17.再会
届いた手紙に目を通す。雪解けの季節を迎え、山は次第に本来の姿を取り戻そうとしていた。季節は始春の月。もうすぐ私は魔法学校に入学する。
「荷物もあらかたまとめ終わったし、あとは私が王都に行くだけ。入寮日は入学式の三日前から可能らしいから、四日前に行って、ロッテさんに挨拶しようっと」
一年、この国を旅して生きた私は、冬に入る前に実はひっそりと帰省していた。入学式まで時間はあるけれど、入寮する準備もあるし、一年放置していた分家を綺麗にしておきたかったのもある。それに、入学試験はなくともクラス分けのための試験は存在するので、その為にどちらにしても早く帰らないといけなかったからだ。
試験は無事に終えたし、寒い冬の間は外にも極力出たくなくて久しぶりに引きこもり生活を送っていて、実は未だにテオとは再会していない。こんなに早くこっちに戻っていることも、実は報告していない。怒られそうだなーと思いつつも、できるなら入学する直前までけじめとして会わずにいようと決めてしまっていた。それもきっとテオに言ったら融通が利かないとか、頑固者だとか言われてしまうんだろうな。
まあ、でもきっとテオのことだから許してくれるはず!
「さて、と! 準備完了!」
そして今日、ようやく王都へ向かう日がきた!
実はフィーネさんの闘病生活以来まともに足を運んだことはなかったので、本当に久しぶりだ。試験の日はテオに会うかもしれないと思って必要以上に出歩かなかったから、堂々と足を運べることに感動すら覚える。自分で背負える量の着替えとこの前届いた手紙、あとはフィーネさんからの遺書を持って家を出る。また定期的にこの家には戻るつもりなのでその度に荷物を運べばいいだろう。
「驚かそうと思って行く日も内緒にしてるからなー! 喜んでくれるかな?」
とにかくまずはロッテさんの所に行く! テオに会えるかどうかはわからないけど。寮生活だって言っても休みの日は店の手伝いしに戻ったりするって言ってたし、今は春休み中のはずだから、戻ってる可能性が高いんだよね。だから、会えると信じてレッツらゴー!
てことで一時間空を飛んでたどり着きました王都。こんなに早く着くとありがたみが無いな……。実際馬車でここまで来るのに徒歩で下山、近くの村で馬車に乗るっていう流れになって、丸一日かかるんだよね。一度もやったことないけど。もっと荷物が増えるようなら、一番近い村から体裁保つためにやってもよかったんだけど、普通に持てる量で終わっちゃったしな。
ま、無駄なことに時間かけても仕方ないので、サクサク王都に入りましょうか。もちろん魔法できっちり髪の色は茶髪に変更済みだ。
南門から直接ロッテさんがいる店へと顔を出すことにする。テオが帰ってきてるなら一晩は隣の宿にお世話にならなきゃいけないし。
「お昼も夜もロッテさんのご飯を食べないと! はあ、本当に久しぶり! 楽しみぃ」
ずっと食べていなかったから本当に恋しくて仕方ない。もはやテオやロッテさんと再会することよりも食事をすることの方が目的化し始めている。薄情と言われたら否定できない。
お腹が空いていたこともあってスキップしながら向かいたくなるほどの衝動をどうにか抑えて見慣れた店へとたどり着いた――――んだけど……。
「うへえ?」
予想外な事態になっていて思わず足を止めてしまった。店の前にはずらりと人が並んでいた。そう、今まで見たこともないほどの混み具合だ。今まで店の大きさに見合った繁盛の仕方で、それなりに人気店ではあったのは確かなんだけど、それでも人が外に溢れるほど混んでいたことは一度もなかった。言うなれば常連さんのためのお店だったはずなのだ。
何が起きているのかと事態を読み込めず、私はどうしていいかわからない。
「一体何が?」
茫然として眺めていれば、タイミングよくロッテさんが外に顔を出した。
「お待ちの二名様、ご案内します!」
元気よく接客する姿は昔と何も変わらない。その姿にホッとしながら見つめていれば、ロッテさんと目が合った。
「ティーナちゃんじゃないか!」
「お久しぶりです、ロッテさん!」
「本当にもう……! ああ、元気そうでよかったよ! テオから話は聞いてたけどね! ああ、ごめんね、今忙しくて」
こんなにも人が並んでいるんだ。きっと目が回るほどの忙しさだろう。ご飯をここで食べようと思っていた私は、この行列に並ぶ気力がない。そんなことをするくらいならと覚悟を決めてロッテさんに微笑む。
