第20話
「リリスさぁぁぁぁぁん!!」
「うっきゃぁぁぁぁぁぁ?!」
迷宮から戻った翌日、ボクはベッドの中で深い眠りについていると、突如上から叫びながら勢い良く誰かがダイブしてきました。
一気に目が覚めたボクの視界に映しだされた光景は、布団が引き剥がされ、ボクの胸に頬ずりしてきやがる緑の髪をしたハイエルフの女性でした。
隣で寝ていたリティも突然の出来事に呆然としている様子。
そんなボクたちを無視して、ハイエルフの女性、ララさんはあろうことかボクの胸を鷲づかみにしてきやがりました。
「ふぁっ!?」
「やっぱりリリスさんの胸は揉み心地いいですねっ! あたしの目に狂いは無かったですぅぅぅ!」
「うわー……」
横でリティが凝視しています。
っていうか、タダで人の揉むな。
「やめんかこの変態っ!!」
「ぐふっ?!」
ボクの膝蹴りがララさんの横っ腹を見事クリーンヒット。
そのままベッドから転げ落ち、のた打ち回る彼女。
ボディブローは効くだろ?
「酷いわリリスさんっ」
「酷いのはそっちだよ?! 朝っぱらから、なぜ人の胸を揉むんですかっ!」
「そこに大きな胸があるからですぅ」
「リリスちゃんの、大きいからねー」
ボクは揉まれるより揉むほうが断然好きだ。
「で、朝から一体何の用事ですか?」
「あの、リリスさんって魔力量多いですよね」
「え? うん」
ボクの魔力量は普通の人より遥かに大きい。
普通の人の魔力量をお風呂サイズとすると、ボクは五十メートルの競泳用プールくらいあります。
このためか、生まれてこの方、魔力切れになったことは一度も……一度だけしかありません。
ハイエルフのララさんも尋常じゃないくらい魔力量は大きいですけど、それでもボクの半分以下でしょう。
「その魔力量の多さが気持ち良いのですっ!」
「わけがわからないよっ?! 魔力量と胸を揉むのと何が関係あるの?」
「全く関係ないですっ。あたしの趣味ですぅぅぅぅぅ!」
無言でベッドの側に立てかけている杖を持って、先端を不埒なハイエルフへと向けました。
「ララさん、遺言は?」
「ちょっ?!」
「まあまあ、リリスちゃんも杖を納めて。減るものじゃないし、いいじゃない」
「ボクの心の何かがごっそり減ったよ!」
ほんの少しだけ気持ちよかった、という事実を拒絶した心が。
「で、ララちゃんは何か用事があるんでしょ?」
「はい! リリスさんってそんなに魔力を持っているのに、なぜ魔闘氣使わないのかなーって思ったのですよっ!」
……まとーき?
首を傾げるボク。
リティへ視線を合わせたけど、彼女もふるふると首を横に振りました。
「えっと、剣士や戦士が戦う時、氣を使っているのは知っていますよね」
「初めて聞いた」
「私も知らないなー」
「そ、そこからですかぁぁぁ」
だって、ボク魔法使いだし、リティは魔弓士だし。
剣士や戦士の戦い方って全く知らないからね。
その後、ララさんは氣について熱く語ってくれました。
それをまとめると……。
氣というものを使って前衛は身体能力を上げているそうです。
そうじゃないと、いくら肉体を鍛えたとしても、重い鉄の鎧を着て丸一日動くなんてこと出来ないし、何メートルもジャンプすることも出来ない。
まあ考えてみればその通りだよね。
そして魔闘氣というのは、氣の魔力バージョン。
正確には似て非なるものだけど、どちらも身体能力を底上げしてくれるそうです。
エレンドさんは氣を使うけど、ララさんは魔力の方が多いので魔闘氣を使っているらしい。
うちの実家では、そんなものがあるなんて教えてくれなかった。
でも実家だと魔法使いは後方からでかいの一発、という戦い方ばかりだから使う機会も無いからだろうけど。
でもそれを覚えれば、ボクでも鉄の鎧を着こんで丸一日歩けるようになれる?!
そう思い、ララさんに聞いてみたけど「リリスさんは基本的な身体能力が残念な女の子ですぅ……」と言われました。
つまりボクが魔闘氣を使って十倍の力を発揮したとしても、元が元なので無理じゃね? って事。
確かに鉄の鎧を着たら、三歩で体力なくなる自信がある。
十倍の力を持てたとしても三十歩。
……明日から腹筋と腕立て伏せがんばろう。
「じゃあボクに何のメリットがあるの?」
「魔闘気は身体能力を上げる、という事以外にも様々な使い方があるのです。例えば、魔力を放出してそのまま敵にぶつけたり、逆に自分の周りに固めた魔力を広げて防御したりとか、色々使い道があるんですよぉ」
「呪文を唱えなくても攻撃や防御ができるって事?」
「攻撃力という点だけを見れば呪文を唱えたほうが高いですし消費量も少ないですけど、魔闘氣は訓練すれば瞬時に使えますから、利便性では遥かに高いですぅ」
と言う事は、訓練すれば魔法抵抗力のある防具を買わなくても済む!
それに有り余る魔力を効率的に活用もできます。
魔法をいくら使っても、自然回復だけですぐ満タンになるからね。
……それにエレキシャドウへリベンジもしたい。
たかが十一階層にいる魔物にすら苦戦するようでは、到底最下層なんて夢のまた夢。
しかし魔闘氣とやらを覚えれば、この有り余る魔力をフルに活用できれば、もっと強くなれるはず。
「ララさん!」
がしっとララさんの両手を握る。
「は、はいぃ?」
「魔闘氣って、どれくらいで覚えられますかっ!」
「使いこなすには五年くらいですぅ」
……やっぱり簡単にはいかないですよねー。
「五日くらいになりませんか?!」
「魔闘氣を使うためだけに生まれたような、千年に一人の逸材でも無い限り無理ですぅ」
「リリスちゃん、無茶言っても……」
「リティだって魔闘氣を使えるようになれば、便利になるんじゃないの?」
「私は攻撃するのに詠唱いらないし、多少重い鎧くらいなら着ることできるし、そもそも広範囲魔法でもない限り魔法避けられるし」
獣人は人間より遥かに身体能力高いんだっけ。
世の中不公平です。
「リティさんは魔力量が多くないので、下手に魔闘氣を使うとあっという間に魔力切れになるかと。それに使いこなすには五年ですけど、使うだけなら十日もあれば大丈夫だと思いますぅ」
「そうなの?」
「魔力操作が出来れば、比較的楽に覚えられますね」
じゃあ早速ララさんに教えて貰おう!
でもその前に……。
「今から朝ごはん作るので、食べてからお願いします」
「はいっ!」
「リリスちゃん、がんばってねー」
二人に見送られて二階にある食堂へ降りていくと、既にエレンドさんが蒸留酒を片手に座って待っていました。
朝っぱらからお酒ですか。
「朝から騒々しかったの」
ララさんが……と、そう言いかけて、ふと思いました。
……もしかしてエレンドさんの差し金?
そんな疑惑の目つきでドワーフを見ましたが、彼は蒸留酒を飲んでにやりと笑っただけでした。




