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13.発覚

 更に季節は巡り、十二歳になった。秋から冬へと季節が変わる時期で、私はもうすぐ十三になる。テオはこの前誕生日を迎えて十五になった。この冬が過ぎて、春を迎えると彼は先に魔法学校に通うことになる。私とは二歳の年の差なので、せっかく同じ学校に通えることになっても、たった一年しか共にいられないのは非情に残念な事実だ。

 学校が始まれば、今のように頻繁に顔を合わせることも叶わないだろう。そう思って、今はより一層テオと遊ぶ日を増やしていたけれど、本格的に冬になればそれも叶わない。そろそろ初雪を観測する時期でもあるので、今日を境にまた月一に数を減らさないといけないだろう。


「学校かあ、めんどくせーな」


「えー! 少し前まですっごい楽しみにしてたじゃん!」


 いきなり悟りを開いたような学生みたいなことを漏らしたテオに、私は笑うしかない。私達平民が学校に通えることは普通無い。貴族なら、各々自分の地位に見合った家庭教師を雇い、それ相応のマナーや勉学に励むだろう。けれども、平民にそれをする余裕はない。成人していないとはいえ、このくらいの年齢になれば子供でも立派な働き手である。たとえ教育費のほとんどを国が負担してくれると言っても、痛手でしかないわけで、乗り気じゃない気持ちもわからなくない。それでも、普通は学ぶ機会を得られない私達が、魔法が使えるから学校に通えるのだ。その事実に少し前まで純粋に喜んでいたはずなのに。

 けれど、近づいてくるとそれ以上に不安になるのだろう。少数といえ平民がいると言っても、八割程は貴族だ。育ちも教養も全く異なる人種が集う学び舎など、以前の世界で言えば高校に小学生を突っ込むようなものだ。不安にならないわけがない。


「だって、知り合い誰もいねーし」


「本当、テオ顔広いのに、だーれも魔法使えなかったんだね」


「そうなんだよ。唯一いたのはティナだけど、二年後まで一緒に通えねーだろ。通えても、授業、別だし」


 おやおや、これは素直に寂しいと態度で表しているのでは? 何だか可愛いテオの反応に、私はニコニコと笑みを深めるばかりだ。そんな私の表情に気付いて、テオは何笑ってんだと声を荒げたけれど、表情を戻すことはできなかった。


「大丈夫だよ! きっとテオのことだから、貴族様でも友達作れる! 百人くらい!」


「いや、それ絶対全校生徒以上の数だぞ」


 あ、こっちは子供がそんなに数いないっけ。


「それに、テオには私の為にも頑張ってもらわないと! 先に入学して、平和ボケしてそうな貴族さん達に格の違いを見せつけよう!」


「いやいや、てかお前何をオレに求めてんの?」


「勇者?」


「学校で一位になっても勇者にはなれねーから」


 そもそも貴族と関わったこともないのに平和ボケしている前提はどうなのだとか、魔法学校は勇者育成機関ではないだとか、戦闘技術以外にもきちんと勉強はあるからそれが一番憂鬱なだけだとか、テオにしてはまともすぎる反論に私はぐぬぬと唇を結んだ。ノリで言ったのは認めるけど、そんなに強く否定しなくてもいいじゃないか。


「テオはもう勇者に興味ないんだ」


「何でそうなるんだよ……」


「だって、自分は一番になれないって、諭してきてるじゃない」


 溜め息交じりの声音に胸が苦しくなる。テオはこれからも勇者を目指して、勇者に憧れて、夢を見ていくと思っていた。もちろん、成人しても聖女が現れなかったらその時はその夢も変わっていくだろうとは思っていたけど。でも、まだ子供の内に純粋に目指していた頃とは全く違う熱量で勇者を口にするとは思っていなかった。勝手に裏切られた気分になってしまう。

 別に、夢が変わるならそれでもいい。勇者なんて危ないもの、目指す必要もないと思う。けれど、それ以上に勇者になりたい理由があるような気がしたから、今まで全力で応援してきたつもりなのに。


