だわ!


「セイリム様、人選の変更を要求します」


 そしてきっぱりとはっきり拒否を示した。これには意外だったのか、セイリムさまも彼も表情を崩してお姉さまへと視線を注ぐ。どうしてビックリしているのか私がわからないわ。こんな態度の男、お姉さまだって許せるはずがないじゃない!


「驚きました、王女殿下へ意見を聞かずに貴女がそう答えるなんて」


 あ、そっか。ここでは私が最高責任者。私自身が悪いともいいとも言わない時点でお姉さま個人の意見を述べることはしないと思ってもおかしくないのか。しかも、私の次に権力を持っているのはセイリムさまだし、その次はこの無礼者の彼だものね。それを理解していないお姉さまじゃない。


「ええ。普段なら言わないですが、今回は公務です。しかも、行先は孤児院ですし、目的は慰問です。だから、彼は駄目です」


 それでも怯むことなくお姉さまはきっぱりと告げる。どうしてダメなのか、私自身が理解できなくて言葉を挟めない。代わりに眉を下げてしまっていたようで、それに気付いたお姉さまが私のために言葉を砕いて説明してくれた。


「彼が身分なんて気にせず、誰にも同じような態度をすること自体は別に私は文句を言うつもりないんですよ。でも、これから行く場所は子供が集まる孤児院で、目的は慰問だし、メイリー様がすることは子供たちと仲良くすることです。それなのに、同行している護衛がこんな仏頂面で周囲に威嚇ばかりしそうな護衛騎士だとしたら、せっかくのメイリー様初公務が失敗する未来しか見えないので、遠慮してもらいたいということです」


「何だと! ふざけんな、オレだって好きでこの任務についたわけじゃねーよ!」


「ええ、そうでしょうね。どうせ宰相閣下かセイリム様に無理を言われて仕方なくってところでしょうけど、そんな貴方の事情なんて子供達には関係ないですし、私にもメイリー様にも関係ありません。子供達を怖がらせる要因にしかならない人を、最初から連れて行くくらいなら必要ないです。代わりの護衛騎士がいないなら、私の幼馴染でも引っ張り出したほうがよほど安心よ!」


 睨みつけるようにしてお姉さまは腰に手を当てて言葉を続ける。その勢いに押されたのか、彼は怖い表情を僅かに崩して一歩後ろに下がる。長身で体格のいい殿方が、可愛らしいお姉さまに押されているなんてビックリ! にしても、なんてカッコいいの! 子供たちのためにきっぱりとダメなところを指摘するなんてさすがだわ!

 凛々しいお姉さまに胸を高鳴らしていれば、彼はお姉さまではなく隣にいるセイリムさまに怒鳴るようにして不満を訴えた。


「オイ、なんだよコイツ! 面倒なんて起きねーって言うから仕方なく護衛についてんのに、早速面倒事が起きてんじゃねーか!」


「えー、これに関しては君が悪いんだろう? 誰だってそんな態度で孤児院に連れて行きたいなんて思わないじゃないか。それに、今回は王女殿下の護衛だって私だって言っておいただろう? 君の権力に屈しない姿は個人としては好ましいと思っているけど、時と場合に寄っては取り繕う努力はすべきだって以前から忠告はしておいたじゃないか」


「ふざけんな! こんな女に力不足だって言われる筋合いねーぞオレは!」


「力不足とは言ってません。貴方の実力なんて私は知りませんし! ただ、力だけで連れて行ける場所じゃないって言ってるんです!」


「うるせーな! どうせオレはただ傍に立って守るだけだろ! 態度もクソもねーよ!」


「そんな風にしか思ってないから、連れて行けないって言ってるんじゃないですか。貴方、実力はあるのに出世できないタイプじゃないですか?」


「わあ、流石ティーナさん。よくわかるね!」


「おい! 何暴露してんだよテメーは!」


 何なの、この状況は。もうすぐ出発の時間なのに、ちゃんとできるの? 不安になってきて私はお姉さまのスカートの裾をそっと握った。それに気付いたお姉さまは、私に微笑んで頭を撫でてくれる。


「すみません、メイリー様。私の意見だけを言ってしまって。メイリー様自身はどうしたいですか?」


「……私は、孤児院に行くことで気を付けないといけないこととかまだよくわからないわ。だから、なるべくお姉さまの意見を聞きたいの。でも、お姉さまが言っていたから、彼を外すなんていう理由はよくないでしょう?」


