第19話
ばしっ!
何かに突き飛ばされたのか、ごろごろと床を転がるボク。
そしてボクに当たるはずの雷光が、鉄の塊に当たり幻想的な通路を一瞬明るく染めました。
その塊を見上げる。
……デジャビュ。
サーベルウルフの攻撃から身を挺して守ってくれたドワーフの重戦士。
今度はエレキシャドウの魔法から守ってくれている。
「エレンドさん!」
兜を被っているので表情は見えないけど、その口がにやっと笑ったのが分かりました。
「十一階層の魔物を舐めてかかるとこうなるのじゃよ?」
「ま、前はいいんですか?!」
「あっちはララミスが一人で頑張っておる。わしはララミスを後衛に置いておけ、と言ったはずなんじゃがの」
「うっ……ごめんなさい」
確かに彼はララさんを一番後ろへ、と言っていました。
つまり前からのサーベルタイガーの群れは、彼とリティだけで十分と判断したのです。
でもボクが勝手にララさんを前にやった結果、ボクはエレキシャドウの魔法で攻撃された。
ララさんをそのまま後ろに配置しておけば。
氷の壁を張って安心せず、魔法攻撃を軽減する呪文を唱えていれば。
お金が溜まるまで十一階へ行くのを我慢して、魔法抵抗力のある防具を買えば。
三つもボクは判断ミスをしたのだ。
どれもこれもエレンドさんが最初に指摘したことばかり。
……これが経験の差ですか。
転がった体勢のままエレンドさんを見ていると、彼はハルバードを床に置き、開いた手をボクの方へと突き出しました。
え? なんだろう?
<光り輝く聖なる魂、白き血、古の神々に連なる力>
疑問に思ったのも一瞬、盾を構えたエレンドさんの口から呪文が発せられました。
ええっ? エレンドさん魔法使えるの?!
しかもこの呪文は……聖属性!
<癒しの女神よ、偉大なる慈悲を与えよ、治癒>
彼の手のひらから白い光りが生まれ、ボクを包み込みました。
さっき喰らった雷光のダメージが、見る見ると癒されていきます。
ボクも水属性の回復は使えますけど、これは怪我した人の体力を使って治癒させる、いわゆる自己治癒力を大幅にあげる魔法です。
このため大怪我を負った人に使うと、その人の体力によっては却って死に到らしめる可能性があります。
しかしエレンドさんの使った聖属性の治癒は、術者の魔力を使って回復を行う魔法です。
習得が難しく、神の使途、いわゆる神官しか扱えないと聞き及んでいます。
「エレンドさんって……神官戦士だったの?」
「わしの奥の手じゃよ」
神官戦士。
攻撃魔法と剣を両立する魔法剣士と対を成す職業。
魔法剣士と同じくらい数の少ない職業です。
どうして元Aランクの冒険者だったギルドマスターと昔パーティを組んでいたのか、何となく理由が分かった気がする。
その時、三度雷光が生まれました。
エレンドさん! と叫ぶ暇も無く、彼の盾がそれを簡単に叩き落とします。
あっけなく消える雷光。
「さあリリスよ。いつまでも寝ておらんとさっさと魔法を使うのじゃ」
「はいっ!」
悔しいけど、やっぱりエレンドさんにはまだまだ追いつけない。
でも……いつか必ず追いついて、そして追い越してみせます!
そのためにも、ここを生きて帰りましょう。
立ち上がったボクは、杖を氷の壁の奥にいる魔物たちへと向けて詠唱を始めました。
<凍える魂、氷雪の狼、凍てつく風>
唱える魔法は、氷の雨。
この魔法は術者の意図した場所に魔方陣を生み出し、そこから無数の氷の雨を飛ばす、ボクが一番得意とする魔法。
そして杖が指した場所は、魔物たちの足元。
淡く光る大きな魔方陣が、石畳の床に浮かび上がります。
<吹き荒れよ氷の吐息>
またもや雷光が生まれるが、ボクを襲うことなくエレンドさんが的確に処理していきます。
見るからに悔しそうにしているエレキシャドウ。
影だけで表情は無いけど、雰囲気で分かります。
足元に異変を感じたサーベルタイガーたちが、一斉に離れていきます。
でも魔方陣は術者の意図で動かせるのだよ?
床から大きな魔方陣が浮き上がると、氷の壁に張り付くようにして縦の位置になりました。
さあいくぞっ!
<氷の雨!!>
魔方陣から生み出された無数の氷の雨が、次々と魔物たちに突き刺さり、穿ち、穴を開けていきます。
それを受けた魔物たちが倒れていき、舞った血飛沫が通路に漂う白い燐の光りを赤く染めていきます。
赤い燐の雪が通路を照らした時、戦闘は終了しました。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「リリスさぁぁぁぁん! だいじょうぶですかぁぁぁぁ!!」
「大丈夫だからっ! こっちこないでっ!」
血まみれになっているララさんが、抱きつこうとしているのを必死で避けるボク。
最初ララさんが怪我でもしたのかと思ったのですけど、それは全部返り血でした。
さすがのララさんも、素早く動くサーベルタイガーたちを切る事は出来ても飛び散る血を避け切れなかったらしい。
「リリスさんも、あたしと一緒に血まみれ仲間になりましょうよぉぉぉ!」
「い~や~~~っ!」
このローブは一張羅。
血まみれになるのは是が非でもお断りしたい。
「さ、帰るぞ。今度はララミスが先頭じゃ」
「あああぁぁぁぁぁ、リリスさん~~~~!」
エレンドさんがララさんを今度は前の方へと放り投げました。
「ララちゃんも相変わらずだね」
「……うん」
ララさんは恨めしそうにこっちを見たあと、肩を落としながら先頭を歩き始めました。
「でもリリスちゃん」
「なに?」
「あの二人と一緒なら、絶対最下層へいけるよね」
「もちろん!」
でも抱きつくのだけはカンベンして欲しい。
せめて鎧だけでも脱いでくれないかな。
そんな意図がリティにも伝わったのか、二人して笑いあいました。
「ギルドに帰るまでが冒険じゃ。気を引き締めていくぞ」
そこへエレンドさんの厳しい言葉が飛んでくる。
でもエレンドさんの言葉は酒以外なら重い。
よし、帰りも気をつけて帰ろう。
「「はいっ!」」




