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10.教会

 どうにか誰にも気づかれずに戻ってきた私達は、早速三人がいるという孤児院に向かった。

 ちなみに、今年で九歳になるリック、五歳になるルイス、四歳になるミミア。それがこの子達の名前だ。年齢を聞くと改めてどうしてこのメンバーで森に行こうなんて思ったのか。いくら何でも危険すぎる。しかも、誰一人として戦う術もないのに、だ。目先のことで頭いっぱいだったのはわかるけど、これはいただけない。王都の外には勝手に出ないようにと口を酸っぱく忠告しておいた。

 あまりにも体を縮込ませてか細い声で謝罪した三人の怖がりように、流石に私も居た堪れなくなってそれっきり何も言わないようにしたけど。しかも、テオにはロッテさんそっくりと言われてしまって何だか腑に落ちない。あ、あんなに怖くないもん。


「リック! ルイスにミミア! お前たち、一体何処に行ってたんだ!」


 南区の中でも東区寄りにある孤児院は、教会と一緒になっている。そこにたどり着いた瞬間、三人の姿を見つけて神父らしき中年の人は掠れた声を上げた。威圧的なものではないけれど、しっかりと怒っているとわかる言い方に、三人とも体をビクリと跳ねて直立する。


「ご、ごめんなさい」


「あのね、シスターの、くすりを、」


「森で、さがそうと思って……」


 この様子じゃ、出て行くのも無断だったようで。まあ、そうだろうと思った。大人に相談してたら普通王都から出してもらえないだろう。これは心配もするし、怒られても仕方ない。叱られる経験も必要だろうと私とテオは敢えて庇うような真似はせず、神父様の有り難い叱責が終わるまでひたすらに待った。


「まったく、もうそんな危険なことをするんじゃないぞ!」


「「「……はい」」」


 時間にすると十分程度かな。どれだけ心配したかということと、シスターを思うのはいいことだけど、無断はよくないとか、今回この子たちがとった行動でよくなかったポイントを一から十まで述べた神父様は、ようやく息をついてお説教を終えた。その瞬間、私達に視線を投げて、あんぐりと目も口も開いて凝視してきた。

 この様子は、つまり、私達に気付いてもいなかったな? 子供相手だから時間をあまりかけずにいてくれる人で良かった。このまま三十分一時間と放置されては堪らなかったな。


「こ、これはすまない! 子供達に夢中でお客人に気付かないとは!」


「いえ、お気になさらずに。その子達を叱ることが最優先だと私もわかっていたので、今まで待たせていただきました。というわけで、神父様、臥せっておられるシスターの病状をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 リックとほとんど変わらない子供相手に敬語を使ってくれる神父様に敬意を示し、同じく丁寧な口調を心掛けて問いかければ、彼は驚きながらも素直に答えてくれた。

 シスターの病状は簡単に言うと風邪らしい。けれど、咳が酷く、そのせいでなかなか寝付くこともできないため、快復が遅れているようだ。熱も長引いていて、もう一週間も寝込んでいるらしい。薬は最初処方してもらったものがあるが、買い続けるほどの余裕はなく、今は底をついてしまっている。だから、せめて熱を下げられるカンカンの実をシスターの為に子供達が取ってきた。

 なるほど、と頷く。咳の具合にも寄るが、確かに熱を下げれば少しは楽になるだろう。長引いてはいるが、酷くなっているわけでもないようなので、眠らせることを優先させよう。


「わかりました、じゃあやっぱりカンカンの実は薬に変えてしまいますね」


「本当に、お願いしてもいいのかい?」


「はい、大丈夫です。それに、約束しましたから」


 にっこりと微笑んで子供達が取ってきたカンカンの実を受け取った。子供達は泥だらけになってるし、擦り傷もあるかもしれないので、他のシスターの人達に連れられてそのままお風呂にはいることになった。それを見送った後、私は気合いを入れて腕まくりをする。


