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4.必要なもの

 ここ、セントラケルディナ国の歴史は大国の割にはそれほど長くはない。元々は首都グロワッサムの名前が国名だった。その証拠に王族の名前は国名ではなく都名のグロワッサムを継承している。では、セントラケルディナの名前を継ぐ人物はいないのか。その疑問は、この国が王族よりも重要視する存在がいることで解決する。

 この国が最も敬い、最も望んでいるのはただ一人。魔王を打ち倒すほどの魔力と清い心を持つ〝聖女〟。彼の人が現れ、世界が平和になった時、報奨として国の名前を受け継ぐことを許される。これは、たとえ聖女に子供ができても継承はできない。聖女にのみ許された最高級の栄誉だ。


「先生、その名前は本当に聖女様だけにしか与えられないのですか? 聖女様を護る勇者様も同じく国が誇るべき人物だと思いますが」


「そうですね。勇者様を選べるのは聖女様ただお一人。国が誇る彼女が選んだたった一人の守護者に同じ名前を継いでも許されるとは思います。現に、初代聖女様の時代には勇者様も共にその名を拝命したと言われています。けれども、三代目聖女様の時代に、問題が起きたのです」


 歴史学の時間、マークス先生が教科書も持たずにこの国の歴史を語る。今日の題材はまさに聖女様だ。


「問題、とは?」


「初代聖女様、そして二代目聖女様は魔王を浄化した後、心から愛する人と結婚をしました。初代聖女様は今の王族のご先祖、つまりセントラケルディナの初代陛下と結婚し、二代目聖女様はその親戚ともなる公爵令息様と結婚し、この国にその尊き血を繋いでくれています。皆様、その栄誉ある結婚を祝福したと言われていますが、皆さんは本当に誰一人として反対する人はいなかったと思いますか?」


 問われて皆一様に戸惑いの表情を浮かべる。そんなことを言われても誰かは反対したはずだ、なんて不敬にも繋がる発言ができるはずもない。しかし、その話の続きを考えれば不敬発言をわざわざする必要はない。


「少なくとも、王侯貴族の方々に不満に思うお方はいなかったのでは、と思います」


「ティーナさんはどうしてそう思われますか?」


「初代聖女様が結婚されたのは当時の王太子殿下。二代目聖女様が結婚されたのは公爵家嫡男様。それだけではきっと、聖女様がたとえ尊いお方だとしても当時まだ聖女様に対しての敬う心が薄かった時代では不満に思っていたかもしれません。けれども、お互いに望んでいて、かつ……当時の王太子殿下と公爵令息様が聖女様を護る唯一の勇者様であれば、そのようなことを述べられる人は一人もいないはずです」


 この国は、聖女をとても敬っている割に、まるで都市伝説のように曖昧な情報しか流れていない。この国の歴史にも関係する聖女様だけど、その詳細はほとんど語られておらず、詳しいことを聞こうと思えば教会の神官様に直接問いかけて口頭で聞くことくらいしか情報を得ることはできない。だから、このような事実を知るのもきっと数少ない。貴族様であれば知っている人から伝えられる機会はあるのかもしれないと思っていたけど、私の答えに他の生徒達が驚いた表情をしていたから、やっぱり知っている人が少ないのかもしれない。

 マークス先生は灰色の目を優しく細めて頷いた。


「すごいですね、それほどのことを知っている人はほとんどいません。どこで聞いたのか聞いてもいいですか?」


「南区にある教会によく遊びに行っていた関係で、そこに定期的に訪問してくださる神官様の話を聞かせていただいたのです」


「訪問、となるともしかしてセイリム様でしょうか?」


「そうです。最初はお話させていただくのも恐れ多いことでしたが、何度かご挨拶させていただくうちに貴重なお話を聞かせていただけることになりました」


 流石マークス先生。神官セイリム様といえばこの王都で一番期待されている神官様だ。

 水属性の高度な治療魔法を使えるだけでなく、聖女伝説にも精通している彼は、国からの信頼も厚い。魔法学校に通っている時に既に国に高い評価を得ていた彼は、公爵令息ということも相まって卒業と共に王宮専属の神官として配属されたそうだ。

