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幕間2.一番近い自覚はある

※テオドール視点

 魔法学校に通う生徒の八割が貴族ということは、魔力の多さは遺伝に寄るものが大半だということ。知っていたはずだけど、オレの周りに規格外が多すぎてすっかり忘れていた。


「炎と風の二属性ってマジかよ……すげーな」


「そうみたいですね。実はオレの幼馴染は三属性持ちだったからすごいことすら忘れてました」


 あの後、軽く騒然となったけど、すぐに騒ぎは落ち着いた。魔法を暴走させた生徒は教師から軽く注意を受け、オレは上手く水の玉を消滅させたことを褒められた。けれども、まだ学校生活一日目。魔法の授業を受ける前なので、生徒の力量がわからない内は真正面から受け止めたのは軽率だったとだけ小言を漏らされた。

 だけど、魔法を魔法で打ち消したり逸らしたり無効化したりする特訓は散々ティナとこなしていたことだから、軽率だと言われても今更としか言いようがないんだけど、それは黙っておくことにした。せっかく褒められたのに小言を増やされたくはない。


「三属性?! 嘘だろ!」


「勉強とか魔法の扱いはそいつの方が得意だから年下なのにいっつも頼っちゃうんですよね。オレはずっと剣一筋だったから」


「剣できるだけでもいいだろ。オレは剣じゃなくてずっと鍬持ってたからさ。まあ、畑仕事で使う筋力は剣でも通用するみたいで大分手に馴染んできたし、違和感なかったから助かったけど」


「ほとんど自己流ですけどね。でも、先輩も剣なら丁度いいですね。今度打ち合いましょうよ!」


 本格的に剣の特訓を始めてからというもの、周りに同じように剣を扱う人間がいなかったからまともに打ち合ったことがない。たまにばあちゃんに見てもらって、腰の入れ方から振り方まで指導してくれるけど、ばあちゃん自身が剣を持って打ち合ってくれることはなかった。だから、どれほど自分が強くなったかはわからないし、強くなっているかも実感がない。森にいた魔物を倒したこともあるけど、あれも真剣ではなかったからなあ。というか、真剣をまず持ってないんだよな。形見として父さんの剣ならあるけど、墓標として一緒に突き刺しちゃったからもうさびてて使い物にならないし。

 いつか、ちゃんとした剣を自分で買わないとな。じゃないと、母さんもティナも護れないな。


「技術授業はほとんどバディで参加するから安心しろよ。すぐに一緒に特訓できるぜ」


「本当ですか! あ、ちなみに剣って借りられるんですか?」


「ああ、借りられる。というか、学校内では貸し出している剣以外使ってはいけない規則だ。精巧につくられた模造剣になってて、形も重さも真剣と変わりないけど、剣の刃先が丸く加工されていて斬れないようになっているんだ。だから、それ以外の剣を使ったことが見つかったらかなり重い処分を受ける。まあ、この辺のことも最初の技術授業で受けると思うぜ。一年生の最初の授業だけはこうした注意事項が主だから一年生のみ受けるようになっているんだ。だから、オレ達は明日からまた暫く休みだし」


「ええ! 休みなんですか! なんかズルい」


「あはは! まあ、一年生の宿命だ。お前だって学年上がれば同じ扱いになるんだから最初くらい我慢しとけよ」


 気安い態度に肩の力が抜ける。気のいい先輩に声をかけてもらえてよかったと安堵した。これで教室にいたあの最悪な態度の貴族みたいなやつとバディになっていたら一年楽しいこと何もなかっただろうな。






「ハッ! 大したことねーな、平民は!」


 学校生活も既に四か月は経った。魔法学校という名だけあり、一週間の授業の中で一番多いのは技術の時間だ。そのほとんどがバディである先輩と一緒に受けるので、剣も魔法も一人でやるよりも効率よく向上できた。思った以上に楽しい日々を送っていたけど、唯一うんざりしていたのは同じクラスにいるあの嫌味野郎の存在だった。

 どうやらオレの魔法技術の評価がいいことをどこかで耳にしたようで、それが気に食わないらしい。筆記テストの順位が張り出される度にこうしてオレの順位が自分より下のことをわざわざ指摘して嫌味を零してくる。

 というか、お前の点数とさして変わんねーよ。そんな低い順位で争ってて虚しくなんねーのかよ。バカらしいな。

 そもそも、自分の学力が低いことはオレ自身認めてるし、元々予想していたことだ。学力を上げなきゃいけない理由もないから恥ずかしくもない。だから、これ見よがしに嫌味を言われたところで全くダメージはない。けど、面倒なのは確かで。思わず深い溜め息をついた。


