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第05話 グランドシャロン(1)


「ほう、ホテル・グランドシャロンの」


 受話器を肩と首で挟みながら、俊一郎は便箋に入った豪奢なチケットを見下ろした。

 金字でこれでもかと見栄えよく仕上げられたチケットには、ロプス家の紋様が記されている。


『シャロンお嬢様からのちょっとした福利厚生というやつだな。ま、せっかくの好意だ。シルフィンさんとでも行ったらどうだ?』


 バートのニヤリ声を聞いて、俊一郎はふむとチケットを見つめる。

 なにせあのグランドシャロンだ。以前はシャロンに会いに行っただけだったのでロビー等をざっと見ただけだが、あれほど絢爛な建物は例え地球でも珍しい。


「そうだな。なかなか行けるものでもないし、ありがたく使わせてもらうとするよ」


 あのお嬢様じきじきのプレゼントだ。使わなければ使わないで失礼に当たりそうだし、興味がないと言えば嘘になる。


『そうだ。どうも今、エルダニアにアキタリアの皇女さまが来ているらしい。もしかしたら出会うこともあるだろうから、そのときはしっかりとな』

「ほう、アキタリアの。わかった、覚えておくよ」


 さすがはロプス家といったところか。海外の皇族もお泊まりになる宿泊施設。そんなところのスイートの宿泊券だ。

 お言葉に甘えさせてもらおうと、俊一郎は受話器を置いた。


「旦那さま、お紅茶が……っと、すみません。お取り込み中でしたか」

「ああ、大丈夫。構わないよ」


 ノックの音が聞こえ、メイドがティーセットを持って入ってくる。

 テーブルに紅茶の用意をしながらも、右手の宿泊券をシルフィンが覗き込んだ。


「それは?」

「ん、これか? シャロンお嬢様からのプレゼントだ。聞いて驚け、グランドシャロンのスイートルームだぞ。俺でもおいそれとは泊まれん」


 説明にシルフィンの目が丸くなる。彼女も以前の会食には同行していたので、あのホテルの絢爛さは記憶にも新しい。

 そこのスイートとなればどれほどの部屋なのだろうと、シルフィンは想像の届かない世界に思いを馳せた。


「相変わらず旦那さまの周りは世界が違いますね。……でも、グランドシャロンですか。スイートでなくとも憧れますね」


 うっとりとシルフィンがホテルを思い出す。当日は緊張で呼吸も怪しかったが、今思い返せばなんとも素敵な記憶だ。

 いつかああいう場所に泊まってみたいものだとメイドは目を細める。


「なにを言ってるんだ? 君も泊まるんだぞ。ペアチケットなんだから」

「は?」


 思わず雇い主に対して素で返してしまった。固まっているシルフィンを不思議そうに眺めながら、俊一郎はぴらぴらと宿泊券を揺らしてやる。


「早く支度したまえ。飯も豪華なはずだ、楽しみだな」

「え? え?」


 全く追いついていないシルフィンを横目に俊一郎は鼻歌混じりで旅支度を開始する。


「今度くらいは素直に味わわせて貰おうじゃないか」


 ドラゴンのステーキの味を思い出しながら、苦い経験となった以前のリベンジを俊一郎は誓うのだった。



 ◆  ◆  ◆



 二日後、久しぶりに降り立ったエルダニアの地で相変わらずシルフィンは頭上を見上げていた。

 世界で最大ともいわれる高層建築。美しい白石で造られた外観は、もはや王都のお城のようだ。


「……ここに泊まるんですよね?」

「そうだ。突っ立ってないでさっさと行くぞ」


 雇い主がずんずんと突き進んでいるのを見て、シルフィンは緊張と興奮で少し吐き気がしてきた口元を手で覆った。

 どうもこれから自分はこのホテルのスイートルームに宿泊するらしい。


 なにかの間違いではなかろうかと、シルフィンはよろよろと俊一郎の後を追う。


(なんか私浮いてる……)