 私と彼が顔を合わせたのは私が十歳の頃。セイリム様はまだ王宮に配属されて二年程度の頃だったけど、日々祈りを捧げるだけの暇な時間を持て余した結果、王都にある教会を渡り歩き、聖女の尊さを語ることにしたそうだ。

 王族の血を引いているからか、薄い金髪に透き通るような白い肌、そして煌めくほど綺麗な赤い瞳はとても神秘的で、最初見た時は言葉を失うほどだった。

 彼は、その高い地位の割にはとても気さくで、誰に対しても分け隔てなく接してくれる。まさに神官という名前に相応しい人で、数回顔を合わせただけで私の顔と名前を憶えてくれて、質問にも答えてくれた。むしろ、十歳という年齢の割に聖女に高い関心を持っていたことを気に入ってくれたのか、聞いてないことまでも喜々として聞かされた。危うく門限を過ぎるかと思って冷や冷やしたくらいだ。


「それは納得しました。けれど、テオドール君とは一緒に教会に行ってないんですか?」


「いえ、私は王都では暮らしていないので、ここに来た際は幼馴染の彼と一緒に行動してました。でも、教会にいた時はそれぞれ子供達を相手にしていたので、私がセイリム様のお話を聞いてる時は、彼は子供の相手をしていたので、今の話は知らないんです」


「ああ、そういう感じがしますね。ティーナさんの言った通り、初代聖女様と二代目聖女様のお相手はかなりの高貴のお方ではありましたが、同時に聖女様をお護りする勇者様でもありました。だから何も問題はなく、セントラケルディナの名を継ぐことができました。けれども、三代目聖女様のお相手は、勇者様でも高貴なお方でもなかったのです。その際、いくら聖女様のお相手でも、その名を継ぐのに本人含めて難色を示しました。更に言えば、結婚をするわけでもないのに同じ名前を持つことに、聖女様と勇者様、どちらも良しとはしなかったそうです。そこで、聖女様、勇者様、そして聖女様の伴侶も含め、話し合いが行われた結果、その時から聖女様のみがその名を受け継ぐことになったそうです。

 ちなみに、この話は本にも載っておらず、私が授業を受け持ってから答えられたのはジルシエーラ第一王子殿下とティーナさんだけでした。皆さんも興味がおありでしたら神官セイリム様でしたら気さくにお話してくださると思いますので、今度是非教会に伺ってみてください。私でも知り得る限りのことをお話しますが、この国で一番その情報に精通しているのはおそらくセイリム様だと思いますので」


 そう、幼い頃から探し回った聖女に関する歴史書は、ほとんどなかった。結果、神官等の高位の人に口頭で語られているのが現状らしい。聞いたことはないけど、おそらく王族の禁古書あたりには流石に聖女に関する歴史書くらいはあるとは思うけど、セイリム様含め神官様が知っているその歴史もどこまで信じていいのかは疑問だ。

 どうしてそこまでして聖女について隠すのか。気になるけれど、それすらも知る機会はないので今はとりあえず情報を拾えるだけ拾うだけ。

 ちなみに、セイリム様は聖女オタクと呼ばれるものだ。性格も見た目も申し分ない公爵令息だけど、聖女を語らせたら周囲が見えなくなるほど自分の世界に入ってしまう。自分の地位とその熱意を使って聖女についてありとあらゆる情報を集め、聖女に関する物も集め歩いているそうだ。

 だから、疑問に思ったことは基本的にセイリム様に聞くのが一番……だけど、そう簡単に会える人ではないんだよね。何たって王宮専属になっている神官様だから。本人の気まぐれがなければ王宮から外に出ることもほとんど叶わないはずの高貴なお方なんだよね。


「さて、今日はここまでですね。近々試験もありますし、皆さんよく復習して備えてくださいね」


 にこりといつものように優しい笑みを浮かべてマークス先生は教室を後にする。この学校に通い始めて早三か月。来月には夏休み前の試験が存在する。その結果は掲示板に張り出されてしまうので、気は抜けない。


