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12.帰省


「ねえ、お姉さまは普段おやすみは何をしているの?」


 アルバイトを始めて二週間が経った。私の授業のやり方にも慣れて、メイリーはもうできないことがあっても委縮することはない。元々、性格的に思ったことをはっきり言うタイプでもあったので、自分に後ろめたいことがないのだと理解してからは何でも打ち明けてくれるようになった。


「うーん、いろいろかなあ。毎回決まっているわけじゃないけど、幼馴染の実家の店のお手伝いや薬草摘み、あとは教会の子供達と遊んでみたり」


 ロッテさんのお手伝いはやりがいはあるんだけど、最近は忙しいこともあって教会の子供達にアルバイトをお願いしているらしい。だから、手伝いとして行ってしまうとその分子供達の収入が減っちゃうから、月に一~二回しか行っていない。その代わりに教会の方へ行く回数を増やしている。

 何でも、ロッテさんのところで仕事にありつけた理由はテオが後押ししたからで、それでも私が計算などを教えてなかったら難しかっただろうと。だから、今後も他の子供達に計算方法だけでも教えてあげようと通っているのだ。


「教会! ねえ、お姉さま、私も行きたいわ!」


「えええ? いや、メイリー様、流石に、はい、いいですよーなんて私が簡単に答えられる内容じゃないですよ」


「ええ! だって、いもん? とかあるんでしょう? お兄様は何度かお忍びで城下に行っているのに、私は一度も行ったことがないんだもの。このままじゃ世間知らずの我がまま王女になってしまうわ」


「ふふ、それをご自分で言ってしまうくらいですから、きっと大丈夫ですよ。でも、メイリー様。本当に行きたいと思っているのなら、きちんと陛下に許可を頂きましょう? お忍びで行くのなら護衛は少なくしないといけませんし、そうなるとそれ相応の立場の方が付かれるでしょう? 教会側の都合もあります。そういうことを考えないといけない立場なのはわかりますね?」


 問えばメイリーは不貞腐れたように頬を膨らませてわかってるわと答える。まだまだ子供だ。自分が思ったことをすぐさまに叶えたいと思うのは仕方ないことだろう。彼女の頭を撫でて宥めながらも、きちんと陛下の許可を頂いてくることを約束させた。


「もし、行けるってなったら、お姉さまもついてきてくれる?」


「ええ、もちろん。あと、陛下にお願いする際は、〝おねだり〟ではなくて、〝説得〟を試みましょう! メイリー様がただ行きたいのではなく、王女殿下が慰問する意味を説けば陛下も考えてくださいますよ」


 十歳にもなる子供が未だに城から出たことがないのは流石に過保護とも言える。いくら女の子であっても、少しは外の世界というものを実際に見せるべきだろう。特にメイリーは公務も必要のない子供。だけど、すぐに疲れて動けなくなるほどの幼児でもない。このくらいの年齢が一番自由があるはずだ。王族だから慎重になるのは理解できるけど、今のうちに覚えさせることも必要だと思う。

 まあ、多分メイリーなら宰相閣下も巻き込んでどうにか説得するだろう。私の言葉で俄然やる気を出したメイリーの姿に私は頬を緩めるのだった。






 そんな会話をした翌日、私は一人で教会にやってきていた。今日も元気に外を走り回っている子供達を見れば、私と同い年のリックの姿が見えない。


「今日はリックが店に行ってるの?」


「そうだよ! 十二歳以上の子だから、私はまだいけないの」


 お出迎えしてくれたミミアは唇を突き出して不満を露わにする。出会った当時四歳だった彼女は今年で十歳になる。考えてみたらメイリーと同い年だ。ここに来られるようになったらきっといいお友達になるんじゃないだろうか。