「学校で一番になっても勇者になれないのは本当だろ? オレは、みんなに認められる勇者になりたいんじゃねーよ。オレの唯一無二の聖女の勇者になりたいんだ」


「……」


「それに、さっきも言ったけど学力面で他のヤツに敵うわけねーだろ。オレは、戦闘についてしか学んでこなかったんだから」


「……うん」


「でも、そうだな……その戦闘面においては、お前が入ってくるその日まで、どうにか一番取れるようにしてみるからさ」


 だから機嫌治せなんて、無邪気に笑って頭を撫でてくるテオだけど、私は未だに心が晴れない。

 わかってる。子供の振りをしてても、一応私がテオよりずっと大人だ。子供として暮らしていて、少しだけ子供っぽくなってしまっているのは否めないけど……。

 だから、学校で一番になったって、勇者になれるわけじゃないことも、テオがそういうのに興味があるわけじゃないことも知っている。勇者を夢見ているのは、それ以前に聖女という存在に憧れているからだって。

 だから、実際テオは勇者になりたいわけじゃないと思ってる。テオにとっての、聖女を見つけること……それこそが彼の夢だ。


(一体、どんな人なんだろう)


 〝テオの聖女〟になれるのは。

 どんなに可愛くて、どんなに優しくて、どんなに慈愛に満ちた人なんだろうか。考えてみるけれど、ぜんぜん思い浮かばなくて、ただただ心は沈むばかりだった。


「ティナ? まだ怒ってるのか?」


「……怒ってない」


「じゃあ何で何にも言わねーんだよ」


 溜め息と共に問われる言葉に胸が痛くなる。面倒だって思われてる気がする。昔は何でもないって笑顔で言えば誤魔化せたけど、最近それもできなくなってきて。だから、どんどん誤魔化しをすることも無くなっていった。


「別に、テオのせいじゃない」


「じゃあ、何だよ。寂しいのか?」


 寂しい? そうだ、寂しい。テオが、誰かのモノになってしまう未来があるってことが。こんな風に私と二人きりで、こんな風に気安い関係を築いてくれるのは、今だけかもって思うのが。

 寂しくて、怖い。


「寂しい……テオに、置いてかれちゃう」


 少し前まで、そんな日が来ても一緒にいるつもりだった。その為に、聖女のことも、勇者のことも、ずっと勉強してきた。なのに、どうして今更こんなに不安になるのかわからない。

 やっぱり、大切な人を絞り過ぎたんだろうか。

 私は、依存し始めているんだろうか。

 〝昔〟は、大切な存在すらいなかったから……。


「ばーか。置いていくかよ」


「……わかんないじゃん」


「それに、置いて行こうとしたって、お前オレの倍以上の早さで追いついてくんじゃん。お前がそんなんだから、オレは安心して今まで前向いて走ってこれたんだ。だから、お前がオレに追いつけなくて置いてからそうになるってんなら、少しくらい、オレだってお前を待つさ。二年なんてあっという間だろ。今までオレ達が一緒にいた時間を考えればさ」


 それはまるで、ずっとテオが私と一緒に歩いてくれると言われているようで、私はようやく顔を上げた。

 でも、きっとテオは二年遅れて私が学校に通うことをただ寂しいと言っているだけと思っている。それでも、そう言ってくれるのが嬉しかった。私の為に戦闘関連では一位を取るとか、自分が遅れを取っても私を待っていてくれるとか、まるで私が一番特別だと思わせることを言ってくれることが。


 それが、どういう意味かだなんて、もちろん聞きはしないけど。


「いいよ、待ってなくて」


「は?」


「その代わり、私が学校入ったら道しるべになって。今度も、倍以上の早さでテオに追いつくから」


 追いつくって言ったって、私は剣でテオに敵うわけじゃない。魔法だって、本気でやり合ったこともないからどっちが強いかもわからない。ただ、純粋な魔力量は一応私の方が大きいと、フィーネさんには言われているけれど。

 だけど、少なくともテオ自身に、遅れていると思われるような無様な格好だけは見せないようにしよう。今まで一人でどうにかなっていたんだ。これからだって、地道に頑張るのみだ。


