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終章

「近づくと迫力があるね、やっぱり」


 そして来たる入寮日。今でも変わらずに朝早くから鍛錬するテオの姿を久しぶりに堪能した後、私とテオは魔法学校へと向かった。中央区にある学校へと向かうので、潔く馬車へ乗り込み、一時間以上もかけてたどり着いた。いつもちらっと見えるだけの学校も、こうして近づくとその大きさに感嘆の息が漏れてしまう。


「本当にな。まず平民がこの中央区に来ること自体あんまりないから最初緊張するよな」


「テオも緊張したの? それは意外」


「オレだって心臓強靭じゃねーよ。いくらあのばあちゃんの孫でもな」


「ふふ、その点に関して言えばフィーネさんに敵う人なんていないでしょ」


 実は、テオのお父さんのセドリックさんは、私と同じ立場の人だ。フィーネさんの義理の息子さんになる。だからテオはフィーネさんの孫同然で、セドリックさんがロッテさんと結婚してから定期的に王都へ遊びに来るようになったそうだ。それまでは、セドリックさんが騎士として王都に住んでいても頑なに王都に足を運ぼうとはしなかったそうだ。


「あのね、テオ。私、フィーネさんとテオの関係を知った時に、重要なことに気付いてしまったの」


「何だよ、改まって」


「私って、フィーネさんの義理の娘って扱いになるじゃない?」


「そうだな」


「んで、テオはフィーネさんの義理の息子さんの子供でしょ? つまり、系統的に言うと、私はテオの叔母ってことになるよね?」


「んぐっ、な、何バカなこと言ってんだよ! んなどうでもいいことに気付かなくていいだろ! もっと別なことに頭使え!」


 何で! 結構重要じゃない? 私の方が年下なのにテオの叔母さんだよ?! いくら義理とはいえさ! 結構ショックだったのに!

 全力で突っ込まれて解せない気持ちを隠しきれず、ムッと唇を尖らせていれば、テオは深く溜め息をついた。


「ほら、そろそろ門に着くぞ」


「はぁーい」


 そう言われると目の前に大きな門が現れる。私達が歩く歩道の少し離れた場所には馬車道があって、そこには何台もの馬車が渋滞を起こしていた。貴族様達がこぞって自分の馬車で来るので門付近で渋滞を起こすのは仕方ないことだろう。多分、爵位の差で入寮時間もズラされてるとは思うけど、分母が大きいからどうしてもスムーズにはいかないようだ。

 それに比べて私達はただの平民。基本的に乗合馬車で決まった場所に下ろされて、そのまま徒歩で来る人ばかりだ。そう言う人は、馬車道とは少し離れた歩道で個別に入門できるようになっている。その為、非常にスムーズに終わる。


「入寮者の方ですね? 名前と入寮書をお見せください」


「はい、ティーナと申します。入寮書はこれです」


 少し前に届いた手紙に同封された入寮書を門番の人に渡す。名前と私が入る寮の番号が記されたものだ。それを確認していた門番の人は、目を見開いて私を見やった。


「どうかしました?」


「あ、いえ。失礼しました。部屋まで案内させますので少しお待ちください」


 そう言って一度その場を離れた門番さんを見送れば、後ろに立っていたテオがえ? と驚いた声を上げる。何かおかしなことでもあったんだろうかと振り返れば怪訝な表情を浮かべていた。


「案内なんて、オレ達平民相手に普通ないんだけどな」


「そうなの?」


「ああ。だからこの場に案内人がいないだろ? 基本案内を必要としてるのは貴族の人達だから、ロータリー付近で待機してんだよ。平民相手にも案内するようならここにも待機してておかしくないだろ?」


 確かに。

 あー、でも何となくさっきの門番さんの反応がわかった。つまりは、私が入る予定の寮は、平民向けではなく、貴族様向けのもの、なんだろうな。

 それもこれも、ぜーんぶフィーネさんが原因なんだけど、今テオに説明するの面倒だから知らんぷりしよ。


「お待たせしました。こちらにご案内します」


「はい、よろしくお願いします」


「あ、男性の方は寮には入れないので、お荷物をお預かりします」


 女性のメイドさんが門番さんと一緒にやってきてテオが持っている私の荷物を受け取った。同時にテオは今日も店の手伝いをしないといけないのでそのまま引き返すとのこと。店が混んでいる原因がテオ自身にあるので、休みの日は基本的に手伝いをしに行かないといけないらしい。

