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8.どうしてこうなった!

「これは、いつの間に王女殿下とこれほどの仲になったのかい?」


「よく言いますよ。元々これが狙いだったんじゃないですか、宰相閣下」


 この城に呼び出されて約一時間。ようやく顔を出したゼオン宰相閣下は、皺の入った目尻に更に皺を刻みながら愉快そうに微笑んだ。その憎たらしい笑みに苦い表情を作りそうになって私はどうにか息をつくことでやり過ごす。


「ねらい? 何のこと?」


「……つまり、閣下が私をここで待たせていたのは、こうして王女殿下と鉢合わせを狙っていたんだということです」


 でなければいくら忙しい閣下であっても、曖昧な時間で私を呼んで、いつになるかも答えもなく待たせるなんてことしないはずだ。何て言ったってこの国の宰相。無駄なことなんてしないし、人を利用することにも躊躇いがないだろう。何か含むことがあってわざわざこんな方法を取ったに違いない。


「そうなの? おじさま」


「まあ、否定はしないよ。正直、ここまで上手くいくとは思っていなかったけど。メイリー、彼女のことはどうだい? 気に入ったかい?」


「もちろんよ、おじさま! 私、大好きになりましたわ!」


 はう、か、可愛い……! 大好きだなんて、こんなにまっすぐ気持ちを伝えられるとは思わなかった。しかも、キラキラと目を輝かせて! 妹! 妹に欲しい!

 閣下は苦笑にも似た笑みを浮かべつつ、それはよかったと穏やかに笑った。私達が座っている向かい側に腰を下ろし、サーブされたお茶を口に含む。

 ちなみに、メイリーは私の椅子と自分の椅子を近付けて、ほとんどゼロ距離で座っている。


「それで、何が目的なんですか? 私とメイリー様が仲良くなることだけが貴方が求めていたことじゃないですよね?」


「いやー、私もそれほど強欲ではないよ。君がメイリーと友人になってくれるなら、それだけでもいいさ」


「え、おともだち? おともだちになってくださるの?」


 読めない表情でアハハと笑いながら躱そうとする彼に苛つきながら言葉を返そうとしたけど、それより早くメイリーが可愛い反応を私にしてきて言葉を止めるしかなくなる。


「でも、私……おともだちよりお姉さまになってほしいわ」


「……お、ねえ、さま?」


「ええ。だって、こんなにも甘えられる人、私初めてだもの。ねえ、お姉さまと呼んでもいい?」


 ひえ、何という破壊力。ふわふわの銀髪に綺麗なピンクゴールドの瞳を文字通りキラキラと光らせて満面の笑みを浮かべて私の方を向く彼女は、本当に天使かと見間違うレベル。不敬なんて忘れて抱きしめたい。そんな衝動に駆られながらも、このお願いにどう返すべきか必死に考える。

 流石に恐れ多いから遠慮すべきなんだろうけど、多分そうしたら落ち込みそう。せっかく仲良くなって、しかも懐いてくれた可愛い女の子を悲しませるなんてことしたくないなあ。


「…………ッ、い、いいですよ」


「本当? うれしい! お姉さま!」


 案の定、許可を出した瞬間に更に顔を輝かせたメイリーはさっき私ができなかった抱き着く行為を簡単にして見せた。これ以上ないご褒美に、頬が緩みそうになる。


「……本当に仲がいいね。ここまで心を通わせるとは思わなかったな」


「閣下なりにメイリー様を心配していたのは理解しましたけど、それなら私と友人にするという方法のみでは不十分ではないんですか? というか、友人を作る前に、私としてはメイリー様の教育係を別の人に変えるのが先だと思います」


 そもそも、ここまで妙に卑屈な固定観念を持ったのは、そこから来ていると思う。王族の暮らしがどういったものなのかなんて平民である私は知らないけど、基本的に魔法学校に通う以外の貴族は、家で家庭教師を雇って勉強するのが一般的だ。王族だってそこは変わらないだろう。

 現に王子殿下は魔法学校に入る前に学校で教わるレベルの勉強は済ませているようだったし、メイリーもこれからその範囲に突入するだろうというのは想像に難くない。

 となれば、メイリーが家族以外に一番影響を受けるのは教えの師であるのも必然と言える。


 メイリーは家族にはよくしてもらっていると言っていた。私の不敬発言があったとしても、あれほどきっぱりと否定したのだから、きっと家族仲は悪くないはずだ。だとしたら、そんな人達がメイリーに対して〝王族が魔法を使えないなんて〟などと、戯言を吐くとは思えない。

