第28話
「……という訳じゃ」
「リッチか。それはやっかいだな」
ここはギルドの最上階にある、ギルドマスターの私室です。
その部屋にはギルドマスターであるライラスさんと、ボクたち四人が会話をしていました。
いえ、実際会話しているのはエレンドさんとボクだけですが。
リティはいつものように静かに黙ったままだし、ララさんは難しい話しが苦手なのか、ボクの肩にもたれかかってすやすやと寝ています。
こいつ頭叩いてやろうか?
それは置いとくとして、議題はもちろん先ほど会ったリッチです。
エレンドさんが代表して事の顛末を報告しましたが、ライラスさんは見る見ると深刻な表情へと変わっていきます。
「お嬢さん、あなたはそのリッチに昔会った事があると?」
「はい、もうボクの事は知っているかと思いますが、ボクはレミルバ公国の大公家、ラスティーナの四女になります。そのリッチは元死霊術師で、三年前、ボクの国を襲ってきた張本人です」
「氷の魔女、と異名を取る大公家はもちろん知っている。そして三年前、アンデッドの大軍に襲われた時、氷の魔女がその大軍を撃破したことも話には聞いていた。その当人があなた、と言う事は今日初めて知ったがな」
しかしリッチか、と呟くライラスさん。
リッチは確かに高ランクの魔物ですけど、そこまで強いのかな?
「リッチってそんなに強いんですか?」
そんなボクの質問に、エレンドさんが何を今更、と言いたげな表情をしました。
今だE+ランクのボクに何を求めているの?!
「……生前の強さによるのじゃよ、リッチは。何も知らぬ普通の人が偶然リッチになった場合でも、Bランクくらいはあるのじゃ。もし元々高ランクの魔術士であれば、Sランク、あるいはSランクオーバーもありうるのじゃ」
「Sランクオーバー……」
そうか、元々Sランクくらいの冒険者がリッチになれば、それはSランクオーバーになっても不思議じゃないよね。
そしてあの死霊術師。生きているうちでも、あれだけの数のアンデッドを生み出すほど、魔術に長けていた。
となると、かなり高ランクになっていても不思議じゃないよね。
「で、エレンドの見るところ、そのリッチはどの程度だ?」
「あやつは、わしらを一瞬で見たこともない洞窟へと移動させたのじゃよ。一応壁を触ったが、本物のようじゃった。もしかするとレベルの高い幻影魔術かも知れんが、おそらく空間魔術じゃろうて」
「空間魔術だと?! となれば、Sランクオーバーか」
空間魔術は一瞬で周りの空間を歪ませ、別のところに転移させる高難易度の魔術です。
さらに、自分で空間を作り上げることすらできます。
ここの迷宮の三十階以降は、まるで迷宮の中ではないような階層になっているらしいけど、それもこの空間魔術を応用して作られている、とされています。
「しかも若い冒険者らをゾンビに仕立ておった。そいつらの名前は分かるかの?」
「ああ、それについては今確認を取っている。入ってすぐそのリッチと遭遇したのだろう? なら入場名簿から辿ればすぐ分かるはずだ」
「ならばそれはそれとして、ライラスよ。これからどうする?」
「本当であれば、Sランクの奴らに召集をかけて討伐隊を派遣するのがいいのだが……Sランクオーバー相手だと、厳しいな」
Sランクオーバーだと、Sランクの冒険者でもきついのですか。
どれほど強いのか、想像も付きません。
確かにボクの全力の魔法を喰らっても普通に動いていたし、その後重力魔法を使われて手も足も出ませんでした。
もしあのリッチがボクたちを殺す気だったら、今頃ボクたちはあの冒険者と同じゾンビになっていた。
今更ながらに背筋がぞっとしてきました。
「……Sランクの冒険者でも難しいのですか?」
ボクのそんな問いかけに、ライラスさんは深刻な表情を崩さず「厳しい」の一言だけ答えてくれました。
「サリアルやレキッド、グルーノたちはどうなのじゃ?」
「昨年引退した」
「なんと。いやそうか、もう十年以上経っておるしの」
「人の人生はドワーフやエルフに比べれば短い。仕方ないさ」
「その代わり、長命種族と違って人は輝く者が多い」
エレンドさんとライラスさんが、渋い親父の会話をしているよ。
年季の入った冒険者ってみんなこんな感じなのでしょうか?
「若手はどうじゃ?」
「いることはいるが、経験不足は否めない」
「ふむ。今のその若手で、到達階層はどの程度じゃ?」
「五十階層だ、今はそこで止めている」
「S+の魔物も厳しいと見ておるのか。ならばSオーバー相手じゃと、ちと無理じゃな」
五十階層のボスが、以前パーティ会場で食べたお肉の元となったヒドラです。
そのヒドラがSランクの魔物で、それより下の階層になるとS+ランクになります。
つまり、今ギルドに属している最高ランクの冒険者たちですら、S+ランク相手だと危険と判断されている。
それよりも更に強いリッチじゃ、厳しいどころか相手にならないんじゃ?