 テオがどうして原因なのか、昨日三人で話をしていた時に聞いてみた。以前も聞いた、年に一度あるペアで参加する大会に、テオは見事優勝をしたそうだ。魔法学校というのは入学できるだけでも将来安泰と言われる場所で、身分は問わず実力を買われれば高位貴族の専属や王宮にスカウトされるそうだ。特にその大会は一般客も見ることができるそうで、そこで優勝したテオが大いに注目を浴びた。その日を境に、テオの実家である店がテオの活躍を知った人達でごった返すようになったそうだ。だから客層が上品な人が多くいたのだと納得した。


「じゃあ、またな」


「うん、ここまでありがとう!」


 手を振って別れて私はメイドさんの後に続く。今日の午後は私も用事があるので、明日改めてロッテさんの店に顔を出す約束をしている。まだまだ話したいことはたくさんあるし、店が忙しいなら私もお手伝いしたいしね。


「こちらのお部屋でございます」


 案内された寮は校舎と同じくらい大きな建物だった。壁は白く、煌めいていて、しかも細やかな彫刻が掘られている。まるで高級ホテルのような外観に気後れしながらも中に入れば、一階の一番奥の部屋に案内された。

 中に入れば案の定というべきか。フィーネさんと過ごした山小屋丸々入りそうなリビングと、キングサイズくらいありそうなベッドが置かれた寝室、そして女の子なら誰もが憧れそうなほどの綺麗なキッチン……ちょっと無駄では? と思うほどの部屋割りにもう言葉もない。本当に私はここにいていいのだろうか。お金取られないの? と怖気つく。


「ティーナ様には侍女はいらっしゃらないようですので、何か御用がありましたら寮専属の侍女がございますので、そちらにお申し付けください」


「あ、いえ、そんなことは……」


「普段はまだしも、お着替えされる際に人が必要な時がございましょう。それ以外でもお部屋のことでお困りの際など遠慮なく」


 なるほど。着付けは確かに必要なこともあるだろう。特にこの世界ではドレスとなるとコルセットを付けるのが一般的だ。それを締めるのに一人では難しい。ただの学校生活でドレスを着る機会なんてないだろうと思っていたけど、八割貴族の学生がいるせいで、実はこの学校にはパーティー行事が存在する。その際、着る服が制服では駄目なのは確かだ。

 それだけでなく、王宮からスカウトされた時やテオのように大会に優勝したり、好成績を収めた者は稀に……本当に稀にだが、陛下自ら褒美を与えることがあるそうだ。そう言う場面ではドレスに着替えるのが普通だ。

 もちろん、平民がそんな高価な服を持っているはずもない。きちんとそれは考慮されており、レンタルできるドレスが存在する。それを借りる際、一緒に着替えを手伝ってくれる人を派遣できるということだろう。


「わかりました。では、お言葉に甘えて……今日のお昼過ぎに着替えを手伝ってもらえますか?」


「え、今日でございますか?」


「はい。実は城に来るようにと言われておりますので」


 私の言葉に驚きで目を見開いた彼女は、けれどもすぐに表情を戻した。流石はプロだと感心する。承りましたと平民相手でも丁寧に扱ってくれることに嬉しくなってお願いしますと再度声をかけた。




 フィーネさんの置き土産である足元に行くほど濃い青になるグラデーションのドレスに身を包んで広い廊下を歩く。案内の人と見張りの役も請け負った護衛の人と共にたどり着いたその部屋に足を踏み入れれば、そこはとても上品な調度品に囲まれた応接室だった。ベロアで作られたソファーに腰かけていたその人は、私の顔を見て立ち上がる。


「よく来たね。君が……?」


 低く、落ち着いた声音を発する人だった。短い黒髪に優しそうな濃い海色の瞳をした彼は、思ったよりも若く見える。けれども、確かもう数年すれば六十になる年齢だったはずだ。


「お初にお目にかかります。ティーナと申します」


「ああ、座ってくれ。すぐにお茶を用意させる」


 そう言っている間に優秀な侍女が既にお茶を淹れて持ってきた。おそらく私が城に入った時点で準備を始めていたのだろう。お茶とお菓子を目の前に置かれて、護衛の人含めてすぐに距離を置いて待機した。部屋はとても広くて、同じ部屋に控えていたとしても会話が聞かれる心配はなさそうだった。


