第9話
ぱきーん。
骨だけしかない人型のEランク魔物、スケルトンがエレンドさんのハルバードを受けて、文字通り木っ端微塵に砕け散りました。
しかし彼の前には、腐りかけて表情の無い虚ろな顔のゾンビが、まだ二体突っ立っていて必死に手をエレンドさんへと伸ばしています。
ゾンビもEランクの魔物で腐っているからか動きが緩慢であり、慣れた人ならさほど苦戦する相手ではありません。
ゾンビで一番気をつけなければいけないものは、噛み付きや引っかきです。
それによって傷つけられると、そこから徐々に肉が腐っていき、数日後にはゾンビになってしまいます。
でもすぐゾンビになるわけではないですし、初級の治療士であれば簡単に治せますけどね。
パーティ内に治療士が居なくても、あとで地上に戻ってからギルド指定の治療院に行けば格安で治療してくれます。
さて、エレンドさんはガチガチに鎧を着込んだ重戦士です。
ゾンビが必死でぺちぺちと叩いていますが、全く攻撃が通っていないご様子。
スケルトンもゾンビも知性は全くないので、攻撃が効いてないのに延々同じ事を繰り返してきます。
「リリスよ、こやつ面倒だから魔法で何とかしてくれんかの?」
「はい!」
スケルトンもゾンビも不死です。
倒すには動かなくなるまで身体を破損させる必要があり、戦士にはきつい相手。
こいつらを倒すには、魔法が一番効率的でしょう。
<燃え盛る魂、熱き矢、焦熱の風>
そして不死には火の魔法が一番効き目があります。
でもボクは生憎と初級の火の魔法しか使えません。
でもEランク程度の不死ならばこれで十分です。
<放て焼きつく射る矢、炎の矢!>
杖から四本の火の矢が飛び出して、二対のゾンビの足に一本ずつ突き刺さります。
腐った肉の焼ける匂いが漂い、足の支えが無くなったゾンビが崩れ落ちました。
そこへトドメとばかりに、エレンドさんがハルバードをゾンビの頭へ振り下ろし、ゾンビは動かなくなりました。
ここは迷宮の五階層にある、とある部屋の中です。
迷宮内は通路と部屋に分かれていて、部屋の中には定期的に魔物が沸いてきます。
体感的には五分~十五分くらいの間隔ですね。
一階~四階までは、コボルトやゴブリン、ビッグスクイレルなど生ある魔物が居ますが、ここ五階層は一転変わってスケルトン、ゾンビ等の不死が徘徊する階層になっています。
火と聖の耐性が低く、更に動きも遅い魔物しか沸いてこないので、よく初級の魔法使いや治療士の練習場所にもなっているところ。
ボクたちもEランクにあがるまで、ここでお世話になりました。
某ゲームのように先生と呼ばれるような魔物は出てきませんけど、二~五体ほど纏まって行動していて、更に知性がないため攻撃も単調で、且つ動きが遅いのでパーティを組む上での連携練習にはもってこいの場所ですしね。
人気のある階層のためか、部屋の奪い合いすら起こるほど、冒険者がたくさんいる場所です。
更に混雑時には部屋の外で待っている冒険者も居たりして、もはやどっちが魔物なのか分からない状態になっています。
でも正直今のボクたちのレベルなら、もう少し下層へ潜っても良い気がします。
エレンドさんなんてC+ランクですから、ここの階層は余裕すぎて緊張感がないでしょうしね。
「リ、リリスちゃん、臭いよ……」
リティは鼻をつまんで、部屋の隅っこに退避しています。
何もそんなところに逃げなくても変わらないのに。
既にこの部屋に篭って二時間。倒したゾンビの数も十五体ほど。
もう部屋の中はゾンビの腐臭が染み付いていて、どこにいても変わりありません。
「不死には火魔法が一番効果あるんだから、我慢して」
「それでもこの匂いは酷すぎるよっ!」
「獣人には辛い場所じゃの」
獣人は人間より遥かに鼻が良い。ボクが我慢できるレベルでも、リティにはかなり辛いんだろうね。
