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12.お祭り

 ザザザと草木を掻き分ける音がどこからか聞こえる。音に意識を向けながらも体内の魔力を巡らせた。いつでも魔法展開できるようにイメージを固めていれば、背後からぶわりと冷えた空気を感じて魔力を解放した。

 風を刃として展開して撃ち放つ。耳を突き刺すような悲鳴が聞こえて、すぐ後ろで何かが落ちる。そうしてようやく後ろを向けば、瘴気を纏う狸のような魔物がそのまま消えていくところだった。


「ここにも魔物が出るようになっちゃったな」


 以前は見かけることもなかったのに、この山にもたまにこうして魔物が出るようになった。出ても単体だし、私もこの一年と少しで魔力操作も上がったから問題はないけど。

 今では全属性の魔力操作のコツをそこそこに掴めて、どんな魔物が来ても対処ができる。実は風の飛行魔法も習得済み! でも、フィーネさん以外私が風魔法使えることは知らないから、一人で王都に行くことはないけど。だから、今でも王都には二人で向かってる。でも、その相手はフィーネさんでなくて……。


「ティナー!」


 まだ約束の時間には早いのに家の玄関前で手を振っているテオ。私も同じくテオの名前を呼んで駆け寄った。再会の挨拶をハイタッチでするのが最近私達のブームだ。


「こんなに早くどうしたの?」


「今日丁度春の解放祭やってるから一緒に遊びに行こうと思ってさ! 風魔法でも一時間近くかかるし、早めに来た!」


「お祭り! いいね、行きたい! 今すぐ準備するから待ってて」


 そう、今はテオがこうして迎えに来てくれるようになった。フィーネさんが屯所に向かう必要もなくなったし、私も一人で買い物くらいできるだろうと判断された結果だ。魔力量はあるけど、持続させるのは流石にもう疲れるとフィーネさんに言われたからだ。私も魔法の練習を何時間もやったりして、貧血に近い状態になったから疲れるという言い分は理解できる。

 けど、フィーネさんが魔法使って疲れてるような場面見たことないんだよね。


「お待たせ!」


「じゃ、行こうか」


 テオに掴まって空を飛ぶ。今では二人分の飛行魔法使えるらしいけど、往復で二時間かかる距離を魔法で動いてもらってるのに負担を増やすのも申し訳なくて、今でもこの方法だ。


 この世界の一年は360日で構成されている。一か月30日で、一週間は6日だ。不思議なことに曜日の名前も以前の世界と似ていて、魔法属性を当てはめたものとなっている。火、水、木、風、土、光で、勤務は基本的に週四で構成されていて人に優しい。もちろん、この世界でも職種によって休みは変わるが、以前の世界と同じように光の日がお休みの日として構成されることが多い。しかし、これだとどの年でも曜日が日付ごと固定されてしまうため、毎年春の月(4)の一日――以前の世界なら元旦のような扱いだと思ってる――だけは曜日のない日として構成されていて、毎年一つずつ曜日がズレる。

 ちなみに、月の名前は数字ではない。始春の月、春の月、終春の月、始夏の月、夏の月、終夏の月……というように、春夏秋冬三か月ごとで月を読み変えている。以前の世界に当て嵌めるなら始春の月は三月、春の月は四月、終春の月は五月だ。

 ちなみに、私の誕生日は始冬の月(12)の七日。テオは秋の月(10)の十日だ。

 そして、今日は春の月の一日。まさに曜日のない一日だ。この日は初代聖女様が魔王を打ち倒した始まりの日として世界に認定され、どの国でもお祭り騒ぎなんだそうだ。


 お祭りの日は警備も厳重なので、いつもより離れた場所で降りる。そこからテオと二人で王都内に入れば、普段の三倍はいる人で道は埋め尽くされていた。


「すごーい!」


「ティナは祭りの時期あまり出てこなかったもんな」


「ベッサの街になら一度だけ降りたんだけど。フィーネさん人混み嫌いだから王都には行きたくないって」


 ぼやけばテオはばあちゃんらしいと笑う。

 もともとそれが理由で山に一人で暮らしてたらしいし。でも、それが理由だとしても、わざわざあんなところに小屋を建ててまでいなくてもよくない? とも思う。食糧には意外にも困らないけど――肉は動物を狩ればいいし、川には魚もいるし、野菜なんかは定期的にやってくる旅商人から買うこともできる――だとしてもあの暮らしは不便すぎる気がする。