「はー、試験かあ。自信ないなあ」


「マリーはもう上級クラスにいるくらいの実力持ってるんだから今まで通りのことしてれば大丈夫じゃない?」


「もう、ティーナちゃんは主席だからそんなこと言えるんだよ。私の順位は八位だよ? 気を抜いたらすーぐ順位なんて下がっちゃうよ。クラス分けは学年末のテストしか影響しないけど、普段からあまりにも素行が悪いと学年末のテストの点数関係なくクラスを落とされる可能性だってあるって言うし」


「そうね。素行だけじゃなくて、普段のテストも低すぎて、学年末だけ高い点数が取れても運とも取られかねないしね」


「そうそう。ねえ、ティーナちゃん。勉強教えてよー。ね? ね?」


 甘えるように擦り寄ってくるマリーに思わず笑ってしまう。試験勉強は私もきちんとするつもりだった。教科が少ない分、一教科の試験範囲はそこそこに広い。いくら主席を取った身でも、油断すればすぐにその座を奪われてしまうだろうし、平民という地位はこの座を簡単に奪われたらそれだけで醜聞として語られてしまうだろう。


「いいよ。何ならテオ達も含めてサロンでさせてもらおっか?」


「あ、いいね! あそこ他に人がいないからすっごい落ち着けるし」


 私達が言っているサロンっていうのは、武術大会優勝者の特権として与えられる専用サロンのこと。本来は優勝したバディ二人専用なんだけど、学年上がってバディ解消した後も使えるようにという配慮で、それぞれ一人だけ連れを許可されていて、四人までならサロンに入れてもらえる。それ以外の人は利用不可で、もちろん対象者がいない場合は無関係の人物は入ることができない。

 だから、本来ならそのサロンを使うことを私やマリーが勝手に言っていいことじゃないんだけど、今まで何度も使わせてもらったことでついつい感覚が狂ってきている。

 でも、実際、私はテオのバディで、マリーはロイド先輩のバディだ。何だかんだと自然な流れであのサロンを使うことになっちゃうんだよね。


「もうすぐ試験ですって。貴方、ちゃんと勉強は進んでいるの?」


「嫌だわ、きっと大丈夫よ。だって、殿下のバディ様よ? 素晴らしい点数を取って私達に見せつけてくれるに決まっていますわ」


 もう日課にもなっている端のクラスへマリーと向かえば、その教室の前で不愉快な会話を広げる女生徒数名。本当この人達飽きないよなーっと呆れた目を向けてしまう。


「それを言うならこの国誇れる貴族出の貴方方もさぞや素晴らしい点数を取って、私に見せてくれるのでしょうね。きっと」


「「「――! ご、御機嫌よう」」」


「ええ、御機嫌よう。皆様、素晴らしいですね。今からそうしてご友人同士激励を飛ばして勉学に力を入れているのですね。私も負けていられませんわ。私なんか平民がこうして主席を取れたのはきっと何かの運ですもの。きっと、ここにいる誰かにすぐに抜かされてしまうのでしょうね」


 にっこりと微笑みながら私はその人達に近づく。さあ、否定できるものならしてみなさいと。

 結果が明らかになる試験は今までしてこなかったけれど、今までの授業で私の実力が嘘ではないということが既に知れ渡っている。どの先生にもそれなりに評価してもらっている私に絡むようなほど馬鹿な人はほとんどいないようだ。

 だから、こうして私から絡めば、面白いくらいに簡単に逃げていく。


「い、いえ。ティーナさんの実力は確かなものですもの。たとえ平民であっても、貴方にはそう簡単には追いつけないわ。少しでも追いつけるようにと思って、こうしてお互いに励まし合っているのですわ」


「そ、そうですの!」


「そうなんですか。そんな時に大変申し上げにくいのですが……」


「な、何ですの?」


 ビクビクとまるで陸に上がった魚のように体を震わせるしかないご令嬢方に堪らず微笑んだ。苦味のあるその笑みは、きっと相手には嘲笑しているようにみえたのだろう。ピシリと固まってしまって少しだけ申し訳なく思う。