「ピーク過ぎるまでお手伝いします」
「い、いいのかい?」
「はい! 今日は元々二人に会うために一日フリーですし! 任せてください!」
今まで何もできなかった分、少しは役に立ってみせよう! 服を腕まくりして店へと入る。居住スペースの方に荷物を置かせてもらってエプロンを借りる。そうして、久しぶりに店の手伝いとして参戦した。
新規のお客さんは一組しか入れていないので、オーダーや調理についてはロッテさんにお任せして、溜まりに溜まっている洗い物をまずは片づけることにする。食器は水に浸かっている状態で放置されていて、これ幸いとばかりに石鹸水をドバドバ投入し、魔法でグルグル回す。案の定どんどん汚れが落ちていくので、一度水を捨てた後、今度は蛇口から水を出して手で綺麗に洗い流した。
一通り洗い終わった後にお会計の人の接客やテーブルの片づけをして、中へと案内する。一人増えて、役割を分担しただけでも効率は変わる。ロッテさんは料理に集中できるから回転率もかなり上がって、一時間程度でようやく外の行列が消えて行った。
「はぁ……どうにか落ち着いたわね」
「お疲れ様です」
「ティーナちゃんもありがとうねえ。本当……テオのせいで嬉しいんだか苦しんだかわからない忙しさよ」
「え、この忙しさテオのせいなの?」
問えば彼女は苦笑を漏らした。どういうことだろうと事情を聞きたいところだけど、営業時間中はあまり詳しいことを聞く余裕はなさそうだ。とにかく隙を見て私もご飯を頂けないだろうか……。
「そうだ、きっとテオももうすぐ帰ってくると思うから、そしたらティーナちゃんは休んでて?」
「あ、テオ今こっちに帰ってきてるんですね! わかりました。じゃあテオが来たら、私もご飯頂いていいですか?」
「ふふ、ええ! もちろん、食べて行って! きっとテオも喜ぶわよ! ティーナちゃんから王都に来る日程教えてもらってないって拗ねてたから」
あれま、やっぱり怒ってたか。これはちょっと許してもらえるよう気を引き締めねば。
にしても、テオが原因でお店が混むって何だろう。何か知名度でも上げる活躍でもしたのかな? というか、一番気になっていたのが……
(妙に上品な人が多いんだよね)
格好もそうだけど、所作が綺麗な人が多い。口調も丁寧だし、物腰が柔らかい人が多い気がする。庶民のための食堂っぽいこの店で、その客層は不自然とも言える。何でいきなり? と思案している時だった。
「お待ちしていましたわ!」
少し甲高い、けれども綺麗な声が店の前から聞こえた気がした。途端、ロッテさんが疲労を感じる深い溜め息をついた。
「まぁた来てるのね、彼女」
「え、誰ですか?」
「……そうねえ、一言で言うならテオの追っかけのような子よ」
私にしか聞こえない声でそっと囁いたロッテさんの言葉に耳を疑う。テオに追っかけ? いつテオはアイドルになったの? アイドルってキャラでもなければ、顔もそんなに綺麗系じゃないと思うんだけど?
いや、別に顔がよくないってわけじゃない。人懐っこい顔してて、綺麗というよりも可愛い系のタイプだ。私は好きだけど、人によっては特徴がないと言われてしまいそうなタイプだと思う。怒られそうなので言わないけど。
「またあんたか。ここには来るなって何度も言ってるだろ」
「まあ! だって貴方に会うにはここに来るのが一番確実ではありませんか! さあ、そろそろ観念してわたくしとデートしましょう!」
「……営業妨害だ」
「デートしてくれたらここからどきますわよ!」
あまりにも高慢なお願いに私は思わずギョッとした。すごい強引だし、すごい押せ押せお嬢様だ。物言いや強引さでおそらくお貴族様なんだろうというのは想像できる。だからこそ、ロッテさん達も対応に困っているのだろう。
だけど、私には関係ないな。そう思ってスタスタと入口の方へと歩く。
「あんたなあ、いくら何でも横暴過ぎだろ!」
「貴方が悪いんですのよ! このわたくしの誘いを断るから!」
「何でオレがあんたの誘いに乗んなきゃなんねーんだよ! そんな義務ねーんだから当たり前だろ!」
テオが同年代の子と話している姿を見るのは教会に行ったときだけだけど、こんなにも冷たく突き放したような物言いをするなんて少し意外だ。それほどテオは迷惑しているんだろう。となれば、私が助けてあげないと!