 唯一いいなと思うのは見晴らしがいいことかなぁ。何気にチラリとだけど王都も見ることができるし。


 春の解放祭では基本的に食べ物がよく売ってる。まあ、祭りなんてそんなもんよねって最初は気にしてなかったんだけど、何でも初めて魔王が現れた時、世界中に暗雲が広がり、一面が暗闇に包まれたそうで、作物が育たなかったそうだ。

 麦は死に、野菜も減り、食べるものが徐々に失っていった人々は、魔王が消え再び光を取り戻したこの日を始まりの日もとい、豊穣の日と呼んでいて、それ故に豊作であることに感謝を表すために野菜やパンなどの食品を使った特別なメニューを考案して毎年こうして出店で出しているようだ。

 だから、祭りという単純な理由ではないので、普段見るようなことがない食べ物も存在している。あまりにも数が多くて目が滑るけど……。


「ねえねえ、あれ何?」


 出店にあったホットサンドのようなものを二人で頬張りながら祭りを回っていれば、お土産屋さんのような場所を見つける。見てみれば綺麗な色の石のようなものが並んでおり、入り口の上部にはストラップのようなものがぶら下がっていた。


「ああ、あれお守りが作れる店だよ」


「お守り?」


「ああ。聖なるお守り。確かあれも聖女関連から始まったものだから、この祭りではあのタイプの出店も結構あるぜ。大切な人に贈るといいって言われてる。まあ、実際のお守りと違って簡易的な材料で手軽に作ってるだけだから、ただのネタとして買うだけだけどな」


 そう言われると途端に興味が惹かれる。できてる物を買うだけのところもあるらしいが、私が見つけた店は材料を自分で選んで自分で作れるタイプの店だった。それならこのお祭りの記念になるし、効果はなくてもお守りとしてフィーネさんにプレゼントするのもいい。そう言ってテオの手を引いて店に突撃した。




「じゃあ、本当ならこのガラス玉のところには魔石をつけるの?」


 お店のおばさんに作り方を聞きながらお守りをテオと二人で作る。その間、本物のお守りが何ができているのか聞かせてもらっていた。


「ああ、そうだよ。あたしは見たことないけどね、お守りに使う魔石は魔力を溜めて使うことができるもので、魔力がこもってないときは透明な石なんだよ。そこに人が魔力を込めると、その人の魔力の色に染まるそうだ。だから別の人が作ればまた違う色の石になって、作る人の種類だけ、違う色のお守りができるんだ」


「だから、それらしく色がついたガラス玉なんだ! へー!」


 そういえば、魔法適性を調べるあの水晶玉も透明だし、やっぱりあれも魔石の一種なのかな。

 そんなことを考えながらビーズに糸を通していく。私の向かい側には私以上に真剣にお守りを作っているテオがいて、その姿が微笑ましい。


「にしても、テオがこーんな可愛い子と一緒にいるなんてねぇ。前々からたまに女の子といるって噂は聞いてたけど、キースも会ったことないって言うから疑ってたんだよ」


「キース?」


「ああ、あたしの息子だよ。テオとよく遊んでるんだけどね」


 おばさんの顔見た瞬間テオが嫌な顔したと思ったけど、友達のお母さんだったのか。だから必死に話をしないように作業に夢中になってるのかな。

 まあ、友達のお母さんとかって友達にどう紹介すればいいかわからないし、気恥ずかしいよね。なんて、うんうん頷く。


「でも会わせないのも納得だよ」


「え? 何で? 私はいつまでもテオの友達と会えないの結構複雑なんだけど」


「あらあら。ふふ、そうねー、じゃあ手っ取り早く紹介してもらえるいい方法教えてあげるわ」


 意味深に笑うおばさんに私は手を止めて視線を向ける。手っ取り早く? ということは、今私がテオに友達を紹介してもらえないのは何か理由があるということか。それなら確かに解決法を知りたい。