「そこにいるリリアさんは私のご友人ですの。これから一緒にランチをする予定がありまして。お借りしてもよろしいでしょうか?」


「え、ええ。も、もちろんですわ」


「ありがとうございます」


 ああ、可笑しい。

 私ただの平民なのに、まるで今の台詞は最高権力者が誰かを庇う時に使う台詞みたい。身分に相応しくない主張なのに、彼女達は何故か素直にリリーを差し出してその場を去っていった。


「ねえ、マリー。バディって婚約者の間違いなの?」


「ええ? そんなわけないじゃん!」


「だよね。魔道具に従って仕方なくバディになっただけで、どうしてあんな風に言われないといけないわけ? なりたくてなったわけじゃないっての」


 去っていく人達に聞こえるように苦言を漏らしつつも、私はリリーの所に近づいた。彼女は寂しそうな瞳をしていたけど、私の今の言葉に驚きで唖然としていた。


「ティーナさん、流石にそれは不敬かと」


「だってそうじゃない? 騎士として王族に忠誠を誓ったわけでも、忠臣になりたい貴族でもないし、不可抗力でバディにされたのに、見合うだけの実力をつけろなんて言われても理不尽じゃん。自分が望まない地位に置かれて頑張れる人はそんなにいないと思うの」


 婚約者になるならまだしも、望んで手に入れた地位じゃない。平民のまま、ただ殿下のバディになっただけで、教養もマナーも完璧にこなさなければならないなんて横暴にも程がある。いくらそれを学ぶ環境に身を置いたからって、それらが一朝一夕で手に入るわけじゃない。

 そんなこと、貴族として生まれた彼女達だってわかることだ。自分達が身に着けたその学もマナーも長年励んできたからこそ身に着いたものだろうに。


「まあ、その通りだよね。事情を知らないならまだしも、リリーちゃんの場合、誰だって無理ってわかってることだし」


「そう。それなのにあんな風に陥れようとしているから、あれはただの虐めなのよ」


「……でも、私も、本当はこのままじゃいけないんだって、思ってるんです」


 俯いていたリリーは静かに言葉を放った。まだ寂しさを残す表情だけど、追い詰められているようには見えない。虐められたから、焦っているわけではないようなのできちんと話を聞く。


「リリーはどういう未来に行きたいの?」


「……私、教会に恩返ししたいんです。ここまで育ててくれた教会に。そのために、シスターになりたいと思っています。だから、少しでも今のうちに知識を得たいとは、思ってるんです」


 勢いよく顔を上げたリリーは、とてもまっすぐに私を見ていた。さっきまでの寂しさは感じられない。強い意志がこもったその瞳に、私は敢えて真顔のまま問い返す。


「じゃあ、そのためにはどうするの?」


「……だから、その、こんなの迷惑になるとは思うんです。ですけど、お願いします! 私に、勉強を教えてくれませんか!」


 お願いしますと頭を深く下げられて堪らず苦笑してしまう。ちらりと隣のマリーを見れば、彼女はニヤニヤと私に意地悪い笑みを浮かべていた。


「ティーナちゃん、どうやら場所変更かな?」


「そうだね。でも、ロイド先輩とテオはちゃんと誘おっか。だから、私の部屋でどうかな? リリー」


 私の言葉に勢いよく顔を上げたリリーは、パッと顔を明るくする。ありがとうございますと元気よく口にする姿は、とても可愛かった。


「お礼なんて不要だよ。だって、ただの友達同士で集まる勉強会だもん。ね?」


「……はい」


 そう、誰にだって頑張るには理由が必要だ。私にとってテオの隣にいるという目標があるように。

 それに、頑張ることを継続するには支えも必要。私にとってそれは、フィーネさんがいろんな形で与えてくれた。

 だから、今度は私がリリーにとっての支えになればいい。ちょっとしたことでいい。勉強する環境は学校に来たことで揃っているんだし。後は、切磋琢磨できる友人がいればいいんだ。

 素直でいい子なリリーなら、友人がいるだけでこうして頑張れるはず。それだけの素質を元より持っているんだから。


 それくらいなら、私も手伝える。たとえ、それが見様見真似で演じてるだけの、友人関係でも……。




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