「私がそちらに行ければよかったのだが、なかなか城を抜け出せなくてね。すまないな」


「いいえ。お立場というものがありますので、貴方様に御足労頂くなんてとんでもないです。それに、私は貴方様にお力添え頂いた身ですので」


 そう言って私は持ってきていたあるものを彼に向けて差し出した。僅かに固い表情を作る彼に、思わず苦笑を浮かべる。


「この度はフィーネさんに代わり私の後見人となって頂きましてありがとうございます。こちらが、フィーネさんから預かった、貴方宛への手紙です」


「……私のことは、聞いているのかい?」


「いいえ。私が聞いたのは、私自身と関わりのあった人達との関係についてのみです。貴方のことは本当に触り程度しか。でも、おおよその見当はついています」


 私のその言葉にそうか、とだけ囁いた彼は、静かにその手紙を受け取った。けれども今は中を確認するつもりはないらしい。他人の目があるところで見たくはないだろう。その手紙は紛れもない彼女の遺書なのだから。


「あ、寮の手続きもありがとうございました。まさか、あれほどの部屋を用意して頂けているとは思わず、少し驚きました」


「ああ、そう言えば言い忘れていたね。フィーネから少し融通してやってくれと言われていたのもあるが、最初は私もあんなにいい場所にするつもりはなかったんだ。けれど、君はなかなかに将来有望そうだからね。将来国に貢献してくれるだろうという期待も込めて、色を付けておいたんだ」


「は、はあ」


 彼に何を評価されたのかわからず、間抜けた相槌を返してしまう。将来有望とは? フィーネさんに変なこと吹き込まれたんだろうかと思ったけど、最初はそんなこと考えてなかったということは、そうじゃないはず。じゃあ、どこでそんな結論に?

 問いかけようか悩んでいれば、その前に彼が答えを紡ぐ。


「おめでとう。入学前試験で君は見事に主席を獲得したそうだ。というわけで、入学式での代表の言葉を君に任せたい」


「…………へ? しゅ、首席? 私が?」


 何で、何で何で! だって、私以外だって沢山貴族の人がいるわけでしょ! 私より環境のいい場所で教育を受けていたお坊ちゃん達ならもっとすごい人一人や二人いたっておかしくないでしょ!

 しかも、フィーネさんからは試験の時は面倒になるから手加減するようにって書いてあって……あーーー書いてあったのに手加減し忘れてたああ! 久しぶりに受けるテストが、経験したことがないくらいスラスラ解けて調子乗って全部埋めた記憶しかないいいいい!!


「冗談じゃ、ないんですよね?」


「ああ。君が最高得点者だ。諦めたまえ」


 どちらにしても、主席を取った褒美込みであの部屋に割り振られたのなら、もう辞退するわけにもいかないし、他に代役を立てる時間もない。きっと、そうして二重で追い詰めるためにこの場で教えたのだろう。あまりにも強引なやり口に思わず相手を睨みつけてしまう。


「おや、不満かな?」


「……いいえ。恩を仇で返すつもりはございません。それほどに私に期待をしてくださっているのなら、代表の言葉くらいやり遂げてみせましょう。それに、貴方様程の人を後見人に置かせて頂いたのです。それくらいできないと、きっと周りも納得しませんでしょうし」


「なるほど、思った以上に聡明なお嬢さんだな。もう少し評価を上げるべきだろうか」


「いいえ」


 これ以上の期待はノーセンキューです。私は溜め息をどうにか押し止めて軽く息を吐く。


「この国の宰相閣下たる貴方様に、これ以上の期待をかけられては困りますよ」


 きっぱりとそう言いきれば、彼……ゼオン・ザロン公爵閣下は満足そうに微笑んだ。

過度な期待など、平民である私には過ぎたるもの。私はただただテオと共に魔法学校を楽しめればそれでいいのだから。


そんなこんなで、入学式早々に私の学校生活は波乱を呼びそうだと内心頭を抱えるのだった。




第一部幼少期編完結しました!

ここまで読んでいただきありがとうございます!


第二部は魔法学校編になります。一部と比べて倍近い話数になる予定なので、おそらく前後編に分けて更新すると思います。

第二部はメインキャラが一気に増えるので、コミカルなシーンもなるべく増やしてわちゃわちゃ楽しい学校生活を描ければいいなと思います。

続けて皆さんに読んでもらえるように頑張ります。

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