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魔女リリスは男に戻りたい  作者: 夕凪真潮
第二章 撃ち砕け火の門番
32/35

第31話


「さて、いよいよじゃな」

「ど、どきどきしますぅ。心臓発作を起こしそうなので帰っていいですかぁ?」

「却下じゃ」

「ひぃ~」


 十階層のボス部屋より遥かに大きな扉がボクたちの目の前に立ちふさがっていました。 無骨で頑丈そうな赤い扉です。

 その先頭にエレンドさん、ララさんが並んでいつものような会話を繰り広げていたりします。


「はいはい、お前ら準備はいいのか?」


 そこへ手をぱんぱんと叩きながらラレダさんが割って入ってきました。

 若干呆れ顔ですが……。


「しっかし余裕だなお前ら。エレンドのおっさんが居るからって、気合入れなきゃブレスで全滅なんて事もあるぞ」


 そう……とうとうボクたちは二十階層のボス、Aランクの魔物ファイヤドレイクへ挑戦する日がやってきました。

 ファイヤドレイク。

 竜の眷属では一番下位種とされていますが、全長十メートルから繰り出される鋭い爪、そして猛毒を持つ尻尾、更には炎のブレスを吐く強敵です。


「まあまあラレダ様。リラックスするのも良いことですよ」

「リラックスしすぎだっちゅーの。まあいい、作戦は覚えているか?」

「もちろんです」


 ラレダさんの問いかけに頷くボクたち。

 作戦は単純。

 十階のボスと同じくエレンドさんが先にファイヤドレイクと対峙、その間に取り巻きのマッドサラマンダーをララさんとリティ、ボクで出来る限り速攻で殲滅させる。

 次にみんなでボスをたこ殴り。正確にはボクの呪文を唱える間、三人で時間を稼ぐ。

 本当にこの程度が作戦と呼べるものかわからないけど。


「まーいざとなりゃ、俺とパチルの二人でファイヤドレイクなど軽く倒せるが、そんなハメに陥らないようにな」

「特にこのパーティは回復役のエレンド様が前衛を勤めております。なるべく敵の攻撃に当たらないよう注意してくださいませ」

「分かっておる」

「攻撃に当たらないよう隅で震えてていいですか?」

「ララさんはおとりだからダメです」

「おとりっ?! 先立つ不幸をお許しください、お父様、お母様、お爺様、曾お爺様、曾々お爺様、曾々々お爺様、曾々々々お爺様、曾々々々々お爺様……」

「多いよっ!」

「もっとたくさん居ますぅぅ! まだ親戚の方も言ってません~~」


 あー、まあハイエルフですしね。

 それにしても子沢山なんだ、ハイエルフって。


「それくらいにして、そろそろ行くぞ」

「はーい」「はいっ!」「まだお祈りの途中ですぅ」


 ララさんの首をエレンドさんがいつものようにむんずと掴んで、ボス部屋のドアを開け中へ放り込みました。


「うっきゃぁぁぁぁぁぁぁ?!」


 確かエレンドさんが先に入るんじゃなかったっけ?

 まあ作戦通りにいくとは限らないのがこの世の常ですし、誤差の範囲でしょう。


「エレンドさん、魔法かけますね。氷の盾アイスシールド


 エレンドさんの持っている巨大な盾が、白く淡い光を放ち始めました。


「さて、行くかの」


 魔法のかかった盾を前に突き出して、エレンドさんが「うぉぉぉぉ!!」という咆哮をあげつつ部屋へと入っていきました。

 ボクはリティへ目で合図した後、杖を握り締め一緒に部屋へと入りました。

 そしてボクの視界に入ってきたものは、灼熱の世界でした。


 真っ赤に燃え上がりあちこちから煙を噴出している小さな山がいくつもあり、そこから熱風が吹き荒れています。

 通路はむしろ寒いくらいの気温なのに、この部屋は汗が止まらないほど熱い。というより、本当にここ部屋の中?

