9.デートの証拠
前もって申請していた模擬戦ではないのと、テオもゲイルも剣を扱えることから、今回は魔法無しの剣での打ち合い形式になった。魔法込みの模擬戦には万が一を考えて魔法抵抗の魔道具が貸し出されるのだ。それを取りに行く時間も、申請も面倒だと校長先生が一蹴した。
ちなみに、二人はその条件に何の不満も無いようでさっさと始めてしまった。
ゲイルが豪快に横に一振りした剣を、テオは体を斜めにズラしただけで避け、その動きを利用して腕を振りかぶる。すぐさま剣を切り返したゲイルは、テオのその一撃を受け止め、弾く。その反動を利用して、お互いにもう一閃、二閃、三閃。たった数秒の間に何度も剣を交じらせる。慣れない人には追うのも難しいほどの激戦だ。
(テオ、本気だ)
鋭い視線を相手に投げて何度も剣を振るうテオのその顔は本気の証で、それくらいゲイルが強いことを教えてくれる。
「ふふふ、もうすぐわたくしはテオ様とデート」
校長先生に聞こえない声量とはいえ、報酬を匂わせる発言を迂闊にも漏らしているミシェーラ様に呆れつつ、私は戦いから目を離さない。
テオはしなやかな動きで相手の攻撃を躱して素早く反撃をするスピードタイプ。それに比べてゲイルは単調な攻撃になりつつも豪快で、力強い攻撃をするタイプ。どちらが有利かはわからないけれど、今の時点ではお互いに同等と思えた。
「流石の貴方も心配しているのね。でも、安心なさって。デートと言ってもたった一日ですもの。むしろ、貴族と一緒に過ごせるのですから、存分に堪能すればいいわ」
ゲイルが剣を振る度にブォンと、低く風を切る音がこちらまで響く。衝撃波まで伝わってきそうで、僅かに背筋がゾワゾワした。きっと当たれば骨が折れるだろう。それくらい重さのこもった攻撃を、テオはずっと身軽に避けていた。だけど、避けるだけでは勝負はつかない。どちらも決定打を与えることができず、僅かに焦りが見えた。
完全に避けきれない攻撃は自分の剣を使って軌道を逸らす。金属が擦れ合う耳障りな音を響かせて、何度もテオは自分の身を守っていた。
「ねえ、ちょっと!」
テオは意外にも性格に似合わず、剣では辛抱強いタイプだと思う。今まで一人で特訓を淡々とこなしていたからか、打ち合いができるだけでも楽しそうにする。相手がいる、相手の動きを見れる、相手の思考を読む。一人では味わえなかったことを楽しんで、急激に成長を遂げている気がした。
フィーネさんとベッサの街に移り住んでから、テオの特訓をまともに見てなかった私は、この学校に入ってから久しぶりにテオの剣を見てすごく驚いた。今まで淡々としていた剣の動きが、まるで生き物のように滑らかに、軽やかに動くようになっていたから。
「話を聞きなさいよ!」
「レント伯爵令嬢は、どうやらテオに負けてほしいみたいですね」
少しでも視線を逸らせば勝負がわからなくなる熱戦だというのに、ミシェーラ様は妙に余裕だ。しかも、さっきからテオの敗北を確信した物言いにイライラしていた。
「そ、それは、別に純粋にテオ様の敗北を願っているわけではなくてよ?」
「貴女にどんな願望があっても、テオは負けません」
ミシェーラ様がテオとデートをしたいから、今回はテオの負けを望んでいる。それだけなのは理解できるけど、たとえどんな事情があろうとも、勝負に手を抜くなんて、そんなテオがいるとは思えないし、ミシェーラ様の望みは、テオの望みとは違う。
それなら、絶対に負けるはずがない。
「な、何よ! 何度もテオ様とデートしてるんでしょう! それなら一回くらい譲ってくれもいいじゃない!」
今までにない責める物言いに私は吃驚する。睨みつけてくる彼女の瞳は僅かだけど濡れているように思えて、だけどだからと言って同情はしない。
「テオは物じゃない。幼馴染でしかない私に、彼を独占する権利なんてないです。だけど……もし、私にその権利があるなら、誰かに彼を譲るなんて、そんなの冗談じゃない」
テオの隣にいたくて今まで努力してきた。だから、そんなに簡単にその場所を譲れるわけがない。
どんな美人でも、どんな人格者でも、テオを支えるのは私の役目だし、テオと手を繋ぐのも私だけ。それなら、テオの言う通り、テオとデートしていいのだって、私しかいないのだ。
傲慢で、身勝手な言い分だ。本来なら、こんなこと口にもしない。でも、本気でテオのことを奪う気でいる相手なら、容赦はしないつもりだ。
