第34話
「はぁっ、はぁっ」
息を切らせながらボクは冷たい床に座り込みました。大量の魔力を一気に放出した疲れと、そして今頃訪れた緊張で身体が震えてます。
「リリスちゃん!」
駆け寄ってくるリティ。でもボクのことよりララさんだ。
「リティ、ボクは大丈夫だからララさんを……」
「ララミス様なら大丈夫です。意識を失っているだけですから」
ボクが情けなく地面に座り込んでいる間に、パチルさんがララさんの様子をちゃんと見てくれていました。
さすが高ランク冒険者、行動が素早い。
「それとテルノースさん、ありがとうございました」
ボクは座りながらだけど、側にいた盗賊のお姉さんにお礼を言いました。でも彼女は、一言「ん」と頷いただけでした。
「それにしてもさっきのテルノースさんにエレンドさん、パチルさんの連携は凄かったですね」
「おいおい、俺は?」
ボクがそういうと、折られた剣をものすごく寂しそうに見ながらラレダさんが突っ込んできました。
確かにあれほどの魔法剣を折られたのは痛いでしょう。
「もちろんラレダさんも」
「俺がわざとあいつに油断させたからこそ、テルノースの姐さんが蹴りを入れられたんだぜ?」
「わざとって、そのためにあんな高い魔法剣を?」
そうボクが尋ねると、ラレダさんは何かに黙祷するかのように目を伏せた。
「……それは想定外だった。これでまた一年くらい稼がないと」
「Sランクの冒険者が一年稼ぐ金額ですか……」
ご愁傷様です、と心の中で思ってしまいました。
さて、次はボクの側で静かに佇んでいるテルノースさんだ。なぜここにいるか不明なんですよ。
いつの間にかここにきて、一緒にリッチと戦っているんだから。
「テルノースさん」
「何?」
「どうしてテルノースさんがここに来てくれたんですか?」
「フォックロックの鉱石、無視したから。頼んだのに……」
へっ?!
確かにテルノースさんからフォックロックの鉱石を数個頼まれましたけど。でも一ヵ月以上昔の話ですし、あのあとちゃんとエレンドさんが断ったと聞いています。
「だから追いかけてきた」
えっと、ここは二十階層のボス部屋です。
フォックロックは十三階層です。
……めっちゃ通り過ぎているじゃん!!
「……うそ」
「ちょっ?!」
あっけにとられたボクを半目で見ながら呟くテルノースさん。
い、意外とお茶目なんだな、この人。
「ほんとはリリスに会いに来た」
「わざわざ迷宮の中へ? 普通に町で会えば良いのじゃ?」
「うん、あのリッチがリリスにぞっこんらぶ、だったから」
「いやあの……何ですかそのぞっこんらぶって」
「あまりリリスをからかうでない」
と、エレンドさんが助け舟を出してくれた。
「ほんとは我が主のお眼鏡に適うか見に来た」
「我が主って、テルノースさんって誰かに仕えているんですか?」
「うん、ちょっと真祖吸血鬼に」
「はぁっ?!」
「こう見えても二世吸血鬼」
えええぇぇぇ!?
テルノースさんって吸血鬼だったの?!
しかも二世?!
どこからどう見ても人間にしか見えない。吸血鬼特有の長い鋭い牙だって見当たらないし。そうか、だからさっきリッチの重力魔法を受けてもテルノースさんだけが動けたんだ。吸血鬼は人間に比べ遥かに膂力が高い。多少身体が重くなっても動けるのだろう。
棒の上にある宮殿の時と精神の部屋みたいなところでも自由に動けそうだ。
それにしても……。
ちらとテルノースさんを見ると、何やら偉そうにふんぞり返っている。確かに二世吸血鬼なら、偉いに違いない。
普通の吸血鬼は、他の吸血鬼に血を吸われたりするとそうなるのですが、真祖吸血鬼は、人間という殻を破り自ら吸血鬼となった人です。
その力はこの迷宮の主、リッチロードとほぼ同等。そして真祖に近い血ほど吸血鬼は強い。つまり二世と言う事は、真祖から直々に吸血鬼化されたという事です。
吸血鬼はプライドの高い人が多く、滅多な事では吸血鬼にしないそうで、その親玉たる真祖だとプライドなんて雲の上くらい高いでしょう。
そんな人から吸血鬼化を受けたくらいだから、テルノースさんって相当優秀なのか、もしくは真祖と関係者か、その辺りなんでしょう。
「エレンドさん、テルノースさんが吸血鬼って知ってたんですか?」
「うむ、もちろんじゃよ」
「気がつかなかったんだ、リリスの嬢ちゃん」
「ラレダさんも知ってたんですか?! リティは?」
「私は、ほら獣人だし。匂いが他の人と違ったからね」
「リティも……。じゃあボクだけ気がつかなかったんだ。で、でもほら、牙が見えないし!」
「真祖に近い血であれば小さくすることも可」
ほら、とテルノースさんが口を開けると、そこには小さな可愛らしくも鋭い牙がちょこんとあった。
なんか吸血鬼というより、ピラニアみたい。
いや、あんなに全部がぎざぎざじゃないけど。
それより、さっきテルノースさんは変な事を言っていた。我が主のお眼鏡に適うか見に来た、と。
それって、真祖がボクの事を気にかけている、って事だよね。
「ところでテルノースさん、さっき我が主のお眼鏡に適うとか言ってましたよね」
「うん」
「それって、まさかボクを吸血鬼化にするために?」
「違うけど、結果は同じ」
「んー、どういうことですか?」
「詳しくは我が主に聞いて」
まさかのまる投げっ!?
「でも主ってどこにいるんです?」
「魔大陸」
「とおいっ?!」
魔大陸はここと海を挟んだ向こう側にある大陸。そして強力な魔物たちが犇く恐怖の場所で、さっき倒したファイヤドレイクがあちらの大陸ではエサの対象となるくらい。
そんな場所
「それでボクを連れて行くの?」
「面倒。勝手に行って」
「行けないよっ?!」
「心配しなくても、近々こちらに来る予定」
「そのときに会いに行けと?」
でも相手真祖だよ? 怖いよ? それにどうしてボクが会わなきゃいけないの? 拒否権無いの?
と疑問が次々と浮かび上がります。
でも真祖吸血鬼だし、断ったら怖いよね……。
「もし断ったら?」
「きっとリリスの背後に現れる」
「それなんて幽霊っ?! でもやっぱり拒否権は無いんですね」
「諦めて」
「はぁ……わかりました。リティも連れて行っていいですか?」
「ん。銀狐族は珍しいし、良い」
「ええっ? 私も巻き添え?! でもリリスちゃん一人じゃ心細いだろうし、いいけど」
やっぱりリティは良い子だ。思わず抱きしめたくなる。
「ちなみに、その真祖吸血鬼の名前って何て言うんですか?」
ボクがそう尋ねると、テルノースさんは一度姿を正しました。
「序列三位、真祖吸血鬼ファムリード様。じゃあまた、近々会いに行く」
そういうが早いか、テルノースさんはあっという間に視界から消えていった。
ぽつんと取り残されたボク。
「ふむ、リリスよ。またやっかいなのに目を付けられたな」
「リッチの次は真祖吸血鬼って、ボクの人生って波乱万丈すぎない?」
こうして取り合えず、リッチの騒動は終わりました。
まあゾンビにさせられて、単なる人形扱いよりかは吸血鬼化のほうが遥かにマシだけどさ……。