その時、倒れていたゾンビとスケルトンが消え去りました。
迷宮の魔物は一定の時間が過ぎると、死体が消えてなくなります。
でも切り取った素材は残ったままなんですよね。
迷宮の七不思議の一つと言われています。
そして死体が消えてから数分後に、次が沸いてきます。
そしてもはや半分涙目でうずくまっているリティ。
それを見たエレンドさんは気の毒そうに提案してきました。
「あと一回狩ったら戻るかの」
「そうですね、そろそろリティが発狂しそうだし。それ以前にもはや使い物にならなくなっています」
「まだあと一回……あう~」
そして次に沸いたゾンビ三体、スケルトン二体を殲滅したあと、ボクたちは動く気力のないリティを引きずって部屋から出ました。
「それにしてもまだランク上がらないね」
ボクはギルドカードを手に持って、自分のランクを確認しました。
一定の魔物を倒すと、カードに記されたランクが自動的に上がるようになっています。
またギルドの依頼を報告したときも同様に上がることがあります。
E+ランクに上がってからすでに三ヶ月。
F-からE+まではとんとん拍子で上がったけど、D-へあがるには極端に時間がかかっています。
Dランクからが冒険者として一人前と呼ばれるようになるから、あがりにくいのは仕方ないけど、Cランクのオーガーだってもうかなり倒しているんだし、いい加減そろそろ上がって欲しい。
そういえばエレンドさんはC+ランクだから、彼に聞いてみよう。
「エレンドさんは、E+からD-へあがるのにどのくらいかかりました?」
周囲を警戒しながら先頭を歩いているエレンドさんに尋ねると、彼は「三年くらいじゃな」と答えてくれました。
「三年?! そんなにかかるものですか」
「あまり大きな声をあげるでない」
「あ、ごめんなさい」
叱られてしまいました。
とは言ってもここは五階層。魔物より他の冒険者とすれ違うほうが多いところです。
どうしても緊張感がなくなってしまうよね。
それにしても、エレンドさんでも三年かかったのか。
そういえば、彼もアークへ来て十五年だよね。
それでC+ランクだから、どれほどランクをあげるのは大変なのか想像つかない。
「Dへあがるには普通で三年、長いと五年かかると言われておる。焦る気持ちもわからなくはないが、急ぎすぎると足元を掬われるぞ」
三年から五年ですか。でも確かにその通りです。
ボクより遥かに長い間冒険者をやっている先輩の発言は、重みがあります。
それにしても先はとてつもなく長い。
本当にリッチロードに会える日は来るのだろうか。
出来れば若いうちに男へ戻りたい。おばあさんになってから男に戻れてもね。
焦ったところで自分が強くなるわけではないから、地道に経験を積むしかないのは分かる。でも気持ちは焦る。
なんだろう、このジレンマ。
自分の杖をぼんやり見ながら考えていると、どこからか悲鳴が聞こえてきました。
「ぬっ? 誰か襲われてるの。助けにいくぞ」
エレンドさんはそう言うと、悲鳴の聞こえてきた方向へと走り始めました。
ああ、行っちゃった。
そういえば他の冒険者を助けるなんてこと、考えもしなかったな。
そんな暇があれば、一体でも多く敵を倒すほうに時間を費やしていた。
(冒険者は助け合いじゃ)
彼の言った一言がボクの心へ唐突に突き刺さりました。
こうやってボクもエレンドさんに助けられたんだよね。
うん、助け合いだよね。焦っていても仕方ない。
まずは自分で出来ることから一歩ずつ頑張ろう!
「リティ、いくよ!」
ボクの隣に並んで、未だに鼻を押さえながら歩いているリティに声をかけると、エレンドさんを追いかけて走り始めました。
「へ? あ、まってよリリスちゃん!」
「急がないとエレンドさんが全部倒しちゃうよ」
エレンドさんはドワーフ。ボクより身長が低い。
すぐ追いつけるだろう。