 顔を寄せてくるおばさんに、私も耳を近づけた。


「貴女とテオが早々にこんや「だーー! おばさん今何言おうとした!?」


「あら、夢中になって作ってるんじゃなかったの?」


「変なこと吹き込もうとしてるおばさんがそばにいんのに大人しくしてられるかよ!」


 今度は二人が仲良く話し始めたので、仕方なく私は手を動かす。結局おばさんが何を教えてくれようとしてたのかわからずじまいなのは残念だけど、あの様子だとテオから聞き出すのも難しいんだろうなぁ。

 友達に紹介したくない友達ってなんだろ。少しへこむ。


「よし、できた! おばさん、どーかな?」


「あら、綺麗じゃない! すごく上手ね」


「げ、ティナ作業はえーな! しかも何で二個も作ってんだよ! フィーネばあちゃんのだけじゃねーの?!」


 二個っていっても同じ工程のを同時に作っていただけだからそこまでタイムロスはないんだけど。それでも一個しか作ってないはずのテオより早いことが不満らしい。途中からおばさんと言い合いしてたのが悪いんじゃん!

 私の手元には緑のガラス玉で作ったお守りと、黒のガラス玉で作ったお守りがある。すぐに壊れてしまわないかおばさんに確認してもらって、大丈夫だと太鼓判を押してもらう。緑のガラス玉の方だけ可愛い小さな布袋に入れてもらって、黒い方は未だにお守り作りに奮闘してるテオに差し出した。


「はい」


「は? はぁ? オレ?」


「うん、だってこのお守り、元々は聖女様が勇者様の案じて作ったものを参考にしてるんでしょ? なら、テオにも渡さないと!」


 本当は魔石できちんとしたお守りとして作りたかったけど、魔石自体貴重なものだから、売っててもお守りのために買うことは難しいし。でも、普通に使うにしては小さすぎる魔石ならありかなぁ。今度機会見て探しておこう。

 差し出した私のお守りを茫然と見つめながら、テオは気まずそうに表情を歪める。


「テオ、もらってよ」


「もらうけどさ」


「テオはテオのタイミングで、私に贈りたいもの考えてくれればいいんだよ。これは、私がテオの夢が叶うようにっていう願掛けだから」


 ね、と笑って押し付ければ、それでも複雑そうに唇を尖らせながらもありがとうと言って受け取ってくれた。フィーネさんのように緑にするか悩んだけど、黒も似合うんだよねテオは。

 純粋な黒。誰にも染まらずにただただまっすぐに前を向いて、強い心を持っている気がするから。


「なんだい、心配しなくてもあんたらラブラブじゃないか」


「はい?」


「ばっ! そんなんじゃねーって! おばさんちゃんと店番してろよ!」


 ニヤニヤと揶揄うような笑みを浮かべるおばさんにまたテオが何かを叫んで作業が止まる。

 結局、テオがお守りを作り終えるのはそれから十分後のことだった。






 ご飯を屋台で済ませたり、お菓子を買って孤児院の子供達のお土産にしたりして、お祭りはとても楽しかった。賑やかで、沢山の人で埋もれている王都は、回るだけでも大変で、フィーネさんが嫌がるのも理解できる。でも、テオと気兼ねなくいろんな場所に回れたから今までで一番はしゃいでたと思う。


「ただいまー!」


 翌日の夕方、テオに送られて帰宅した私はすぐにフィーネさんのところに向かう。夕飯前だったのでキッチンに立っていたフィーネさんは、振り返って目元のシワを深くして笑う。


「お帰り、ティーナ。楽しんだかい?」


 穏やかな声音に、お帰りという言葉。今では当たり前にかけられるその声に、胸が熱くなる。すっかり日常化したフィーネさんの声は、私にとって陽だまりのようなものだ。

 声を聞くだけで安心できて、この家が、自分の居場所だと教えてくれる。


「うん、すっごい人だった!」


「やっぱりね。わたしゃあ行きたくないよ」


「誘ったって行ってくれないくせに!」


 もう年だからねぇ、とまだ六十前の彼女が言う。まだまだ生きられるでしょ、と言いたいところだけど、以前の世界とは違う……医療も交通も発展していないこの世界での平均寿命はおそらくそんなに長くない。だから下手な言葉は言えなくて、それでも長生きして欲しくて、だから私はじゃあ仕方ないねと口にするしかない。