「レント伯爵令嬢、本気でテオが欲しいなら、私から力づくで奪う気でいてください。でも、人の気持ちを考慮しない強引なやり方は、誰の心も得られませんよ」
私だって必要なら実力行使をする。テオのことを考えずに付きまとう気でいるのなら、たとえ恋人じゃなくても私だって黙っていない。今回のテオのように、今度は私とミシェーラ様で競ってでもわからせる。
それだけの覚悟が、彼女にあるのなら。
まっすぐにミシェーラ様を見据えれば、私の本気が伝わったのか、僅かに息を飲んで後退った。その瞬間、校長先生の合図と共に模擬戦が終わる。
「勝者、テオドール!」
「くそっ!」
「残念だったな!」
お互いに汗だくだくになりながら、更に息を切らせながらも二人は睨み合うように視線を交じらわせる。妙に清々しい空気が漂っているところを見ると、本来の〝賭け〟のことなんて、すっかり忘れているように思えた。
まあ、男の子ってそういうところあるっぽいよね。元より、ゲイルはしつこいってだけで、テオは嫌って無さそうだったし。こうして本気で剣を打ち合わせられる存在って言うのは貴重なんだろう。
「そ、そんな!」
ミシェーラ様は絶望顔を浮かべて膝をついてる。あまりの悲壮感に校長先生が残念な物を見るような目でこちらに顔を向けているからやめてほしい。
「残念でした。たとえ魔法無しでも、そう簡単に負けてやるかよ!」
楽しそうね?
「くっ! 覚えてろよ! 次こそは絶対に負かす!」
本当に、楽しそうだね? ゲイルもテオも。
これ、完璧に賭けの内容すっぽ抜けてるんじゃない? まあ、変に気負いながら勝負するより全然いいかもしれないけどさ。勝手に決闘申し込んで、勝手に受けて、勝手に話しを大事にした割に、決闘終えたらそのこと自体忘れるってどうなの?
ちょっと、腑に落ちない。
(まあ、もういいや。ゲイルとはこれでデートしなくていいし)
ゲイルとデートするかどうかだけの決闘なんだから、テオが勝ったからって別に私とテオがデートする必要はないもんね。いや、一応勝った方が私とって話してたけど、毎回しているようなもんだしね、私とテオは。
じゃあ、見守ったし、もう私ここにいらないんじゃない?
ちょっとささくれた気持ちになって、未だに何か言い合いしている二人を置いて私は校舎の方へ踵を返した。
「何してんだろ、私」
ただ人の戦闘見るだけに時間を潰しちゃった。結局魔法の練習できてないし。
こんなことなら一人で武器の練習でもすればよかったかも。こんな馬鹿みたいなことで、イライラするくらいなら……。
でも、だって……
「テオとだけって、言われて嬉しかったのに」
テオと二人で出かけるのはいつものことだ。あれをもしデートと言っていいのなら、私は確かにテオとはもう何十回もデートをしている。
だけど、本当は違う。ただの幼馴染で、ただの暇つぶしでブラブラしたり、教会に行ったり、特訓したりすることはデートとは言わない。だって、最初からそのつもりで会ってるわけじゃないから。
だから、つい考えてしまった。ちゃんと、〝デート〟を目的として、テオと二人で出かける姿を。考えて、楽しそうだと思ってしまった。別に、テオとデートするとは言ってないのに。それなのに、言い出したテオ本人が全然そんなことを考えて無さそうなのが寂しい……なんて。
期待したのに、なんて言えない。だって、私はあの時何の反応も示さなかった。いいとも、悪いとも言わなかった。
でも、だからって本来の目的忘れて二人で楽しくなっちゃうの、どうなの? こんな気持ちになるくらいなら、最初からデートなんてキッパリ断ればよかった。そうしたら、テオとのデートなんて考えなくて済んだし、ぬか喜びもしなくて済んだのに。
「ティナ! おい、ティナ!」
もうすぐ校舎に入るってところで、私がいないことに気付いたテオが追いかけてきた。それなりに早く気付いてもらえたことに、ついつい安堵してしまう。本当、嫌な性格してるな、私。
「何で一人で勝手に戻ろうとしてるんだよ」
「……だって、別に、私必要なかったでしょ?」
「はあ? 何でだよ。大体、お前のデー「忘れてたくせに」
テオの言葉を切って少し強めに反論すれば、グッと唇を引き締めて視線を彷徨わせた。やっぱり、忘れてたんじゃん。
「あー、いや、確かに決闘中は頭から飛んでたけど、でも」
「そうだね。何の気負いもない戦いができたみたいでよかったね。そもそも、あの賭けに関しては、私の意見何一つ聞いてないんだもん。元より私なんていらなかったじゃない?」