「テオー!」
躊躇いもなく店のドアを開けて姿を現せば、緩やかなウェーブのかかったお日様のような長髪を揺らした色白美人がテオに迫っている最中だった。明らかに庶民ではない上品できらびやかなワンピース姿の彼女は、後ろに侍従らしき男を一人従えている。基本、口を出さない方針なのか、まるでマネキンのように微動だにしない男に少しだけゾッとしつつも、無視をしてテオに向かって駆け寄った。
「ティナ! お前、帰ってきてたのか!」
「びっくりさせたくて黙って来ちゃった! ただいま!」
いつも以上に明るい声を上げてテオに飛びつけば、咄嗟に抱き留めてくれた上に、まさかのそのままグルグル回られた。思いがけない行動に驚きつつも、それだけ喜んでもらえたことに頬を緩める。
「おかえり! 何だ、思ったよりも変わってないな!」
「たった一年だよ? もうそんなに身長は伸びないし、変わんないよ。そういうテオこそ、ほとんど変わってないからね!」
「おいおい、オレはそれでも身長かなり伸びたぞ!」
「そりゃあ、男の子の成長期は少し遅れてくるからねー!」
久しぶりとは思えない軽口を言い合い、下ろしてもらう。王都の端とは言え、今となっては人気店となっている店前で目立ったことをしたせいで、妙な注目を浴びていたようだ。周囲の人たちの視線が一斉にこっちを向いていた。
「な、な、なんですの! いきなり! 貴方は!」
そして、今までずっと無視をされていたご令嬢様がヒステリックな声を上げた。淑女って発声練習でもするんだろうか。すごく耳に痛い声量をしている。
「突然現れて、わ、わたくしの、テオ様と!」
「……テオ、様?」
何だろう、すごく背筋がぞわっとした。居心地の悪い感覚に思わず眉を顰めていたみたいで、ご令嬢様はキッと私を睨みつけてくる。
「おい、あんたに愛称を許可した覚えはない。何度言ったらわかる?」
「なっ!」
「それにティナは――」
何かを言ってくれようとしていたテオを、私が手で制す。何を言っても逆上されそうだけど、今はその方が早く済みそうだ。だから、テオではなく、私が言葉を発した方が早いだろう。
きちんと体ごとご令嬢様の方へと向き直り、私はにこりと微笑んだ。魔法学校に通うなら貴族とも対面することになる。学校内では基本的に身分は影響されないと言われているが、それでもほとんどが貴族という異質な空間に飛び込むことになるので、最低限のマナーを覚えておくべきだと何故か七歳の頃からフィーネさんに叩き込まれていた。だから、一応こういうことには対応できる。
指先でスカートを摘まみ、右足を後ろに下げる。体幹がブレることなくカーテシーを行い、落ち着いた声音で自己紹介を行った。
「お初にお目にかかります。私はティーナと申します。この度、魔法学校へと入学する運びとなりました。以後、お見知りおきを」
控えめで、丁寧に、そして決して主張しない声音と態度を心掛けて挨拶をすれば、案の定彼女は顔を真っ赤にして口をパクパクと開け閉めしていた。まるで金魚のようだと思ったのは秘密だ。
本来見本を見せなければいけないご令嬢様が、庶民であるはずの私に完璧な挨拶をされてしまったのだ。羞恥心でいっぱいだろう。さあ、どう出るかなと内心意地の悪い笑みを浮かべつつも見守っていれば、彼女はようやく口を開いた。
「だ、誰があんたなんか覚えておくものですか! ただの平民が身の程を知りなさい!」
たった挨拶一つに逆上したお嬢様は荷物も持てなそうな細腕を上に掲げる。瞬間、信じられないことをしだした。
「は?」
これには淑女の振りも忘れて間抜け声を上げた。チリチリと熱気が襲い掛かってくる。目の前で練り上がる赤い炎を見つめて、予想外の愚行に眩暈がした。
「な、何して……っ!」
「お嬢様! いけません!」