「ああ、どうするべきか。リッチ相手では、下手をすると送り込んだSランクがそのままゾンビにされて、向こうの戦力になるしな」
本当にやっかいな相手です。
そいつがいる場所が分かるのなら、数を集めて一斉に襲撃すればいいのですけど。
「そのリッチがいると推測できる場所はどこかあるのですか?」
「相手としても、あまり冒険者たちにうろうろされる階層では、邪魔だろう。ただそいつは空間魔法の使い手だろう? 自分でどこかの空間に閉じこもっている可能性もある。正直どこにいるのかすら、見当も付かないな」
「難しいな」
「では、今後ボクたちはどうすればいいのか分かります?」
「出来ればお嬢さんは、もう迷宮に潜らずにどこか安全な場所で暮らす事を勧めるが」
「それは困ります」
ボクの目的はリッチロードに会う事。
それを諦めるなんて、出来るわけがない。
「理由は?」
「迷宮の最下層へと到達することです。それ以上は言えません」
「今だ最下層を目指す冒険者がいるとはな。なるほど、あの神撃のエレンドが付くわけだ」
し、神撃?!
エレンドさん、そんな二つ名がついてたんだ。
「ライラス、余計な事は言うんじゃない」
「何だ、言ってなかったのか。こいつがC+ランクの冒険者などと、昔の仲間が聞いたらさぞかし驚くだろう」
エレンドさんは、確か十五年冒険者をやっています。
そして、ギルドマスターのライラスさんと、執事のハリスビーグさんと一緒にパーティを組んでいた。
今朝会ったあの盗賊風の人、テルノースさんもおそらく同じパーティでしょうし、それ以外にも魔法を使う人だっているでしょう。
そしてライラスさんは元Aランクの冒険者と聞いています。でも、同じパーティだったエレンドさんが何故未だにC+ランクなの?
そのうち絶対エレンドさんから聞きたいところですよね。
「もう過ぎたことじゃ」
「まあいい。それよりも、これからも迷宮に潜るのなら、もう一人前衛を入れるべきだ。欲を言えば更に専門の回復役も入れたほうが、良いだろう」
魔法剣士のララさんが入ったことによって、随分と戦いが楽になったけど、迷宮は五人~六人が適切な人数とされています。
前衛がララさん、中衛がエレンドさんとリティ、そしてボクが後衛。
ライラスさんの言うとおり、ララさんと並んでもう一人攻撃型の前衛と、そしてボクの横に回復魔法を使える人が居れば随分と楽になるのは確かです。
「でもボクたちの目標は最下層です。そんな危険な事に一緒についてきてくれる人なんているんでしょうか」
「普通に探せばいないな」
「やっぱり……」
「エレンド、このお嬢さんたちは使えるか?」
何かを思いついたようにライラスさんが顔をあげ、エレンドさんに質問を投げつけました。
エレンドさんはその質問を想定していたのか、即座に「うむ」と頷きます。
「まだ経験不足じゃが、リリスもリティも鍛えればSどころかオーバーすら夢ではないの。ララミスも普段はこの通りじゃが、戦闘ではまだまだ伸び代はある」
「ちょっ?! エレンドさん、そんな事言っていいの?!」
さすがに自分がそこまで強くなれるなんて思わない。
でもエレンドさんは珍しく語気を強めた。
「リリスよ、お前さんの目標は最下層じゃろ? S程度では到底最下層なんぞ無理じゃ。最低でもオーバーを目指さねばなるまいて」
「そりゃそうですけど……でもそこまで大言壮語を吐かなくても」
「大言壮語ではない、とわしは思っておるがの」
「エレンドがそう言うのなら、間違いはあるまい」
「ギルドマスターまで?! そこまで買いかぶられると、落ち着かないんですけど」
ボクの反論を無視するように、ライラスさんはいきなり立ち上がり、指先をボクに向けてきました。
「あのリッチはお嬢さんを狙っていると聞いた。しかも魔法をも使えるゾンビを作るような研究をすると。そんな研究など簡単に出来ることではない。数年はかかるだろう」
そこで一呼吸置いた後「その間にお嬢さんを鍛える」と、真剣な眼差しで言ってきました。
「……鍛える?」
「Sランクの冒険者を二名付ける。彼らに学び一月で二十階層を突破しろ。これは冒険者ギルドからの命令だ、拒否権はない」
ギルドマスターであるライラスさんは、そう厳かにボクに向かって宣言しました。