「はあ? 何でだよ、何そんなに怒ってんだよ? じゃあ、ティナはゲイルとデートしたかったのかよ!」
「そういうことを、今更聞くのが遅いって言ってんの! 結果はどうあれ、勝手に私の気持ち決めつけて、勝手に決闘して、それで勝手に忘れられてる私の身になってよ! 馬鹿!」
改めて口にして思う。私、当事者なのに一人置いてけぼりだった。だから、テオの言葉に喜んでいいのか、怒っていいのか、忘れられて悲しんでいいのか、わからなかったんだ。
「……確かに、そうだな。一回もティナに意見聞かなかったのは、悪かった」
「……もういいよ。テオが勝つことは私もわかってたし。だから、デート断んなくてもいいんだって思ったから、そのまま流したんだし」
「……ん? てことは、オレとデートするつもりはあるんだよな?」
「へ?」
こんなことで妙な空気になるのも嫌だし、テオにもやもやしていたことに関してはキッパリ謝罪してもらったからこれで話は終わり! って思っていたのに、唐突にテオは顔を輝かせて私に詰め寄ってきた。
「だって、オレが勝つことがわかってたから、無理に止めなかったんだろ?」
「そう、だけど」
「じゃあ、オレとのデートはいいって思ってたわけだろ? じゃあ、しようぜ、デート。ちゃんとしたやつ」
ちゃんとしたやつ。
少し前に考えていた、〝デート〟を目的とした、テオとのお出かけ。それに誘われていることに気付いて、私は目を見開いた。今度こそ、本気だろうか? 働かない思考で考える。
何の返事もしない私にテオは首を傾げて顔を覗き込んでくる。
「嫌か?」
「……いい、よ」
「マジで! よっし、じゃあ終業式の日、昼前に学校終わるしその日に行こうぜ。オレなりにデートプラン考えるから、楽しみにしとけよな!」
「え、あ、うん」
何だか、押しに負けた感じが拭えない。けれども、してみたかったと思ってたテオとのデートが、できるんだ。そう思うと途端頬が熱くなる。デート、デートかあ。
テオと一緒にいるのはいつものことなのに、すっごい落ち着かない気持ちになる。だけど、それ以上に、すっごい楽しみにしている自分がいて、私は緩みそうになる頬をどうにか引き締めるのに必死だった。
「き、気合い、入れ……すぎかな?」
デート当日。終業式は一時間足らずで終わり、まだ時刻は十時過ぎ。制服でデートする勇気は無かったので、お互いに私服に着替えてから合流することになっている。いつもならそう気にもしない服だけど、デートなら可愛い服を着なきゃと昨晩いろいろ悩んで選んだのはこの前衝動買いしたスカートだった。
白いシャツの襟もとに黒いリボン、胸下から紐で絞るタイプの丈の長い紺色のスカートを履いて、黒タイツに革のブーツを履いている。ちょっと大人っぽく、清楚なお嬢様風コーデを目指してみた。いつもは動きやすさを考慮しているからこういうタイプのスカートをあまり着ない。特にウエストがくっきりわかるタイプはちょっと恥ずかしいのもあって、敢えて外していたりした。
だからこそ、今日はそれに挑戦してみた。悩んでいても仕方ない、と腹を括る。女は度胸だ! よし。
待ち合わせ場所は私の寮の前だ。以前怒られた時に待っていた同じ場所に立っているテオに一瞬ヒヤリとしたけど、その格好を見て一気に落ち着かなくなってしまった。
見たこともない服だった。いつもなら着古したシャツと汚れても目立たない色合いのズボンを履いているだけのテオだけど、今日はダークグレイのシャツにグレイのベスト、白のズボンを履いている。身長も高めなのと、いつもよりもメリハリのある色合いを着ていることもあって、何だかすごくシュッとしている気がした。
贔屓目抜きでかっこいい、気がする。
「テオ、お待たせ」
「おう! じゃあ、行こうぜ!」
こっちがちょっと落ち着かなくなっているっていうのに、テオはそんなこと気付いてもいないらしい。いつも通りに笑ってさっさと歩き出してしまう。かっこいいなんて、思ってやるんじゃなかった。拗ねた気持ちで苦し紛れに文句を垂れていれば、唐突に手が掴まれた。
「え?」
「ほら、今日はデートだろ。だから、これくらいしねーと」
「へ?」
「何だよ? そう思ってるから、いつもよりオシャレしてきたんじゃねーの? オレは、すげー気合いいれたけど」
気にしてないかと思ったのに、ちゃんと気にしてた! 何で時間差? 何の狙いがあって?!