(こんなヤツに構ってる場合じゃねーな。夏季休暇に入るし、ティナの所に行く準備のことでも考えよ)


「おま、今僕に向かって溜め息ついただろ! おい! 聞いてるのか!」


(聞くかよ。お前だって誰に対して言っているか曖昧にしてるんだから、オレだって確実な反応返すわけねーだろ、バーカ)


 これからずっとあの男の無駄な言葉を聞かなければいけないのか。そう思うと憂鬱な気分になってくる。この際、あの嫌味から逃れるためだけに勉強を頑張るべきかと本気で悩みそうになってしまった。勉強する面倒か、嫌味を聞く面倒か。どちらの方が自分的にはマシだろうか……。


 学校に通い始めてからオレは二人にほとんど会えなくなった。こればかりは仕方ないことだけど、実は何度か以前と同じように月一程度で会いに行けないかと考えたことはある。けど、実際にそれをやるのは難しかった。

 普段から真面目に手伝いをしていたわけじゃないけど、学校が始まってから寮生活になったこともあり、休日くらいは実家に戻らないと母さんを一人にしてしまう。そればかりはオレが嫌で、結局通常の休日は手伝いでほとんど終わってしまっていた。だから、会いに行けるのは長期休暇の時だけだ。


「テオ、ティーナちゃん達にこれ持って行ってあげて」


「お、コッコウと野菜のオースター炒めじゃん。あの二人これ大好物だもんな!」


「ちゃんとあんたの分もあるから、夜は一緒に食べなさいね。私も本当は一度くらいお見舞いに行きたいんだけど」


「……まあ、無理をして行ったらばあちゃんが怒るぜ?」


 個人営業しているだけの店だから、生活費が厳しくなければ休んでも問題はない。けれど、オレの家は決して裕福なわけじゃない。むしろ父さんがいないこともあって、ギリギリ普通のレベルの生活を保っている状態と言っていい。だから、今後何があるかわからないのに、心配事があるからと言ってその度に店を休むわけにはいかなかった。

 それに、オレの家のような飲食店は他にもいっぱいある。何度も休んでしまったら、今ついてくれている常連客はすぐに見限ってしまうに違いない。だから、母さんは衝動的に動くことはしないようにしている。


「わかってるわ。だから、あんたがちゃんとフィーネさんを見舞ってあげてね」


「ああ。ちゃんと帰ったらオレも店手伝うから、母さんは一人の時に無理しないでくれよ」


「ええ、一応頼りにしてるのよ。あ! でも、一つだけ忠告しておくわ」


 ジトリと鋭い視線を向けてきた母さんに嫌な予感を覚える。このタイミングで忠告と言われると、絶対ティナのことに違いない。まぁた、見当はずれな言葉をかける気だなと身構えれば、母さんから発せられた言葉に、オレはその場に硬直してしまった。


「もうあんた達いい年頃なんだから……衝動に任せて襲うんじゃないわよ」


「――――――」


「ティーナちゃん会う度に可愛くなってるって、どうせ気付いてるんでしょ? いくらあの子がいいって言っても、そういうことはちゃんと順序を守りなさいね」


「い、いいってなんだよ! 言うわけないだろ! 本当、母さんは! 勝手にオレ達の仲を進めて話すんじゃねーよ! 手なんか出すかよ!」


 素直に聞くんじゃなかった! 本当どうしてロクでもないことばかり言い聞かせてくるんだ! それを聞いたオレに、この後どうティナと接しろって言うんだよ! 本当、勘弁してくれよ!




 結局そのままベッサの街まで飛んで、不機嫌が直らないままばあちゃんのところまで行き、ティナがいないことをいいことにそのまま愚痴と称して全てをぶっちゃけてきた。結果、目の前には肩を震わせて笑うばあちゃんがいる。


「そりゃあ、ふっ、災難だったねえ」


「笑いごとじゃねーって! 本当、毎回オレで遊ぶクセ直してくんねーかな、母さんは」


「まあまあ。許してやんなよ。まだティーナと一緒にいるときに揶揄われているわけじゃないんだし」


「そんな時にそんなこと言ってきたら流石にオレ、当分母さんと口きかねー」


 これは冗談なんかじゃない。本気だ。まあ、いくら何でもそんなことしないとは思うけど。本当にやってきたら本気で暫く無視してやる。そんなオレにばあちゃんは否定することもなくただ笑ってその言葉を流した。反対しないってことは、オレの自由にすればいいってことだ。つまり、ばあちゃんもティーナと一緒にいるときに揶揄うようなら有罪だって同意してくれているようなもの。そのことに僅かに安堵して、オレはようやく肩の力を抜いた。


