第21話
「ではリリスさん、手を挙げてください~」
「こうかな?」
朝食をとった後、早速部屋で魔闘氣の練習を始めました。
魔法を使うわけじゃないし、室内でも問題ないよね。
「では魔法を使うように手に魔力だけを集めてみてください!」
「う、うーん。こうかな」
少しずつ魔力を手に集めようとしますが、どうも動きが鈍い。
全魔力を操るのならともかく、一部だけを操作するのはとても難しい。
「魔力の動きが渋いですぅ。ぎこちない感じがするのです」
魔法を使う時、呪文詠唱という魔法の設計書を言葉で紡いで、設計書通りに魔法を行使させるために魔力というガソリンを使います。
細かく言えば、魔法の属性、魔法を出現させる場所、範囲や形状、最後に効果という流れを呪文詠唱であらわします。
そして、属性を詠唱して魔力を注入、範囲を詠唱して魔力の注入、という形で各プロセス単位に魔力を少しずつ使っていき、最後の呪文完成と同時に大量の魔力を注ぎ込んで魔法を発動させます。
また、魔力を多く注ぎ込むことで魔法威力をあげたりもできますし、もっと言えば練った魔力を注ぐ事でも威力をあげることができます。
レギュラーガソリンではなく、オクタン価の高いハイオクガソリンを使う感じ。
そして魔力は杖を経由させると、より練りやすくなります。
また最後の魔法発動時だけでなく、詠唱途中の魔力もそれ相応の量を注がないと、設計図が耐えられなくなり、結果魔法の失敗になります。
さて、ボクはいつも魔法を使う場合、全身に全魔力を循環させてから、魔法に必要な分の魔力のみを使っています。
つまり細かい操作が苦手なのです。
「難しい……」
「リリスちゃん、詠唱をちょっとだけやってみたら?」
横で観戦していたリティがアドバイスをくれた。
呪文詠唱するときはもう少しだけ細かい操作するから、もしかするとそっちのほうがやりやすいかも。
「う、うん。やってみる」
「でも本当に使っちゃだめだからね?」
「それくらい分かってるよ!」
そして目を塞いでいつものように呪文詠唱を始める。
杖は持っていないけど、普段どおり普段どおり……。
全魔力を体内に循環させ、徐々に練っていきます。
最初はゆっくり、そして段々循環させる速度を上げて、より高密度に魔力を練り上げ……。
<凍える魂>
循環させている魔力の一部を、発した呪文詠唱へと乗せます。
<凍れる槍>
続けて第二ワードの呪文を詠唱。
詠唱しながら練り上げた魔力を乗せていく。
徐々にトランス状態になっていき、無意識的に、そして勝手に口が詠唱を紡ぎます。
<凍てつく風、氷に秘めし射抜く槍>
呪文詠唱が終わり、最後に発動の魔法名を唱えれば完成。
そして循環させた高密度の魔力を手の先へと集め……。
<氷の……むぐっ?!>
「すとーーーぷ! すとっぷ!!」
リティが慌ててボクの口を塞いできました。
うわ、本当に魔法を使いそうになってたよ?!
「今の氷の槍だよね?! そんなの室内で使ったら壁に大穴あけちゃうよ!」
「……ごめん、つい」
「リリスさん、魔力は練る必要ないから、そのまま手に集めてくださいっ。練った魔力を使うのは熟練者がやることですぅ」
「うっ……」
再びチャレンジ!
でも……。
「わわ~~?! そ、そんなに魔力集めないでっ?! 多すぎるですぅ」
「一点に集中させすぎですぅ! 光線を出す気ですかぁぁぁぁ!」
「ああぁぁぁぁぁ、身体中から大量の魔力が溢れていますぅ!? そんなに洩らさないでぇぇ!」
「うきゃぁぁぁ、うねうねした魔力が身体中に絡まってくるぅ! ひっ、あ、あぁんっ、そっ、そこだめですぅぅ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「つ、つかれましたです……」
「な、なんでこんなに難しいの?」
「リリスさんって、意外と不器用ですぅ」
「リリスちゃんって運痴だしね」
「魔法に運動神経関係ないよっ?!」
でも何で手に魔力を集められないんだろう。
魔力を循環させるのは楽にできるのに……。
魔法を使うのにも本当に運動神経が関係するのかな。
「こ、こう軽い感じで手に魔力を集めるだけですよぉ」
ララさんが軽く突き出した手のひらを上に向けると、薄っすらと淡く光る魔力が徐々に集まっていきます。
それを握り締めると、集まった魔力が一気に身体中を薄く張り巡らし、不可視の盾となりました。
見ている分には非常に簡単そうだ。
意識しすぎなのかなぁ。
愛用の杖を手に持ち、それに全魔力を通して循環させます。
杖を経由した魔力が体内に戻ってくる。魔法を覚える時にみっちり練習した魔力の循環方法だ。
でも一箇所に集めるという行為が難しいな。
「あれ?」
ボクが持った杖を見たララさんが、少しだけ首を傾げました。
「はい、どうしました?」
「今、杖へと魔力を通しましたよね」
「杖を使って魔力を循環させるのは楽に出来るんだけどね。集めるのがどうしても……」
しかもそうして循環させた全魔力を、少しずつ呪文へ乗せるだけなので、貯めるなんてことしないし。
「もしかして魔力を循環させるとき、全ての魔力を動かしています?」
「うん、そうだけど?」
ボクの魔力量はプール並だ。
最初はバケツ一杯分くらいだけ循環させようと頑張ったけど、どうしても量が多くてうまく循環できなかった。
まるでボールを泥の中で動かそうとしているかのように。
そしてボクは閃いたのです。
なら全部動かせばいいんじゃね?
そしてイメージしたのが流れるプールだ。
少ししか使わないのに、全部の魔力を循環させるのは非常にもったいないけど、ボクにはこれが一番似合っていた。
並の杖だと魔力を通した途端に割れるのが欠点だったけどね。
「細かいことが苦手だから、大雑把にやってる感じだよね」
「うるさい!」
「なるほどです! ではリリスさん、魔力を循環させながらそのまま薄く表面に出せます?」
「出来ると思う」
いつものように、魔力を循環させ徐々にスピードを上げていく。
呪文詠唱は口から言葉を発する。当たり前だけど。
そして口の近くに薄いヘラのようなものをイメージして、循環させている魔力の表面を撫でるように当てると、自然とヘラを伝って少量の魔力が口から出て行きます。
それを、全身に薄い大きなヘラをイメージさせてやれば。
そのイメージ通りに操作すると、全身から練った魔力が浮き出てきました。
「そうそう、その調子ですぅ! あとは魔力の質を変えるのですっ!」
魔力の質? イメージしやすいのはやっぱり氷かな。
じゃあ魔力の温度を下げるようにして……。
その一瞬、ボクの身体が薄い氷に覆われました。
「あああぁぁぁ、リリスさんが凍ったぁぁぁぁ?!」
「リ、リリスちゃん!!」
どうやらまだまだ練習は必要みたいです。