流石にこの行動には黙って見守っていた侍従も素っ頓狂な声を上げて制止しようとする。けれども、まあ、お貴族様だけあってそれなりの魔力量があるお蔭か、そこそこ大きな火の玉が既に生成されている。あれを咄嗟に止めるのは難しいだろう。
普通ならば。
「呆れた。人の店の前で迷惑にも程があるわ」
「何をごちゃごちゃと! 食らいなさい!」
「黙って食らうほど馬鹿じゃないから」
火の玉を投げられるその前に私は人差し指を彼女の方に軽く振った。瞬間、ざばあんという音と共に滝のような水が彼女の真上から降り注いだ。か細い悲鳴は水に飲み込まれ、大きな火の玉は一瞬にして鎮火する。地面を濡らし、そのまま私達の方まで流れてきた水を今度は指をグルグル回して宙に浮かせ、指先に集めて消した。
ということで、元通りだ。唯一変わってしまったのは、目の前にずぶ濡れのご令嬢様が誕生したことだけだろう。
「魔法学校というのは、魔法で兵士でも魔物でもない人間相手に危害を加えていいという愚かな教えでもしてるんでしょうか?」
「……っ」
「お帰り下さい。本当に営業妨害で訴えますよ。むしろ、学校にも通っていない特に罪もない平民相手に魔法を打ち出したとなれば、騎士団案件です。いくら身分を保証されたお貴族様でも、そんな事になったら分が悪いのはそちらでは?」
私が明確に対策を口にし始めた途端、彼女は顔を真っ青にした。水を被って寒いのか、それとも恐怖でなのかはわかりかねるが、ブルブルと全身を震わせて後退る。
「お嬢様、今日のところは……」
「そ、そうね。それではテオ様、また学校でお会いしましょう?」
脱兎のごとく走り去った二人を見送って小さく息をついた。思った以上に迷惑極まりないお貴族様だったな。
「テオ、恋人はもっと人を選んだ方がいいよ。いくら逆玉の輿だからって」
「ちっげーよ!!!」
「冗談よ、そんなに怒鳴んないで」
むすっと不機嫌顔を晒すテオに、私は苦笑を漏らす。あれだけ嫌がっている相手との仲を疑われるのは確かに嫌な気分だろう。冗談にしては悪趣味が過ぎた。一人反省して、テオの手を取る。
「ごめんって。旅のお土産があるの! 今日はこっちに泊まって明日入寮するから、夜は三人でいっぱい話そう?」
「たく、ギリギリになってようやく帰ってきやがって。心配したんだからな」
「ふふ、ごめんね?」
店の中に戻り、心配そうにしていたロッテさんに改めて迎えられてようやく私はお昼ご飯にありつけた。私と約束したこともあってテオはこっちに泊まると言っていたので、私もその後隣の宿を取って荷物を運ぶ。
一年もの間どこを回って何をしてきたのか。お互いに積もる話を交互に口にしながら、再会を味わった。
「ようやくお前も学校通いだな!」
「そうだね! テオと通えるのすっごい楽しみにしてたんだ! どんな授業があるんだろうなー」
学校なんて本当に何年ぶりだろうか。今まで教会にいた子供達としか縁がなかったから、同年代の女の子の友達とか作れたらいいな。楽しみで頬が緩む私に、テオは怪訝な表情を浮かべて見つめてきた。何だその顔は。何か変なこと言った?
「お前さ、今更学校通う必要あんの?」
「は?」
「オレが思うに、学校で習うようなこともうほとんど身に付けている気がするんだよな。昼間のあの魔法見る限り特に」
「……」
魔法学校はその名の通り、メインは魔法を習う場所だ。それでも三年もの間身を置くから、一般常識やマナー等も授業に組み込まれており、魔法学校に通えない人たちとの学力差が開かないように工夫されている。更に言えば、貴族にとっては社交場になるし、平民にとっては就活の場にもなる。それだけ、魔法学校に通えるだけでステータスがつくのだが……。
「あ、あるよ、もちろん。私の勉強の仕方、偏ってるし」
「声が上擦ってるぞ」
新しいことが覚えられるとテンション上げている相手に対して無情なこと言わないでよ! と声を大にして言い返したかった。
もちろん、そんなことはできなかったけれど……。