 それならば、どうしてそんな考えになるのか。王子殿下と比較されたことを考えればメイリーの家庭教師がそんな風に思考を誘導したに違いないだろう。


「なるほど、それは確かに。メイリー、この際だ、正直に言ってごらんなさい。今の君にとって、学ぶのに憂鬱になる教師はいるかい?」


 突然デリケートな話題を振られてメイリーはビクリと体を震わせる。彼女に〝おじさま〟と呼ばれているだけあり、閣下とメイリーはそれなりに信頼関係を結んでいるようだ。でなければ、メイリーだなんて愛称を、しかも敬称無しで呼ばせはしないだろう。だからだろうか、戸惑いつつもメイリーは閣下の方に視線を向けて、私のドレスの裾をキュッと握りしめた。


「ブライト先生とバリュー先生」


「言える範囲でいい。どういうところが気が合わないのか教えてごらん」


「ブライト先生は、よくお兄さまと比べるの。王子はこの年齢の時すでにここまで学んでるとか。こんな凡ミスしないだとか」


 なるほど、王子殿下に劣等感を覚えるきっかけになったのがその人ね。


「バリュー先生は王族たるものっていうのが口癖なの。当然のことって私もわかっているけど、それが毎日のように言われるから、話を聞くのも嫌なの」


 まるで、教師を嫌だと思う自分が不甲斐ないと思われている。そんな風にメイリーはキュッと可愛らしい小さな唇を閉ざして視線を伏した。そんな風に思う必要ないのに。どんな人とも仲良くできるような人なんて、この世にどこにもいない。そう思うことは悪いことじゃないのに。

 だけど、ここで話の腰を折るわけにはいかず、私は静かにメイリーの頭を撫でてあげた。


「なるほど。確かその二人は算術と歴史学の教師だったな?」


「はい」


「……ああ、それならいい方法がある。本人が今ここで快諾してくれれば、メイリーもきっと安心するし喜ぶだろう」


 ん? 何だか今思いついたかのように口にしたけど、その棒読みな台詞はなんだろうか。すんごい嫌な予感がして眉を寄せる私に対して、メイリーはキョトンとした顔を閣下に向けた。


「かいだく?」


「ああ、その二人を辞めさせることは簡単だが、その後に選んだ教師がメイリーと上手くやっていけるかはわからないだろう?」


「……うん」


「だから、どうだろう? ティーナ嬢。その二人に代わってメイリーにその二教科を教えてやってくれないか? 首位を取れる君ならば、きっと造作もないことだろう?」


 こ、れ、か!

 この人が私をわざわざここに呼びつけた理由って!


 考え過ぎなのかもしれないけど、でも上手くいったらいいな程度にはきっと考えていたに違いない。定期テストの試験結果が出た直後の呼び出しにも納得がいく。だけど、彼はあくまでも宰相閣下。本来王族の家庭教師に難癖を付けられる存在じゃない。だから、〝偶然〟用事があって呼び出された私とメイリーが、〝偶然〟顔を合わせて、〝偶然〟仲良くなって、それが〝偶然〟学年首位の私で、メイリーがそんな私に〝強く〟教えを強請ったとなれば、話は変わってくる。

 宰相閣下からの提案とか推薦とかではなく、メイリーのお願いに対して、閣下も後押しするレベルで済む上に、陛下だって関係ないとばかりに無下にしにくい。


「え、お姉さまが教師に? なんてすばらしい提案なの!」


「あ、いえ、あの、メイリー様?」


「ねえ、お願いお姉さま! 私もお姉さまに教わりたいわ!」


 キラキラキラ。

 なんて眩しい瞳だろうか。

 知らなかった、私って、こんなに……。




 可愛い子に、弱かったんだ――。






 そうして、あの後結局折れたのはもちろん私で、だけど宰相閣下に王女殿下。この二人だけの意見では勝手に教師を変えられるはずもなく、とりあえずその後国王陛下に提案し、許可を頂いたら正式に書面として送られると言われた。何だか大事になってしまったなあと遠い目をしながら翌日の授業に取り組んだ。


「なあ、ティナ、お前今日何かぼんやりしてねえ?」


 一晩経っても拭えない疲労感を抱えた私に、やっぱり気付くのはテオだった。今日は互いに魔法の練習をしようといつもの人気のない場所に移動している最中だった。人気のない場所、と言っても校庭にある森の中なんだけど。


「そういえば、昨日城に招かれたんだよな? 宰相に呼び出されたとか」


「そうそう。そこでまあ、また何というか、大変なことになって」


「またか……大丈夫か? お前自身が異常っていうより、何かお前を象る全てのことに異常が発生してねーか?」


「テオ、段々私に対する態度、酷くなってない?」


 励ましているようで貶されているような気がしてならない。思わずムッとして唇を尖らせれば、テオは苦笑を零して悪いと簡単に謝ってきた。謝ったところで、きっと思っていることは変わらないだろうに。