「じゃあテオ、下準備はするから、乾燥の方はよろしくね」


「おう! 任せとけよ」


 と、自信満々に言ってくれるので、水洗いしたカンカンの実の種を取り除いて綺麗に並べたら、すぐさまテオにお願いする。火の魔法も使うか悩んだけど、熱を加えるとよくないかもしれないので風魔法のみで乾かしていく。鮮度が命なので、摘んでしまった実はぜーんぶ乾燥させて、塩をまぶして、また乾燥して、と繰り返し、夕方には無事に薬を作ることができた。完成と同時にシスターへの投薬を頼めば、それからしばらくして熱が下がったと神父様が朗らかな表情で教えてくれた。


「本当にありがとう。何とお礼を言っていいか」


「いいって! 元々あいつらがしたくてしたことをちょっと手伝っただけだろ?」


「そうです。お礼は子供達に言ってあげてください。あと、シスターの具合がよくなって、この薬の投与が必要なくなったようなら、早々に売ってしまってください。たくさん実を取ってくれたおかげで、薬も沢山できましたし! それに、乾燥させたものとはいえ、あまり長くはもたないので、効果があるうちに売ってしまうのが一番です。比較的簡単に作れる薬ではありますが、これだけあれば最初の薬代くらいは戻ってくると思います」


 今回は時間がなかったからサクサク私達でやっちゃったけど、これならやり方を子供達に伝授してもいいかもしれない。あ、でも材料は王都の外出ないとないのか。いい収入源になるかもって思ったけど、提案はやめとこう。

 流石にそろそろ帰ろうと踵を返せば、その先に森に入り込んでいた三人が肩を並べて立っていた。


「おくすりつくってくれて、ありがとう!」


「……ありがと」


「なあ、また来てくれる?」


 お礼だけを述べる二人と違い、リックはまっすぐに私達を見つめて縋るように問う。


「他のヤツにも二人のこと紹介してーし、それに、僕、二人と友達になりたい」


 向けられる瞳が、僅かに潤んでいるように思えた。

 孤児院には子供がたくさんいる。だけど、それは孤児だ。物心ついた頃にはここにいる子もいれば、ちょっと大きくなった頃に連れてこられる子もいる。様々な事情を抱えている子供達だけど、孤児院にいる以上、彼らは友達ではなく家族だ。仲良くするためにも、家族愛をわからせるためにも、そう言い聞かせているのだろう。

 だから、外部の友達に、純粋に憧れているのだろう。

 迷ったのは一瞬。


「そうだね、今度は遊びにくるよ」


「そうだな。何かお土産も持ってきてやるよ」


 リックと約束を交わして、私達は教会を後にする。

 そうして門限前に帰ってこれた私達だけど、王都の外に出たっきり戻ってきたことを報告していなかったので、結果今回もロッテさんにお叱りを受ける羽目になったのだった。

 ちなみにロッテさんのお説教は三十分も続いた。もちろん、閉店後のお話です。






「こんにちはー!」


「あ、テオ兄だ!」


「ティーナ姉ちゃん!」


 あの日をきっかけに、私とテオはなんと孤児院訪問が日課になった。貴族みたいだなってつい思ってしまったけど、庶民なので寄贈するとかそんな大それたことはなく、ただただ子供達と遊んでいるだけだ。

 この孤児院には九人の孤児がいる。王都に三つもある孤児院の内の一つにこれだけの孤児がいることに驚きだ。闇が深し。

 お金を落とすことはできないけど、せめてとばかりに私のお古の服をあげたり、お菓子の作り方を教えたりしている。お菓子を作れれば、売ることができるからね。技術は大事。料理は生きる上で大切だから覚えていて損はないしね。

 そんなこんなで、何度も訪問しているうちにすっかり仲良くなった。


「こんにちは、いつもありがとうねティーナちゃん」


「あ、こんにちはシエルさん」


 小麦色の長い髪を揺らして微笑む美人さんは、前に熱を出して倒れていたシスターさん。すっかり元気になって今日も子供達に慕われている。


「絵本読んでくれてたの?」


 シエルさんは木を背もたれにして座っていた私を覗き込んで優しく微笑む。それもそのはず、私の膝には小さな可愛い女の子が二人も眠っているのだから。昼下がりの天気のいい外だ。眠くなっても仕方ない。