 そんなことを考えるけど、王女殿下とお友達になれたとしても、この身分差だと会う機会は限りなく少ない。せめて魔法学校に一緒に通えるようになればいいんだけど。


「でも、お勉強できたらこうしてお金がかせげるってわかったから、お姉ちゃんのお勉強がんばってする!」


 小さな拳をムンと握り締めて気合いを入れるミミアに思わず頭を撫でてしまう。


「そういえばお姉ちゃん、最近ずっとそれ付けてるね!」


「え?」


「髪飾り! すんごいキレイ!」


 目をキラキラさせて私の髪飾りを見るミミアは流石は女の子だ。よく見えるように屈んで見せれば、思わずと言ったように手を伸ばした。


「あ、さわっちゃいけないかな?」


「大丈夫。キラキラしているのはただのガラスだから」


「そうなの? これ、どうしたの?」


「ふふ、実はね、テオが買ってくれたのよ」


 何か買ってもらいたいとか、奢ってもらいたいなんて思ってなかった。だって、負担になるようなことをする関係になったら、きっと長続きしないし、私が心苦しくなってしまうから。

 でも、それでも記念にって買ってもらったこれは、すごく嬉しかった。だから、約束通りあの日から毎日付けている。


「テオ兄ちゃんが? へえ、甲斐性なしかと思ったら、意外とやるんだね!」


 ぶっ! な、何ていう言葉を覚えてるんですかね、ミミアさんは! 絶対近所のおばさん達の影響ね! この子、人懐っこいからよく可愛がってもらってるみたいだし。

 私はミミアの将来が少し心配になった。




 教会への訪問も終わり、夕方になろうとしている。いつもならこのまま寮に帰るところだけど、今日は違う。


「さて、と。久しぶりに帰省しようかな」


 夜六時になると都内の区を隔てる門が閉じるだけでなく、外からの訪問者の受け入れもストップしてしまう。そうなる前に首都を出て、今日は久しぶりにあの山へと帰ろうと考えていた。山小屋の手入れを定期的にしておかないと、人が住んでいない家はすぐに傷んでしまう。

 アルバイトをするつもりはあったけど、毎回やっていた薬の製造やパンの販売とか、その日限りでも影響がないものをするつもりだったから、好きな時に帰れると思っていたのに、まさかの家庭教師なんていう重荷を背負わされてしまった。結果、王都に拘束されてしまい、帰省のタイミングが今しかない。ぐだぐだしていたら夏休みなんてあっという間に終わってしまう。


「と、その前に挨拶してこーっと」


 南区から外に出るにはテオの実家の近くを通るから、顔だけ出していこうと足を向ける。まだ夕食前なので、ちょうど客が切れているタイミングだったようだ。並んでいる姿も無く、中もいつもより静かだ。そっとドアを開ければ、食材チェックをしていたロッテさんと目が合った。


「あら、ティーナちゃんじゃない!」


「こんにちは、ロッテさん」


「どうしたの? 今日は確か、一人で教会に行ってたんじゃない?」


 北区に一人で行って絡まれた日を境に、テオは私が一人になると知ると何処に行くかだけ把握しておきたいと言ってきた。毎回、細かいことまでは伝えられないし、流石にテオも逐一聞いてはこないが、用事が決まっている時はある程度伝えるようにしている。心配かけたし、怒らせてしまったし、このくらいはしょうがない。

 よって、ロッテさんにもこうして私が何処にいるか伝わっているわけだ。


「はい。それで、実は今から一度山に帰ろうと思って」


「あら! そうなの? じゃあ、テオ連れてっちゃっていいわよ。明日は助っ人が二人来てくれる予定だし」


「へ?」


「元々あの子何か察していたみたいで、明日は休むって言ってたし。今呼んで来るわね」


「は?」


 ちょっと待って。いくらテオが明日休む宣言をしていたからって、それがイコール私の事情とは関係ないのでは? だって、帰省する話はテオには言ってないのに!