 お姉さまがどうして彼を護衛から外したいかはさっきの説明で何となく理解できた。その意見には私も賛成だし、彼が態度を改めないなら護衛を変更すべきだとも思う。だけど、彼を推薦したのはセイリムさまとおじさまだ。勝手に私の意見を通して交代するのはよくないし、だからと言ってお姉さまの意見だからということもできない。結局どうすればいいのかわからなくて視線を下げる。


「そうですねぇ、セイリム様はその方がちゃんと今回の任務に最適と思ってるんですか?」


「ええ、もちろん。私だってただ友人の贔屓目で無理を通しているつもりはないですよ。ただ、貴女が言ったように、彼は少し誤解されやすいタイプで、この機に周囲の目を変えることはできないかなと思いましてね」


 ニコニコといつもの優しい笑みを浮かべて返すセイリムさまにお姉さまは肩を落とすようにして溜め息をつく。未だに疑うような目で仏頂面の彼を見やったが、どうすべきか答えを出せずにいるようだ。ダメともいいとも言えないのは、彼のことがよくわからないからだろう。それでも、未だに表情も態度も改めない様子に、孤児院に連れて行くのは不安でしかない。


「ティーナさん、心配するのはわかります。ですから、もし孤児院に着いた後、彼が不適格だと思ったら彼だけ帰していいですよ」


「ハァ?」


「心外だって反応してますけど」


「ええ、そんな話してませんしね。でも、そうじゃないと連れて行くこともできないじゃないですか。現場での評価は私がどうこうするものじゃないですし、ルド自身が勝ち取るべきものですからね。そこでどんな扱いされようと、庇い立てはしません」


 当たり前でしょうとばかりに言われてしまえば、怖い彼も文句は言えないのかセイリムさまを睨むばかり。一体どんな関係性なんだろうと疑問に思う。お姉さまはしばらく悩んでいたようだけど、結局溜め息をつきつつもわかりましたと許可を出した。


「まあ、これ以上この中で一番身分の低い私が我がままを言うべきじゃないですね」


「は? 身分が低いって……」


「あれ、言いませんでしたっけ? ティーナさんはこの中で唯一の平民ですよ」


「はあ? あれだけ偉そうにオレに文句を言っておきながら平民? 嘘だろ!」


 信じられないとお姉さまを見下しながら睨みつける彼に、私はさすがにカチンときてお姉さまの前へと飛び出した。


「なによ! 身分なんて関係ないって貴方自身が言ったんでしょう! お姉さまが平民だろうと貴族だろうと関係ないじゃないの! それとも、自分の身分が上の場合は違うのかしら? そんなことを言うつもりならやっぱり同行は許可できないわ! おじさまに言って変えてもらうんだから!」


 今まで私が意見を言うことが無かったからか、突然噛み付いてきた私に驚いて彼は目を丸くした。鋭い目つきはまるで睨んでいるようで怖いけれど、お姉さまに酷いこと言うのなら許せない。子供たちの前にお姉さまを傷つけるならたとえセイリムさまのお願いだって聞いてやらないんだから!


「ルド」


「……ぐ、わ、悪かったよ。別に、そういうつもりで言ったんじゃねー。見た目が平民っぽくねーから、勝手に貴族だと思ってただけだ」


「申し訳ありません、王女殿下。ルドは純粋に驚いてただけなのです。こういう物言いなので、よく勘違いを受けるのですが」


 気まずそうに視線を外して小声で謝ってきた彼に、許すべきか悩む。最終的にお姉さまが気分を悪くしているかどうかで決めようと振り返れば、嬉しそうに微笑んで私の肩に手を置いた。


「ありがとうございます、メイリー様。大丈夫です」


「そう、わかったわ。でも、孤児院で子供たちにそんな態度取ったら本当に帰すわよ」


「ええ。それで問題ありません。許可してくださり感謝致します」


 長い金色の髪を揺らして頭を下げるセイリムさまに、私は困ってしまう。どうしてそこまでしてこの人を任務につかせたいのだろうか。王族だからって理由で私の護衛にって思っているのなら、私ではなくお兄さまの公務にでも連れて行けばいいのに。そうすれば気をつかうような場面は減るんじゃないのかしら。

 私のそんな疑問を悟ったのか、セイリムさまはゆっくりと近付いて小声で呟いた。


「大丈夫ですよ、ああ見えてルドは、子供が大好きなんですよ」


 嘘か本当か悩むような言葉に、結局私はお姉さまに視線を送るしかできなかった。ちなみに、お姉さまはセイリムさまに呆れた顔を向けながら、肩を竦めただけだった。



 

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