「学校はどうだい?」


「ん、まあ思っていた以上に楽しいところだよ。座学はやっぱり苦手だけどな」


「はは、そうだろうね。セドリックの時は無理やりに詰め込ませたけど、テオにはそこまで必要ないだろうと思ってティーナにあんたを任せてたからね。これから先、テオ自身が必要だと思わないなら、最低限覚えるだけでいいと思うよ」


「そんなもん?」


「ああ、そんなもんだよ。でも、マナーは覚えておいて損はないから、それだけはきちんと学びな」


 ばあちゃんはオレに基本無理強いをしない。それどころか、オレが行きたい道を理解した上で、必要なことを教えてくれる。だから、素直に聞くことができるんだ。


「あんたは、まだ勇者になることを目指しているのかい?」


 ぽつりと、静かな病室に響いたばあちゃんの声にオレは首を傾げた。真面目な表情で見つめられてそんなことを聞かれると何だか照れくさい気持ちになる。もし、これが母さん相手だったら、きっと照れ隠しに適当な言葉を返していただろう。だけど、相手はばあちゃんで、しかもこの顔だ。誤魔化していい内容じゃない。


「ばあちゃん、もうオレのたった一人の聖女は見つけてるんだ。だから、後はその〝聖女〟に勇者として選んでもらうだけだよ」


 幼い頃から読んでいた聖女と勇者の絵本が大好きだった。将来、聖女を護ることができるたった一人の勇者になるのが夢だったのは確かで、今もその存在に憧れを抱いているのも否定しない。だけど、オレがなりたい勇者は、もう決まっている。絵本に出てくる聖女様を護る勇者じゃない。

 オレが、オレ自身が見つけた護りたい存在のための、勇者になりたい。その子が、世界の聖女じゃなくてもいい。ただ、その子に、オレと同じようにたった一人の勇者として認めてもらいたい。

 夢は、それだけだ。


「なるほどね。やっぱりあんたは、セドリックの子だね」


「当たり前だろ。この考え方をオレに教えたのは父さんなんだから」


 あの言葉だけで全てを理解したばあちゃんが朗らかに笑う。とても安心しきった表情に、オレの言葉が間違っていなかったことを教えてくれた。

 いや、多分世界でいう勇者を目指しても、きっとばあちゃんはオレを応援してくれていたと思う。顔に出さずに、オレの心配をしながらも、頑張れって、しっかりやりなって。だから、嘘は言えなかったし、言いたくもなかった。こんなことで嘘をついて、心配かける意味なんてないから。

 気恥ずかしさなんてない。オレが、オレ自身があいつのことどう思っているかを、誤魔化しても仕方ないし。ばあちゃんに暴露したところで誰にも言わないってわかってるから。


「あの子に認められるのは大変かもねえ」


「何で?」


「まず、テオを勇者と認める以前の問題だ。あんたが、あの子を自分の聖女として見てるっていうことを自覚させないといけないだろう?」


 あ……確かにその問題があったのを忘れていた。

 今までそれらしい言葉をかけたことはあるんだけど、明確な言葉にする勇気がなかった。言っても、何となく否定される気がして。オレが勇者になることは決定事項のように話をしてくるのに、ティナが聖女かもと口にしてみても、笑って有り得ないと言い張ってくる。自分は慈愛だけで生きていけるほど綺麗な人間ではない、と。

 実際、聖女とは慈愛に満ちた女性である、と伝説では言われている。それが本当なら、ティナが聖女と考えるのは確かにちょっと違う気がする。

 優しいし、強いし、頭もいいし、正直に言えばすごく……すごく可愛い。ここまで揃っているんだから聖女でもおかしくないと思うけど、慈愛に満ちているかと聞かれれば違う気がした。

 優しいと慈愛は同じじゃない。優しいだけの人間ならこの世の中どこにでもいる。言葉遊びとかそういう頭を使うことは苦手で、実際慈愛に満ちた人ってどういう人だって聞かれてもオレはその答えは知らない。けど、きっと世の中で言う神様のような人のことなんだろうなってことだけはわかる。どんな人にも平等に、同じだけの愛を注ぐ。人の生を否定しない。人の性格も否定しない。そんな綺麗な性格な人のことを、きっと言うんだと思う。