「ティーナ嬢!」


 あともう少しで森の中に入るというその場所で、唐突に声がかけられる。聞き覚えのある声に嫌な予感がして私は動きを止めた。振り返るのが恐いな。なんて、思っていれば、私より先にテオが反応した。


「おい、ゲイル。お前、ティナに何の用だよ」


「な、テオドール! 何故お前が彼女と一緒にいる!」


「はあ? お前、今更かよ。オレのバディが誰か知らなかったのかよ」


 テオが騒いだことで、やっぱり声の主はゲイルだとわかった。しかも、今の今までゲイルに告白されたことをテオにも報告し忘れていたことを思い出す。

 いやあ、まあ、幼馴染だからってそんなこと報告する義務はないんだけど、何となく隠し事しているような気分になるからさっさと言えばよかったなと。


「なっ、それは本当か、ティーナ嬢!」


「ええ、テオは私の幼馴染で、バディですよ、ゲイル先輩」


 話を振られてしまった以上、振り返らないわけにもいかず、私は曖昧な笑みを浮かべつつも肯定した。すると、ゲイルは苦渋に満ちた顔を浮かべる。その顔が、それほどテオのことを意識している証拠であり、そして同時にそれほど私に対する告白も本気である表れだった。正直、気まずい。


「で、オレのバディに何の用だよ?」


「うるさい! お前のバディであっても、オレがティーナ嬢に向ける感情とは関係ないだろう! 口を出さないでもらおう!」


「は? ティナに向ける感情って……?」


 テオの困惑を無視してゲイルは私の前に歩み寄った。ゲイルが他の凝り固まった固定観念をしている貴族と比べて、騎士として理不尽な態度を取らないことを知っているテオは、警戒をしつつもその行動を阻止することはしない。訝りながらも見守っているテオの前で、ゲイルは徐に跪いた。


「は?」


「ティーナ嬢、未だ研鑽する身ではあるが、どうかオレに貴女と二人きりで過ごす時間をもらえないだろうか?」


「はあああ?」


 どうしてこんなことに。

 疲れていたところに、更なる追い打ちをかけられて私は頭を抱えたくなった。事情を知らないテオは声を上げるだけでそれ以上の言葉が出てこない様子だ。


「二人っきりって言われても困ります。だって、貴族様ってそうなっただけで外聞が悪いのでは?」


 どうにか静かに言葉を返す。平民であれば男女二人きりでデートしようがなにしようが知り合いに揶揄われるだけでそれほど大事にはならない。けれど、貴族が男女二人きりでデートなどしようものなら、あらぬ噂が立つ。そうして、婚約直前と周囲に思わせて外堀を埋められるのは御免だ。


「もちろん、貴女の不利になるような事態は全力で避けると誓おう。オレの侍従も常に傍にいさせるし、時間もそれほど長く取るつもりはない。しかし、貴女に何のアプローチもなく自分をただ磨くだけでは心は近づけない。だから、オレにきっかけをいただければと思ったのだ」


 その主張は納得がいく。彼には既に告白されているから、私に気持ちが向いていることは理解している。男を磨いて満足したらもう一度告白するとは言われていたが、それまでにアプローチをしないとは言われていない。それに、いくら研鑽を重ねて満足いく結果を得たとしても、それが私にとっての理想とは限らないし、それだけで私がゲイルに思いを返すなんて単純思考にも程がある。

 だから、正直にそう述べて、清々しいほどに真正面からきたデートの誘いは悪いものではない。だからこそ、どう断るべきか悩む。


「ダメだ」


 どう言葉を返そうか考えていれば、呆けていたテオが我に返って声を張り上げた。


「バディでしかないお前に邪魔をする権利はないだろう」


「いいや、ある。ティナがこれから先、デートするのはオレだけだ」


 え、そうなの?

 初めて聞く事実に思わず瞬きをしてテオを見つめてしまう。だけど、テオは自分が何を言っているのか理解していないのか、ゲイルを睨みつけたまま更に言葉を足した。


「お前がいくらティナのことを好きでも、そればかりは譲れない


「……フン、なら決闘だ。勝った方がティーナ嬢とデートをする。それなら文句はないだろう? 権利を、自分の力で勝ち取るんだから」


「え、ちょ、」


「いいぜ。受けて立ってやる」


「ええ? 何勝手に」


「お話は聞かせてもらいましたわ! その決闘、私も一枚噛ませてもらいますわ!」


 勝手に進む話についに頭痛を覚え始めて、止めようと声を上げても、新たに邪魔が加わって思うようにいかなかった。しかも、入った邪魔が更に厄介な相手だ。向日葵のように黄色味が強い金髪を揺らした美少女、ミシェーラ様だ。何が一枚噛むんだ、あんた本当に関係ないじゃん。