「お前が言うと、大抵本当になるからなぁ。わかったよ、頑張ってみるか」


「学校で、テオの雄姿が見られる日を楽しみにしてるね!」


 ずっと会えないわけじゃないけど、今よりもっと会えなくなると思って更に気持ちは沈んでいたけど、約束した途端現金なもので、二年後がすっごい楽しみになってきた。笑ってプレッシャーをかける私に、テオは苦々しく微笑むという器用な表情を作って頷いてくれた。






 いつものように夕方の時間にテオに送られて帰宅する。家の前に下ろしてもらった私は、違和感を覚えて思わずじっと家を見つめてしまった。


「ティナ? どうした?」


「もう陽も暮れるのに、明かりがついてない」


「本当だ。出掛けてんじゃねーの?」


 そんなはずはない。いつもフィーネさんは出掛ける予定があれば私に教えておいてくれるし、今まで私が帰宅するまでに家に帰っていなかったことはなかった。胸騒ぎを覚えて勢いよく家の中に飛び込んだ。

 リビングやキッチンにはいない。無人であるような静けさにドクドクと心臓が高鳴る。何度も名前を呼ぶけれど、応える者はいなかった。ドタドタといつもなら怒られそうな勢いで奥へと入って、フィーネさんの寝室に視線をやれば、扉が少しだけ開いていた。その隙間から、床に手が覗いて見えて、ゾッと背筋が凍る。


「フィーネさん!」


 中に入ればそこに倒れているフィーネさんを見つける。顔色は青白く、呼吸も浅い。脂汗をかいていて、今にも死んでしまいそうだ。出掛けようとしていたようで鞄を持っていた。いつからこの状態なのかわからないけれど、このままではいけない。


「テオ! テオいる!?」


「ティナ、ばあちゃんいたか? ――ッ、ばあちゃん!」


 念のため玄関で待っていてくれたテオが私の声で奥に入ってくる。私が抱きかかえたフィーネさんに気付いて一緒に起こすのを手伝ってくれた。


「治療魔法は怪我専門だけど、体力を回復する効果はあるの。今からかけるから、フィーネさんの様子が落ち着いたらベッサの街に運ぶのを手伝ってもらっていい?」


「ああ!」


 フィーネさんの体をテオに預けて、私は今できる限り最上の治療魔法を展開した。まるで水の幕のようなものが彼女の体を包み込み、淡い光を放つ。瞬間、彼女の体を魔力で感じ取って、魔力の流れが乱れていることに気付いた。


(これが、原因? でも、それを正すなんてこと私にはできない)


 原因がわかっても治すことはできない。その事実に歯噛みしながら、せめてその乱れが少しでも落ち着くようなイメージを浮かべながら魔法をかけた。

 数分後、フィーネさんの顔色に僅かに赤みが差し始めた。呼吸の乱れも小さくなり、汗も引いているように思う。体力を戻し、少しでも抵抗力が備わればと思ったけど、鎮静効果が得られたようだった。嬉しい誤算に安堵の溜め息をついて魔法を解いた。


「よし、行くか!」


「うん!」


 じっと私の魔法が終わるまで大人しく待っていてくれたテオは、すぐさま背中にフィーネさんをおぶる。まだ未成熟ではあるけれど、いつの間にかフィーネさんの身長を越して、今まで鍛錬していたお蔭で体格もがっしりしてきた彼は、楽々立ち上がってしまう。勇ましい姿に不謹慎にも見惚れそうになり、咄嗟に頭を振った。

 テオの後を追おうとしたその時、フィーネんさんの懐から何かが落ちる。手帳のようなそれを拾って中を確認してみれば、思いがけない文面に思わず手から落としてしまう。パサリと乾いた音がして、テオが思わずといった風に振り返った。


「ティナ?」


 ずっと、一緒に暮らしていたはずなのに。どうして私は気付かなかったのだろう。

 気付くきっかけなんてきっといくらでもあったはずなのに、フィーネさんに限ってなんて、そんな先入観から何も疑いもしていなかった。






 今の今まで、彼女が三年以上前に病にかかっていたことなんて、本当に私は何も知らなかったのだ。






「魔法過剰痛って言う病気なんだって」


 発症してから私に隠れて通院していたというベッサの街の病院に駆け込み、病室の一つを明け渡された。未だに眠り続けているフィーネさんを見つめながらドア近くの壁に寄りかかるようにして待機しているテオに、まるで独り言のように私は説明した。