 だけど、ティナはそれに当てはまらない。記憶喪失の状態でばあちゃんに拾われたティナは、他人である自分の面倒を見てもらっている、という意識がしばらく抜けてなかった。礼儀正しくて、人のことをいつだって見て、いい子にしていたように思う。今はその遠慮も抜けてきて、オレやばあちゃん、母さんに対しては素直に自分を曝け出してくれている、と思う。だからあんまり気にしてないけど、それでもティナはどこかで壁を作っている。オレ達のことを好きでいてくれている。それなのに、心からオレ達のことを愛することを拒んでいる。そんな風に思った。どうしてなのかわからないし、簡単に聞けることでもない。実際、ティナ自身がそれに気付いているかもわからない。

 それでも、オレ達が特別な存在だというのは認めてくれている。だからこそ、その壁が崩れないように必死になって保っているように思った。好きだからこそ、これ以上踏み込めない。そんな危うい感情を常に隠し持っている。


 つまり、ティナはオレ達以外にそんな危うい気持ちを見せたりしない。もちろん、基本的にはほとんど変わらない。近所のおばさんに対しても、教会のヤツらに対しても、普段と変わらずに接している。だけど、わかる。ティナは今、オレ達三人以上に、愛を持っている人はいない。逆に言えば、知り合いに対して好意を抱くけれど、愛は感じていない。そんな感じだ。

 何か悲しいことがあれば、同情はする。嬉しそうなことがあればよかったねと一緒に喜ぶ。だけど、それだけ。その人がもっと幸せになるように自らを犠牲にして何かしようとはしないし、深追いもしない。その場限りの話題として終えてしまう。そんなあっさりさを見せるから。

 だから、〝慈愛に満ちた〟女性が聖女。という観点で言えば、ティナは聖女になり得ない。それは一番ティナ自身がわかっていて、だからこそ、そのことに関して耳を貸してくれない。


 今、オレがどんなに言葉を並べたところで、きっとティナはその言葉を信じない。オレにとっての聖女がティナだ。世界の聖女とは違うと言っても、きっと理解しない。変なところで凝り固まっている認識を崩すには、それなりのきっかけが必要な気がした。

 だから、ティナにこのことを認識させるのはまだ時間が足りない。


「どうすればいいんだろうなあ」


「ふふ。あんたがそんなに頭を使うなんて。本気だねえ」


「当たり前だろ。オレは勇者になりてーの」


「あんたにならなれるよ。というよりもだ、あの子の勇者になれるのは、きっとあんただけだと、私は思うよ。だから、そうだね。まずはあの子に甘えられる存在になりな。そしたら、きっとあんたの心からの言葉も、あの子に届くだろうね」


 簡単なようで、すっげー難しいことをさらっと言うばあちゃん。変な課題残すなよな。

 頑張ってみる、なんて気の抜けた笑みを浮かべて返事して、病室を後にした。ティナはもう今日ここには来ないだろうから合流して家に上げてもらえって言われたからティナがいそうな場所を探してみる。

 てか、育ての親が年頃の娘の所に男を泊めようとするってどうなんだ? 何でオレだけ常識的なこと言って遠慮しねーといけねーの?

 ティナといい、ばあちゃんといい、倫理感がおかしいんじゃねーのかと、もやもやっと考えつつ街を歩いた。


「なあ、いいだろ? ティーナの家に上げてくれよ!」


 探していた人物の名前が耳に入って立ち止まる。声のした方に足を向ければ、パンを売り歩いた後なのか、大きな空のカゴを持ったティナと知らない男がそこにいた。年はティナと同い年くらいか。茶色の短髪と赤みがかった橙の瞳をした勝ち気な顔の男だった。少し焼けた肌を僅かに赤く染めて、必死にティナに詰め寄っている。


「何で私の家に上げるの? 別に用事ないでしょ」


「ぱ、パン作るの手伝うって! オレの家もパン屋だって知ってるだろ? 何度か手伝いしてるから、役に立てるぜ!」


「つまり、敵情視察でもしたいってこと?」


 ティナは困ったように眉を寄せて相手を見ていた。会話からすると何度も顔を合わせている仲ではあるんだろう。というか、一応友達なんだろうな。言われていることが不可解で警戒が強くなってるけど。絶対に下心で言ってるのに通用しないことに相手が焦れて、荒げた声で違うと叫んでいた。


