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魔女リリスは男に戻りたい  作者: 夕凪真潮
第二章 撃ち砕け火の門番
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第19話

 ばしっ!


 何かに突き飛ばされたのか、ごろごろと床を転がるボク。

 そしてボクに当たるはずの雷光が、鉄の塊に当たり幻想的な通路を一瞬明るく染めました。

 その塊を見上げる。


 ……デジャビュ。


 サーベルウルフの攻撃から身を挺して守ってくれたドワーフの重戦士。

 今度はエレキシャドウの魔法から守ってくれている。


「エレンドさん!」


 兜を被っているので表情は見えないけど、その口がにやっと笑ったのが分かりました。


「十一階層の魔物を舐めてかかるとこうなるのじゃよ?」

「ま、前はいいんですか?!」

「あっちはララミスが一人で頑張っておる。わしはララミスを後衛に置いておけ、と言ったはずなんじゃがの」

「うっ……ごめんなさい」


 確かに彼はララさんを一番後ろへ、と言っていました。

 つまり前からのサーベルタイガーの群れは、彼とリティだけで十分と判断したのです。

 でもボクが勝手にララさんを前にやった結果、ボクはエレキシャドウの魔法で攻撃された。


 ララさんをそのまま後ろに配置しておけば。

 氷の壁を張って安心せず、魔法攻撃を軽減する呪文を唱えていれば。

 お金が溜まるまで十一階へ行くのを我慢して、魔法抵抗力のある防具を買えば。


 三つもボクは判断ミスをしたのだ。

 どれもこれもエレンドさんが最初に指摘したことばかり。


 ……これが経験の差ですか。


 転がった体勢のままエレンドさんを見ていると、彼はハルバードを床に置き、開いた手をボクの方へと突き出しました。


 え? なんだろう?


<光り輝く聖なる魂、白き血、古の神々に連なる力>


 疑問に思ったのも一瞬、盾を構えたエレンドさんの口から呪文が発せられました。


 ええっ? エレンドさん魔法使えるの?!

 しかもこの呪文は……聖属性!


<癒しの女神よ、偉大なる慈悲を与えよ、治癒ヒーリング


 彼の手のひらから白い光りが生まれ、ボクを包み込みました。

 さっき喰らった雷光のダメージが、見る見ると癒されていきます。


 ボクも水属性の回復リカバリーは使えますけど、これは怪我した人の体力を使って治癒させる、いわゆる自己治癒力を大幅にあげる魔法です。

 このため大怪我を負った人に使うと、その人の体力によっては却って死に到らしめる可能性があります。

 しかしエレンドさんの使った聖属性の治癒は、術者の魔力を使って回復を行う魔法です。

 習得が難しく、神の使途、いわゆる神官しか扱えないと聞き及んでいます。


「エレンドさんって……神官戦士だったの?」

「わしの奥の手じゃよ」


 神官戦士。

 攻撃魔法と剣を両立する魔法剣士と対を成す職業。

 魔法剣士と同じくらい数の少ない職業です。

 どうして元Aランクの冒険者だったギルドマスターと昔パーティを組んでいたのか、何となく理由が分かった気がする。


 その時、三度雷光が生まれました。

 エレンドさん! と叫ぶ暇も無く、彼の盾がそれを簡単に叩き落とします。

 あっけなく消える雷光。


「さあリリスよ。いつまでも寝ておらんとさっさと魔法を使うのじゃ」

「はいっ!」


 悔しいけど、やっぱりエレンドさんにはまだまだ追いつけない。

 でも……いつか必ず追いついて、そして追い越してみせます!

 そのためにも、ここを生きて帰りましょう。


 立ち上がったボクは、杖を氷の壁の奥にいる魔物たちへと向けて詠唱を始めました。


<凍える魂、氷雪の狼、凍てつく風>


 唱える魔法は、氷の雨フローズンレイン

 この魔法は術者の意図した場所に魔方陣を生み出し、そこから無数の氷の雨を飛ばす、ボクが一番得意とする魔法。

 そして杖が指した場所は、魔物たちの足元。

 淡く光る大きな魔方陣が、石畳の床に浮かび上がります。


<吹き荒れよ氷の吐息>


 またもや雷光が生まれるが、ボクを襲うことなくエレンドさんが的確に処理していきます。

 見るからに悔しそうにしているエレキシャドウ。

 影だけで表情は無いけど、雰囲気で分かります。


 足元に異変を感じたサーベルタイガーたちが、一斉に離れていきます。

 でも魔方陣は術者の意図で動かせるのだよ?

 床から大きな魔方陣が浮き上がると、氷の壁に張り付くようにして縦の位置になりました。


 さあいくぞっ!


氷の雨フローズンレイン!!>


 魔方陣から生み出された無数の氷の雨が、次々と魔物たちに突き刺さり、穿ち、穴を開けていきます。

 それを受けた魔物たちが倒れていき、舞った血飛沫が通路に漂う白い燐の光りを赤く染めていきます。


 赤い燐の雪が通路を照らした時、戦闘は終了しました。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「リリスさぁぁぁぁん! だいじょうぶですかぁぁぁぁ!!」

「大丈夫だからっ! こっちこないでっ!」


 血まみれになっているララさんが、抱きつこうとしているのを必死で避けるボク。

 最初ララさんが怪我でもしたのかと思ったのですけど、それは全部返り血でした。

 さすがのララさんも、素早く動くサーベルタイガーたちを切る事は出来ても飛び散る血を避け切れなかったらしい。


「リリスさんも、あたしと一緒に血まみれ仲間になりましょうよぉぉぉ!」

「い~や~~~っ!」


 このローブは一張羅。

 血まみれになるのは是が非でもお断りしたい。


「さ、帰るぞ。今度はララミスが先頭じゃ」

「あああぁぁぁぁぁ、リリスさん~~~~!」


 エレンドさんがララさんを今度は前の方へと放り投げました。


「ララちゃんも相変わらずだね」

「……うん」


 ララさんは恨めしそうにこっちを見たあと、肩を落としながら先頭を歩き始めました。


「でもリリスちゃん」

「なに?」

「あの二人と一緒なら、絶対最下層へいけるよね」

「もちろん!」


 でも抱きつくのだけはカンベンして欲しい。

 せめて鎧だけでも脱いでくれないかな。


 そんな意図がリティにも伝わったのか、二人して笑いあいました。


「ギルドに帰るまでが冒険じゃ。気を引き締めていくぞ」


 そこへエレンドさんの厳しい言葉が飛んでくる。

 でもエレンドさんの言葉は酒以外・・・なら重い。

 よし、帰りも気をつけて帰ろう。



「「はいっ!」」





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