第12話
ギルドマスターの家はギルドの隣にあります。
正確には個人の家ではなくギルド所有の建物ですが、マスターという地位にある間、この建物は自由に使う事ができます。
いわゆる首相官邸兼公邸のようなイメージです。
ちなみに逆の建物は治療院となっていて、治療士がいないパーティはよくお世話になる場所です。
普段はギルドのお偉いさんが出入りしている場所ですが、今夜は煌びやかな馬車が次々と止まっては人を降ろして去っていきます。
もちろんパーティに呼ばれるようなお偉いさんには、護衛の冒険者や傭兵も付き添いでいますし、中にはご家族、特に若い女性を着飾って連れている人もいらっしゃいます。
ギルドマスターライラスさんは、三十代前半の未婚ですし狙い目ですしね。
ライラスさん以外にもたくさんのお偉いさんが来ますし、これを機に縁を結びたい人も多いでしょうしね。
一介の冒険者には到底縁のない場所だね。
馬車から降りた人たちは列に並んで受付の順番を待っています。
ボクたちもその列に並びました。
その列の先頭にある門には二名の冒険者が立っています。
受付をしているのはギルドの職員ですが、門番をしているのは、大きな両手剣を持っている戦士と短剣を両手に一本ずつ持っている盗賊です。
また、門から十歩ほど離れた場所にはローブ姿の魔法使いが一名に、白に青いラインの入っている神官服を着ている治療士が一名います。
その二人の後衛を守るようにして重戦士が一名、大きな盾を持って立っています。
戦士、盗賊、重戦士に魔法使いと治療士の五人パーティ。
バランスの取れた構成です。
また戦士と盗賊の二人は、ぱっと見るだけでも相当腕が立つのが分かります。
全く隙がない。
到底ボクが勝てるような相手じゃなさそう。
「あれは『緑風の刃』の連中じゃな。全員Aランクの有名なパーティじゃよ」
「へぇ。あれがAランクですか」
「私たちもいつかあれくらい強くなりたいよね」
冒険者が組むパーティには名前を付けることができます。
冒険者ギルドとしても、パーティに居る数人の名前をいちいち全員呼ぶよりも、パーティ名で一括して呼んだほうが楽ですし、推奨されています。
「そういえばボクたちのパーティの名前って決めてなかったね」
「まだ組んで日も浅いしの。まだ順番は回ってこないし、今のうちに決めておくかの?」
登録はギルドへ行かないとしてくれないけど、今のうちに名前だけでも決めておくのもいいかも。
「リティは何かある?」
「特にないけど……エレンドさんはありますか?」
「わしは考えるのは苦手じゃ。お前さんらに任せる」
「リティに任せるとかわいい名前になるよ?」
「アラカルトとか、マシュマロとか、トッピングとか?」
「それ全部甘い食べ物のイメージだよ!」
「わしのイメージには遠いの」
「じゃあリリスちゃんはどうなの?」
「チンロートーとか、ダイサンゲンとか、タースーシーとか」
「何の意味?」
「適当だから気にしないで」
そうこうしているうちに、いつの間にか順番が回ってきました。
「次の方、お名前をどうぞ」
そういえばパーティのリーダーって決めてない。
やっぱりここはエレンドさんですよね。
そう思ってみるものの、エレンドさんは明後日の方向を向いています。
じゃ、じゃあリティは……。
でも彼女はAランクのパーティをじっと見ています。
こ、こいつら。
「次のかた?」
訝しげにこちらを見る受付の人。
あーもう、ボクがやればいいんでしょ!