 辺りを見回してシルフィンは身を縮めた。以前も思ったことだが、ここに立っていると自分に異物感しか感じない。

 勿論、主人の付き人で来ている従者の人も大勢いるのだが、なんとなく自分よりも上品な気がして見えてしまうシルフィンである。


 そうこうしていると俊一郎が帰ってきて、にこやかな笑顔にシルフィンはため息を吐いた。


「どうした? 元気がないぞ」

「いえ、ちょっと心を落ち着けておりました」


 乾いた笑いを浮かべるシルフィンに、俊一郎も苦笑する。

 そのときだ、今度は元気のよい声がロビーに響きわたった。


「はいはーい! それじゃあ、お部屋にご案内しますよー! あ、お荷物はシャンシャンがお持ちしますね!」


 ぎょっとシルフィンが目を見開いたが、お構いなくと旅行鞄を回収される。

 モフモフとした毛並みの亜人の少女にシルフィンは面食らった。


「ああ、こちら副メイド長のシャンさんだそうだ。今回の俺たちの担当コンシェルジュをしてくれるらしい」

「ふ、副メイド長!?」


 えっへんと胸を張るシャンシャンにシルフィンは絶句した。

 言っちゃ悪いが、どう見ても一流ホテルの副メイド長には見えない。


 けれどフリフリとした可愛らしいエプロンの襟には上級スタッフである証の銀のブローチが輝いていて、シルフィンはまじまじと目の前の少女を見つめる。


「ふふふ。シャンシャン、こう見えても結構偉いんですよ。ガレオン船に乗ったつもりでいてください」


 そう言いつつ、シャンシャンは意気揚々と二人を先導しだした。

 ふりふりと狼の尻尾が揺れ、一同は豪華な階段を上っていく。


 少し歩いた辺りで、シャンシャンがそういえばと振り返った。


「あの……ところで何号室でしたっけ?」


 たははと頬を掻くシャンシャンを疑いの眼差しで見つめながら、シルフィンはすっかり解けた緊張に眉を寄せるのだった。



 ◆  ◆  ◆



「すごい……」


 思わず口に出た素直な感想が部屋に溶けていった。


 天井から吊り下げられたシャンデリア。天蓋付きのベッドも、彫刻が施されたダイニングテーブルも、見たことがないくらいに素晴らしい。


「おお、これはまた。……はは、流石に俺の屋敷なんて目じゃないくらいに豪華だな」


 俊一郎も楽しそうに部屋を見回した。食器棚にはガラスのグラスの他にも備え付けの果実酒のボトルが何本か。もちろん飲んでも料金なんて取られない。


「うちのホテル自慢のスイートルームですぅ。シャンシャンは常にホテルにいますので、なにかご用立てがございましたらお声掛けくださいー」


 シャンシャンから鍵を受け取ると、俊一郎は苦笑した。鍵の持ち手には赤い宝石がはめ込まれていて、これだけでも一財産にはなりそうだ。


 どこまでも遠慮なしに豪華な部屋を見渡して、さすがの地球出身も嘆息するしかない。


「お、風呂も完備してるぞ。薪式だ」

「あっ! それでしたら私がっ! お任せくださいっ!」


 部屋を確認していた俊一郎の声に、シルフィンが右手を伸ばした。ビシッと立てられた背筋に、シャンシャンがのほほんと答える。


「お風呂でしたら、言ってくれればシャンシャンが沸かしますよー」

「いえ! 私が沸かしますっ!」


 ぐるりと振り返ったシルフィンにシャンシャンは首を傾げた。


「別にメイドさんもお客様ですから、シャンシャンが全部やりますよ?」

「い、いえ! 休暇とはいえ付き添いなので! 私が出来ることは私がします!」


 なにやら対抗意識を燃やしているシルフィンを、シャンシャンは楽しげな表情で見つめる。


「真面目なメイドさんですねぇ。シャンシャンならここぞとばかりにサボりますよ」

「少々堅物でしてね」


 こそこそと耳打ちし合う二人に顔を真っ赤にしながらも、シルフィンはメイドとしての本分は忘れてなるものかと心に誓うのだった。

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