第29話
「次、きますっ!」
「は、はいっ!」
ここは迷宮の十七階層。
Bランクの魔物が犇く中級冒険者達が戦う階層です。
そんな中、短い杖に小さな盾を持っている、白と青のツートンカラーのローブを纏った十代後半の女性神官が、鋭い声を発しました。
彼女の声とともに、ボクたちの前に火をまとった大きなトカゲ、体長二メートルはあるマッドサラマンダー五体が現れました。
こいつは口から炎の弾を吐き出す強敵です。
また振り回した尻尾の攻撃をまともに喰らえば、人間なんて簡単に吹き飛ばされるほど尾の力も強く、そして近づくだけで纏っている火の熱で火傷を負うこともあります。
すぐさまエレンドさんが足止めをしに行くものの、二体がすり抜けてこっちへと向かってきます。
ボクは両手で杖を構え、呪文の詠唱に入りました。
<凍える魂、氷雪の狼、凍てつく風>
しかしボクの詠唱が終わるよりも、二体がボクの前に着く方がどう見ても速い。
このままだと二体は楽にボクの前まで来て、大きな口を開けて炎の弾を吐き出すでしょう。
しかしその二体の魔物たちの前に立ちふさがったのは、ミスリルの細剣を構えたララさん。
警戒したマッドサラマンダーたちは、その場に止まって彼女に対して互いに大きく口を開けました。
その開いた口から真っ赤に燃え盛る炎の弾を矢継ぎ早に飛ばすものの、ララさんは床や壁を蹴って華麗に避けていきます。
しかしララさんもまた、炎の弾を飛ばしまくるマッドサラマンダー相手に、中々近づけないでいます。
一種の硬直状態に陥ったとき、ドスッ、という音と共に一匹のマッドサラマンダーの首筋に魔法の矢が突き刺さりました。
リティがボクの隣で得意そうな顔をしているのが、雰囲気で分かりました。
が、そのマッドサラマンダーは一瞬身を強張らせたものの、お返しとばかりにこちらへ向かって大きく口を開けてきます。
まずいっ!
魔闘氣のおかげで、あの弾の直撃を喰らっても大丈夫だけどボクはまだ詠唱途中だ。
何らかの攻撃を喰らうと精神集中がどうしても途切れて、また最初から詠唱し直す必要がある。
……仕方ない、もう一回詠唱しますか。
そう覚悟を決めたとき、矢の刺さったマッドサラマンダーに一筋の線が走り、口を開けたまま縦に両断され、血を噴出しながら倒れこみました。
ララさんの攻撃だ!
<吹き荒れよ氷の吐息>
そしてようやくボクの詠唱が終わる。
ボクの目の前に大きな魔方陣が生まれ輝きだす。
「エレンドさん!」
今だ前で三体のマッドサラマンダーを相手に、巧みに盾とハルバードを使い牽制しているエレンドさんに声をかけました。
ボクの声を聞いた瞬間、彼は大きくハルバードを横に振るいます。が、警戒していたマッドサラマンダー三体は後ろへと下がり、エレンドさんのハルバードを避けました。
しかしそれを狙っていたエレンドさんは、一目散にボクの方向へと走ってきます。
「リティ」
「はーい」
ボクの合図でリティは追いかけてこようとしていたマッドサラマンダー三体に、続けざまに魔法の矢を放ちました。
大きく失速するマッドサラマンダー三体。
ララさんはエレンドさんが走ってきているのを見て、彼女の前にいる一体を自分に集中させるように翻弄し始めました。
口をあけて炎の弾を打ち出すも、ララさんの細剣が飛んで来る弾を次々と断ち切っていきます。
その隙にエレンドさんが、ララさんの横をすり抜けて行きました。
「リリスさぁぁぁん! 早くやっちゃってくださいぃぃぃ!」
とても戦いの真っ最中とは思えない、間延びしたララさんの声。
思わず気が抜けそうになる自分を叱咤して、生み出した魔方陣をララさんの前へと展開させました。
これで終わりっ!