「重いでしょう? 部屋に運ぶわ」


「ありがとうございます」


「そうだ、せっかくだし、教会の方でも見学に来る?」


 他のシスターも呼んで二人を抱き上げたシエルさんはそう提案してくれた。チラリと横目で確認すれば、テオはリック含めた男の子と一緒に遊んでいる。


「はい! 是非。実は聖女について知りたかったんです!」


 聖女の話はかなり有名だけど、歴史とは違うことが多い。そういうおとぎ話は大抵美化されているものだ。彼女達が本当はどのようにして目覚めて、どのようにして世界を救ったのか、それを知る機会を探っていた。フィーネさんに一度頼んでみたこともあるけど、教会という場所にすごい抵抗があるみたいで連れてってくれなかったし、テオも同じく興味無さそうで聞いてくれなかったんだよね。

 だから、こうして孤児院メインと言えど、教会に来るきっかけができたのはよかった! ここの人が優しいことはもうわかってるしね。


 二人を部屋に運んだ後、私は教会に案内された。何度か中には入っているけど、じっくり見たことは実はない。高い天井を首が反るようにして見上げれば、天井付近の壁はステンドガラスがはめ込まれている。それは金色の長髪をした女性を模していて、とても美しかった。おそらくあれは初代聖女ティナだろう。そう、私の名前とそっくりの聖女様だ。フィーネさんに教えられた時、びっくりした。聖女様大好きなテオのことだから、そこから私の名前を付けてくれたんだろうってことはわかるけど、恐れ多すぎる。知った時には既に定着してしまって変えるとも言えなかったし、変えたいとも思わなかったけど。


「ティーナちゃんは聖女様に憧れているの?」


「そうですね……。でもなりたいとか、夢とかそういうんじゃないんです。それより、聖女様が現れたら、私もお供したいなって思ってます」


 歴代聖女の共通点は慈愛に溢れた女性であること。らしい。何でも、聖女だけが使える光属性魔法……つまり浄化の魔法はその慈愛の心がなければ使えないのだとか。聖女本人がそんなこと言ったのかは謎だけど――本人がそんなこと言うならその人は既に慈愛に満ちた人とは違うのでは?――そういうことになっている。もしそれが本当なら、私がそんな純粋無垢な女性だと自分で言えるはずもない。

 でも、慈愛に満ちた聖女様ってどんなのなんだろう。清らか過ぎて想像できないんだけど。よくある乙女ゲーのヒロインみたいなものかな?


「ティーナちゃんは謙虚ね」


「そんなんじゃないです。私は、聖女様とはかけ離れた性格だって知っているだけですから」


「……貴方はとても賢い子だわ。だから、聖女様が辿る道がどれほど険しいものか、ちゃんとよくわかっているでしょう? それなのに、どうしてお供になりたいなんて思うの?」


 聖女になるということが、皆に愛されて幸せになる。そんな単純な道ではないことを、私が理解していることにシエルさんはわかっている。聖女になった人が、どれほど理不尽な道を歩むのか。それを理解しながらも、その聖女の供として歩むことをどうして望むのか。純粋に疑問に思っているようで、彼女は優しい眼差しを私に向けた。


「……だって、私が聖女じゃなくても、きっとテオは勇者になっちゃうだろうから」


 少し声を落として漏らしたそれは、愚痴のようなものだ。皆から大人びていると、子供らしくないと、いかにも才能があるような扱いを受けるけれど、実際は以前の私が存在しているからだ。私自身特別なものは何もない。

 それに比べて、テオは別格だ。剣の才能も魔法の才能もある。誰にでも気兼ねなく接するし、思いやりある優しい子だ。その姿はまさしく勇者そのものだと思う。だから、聖女が現れたら必然的にテオも勇者になるに決まっている。