「は、はいっ! 先日五階層にてBランクの魔物、幻影騎士を討伐したE+ランク冒険者のリリス=ラスティーナです!」
「ああ、あなたがゲストですか。では後ろにいる二人が、エレンド=イクスノード、リティ=シルバーフェストですね」
「そうです」
「ではあなた方は門を潜ったあと、正面ではなく右手にある扉からお入りください」
あれ? 正面じゃなく右手の小さい扉ですか。
まあボクたちは単なる冒険者ですし、お偉いさんとは別なんでしょう。
「じゃあエレンドさん、リティ、いくよ」
ボクたちが門を潜る時、両手剣の戦士が微かに笑みを浮かべていました。
リティが軽く会釈をすると「頑張れよ」という様に手を軽く挙げてくれました。
若手冒険者の緊張を溶かす意味なのですかね。
ボクとリティは、こういったパーティは慣れていますけど。
門を潜り抜け、通路に沿って歩いていくと正面玄関になります。
でもボクたちはその右手にある扉から入るので、こっちの方かな。
わき道に逸れていくと、何となく使用人用の扉っぽいものがあるところに着きました。
ここですか。
扉をノックすると中から「はい」と返事があって開きました。
そして出てきたのは、紛れもなく執事。
どこからどう見ても執事です。
「今夜のゲストの冒険者ですか?」
「ゲストというのは分かりませんが、今夜のパーティにギルドマスターからお呼ばれされました、E+冒険者のリリスです」
「では中へ入ってください」
彼がそのまま部屋の中へと戻ると、それに続いてボクたちも入っていきます。
部屋の中は、華美ではない程度に調和の整った内装で、とてもお偉いさんが使うような部屋には見えません。
やっぱり使用人の部屋ですね。
彼が部屋の中央に立つと、ボクたちもそれに合わせて彼の前へと一列に並びました。
「ここに来て貰ったのは服装チェックをする為です。パーティには最低限の服装が必要ですが、冒険者にはその手の知識が不足しているケースが多々見受けられますので」
「なるほど。そういう意味でしたか」
ローブ姿だったら、ここで強制的にドレスへ着替えさせられていたのですかね。
執事の後ろには女中っぽい人たちが三名ほど待機していますし。
「しかし、あなた達は問題なさそうですね。どこかでこのようなパーティに参加した経験がお有りですか?」
エレンドさん鎧姿ですよ?! それでいいんですかっ?!
「はい、冒険者になる前に何度か」
「それでしたら、最低限のマナーもご存知ですよね」
「バル連邦国のパーティに参加するのは初めてですけど」
「他国のマナーをご存知であれば問題はありません。当家も似たようなものですから」
じゃあボクとリティは問題ないのかな。
あとはエレンドさんだけど、彼はパーティのマナー知っているのですかね。
執事が後ろの女中の一人に合図をすると、その女中は廊下へと続く扉の前に移動しました。
「ではお嬢様お二人は、あの女中についていってください」
「はい。でもエレンドさんは?」
「エレンドはここで待機をしていてください。後ほどライラスが来ますので」
……あれ? ギルドマスターの名前だよね。
後で来るって、どういうこと?!
「なんじゃ、わざわざわしと会う為に呼んだのか? ハリスビーグよ」
「ええ、エレンドに頼みたいことがありまして」
呆れ顔のエレンドさん。
しかし執事は表情を変えずに淡々と述べます。
この二人って知り合い同士ですよね。互いに名前を呼び捨てですし。
「ギルド通さずわしに直接か。やっかいごとと言っているようなものじゃな」
「ライラスから話せば、それはギルドを通すことになります」
「酒は?」
「蒸留酒二樽ほどご用意させていただいています」
それを聞いたエレンドさんは、椅子にどかっと座りました。
「じゃあお前さんらは、行っててくれんか。わしはこやつと話しをしてるからの」
「執事さんとエレンドさんはお知り合いですか?」
「ああ、昔同じパーティを組んだ事があっての」
執事も元冒険者ですか。
ギルドマスターのライラスさんも元冒険者ですし……。
これは何かありますね。
「エレンドさんは、今はボクたちとパーティを組んでいます。彼一人を残していくなんてことは出来ません」
「うんうん、エレンドさんも仲間だしね」
「ふむ。そう言ってくれるのはありがたいが、ここはまずわしに任せてくれんかの? あとでお前さんらにも話すから」
構わんよの? とエレンドさんが執事に目で伝えると、執事も「ご自由に」と答えてくれました。
「絶対あとで聞かせてくださいね! 危険は事は禁止ですからね!」
「わかっとるわい」
エレンドさんに念を押して、ボクとリティは女中について部屋から出て行きました。
パーティ編、意外と長くかかりそうです