あまりの衝撃に返事もできずに固まっていれば、急かされるように手を引かれる。慌ててテオの隣に駆け寄って、握られたその手を、ゆっくりと握り返した。
「私だって、気合いいれた、よ」
「はは、だよな。だって、すげー似合ってる」
「テオも、かっこいい」
改めて言うとなると何だか恥ずかしい。いつもなら気にしないでさらっと褒めることができるし、テオからの賛辞も受け取れるのに。
調子狂う。何だろう、これがデートの力ってやつ?
馬車に乗って向かったのは東区。この地区は貴族の人も好んでくる、趣味に特化した場所だ。アウトレット街に近いかもしれない。と言っても、庶民でも楽しめる店はいくつかある。ただ、劇場やドレスの仕立て屋等貴族じゃないと行かない……いや、行けないような店も数多く存在しているから、敷居が高くなっているだけだ。
北区と同じようにランクごとでエリア分けをされているので、今回私達が向かったのはその中で一番リーズナブルな店が並ぶエリア。北側と南側で二種類あるその内の北側にやってきた。南側の方は何度か行ったことあるからこの際にね。
「こっちの方がちょっとお洒落な店が多いね」
「そうだな。デートするならこっちがいいって、ロイドが言ってたのはこういうことか」
「……え、ロイド先輩? もしかして、今日のこと話したの?」
思いがけない知り合いの名前に驚いて問えば、テオは不思議そうに首を傾げた。
「だって、オレこの辺知らねーし。誰かに聞くのが一番だろ?」
「そう、だけど」
「でも、人選間違えたかもなー。ロイド、デートしたことねーらしいし、女子ウケする場所なんて考えたこともなさそうだもんな。だから、結局ここを紹介するだけで、あとは一緒にブラブラするしかねーんだけど」
確かに、テオはデートプランを考えると言ってくれていた。それなら、店の情報を得る必要がある。それが結果的に私達よりもここに来る頻度が高そうなロイド先輩に聞くのは無難だし、考えられる行動だった。それなのに、デートすることだけに浮かれていた私に、テオの行動を非難する資格はないし、ただ恥ずかしいってだけで文句言うのも違うよね。
それに、知られたのがロイド先輩なら、まあ、いっか。必要以上に人に情報流さなそうだし。
「うん、いいよ。むしろテオと一緒に開拓する方がいい! 一緒に悩んだり考えたり冒険したりできるじゃん」
ずっと一緒にいたから、一緒に何もかもしたい。事前に調べてくれて、華麗にエスコートされるっていうのもいいかもしれないけど、何だか面白みに欠ける。それならば、調べる段階から二人でやりたい。
「そっか。そうだな。まずは美味そうな店でも探そうぜ」
「いいね! 今日は贅沢する気満々だったからちょっとお金多めに持ってきたんだ」
「あー、本当はそれくらいオレがって言いたいところだけど……」
「無理はしない。お互いに心地よく過ごすために、基本的に割り勘で」
「へーい」
デートだからきっとそう言うつもりでいてくれるんだろうなって思ったけど、お互いに平民で、しかもテオは基本的に実家のお手伝いで時間がない身。私よりも金銭事情は厳しい身なんだから、変なところで意地を張ってほしくない。それに、私とテオの間には元々そういうルールがあった。だから、今回も同じだ。
「本当、ティナってそういうところ、何か謙虚だよな。ってか、現実的?」
「ロマンがあってもご飯は食べられないし、生きていけないからね。このあたりはちゃんとしてないと、山でなんかで暮らしていけないよ! テオだってわかってるでしょ?」
「わかってるけど、何かこれじゃあ、いつもと全然変わんなくね?」
呆れ顔でぼやくテオに、私は目を細めて笑う。確かに、一緒に行きたいところに行って回る。これだけだといつもと何も変わらなく思うけど。でも、いつもと違うところは、最初にテオが言ってくれた。
「そんなことないでしょ? だって、ほら」
握っている手に力を込める。そして先に足を進めてその手を引いた。早く回ろうと笑みを深めれば、テオは同じように目を細めて笑ってくれた。
「そうだな、行くか」
先に歩いた私の隣にすぐに戻って、一緒に歩き出す。
さて、デートの始まりだ!
あまりにもデート連呼しているのが、意識度の高さ