 その部屋の奥に見える羽の生えた赤い色の巨大な生物。そこへ突っ込んでいくエレンドさんの姿が見えました。

 よし、エレンドさんは予定通り一人でファイヤドレイクの前へ行っています。


 そして予想通りマッドサラマンダー四体に追いかけられているララさん。

 よくファイヤドレイクから取り巻きだけを剥がして、逃げ回ること出来たなぁ。


「リ、リリスさぁぁぁん! たぁぁすぅぅぅけぇぇぇてぇぇぇぇぇぇ!!」

「ララさんはそのまま逃げていてください。リティ!」

「うん!」


 パシュ、という音と共にリティの構えた弓から魔法の矢が飛び出し、一匹のマッドサラマンダーの身体に命中しました。

 突如の攻撃に警戒したマッドサラマンダーたち。そしてすぐさまこちらを向き、二匹が走りよってきました。

 その二匹を誘導するようにリティがララさんとは反対側へと走っていきます。


 その隙にボクは扉から部屋の中央へと移動し、杖を前に突き出し呪文詠唱を始めました。


<凍える魂、戒めの蔦、霜夜の大地>


 ララさんとリティがボクを中心とした円状に回りながら走っていきます。その二人を追いかけるマッドサラマンダー。

 一匹がボクの姿に気が付いたのかこちらへ向けて口を開けようとした時、リティの矢がその一匹へ撃ち放ちます。

 思わぬ攻撃に身をよじりながら、再びリティに向かって怒ったように走っていくマッドサラマンダー。

 あれってヘイト管理って言うんだろうね。


<零度の伝播となりて我が敵を封じよ凍らせよ、伝えよ凍土の戒め>


「リティ、ララさん、こっち!」

「はいっ!」

「リリスさぁぁぁん!!」

「だあぁぁぁ! 抱きつくなっ! 呪文の邪魔っ!! 一緒に凍らせるよ?!」

「リリスちゃん早く!」


 二匹ずつが東西から襲い掛かってきていました。

 言い合っている暇はないようです。


<氷のフローズンバインド!>


 ボクが突き出した杖を、とんっと地面に降ろしました。

 途端、杖の先端から氷の蔦が地面を這いまわり、マッドサラマンダーへ向かっていきます。

 その蔦に足を絡め取られたマッドサラマンダーが瞬時に凍りつきました。


「おー、リリスの嬢ちゃん、すげーな」

「はい、さすがリリス様の魔術ですね」


 部屋の入り口にいるラレダさんとパティさんがなにやら話しているけど、ゆっくり聞いている暇はありません。


「はやくエレンドさんのバックアップを!」

「はーい、いくよララちゃん」

「あううぅぅ、あれ大きいですぅぅぅ」

「はよ行けやっ!」


 ララさんを蹴飛ばしてから、ボクは呪文を再び唱え始めました。


<凍える魂、凍れる雹、凍てつく風>


 唱えるはボクが使えるほぼ最上級の魔術。

 突き出した杖の前に渦巻いていく風。

 渦の中に煌く氷が輝き、周囲の気温を下げていきます。


 エレンドさんが必死でファイヤドレイクを押さえて居ます。十メートルに達する巨体の一撃を盾で上手く逸らしいなしています。

 それは裏を返すと、まともにぶつかってはいくらエレンドさん、ドワーフとはいえ持ちこたえられない。

 絶対的な体格差。Aランクの魔物ファイヤドレイク。でも、これですら竜族の中では最下級の魔物。

 純粋な竜族はこれより遥かに強いのです。

 いったいどのくらい強くなれば、最下層までたどり着けるのか、気が遠くなります。


 ララさんの細剣がファイヤドレイクの爪を断ち切り、リティの弓が右目を潰しました。

 激しく暴れるファイヤドレイク。

 苦し紛れにブレスを吐くものの、エレンドさんの盾がそれを防ぎます。


<生み出せ冷気の積乱雲>


 ファイヤドレイクの身長と変わらない大きさの渦が、凄まじい音を立てています。

 さっきまで汗をかくほどの気温だったのに、今は吐く息が白い。


 ブレスを防ぎきったエレンドさんが、半分溶けきった盾を投げ捨てハルバードを両手で持ち、ファイヤドレイクの前足へと勢い良く振り下ろします。

 血しぶきと魔物の悲鳴が部屋を舞いました。


<氷の刃よ嵐となりて切り裂け、吹き荒れよ凍れる嵐>


 そして呪文が完成しました。


「みんな避けて!」


 ボクが叫ぶと、転ぶように逃げるエレンドさん。なんかトラウマになっているようです、ほんとごめん。

 リティは元々遠距離だし、ララさんはいつの間にかボクの横に立っていました。


 って、ええ?! 逃げ足はやっ!


「さあリリスさんやっちゃえぇぇぇぇぇ!」

氷の嵐アイスストーム!!>


 ララさんの掛け声と共に渦巻く氷の嵐がまっすぐファイヤドレイクへと突き進み、そして魔物の巨体をずたずたに切り裂きながら、そのまま部屋の奥へと消えて行きました。


 そのまま暫くファイヤドレイクの身体を見ていたけど、もうピクリとも動きません。


「終わったかな?」


 そして隣に立っているララさんの方を振り向くと……。


「お見事ですな、リリス嬢」


 そこにはローブを纏った骨だけの魔物、リッチが静かにたたずんでいました。




あと2話くらいで第二章終わりです

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