<!氷の雨>
魔方陣から大量の氷の弾が次々と撃ち出され、残ったマッドサラマンダー四体はなす術も無く身体中に穴を開け、その巨体を通路へと沈めました。
「このパーティで一番火力のあるリリスの嬢ちゃんの魔術を完成させる間、残った面子で時間稼ぎする。結果的には倒せたが、やはり時間がかかりすぎてるな~」
そう総評しているのは、Sランクの剣士であるラレダさん。
二十代前半の、ギルドマスターが言うところの若手です。
「やはり火力不足でしょうか? もう一人、ララミス様の隣に立てる前衛か中衛が必要かと思いますわ」
そして続けて総評したのは、S-ランクの神官であるパチルさん。
かなり綺麗な人でしかも高ランクの神官、いわゆる癒し系の人であり、冒険者ギルドでも熱烈なファンを多く持つ有名な人です。
ちなみにボクより三歳年上の十八歳。十代でSランクまで上り詰めたのは、過去を見てもそうそう例がないほどの才女だそうで。
この二人がギルドマスターから付けられたSランクの二名になります。
一月で二十階層を突破しろ、なんていうギルドからの無茶な命令を受けて、ここ半月ばかり彼らと一緒に、この十七階層へ潜って特訓をしていたりします。
十七階層といえば、Bランクが適正と言われているんだよ?
こちとら、先日ようやくD-に上がったばかりの初級冒険者だというのに、無茶振りにも程があるよ。
「しかしマスターからは四人でって言われているからなぁ。いくらエレンドのおっさんが居るとはいえ、ちっとばかし厳しいんじゃねーの?」
「リリス様の魔法は確かに強力なものばかりですが、その分少々時間がかかるのは欠点かと……。せっかく氷系の魔法をお使いになられているのですから、速い詠唱の可能な小技、足止めや牽制する魔法も使ってみてはいかがでしょうか?」
「あうっ、実はボク、その辺の魔法は覚えていないんですよ」
「あら、そうでしたの? それは是非覚えるべきですわ」
うちの家系は、とにかく魔法使いは砲台、と考える人ばかりだったし。
ボクもそっちの方が性に合ってるんだけどさ。
ちんたら攻撃するより、スカっと大技一発で敵を殲滅!
「だなぁ。牽制はリティちゃんの役目だが、今回のように敵の数が多いとリリスの嬢ちゃんもやらないと、エレンドのおっさんが過労死してしまうぜ」
「ラレダよ、暫く見ぬうちに大きな口を叩くようになったの」
「そりゃあれからSまであがったからな。それにしてもおっさん、いつまでC+に留まっているんだよ、もったいねぇ」
エレンドさんは昔から、初心者を何人も面倒を見て育てていたらしい。
この二人も昔、エレンドさんと一緒にここへ潜っていたそうで。
更に育てた初心者たちが二十階層より下へ行けるようになると、彼はそのパーティから離れ、またソロに戻っているみたい。
このため、エレンドさん自身のランクは未だにC+ランクのまま。
ラレダさんやパチルさんと一緒に、更に下層まで潜っていれば今頃Sランクに到達していても不思議じゃないのに。
エレンドさんに聞いても、趣味じゃ、の一言だけで詳しくは教えてくれなかったけど、いつか教えてもらおう。
「まー、今のままでもおっさんが頑張ってファイヤドレイクを抑えりゃ、何とか二十階層は突破できんじゃねーか?」
「取り巻きのマッドサラマンダーはいかが致しますか? 三体から五体ほどいると思いますが」
「そこはララちゃんとリティちゃんが頑張る。どっちも動きが速いから、狭い通路じゃなくて広いボス部屋なら牽制は十分できるだろ」
そしてラレダさんは最後に締めた。
「ともあれ、残された期間はあと半月だ。マッドサラマンダーとの戦いに慣れるまで、もう暫くここの階層で特訓だな」
まだまだこの階層で頑張る必要がありそうです。