 そう口にしたくても行動の早いロッテさんは既に住居スペースの方に引っ込んでしまい、何も言えない。唖然としている間にテオと二人で戻ってきた。


「ティナ、お疲れ。教会のヤツら元気にしてた?」


「うん、テオもお疲れ。元気だったよ。今日もいろいろ付き合って大変だった。それで、その、私ただ挨拶しに来ただけなんだけど」


「ああ、わかってるって。帰るんだろ。今日、こんな時間からってことは、どうせ明日までには戻ってこないといけないんだろ? てことは、時間がないんだし当然オレを頼りに来たんだろ?」


 何だろう、いつものように穏やかに笑ってるはずなんだけど、妙に圧を感じる気がする。

 いや、確かに私の休みは明日までだ。明後日からはまたアルバイトがあるし、パパッと魔法で行って帰ってこようと思っていて。だって、飛行魔法は私でも使えるから可能だ。


 ただ、それを知っているのは、テオだけで。


 だから、この場でその言葉を否定することは私にはできないわけで。


「う、うん。お願い、ね」


「ああ。任せろよ。前は月一でやってたんだしな」


 確かにそうだ。そう考えると、テオは小さい時の方が魔法をよく使っていたことになる。今は学校で訓練はするけど、日常使いはそれほどしないし。

 にしても、どうしてテオには帰省のことバレたのかなあ。何にも言ってなかったのに。


 そうして、数分もしないうちに準備を済ませたテオと私は王都の外へと出た。こんな時間から出る私達に門番の人は怪訝な表情を浮かべていたけど、無視だ。言葉で伝えない代わりに、彼等の視線がこちらを向いている内にテオが飛行魔法を展開する。


「ほら、行くぞ」


「はーい!」


 手を伸ばしたテオの胸に飛び込めば、久しぶりに他人の魔法で空へと舞い上がる。自分で飛ぶのもいいけど、やっぱりテオと一緒に空を飛ぶのが一番落ち着くかもしれない。




 約五か月ぶりの帰省だ。夕方から一時間かけて帰ってきたので、もうすぐ陽が沈む時刻。閉め切っていた部屋のドアや窓を全て開けて回ってみれば案の定、埃にまみれている。


「教会行き延期して朝から来ればよかったのに」


「それも考えたんだけど、最近忙しくてなかなか顔を出せなかったし、テオだって手伝いが大変で行けてないでしょ? だから、なるべく顔を出しておきたくて」


 私はただの子供で、しかも平民。慰問する義務はないんだけど、それでもあれだけ頻繁に行っていた教会にパッタリ顔を出さなくなるっていうのはちょっと申し訳ないかなって。それに、一年旅をしていた間はテオに任せっきりだったし、今はアルバイトの関係で一人年が離れたミミアが残されてしまって寂しそうにしてるんじゃないかって心配してたし。

 でも、それでもこの埃まみれの部屋で寝るのは厳しいな。


「仕方ない。魔法使って掃除しよう」


「はあ? どうやって?」


 基本使える場面がなくて不便な魔法だけど、ものは考えようだ。散らかっているのではなく、埃に困っているのならやりようがある。

 たとえば、風魔法で。


「うわー……よくそんな器用に風使えるな。何してんの、お前」


「この窓から風が抜けるように全体に風魔法を送り込んでいるの。そしたら、まるで吸うかのように埃が外に出ていくでしょ?」


 埃を巻き込みながら風を起こし、最後には、窓の外に放り込む。軽い埃ならこれでほとんど取れる。ベッドも少し叩いて埃を出して、そのまま風に乗せた。そうして一部屋一部屋見て回りながら掃除をしたら終わりだ。埃も取れて、部屋の中の空気も一掃できて楽ちん楽ちん。

 ベッドは流石にしまってあるシーツと取り換えるけど、念入りに叩いたから埃っぽさはないだろう。


「よっし、終わり。さて、じゃあ今度はご飯作ろっか」


「水瓶の水、入れ替えておいたぞ」


「ありがと! 助かる。パンは持って来たけど、それだけじゃ足りないでしょ? 簡単に作れるもの作っちゃうから待っててね」


 私一人ならサラダ作って終わり、にしてもよかったんだけど、テオがいるならそれはよくない。少しでもお肉とか燃費がいいものを食べさせないと。育ち盛りはよく食べる。


「何か手伝うか?」


「うーん、有り難いけど、このキッチンそこまで広くないから……あ、じゃあお風呂準備してくれる?」


「りょーかい。オレも魔法でちゃちゃっとやるかな」


 水瓶があれば水はすぐに張れるけど、温めるには時間がかかる。薪で地道に温めるよりも魔法を使った方が早いことを知っているのだろう。やり過ぎなければいいけど、と苦笑しながらやる気満々なテオを見送った。