「男女二人きりでのデートなんて外聞が悪いのでしょう? それだったら、ロータス伯爵令息がそこの彼女とデートする際、私はテオ様とご一緒して、ダブルデートを楽しむのはどうです? そしたら、グループで休日を楽しんでいるだけとなりますでしょう? それなら朝から夕方まで、時間も長く取れますわ!」


「唐突にレント伯爵令嬢がいらっしゃるから何かと思えば……なるほど、悪くない提案ですね」


「はあ? 何でオレがあんたとデートしなきゃなんないんだよ!」


「あら、ティーナ嬢に決闘に寄るデートを強要しているのですから、このくらいの条件付けてもいいではないですか。いかがです?」


「そうだな、確かに!」


「だから、何勝手に話し進めてんだよ!」


「そもそも、お前が勝手に絡んできたんだ。これくらいの条件を飲まないなら、オレは勝手にティーナ嬢とお茶でもなんでもするぞ」


「ぐ、ぅう!」


 勝手な言い分で決闘を引き受けたのがテオだということもあり、追加された条件を無下にできずに言葉を失っている様子に、私はもう無駄な抵抗をやめた。

 漫画とかでよくあるパターンかもしれないけど、自分との時間をかけて争うのが現実的に起こり得るんだなあと妙に他人事のように考える。いや、むしろ以前の世界でももうそのパターンは時代遅れだったと思う。


(でも、テオが負けたら私はゲイルとデートで、テオはミシェーラ様とデート? いいことないじゃん)


 何でそんなことを私が許容しないといけないんだろう。テオがどんなつもりで私とデートできるのがテオだけの特権だと言ったのかは知らないけど、それを言うなら、()()()()()()()()

 でも、仕方ない。こうなった以上この決闘を見守るしかないのだ。


「じゃあ、決闘するってことでいいの?」


 もうこれ以上何を言っても無駄だと諦めた私は、話を進めようと確認の言葉をかける。未だに微妙そうな顔をしていたテオは、それでも自分から持ち出した問題でもあるのでゲイルと共に頷いた。


「決まりですわね! でしたら、わたくしが審判を行いますわ!」


「当然却下です」


「な、どうしてですの?!」


 勝手に話しに割り込んできて、勝手に審判を買って出るミシェーラ様に私はジト目を向ける。案の定、後ろめたい何かを持っている彼女は視線を彷徨わせる。


「審判はどちらにも平等に接することができる人じゃないと駄目です。当然でしょう? だから、私でも貴方でもやれません」


「それなら、わたくしのお友達に」


「却下です。先生に頼むのが一番ですね。今は丁度技術の時間ですし、模擬戦をしたいと言えば誰か審判になってくれるはずです。探して声をかけてきましょう」


 一応学校内での私闘は厳禁だ。賭け事にも発展して、学校内環境が荒れる可能性が高いからだ。けれど、武術大会が存在するため、それを想定した模擬戦は許可されている。その場合、もちろん授業内の範囲なので、審判は先生にお願いする。判定がより大会に近くなければ意味をなさないからだ。

 だから、手の空いている先生を探そうと四人で校舎の方に向かおうとしたその時だった。


「ティーナ嬢、こんな場所にいたのか」


「……校長先生、どうしたんですか?」


 まさかの校長先生の登場に、私は思わず嫌な予感がした。連日でレア度の高い人物に会うとは思いもしなかった。また呼び出しじゃないだろうなと警戒しつつも問いかければ、彼は手に持っていた手紙を渡してきた。


「お前の後見人からの手紙だ。報告だけということだから、別に寮に戻ってから読んでくれても構わないそうだ」


「……わかりました、ありがとうございます」


「ところで、何か揉めているようだったが?」


 ここに辿り着く前に私達の不穏な空気を見ていたらしい。彼は疑うような視線を向けて、四人の顔を順に眺めた。


「ああ、急遽この二人が模擬戦をするって言って聞かなくて、すぐにでも開始しそうな勢いをどうにか諫めてたんです。今から審判をしてくれそうな先生を探しに行こうかと思って」


 ルールを無視して模擬戦を勝手に始めようとして焦っていただけ。そう主張して微笑んで見せれば、一応信じてくれたようだ。なるほどと彼は表情を緩めた。


「なら、俺がしよう。見応えありそうだしな」


 面白そうに目を細めて軽快に審判を引き受けた彼に、私だけでなく他の三人も思わず息を止めた。デートを賭けた決闘。私としては面倒としか思わないけど、決闘する二人は一応それなりに真剣のようでさっきからずっとピリピリした空気を出していた。そこに、まさか校長先生というスパイスが更に追加されるなんて。

 どうしてこんなことになったんだろう……そう思わずにはいられなかった。



 

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