「あ、そーだお土産! はい!」


「なんだいコレは」


 作ったお守りを渡せば、彼女は首を傾げながら中を見る。簡単に手に入る色付きのガラス玉とビーズで作られたおもちゃのようなお守りにフィーネさんは苦笑を浮かべた。


「あんたが作ったのかい?」


「うん、フィーネさんが少しでも健康でいられるようにって」


「そうかい。ありがとうね」


 喜んでくれているはずなのに、何故だかその笑みが寂しそうな気がして、ジッと顔を見つめてしまう。

 フィーネさんは不思議な人だ。人付き合いが好きじゃないからとこんな山中に一人で暮らしてた人で、でも決して人を拒んでるわけではない。

 限られた人達ではあるけれど、きちんと縁を結んで関わっているし、頼られれば無碍にもしない。得体の知れない私にも優しくしてくれた。

 だから、多分彼女は何か理由があってここにいるんだと思っている。でも、その理由は知らないし、聞くつもりもない。今まで彼女の過去を知る機会はあったのに、聞く以前に話されることもなかったから、私自身それを聞いていい存在ではないんだと思っている。

 もちろん、それは少しだけ寂しいと感じているけれど、どんな間柄でも話したくないことくらいあるはず。たとえば、私なら前世のこととか。


「なんだい?」


「ううん、何でもない」


 だから、今私ができるのは、話を聞くことじゃなくて、少しでもフィーネさんが快適に生活できるように支えることだと思っている。だから、魔法が使えて本当に良かった。魔法で狩りもしやすくなったし、生活面もグンと楽になった。私がいろんなことに魔法を使うから、フィーネさんはそんなことに魔法使うヤツ初めて見たよと言われて呆れられるけど。

 でも、使えるものはどんどん使わないと、成長しないし宝の持ち腐れだと思う。そう反論したら、今度はおかしそうに笑ってあんたらしいねぇと受け入れてくれる。

 何をしても受け入れてくれるフィーネさんにいつも救われている。

 出生のわからない私なのに。

 普通じゃない子供なのに。

 あり得ない力を持っているのに。

 それがわかっているはずなのに、彼女は一度も私の存在を否定することはなかった。それがとても嬉しくて、その度にここにいていいんだと思えた。


 だからこそ、私の家はここで、私の家族はフィーネさん。

 誰かに何かを聞かれても、それだけは胸を張って答えられる。きっと、そんな私すらも、彼女は否定せずに受け入れてくれると、信じているから。


「フィーネさん、なるべく……長生きしてね」


「なんだい、突然」


 突拍子もない私の言葉に驚いたように目を丸めながらも笑う彼女に、私も笑う。何となく言いたくなったと口にすれば、困ったように眉を下げながら頭を撫でられた。寂しがっていると思われたらしい。


「そうだね、できたらあんたの花嫁姿を見るまでは生きていたいねえ」


「嫁……いつ行けるだろうねぇ」


「どーせあんたのことだから十八になったらすぐだろう?」


 この世界の成人は十八で、結婚も同じ歳から許可されてるのは知ってるけど、なんでそんな迷いなく言い切れるかな?


「さあ、どうだろうね。そう思われてても何だかんだお嫁にもらってくれる旦那様が見つかんないかもよ」


「何言ってんだい、もう見つけてるようなもんだろ?」


「もー! だから何でフィーネさんもロッテさんも毎回そんなこと言うの? わかんないじゃん!」


 信頼してくれるのは嬉しいけど、根拠もないことを押し付けるのはやめてほしい! 大体前世では二十代半ばまで生きたけど独身だったし恋人だっていなかったんだから!

 願望押し付けられても困ると唇を尖らせながら怒れば、やっぱり彼女は笑った。



 

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