 なんか、家族って感じだなあ。テオとは何度か一緒に泊まったことがあるけど、こんな風に自然と家事を分担できるのは不思議な気分。最初は同じ家に一晩一緒にいるだけで戸惑ってたし、反対もしてたのに。今では積極的なんだから、変なの。


「夏だけど、山はやっぱり涼しいな」


 この国は全体的に涼しい地域だ。と言っても、他の国と比べて結構大きな国だから、暑い地域だってある。けど、中央にある首都周辺から北側は平均より低い気温が標準だ。

 暑さより寒さが苦手な私にはかなり堪えるけど、まあ仕方ない。そもそも、この体は病気になることはないけど、それほど頑丈とも言えないのだ。どれほど慣れようと思っても、全然慣れる気配がない。そう思うと、病気だけはしたことがないって言うのが不思議なくらい。


「風呂、準備できたぞー」


「ありがと! こっちもできたよ。簡単な炒め物になっちゃったけど」


「いいって。ティナは大体何作ってもうめーじゃん」


「それは何より。気が向いたらテオのご飯もまた食べたいなー」


 ほとんど振る舞われたことはないけど、テオの料理も美味しい。ロッテさんが言うにはかなり珍しいことではあるようだ。確かに、料理作れると知ってから何度かおねだりをしたことがあるけど、いつもおざなりに躱されてしまう。テオは結構面倒臭がりなのでわかってはいたけど、毎回残念に思っている。

 でも、いつか気が向いてくれるかもと隙あらばこうしておねだりをするのは忘れないようにしている。


「……そうだな、じゃあ明日の朝食はオレが作ってやるよ」


 今回も断れる前提で口にしたその願いは、あっさりと受け入れられ、しかも最短で叶えられるようで。その意外な返答に私は目を丸くした。


「ばあちゃんにはなれねーけど、せっかく帰って来たんだから、甘えてーんだろ?」


 細められるその緑の瞳が、フィーネさんと同じ色で胸がキュッとする。たまには帰って掃除しなきゃ。なんて、そんなの言い訳で。

 もちろん、そう思っているし、墓参りもしなきゃと思っているのも本当で、だけど、でも、明日は、フィーネさんの誕生日で、だから……。


「本当は、私が、フィーネさんを労わんないと、いけないんだよ?」


 もう、労われる体はないけど。

 もう、彼女の意志は、ここには残っていないけど。

 それでも、私がフィーネさんを思って過ごさなきゃいけないのは変わらないはずだ。


「ばっかだなあ。誕生日に顔を出すだけで、親孝行になるんだぜ? 知らねーのか?」


 そんなこと、知らない。

 そんな、当たり前なこと、私は知らない。


 だって、教えてくれる人は以前にはいなかったから。


 だって、この世界ではずっとフィーネさんと一緒にいたから。


 ああ、だから、テオはこうやって、私に常識を教えてくれるんだ。


「孫と子供がこうして遊びに来たんだ。ばあちゃんだって、きっと喜んでるさ」


「……うん、そうだね。――ありがとう、テオ」


 込み上げる感情を少しだけ、飲み込んで。だけど、素直に笑う。

 寂しいとか、苦しいとか、恋しいとか、そんな感情に気付いてくれるのは、いつだってテオで。

 そんな私の心に、直接語りかけて、触れてくるのも、テオだけ、で。

 本当は、怖いと思うはずなのに、テオに対してだけは委ねてしまうのは、やっぱり……そういうことなんだ。


(……でも、それを口に出せはしないけど)



 でも、それでも、やっぱり……好き、なんだ。



 言えないけど、求めることもできないけど、それでも……その思いを否定することも、その思いを無くすことも、ましてやその思いのまま動くことも、何も……できないけど。


 でも、やっぱり、好きだと……思い知らされる。



 

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