 そうなれば、テオをここに留める方法を、私は知らない。


「一緒にいたいのね、テオドールくんと」


 優しい声が問いかける。まるで女神様のような声に少しだけ泣きたくなった。

 充実した日々を送っているはずなのに、いつまでも拭えない不安にツンと鼻の頭が熱くなった。それを誤魔化すように私は小さく頷くのだった。




 夕方になり孤児院の子達に別れを告げた私とテオはのんびりと帰路につく。今日のご飯は何にしようかなとぼんやりとした思考で考えていれば、突然目の前に可愛らしい青い花の栞が差し出された。


「え?!」


「これ、やるよ。リックが作り方教えてくれて一緒に作ったんだ」


 外で元気に男の子らしい鬼ごっことかして遊んでたんじゃなかったの? と、思いつつも素直にそれを受け取る。考えてみれば、テオから形のあるプレゼントをもらうのは初めてな気がした。私が読書好きなのも知ってくれていたんだと思うと嬉しい。王都にいるときは本を読む機会なんてないし。


「でも、どうしていきなり?」


「別に……なんか、お前が元気なさそーだったから」


 別に、と言いつつも素直に答えてくれるテオは本当に可愛い。しかも、その理由も可愛いし、嬉しい。つまり、私を心配して、元気づけるためにこれを作ってくれたってことだ。

 態度に、出してないつもりだったんだけど。

 もうすぐ三年も一緒にいるんだ。お互いに感情を読むのが得意になってしまった。

 私がテオのことを他の誰よりも知っているって自負しているように、きっとテオも同じ分だけ私のことを知っていてくれている。


「ありがとう。大切に使うね」


「ああ。ちゃんと使えよ! その辺に飾って満足するなよ!」


「うん! 勿体ないけど、でも使ってちゃんと私の思い出に刻むよ。物は使ってなんぼ!」


 テオがいないときはこの栞と一緒にいる。そのくらいの気持ちで使おう。そう心に決めて、少しだけ沈んでいた気持ちを持ち上げた。


「ねえ、テオ。手……繋いでもいい?」


「はあ? 何だよ、いきなり」


「繋いだら、もっと元気になる気がしたから……ダメ?」


 アラサーな心でも、見た目はいたいけな幼女。少しだけ私より身長の高いテオを誘惑するように上目遣いを意識して強請れば、面白いくらいに顔を真っ赤にしてくれる。もう随分と親しい間柄になったのに、今でもテオは私相手に照れてくれる。いつもは元気でかっこいい男の子なのに、そういうところが本当に可愛い。


「し、しかたねーな」


 ふいっと視線を外しながらも差し出された手を、私は握りしめる。じんわりとお互いの熱がこもる掌はちょっとだけ暑いけど、握りしめるその感触にすごく安心した。


「お前さ、まだあの水晶反応しないんだろ?」


 そろそろテオの家に着くというところで、唐突に問われる。水晶というのは魔法の適性を教えてくれるあのことだろう。今でも毎朝手を当てているけど、光る気配はない。


「うん、まだみたい。流石にそろそろだと思うんだけど」


「ちゃんとお前が十歳になったってわかったら手紙でもいいからすぐに教えろよ! 今までお前の誕生日知らなくてずっとお祝いできなかったんだし!」


 私がテオの誕生日の時にプレゼントをあげたことをずっと気にしてくれていたようだ。今度は私の十歳の誕生日に何かプレゼントを用意してくれるつもりなのだろう。その気持ちだけで十分なんだけどなと思いつつも、それで納得するはずもないことは理解している。だから私は素直に頷いた。


「うん、楽しみにしているね!」


 その日が来るのが待ち遠しい。プレゼントをもらえることよりも、お祝いしてもらえることよりも、私も魔法を使えるようになってテオと一緒に練習できるかもしれないその未来がくることが。


 あれ、でも魔法使えない人は水晶に反応はあるんだろうか?


 今更な疑問を口に出す気はない。フィーネさんと二人きりになった時にでも聞いてみようと、これは胸の中にしまい込んだ。




 その日、枕元にひっそりと花の栞を置いて眠ったら、夢も見ないほど熟睡してしまって、初めて私はテオの朝練に間に合わずにフィーネさんに起こされるという失態を侵すことになるのだった。



 

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