「魔法が使える人が、過度な魔法を使い続けた結果発症するもので、体に魔力が巡る時に気絶するほどの痛みに襲われる病気だって。魔法を使わなければいい話かもしれないけど、発症したら最後、完治する方法はないって言われているの」


 魔法を使い続ければ誰だってなる病気というわけでもない。でも、それほどまでに珍しいというほどの病気でもないらしい。

 特に、フィーネさんは昔から結構無茶なやり方をしていたようで、その辺については詳しく教えてもらえなかったけれど、結果今になってしわ寄せがきてしまった。


「発症したら、痛みがない日はほとんどないんだって。それでも魔法さえ使わなければそんなに苦しむほどの痛みはないらしいけど、でも……フィーネさんは私がいない日にここに通院するために何度も魔法を使ったって。だから、どんどん悪化していって……こんな、ことに」


 発症して三年。定期的に魔法を使っていたフィーネさんは薬で痛みを誤魔化して過ごしていたらしい。といっても、この世界の薬は和らげる程度の効き目で、魔法過剰痛というものは薬が効きにくい種類の病気でもある。その為、気休め程度の効果しか望めない。

 そんな状態で三年。きっと魔法を使った日はのたうち回るほどの痛みに苛まれたに違いない。それなのに、私は今まで気づきもしなかった。


「ティナ」


「この病気ね、発症してから二年でほとんどの人が死んじゃうんだって」


「ティナ!」


「痛みで、衰弱死する人がほとんどだって……! 三年も生きてるのは不思議なくらいだって! だから、いつ死んでもおかしくな「ティナ!!!」


 恐怖で体が震える。誰かが死ぬということが、誰かが目の前から消えるということが、こんなにも怖いことだったなんて知らなかった。

 以前の私にはそんな相手〝いなかった〟から。

 震える体を、後ろからテオが抱き締めてきた。それ以上何も言えない私を気遣って、きっと私と同じくらい苦しんでいるテオは、何も言わないでいてくれる。私が落ち着くのを待っていてくれている。


「大丈夫だ、ばあちゃんは強いから……まだ死なない」


「でも、さっき、危ない状態だったって」


「だからティナのお蔭だろうって言ってたじゃないか。薬もほとんど効かない痛みを、ティナが一時的に魔法で和らげたんだろうって。なら、ティナが傍にいればばあちゃんの痛みも引くってことだろ?」


 体力が戻ればいいと思ってかけた魔法は、ショック死しそうになった彼女の痛みさえも一時的とはいえ和らげたようだった。だから、一命をとりとめたのだと。

 つまり、あと一歩遅ければ、フィーネさんはこのまま目覚めることはなかったということ。安堵と恐怖で言葉を失った。

 いつかお別れはくることはわかっていた。だけど、まだ彼女は六十になったばかりで。私だって学校にすら通っていない子供だ。


「長生きしてねって、言ったのに」


「……だから、ばあちゃんは必至に生きようとしてたんだろ?」


「私の、花嫁姿は、見たいって……ッ」


「じゃあ、未練たらたらだな。大丈夫、オレよりも男前な人だから、生き返ってでも見ようとするだろ」


 テオの優しい言葉に、頷けない。あと五年以上もどうやってフィーネさんが生きていけるのか。痛みを和らげることができるといっても、病気の進行を止めることはできない。今でも危険な状況なのは変わらないのに。


「こわい、こわいよ、テオ」


「大丈夫、オレもいるから。ばあちゃんだって、まだお前を置いて逝ったりしねーよ」


 何度も、何度も、慰める言葉をかけて、頭を撫でられる。私より二歳しか違わないのに。精神年齢では私の方が年上なのに、しっかりした声音と、安心できる温もりに次第に心が落ち着いてくるのがわかった。

 だけど、その日はもう何も言えなくて、私はただただ縋り付くようにテオの体にしがみついた。




 不思議なことに、涙は零れなかった。




 

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