「す、好きな女の役に立ちてーんだって!」


 直球だな。チッ、あいつオレと同じタイプだ。何か腹がムズムズする。

 純粋に先を越されてムカつくのと、それを直球で後先も考えずに行える馬鹿さ加減に呆れているのと、僅かにティナの反応が気になって不安になっているのと。いろんなムズムズに動けなくなる。そっと、ティナの表情を盗み見る。と、ティナは怪訝な表情を浮かべて一歩距離を取っていた。


「好きって思ってくれるのは嬉しいけど、家には上げない」


「何で! オレのこと嫌いか?」


「嫌いじゃない……けど、そういう好きじゃない。だから、上げない」


 固い声音は今まで聞いたこともない緊張が窺えた。ティナがここまでして距離を感じさせる言葉をするのを初めて見た。教会のヤツらにもこんな態度取らない。


「何で、そんなに頑なに。別に付き合ってくれって言ってるわけじゃねーじゃん。少しでも意識してもらいたくて、だから、パン作りとか手伝えればって思って」


「そうだね。ゴートのことだから純粋に好意から言ってくれてるってのはわかる。けど、ゴートだけの話じゃないよ。私はこの街の誰であっても……小さな女の子から信頼している大人も、あそこに誰か入れたことはないの。だから、駄目。無理なの」


 その言葉に、胸が震えた。ティナにとって自分の家は聖域なのだろう。この街には気が休まる場所がない。ばあちゃんの家も、オレの家も、ここにはない。だからこそ、その場に人を招くようなことができないんだ。誰かを許して入れてしまえるほど、今のティナに余裕はない。

 オレよりもすごい魔法を使えるのに。他人への警戒は消えない。そんな中で、唯一許されているのが――――オレなんだ。


「そんな……!」


「ティナ!」


 まだ何か言おうとしていたヤツの言葉を遮ってようやくオレは声を上げた。今見つけたとばかりに無邪気に笑って見せる。途端、ティナはパッと顔を明るくしてオレの方に駆け寄ってきた。


「テオ! そう言えば近い内にこっち来るって言ってたね! 今来たの?」


「いや、ばあちゃんの所に寄った後。もうここにはティナは来ないから探して明日の朝一緒に来いって追い出された」


「そうだったんだ! じゃあ、もう帰る? ご飯作らなきゃだし!」


 嬉しそうに薄青い瞳を揺らしてオレの手を握りしめるティナに胸が熱くなる。全く違う態度に普通に自惚れそうだ。実際、自惚れてもいい立ち位置にいるはず。だって、この街では誰一人許されていないティナの聖域に、彼女から招かれる身分なんだから。


「そうだな。母さんからおかず持たされてるし。ティナのパンある? 久々に食べてーんだけど」


「あるよ! 今日のは人気のパンだから楽しみにしてて!」


「ま、待てよ! 誰だよそいつ! 帰るって、まさかそいつは上げんのかよ! さっき誰も家には上げねーって!」


 危うく放置されてしまうところだったヤツが声を上げる。ティナは表情を固くしてそいつを見た。喜色に染まっていた顔が一瞬で無くなる様子に、オレは少しだけ心配になる。

 基本的に誰に対しても態度を変えないティナにしては珍しい、と。それだけ心の余裕が無くなっているに違いない。

 それもそうだ、だってここには遊ぶためにいるわけじゃないのだから。


「テオはこの街の人じゃない。私の幼馴染。嘘は言ってない」


「な……」


「それに、テオだけだから。私が許すのは。テオだけなの」


 きっぱりと、冷たい声でそう言ったティナに、それ以上そいつは何も言えなくなった。途方に暮れたように棒立ちして、ただただティナを見つめていた。その視線が責めているように思えて、オレはティナを隠すようにして引き寄せた。


「帰ろうぜ。明日のパン作りはオレも手伝うからさ」


「え! 本当? すごい助かる! 生地作りは体力勝負だし」


「おう! 任せろ」


 いつも通りに答えれば、ティナは嬉しそうに頬を緩める。何の警戒もなく、自然に身を寄せる彼女に、安堵した。

 大丈夫。慌てる必要はない。

 ばあちゃんが言ったように、きっとティナの勇者に一番近いのはオレだ。今の段階では、オレになれなければ、誰にだってなれない。それくらい許されている自覚はある。

 だから、後はたった一歩。

 ティナが無意識に作っているこの壁が一度でも壊されれば、きっと……。



 

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