98 兄の狂気
「がぁぁああああ、我の腕がぁああ!?」
腕を折られただけでこの大騒ぎ。
やっぱり、この人は魔王には向いていないのだと思う。
「父上、こちらへ」
「おぉ……ヴァルザハルト! 我の腕を癒すのだ、早くしろ!」
血相を変えて、「え~ん、お手々痛いよ~、治して~」と息子に縋りつく父親。
かっこわる。
そんな醜態をさらす父を、兄は笑顔で迎え――その腕をもぎ取った。
「がぁあああああああ!」
「うるさいですよ、父上。腕の一つくらいで」
噴き出した父の血にまみれながら、にっこりと微笑む兄。
その表情は――
「もう十分堪能したろ? そろそろ譲れよ、魔王の座をよぉ」
――完全に父を見下していた。
「やっぱり、何か企んでたんだね」
「ふっ……俺様が、こんな小物の言いなりになると思うか?」
もぎ取った父の腕に食らいつき、ぐちゃぐちゃと咀嚼する兄。
あまりの光景に、キッカさんが視線を逸らした。
「崩壊、しないんだね」
「ふん、そんなもの、とうに対策済みだ」
「ヴァルザハルト、貴様――っ!」
「うるさい」
わめく父に一撃。
世界が歪んだのかと錯覚するような衝撃が大地を揺らす。
ただの一撃、でもとても重い一撃だった。
父は何も抵抗できずに地面へと沈んだ。
……とんでもない力を隠してたようだね、兄。
たったの一撃で黙らされた父を、兄は見下し、地面に横たわるその頭を踏みつける。
「こいつはバカなんだ。得た力をそのまま使おうとするから肉体が追い付かなくなる」
兄はその目で、崩壊し、消えて行った兄弟たちを多数見てきた。
そして、自分だけはそうなるまいと、その対策を密かに、そして常に考え続けていた。
その結果――
「我ら一族の細胞は、力を与えないことで力を増す性質を持っていることが分かった」
兄が、口からガラスのような球体を取り出す。
それは、喉をふさぐようにして兄の口内へ隠されていたモノらしい。
「崩壊を免れた兄たちを分解してその特徴を調べ上げた」
「崩壊を免れたのは、ボクたち二人だけじゃなかったっけ?」
「あぁ、『そういうこと』にしておいた」
こいつ……
自分のためになら、どのような犠牲もいとわない。
そういうヤツなんだ。
「兄の中に突然変異が一人いてな。そいつは、取り込んだ魔力をいくらでもため込んでおける核を持っていた。まぁ、そいつ自体は取り込んだ魔力を力に変換できないせいでクソ弱かったわけだが――これが、その核だ」
と、自身の口から取り出した硝子体を見せつける。
その核がそこにあるってことは……突然変異の兄を、お前、殺したな?
「我らの細胞は魔力に貪欲だ。魔力を感知すればすぐさま取り込み、増幅し、そして崩壊していく」
ほんの一瞬、爆発的にその力を増し、そしてあっという間に崩壊する。
そういう生き物らしい、ボクたちは。
「だが、その貪欲さが役に立つ」
兄の目がギラリと輝く。
「我慢をさせればさせるほど、微かな魔力でも得ようとその細胞は強靭になる。そして強靭になった分、魔力を与えた時の爆発力は強大になる。このように――な」
瞬きした瞬間、兄が消え、そして、お師さんが吹き飛ばされた。
『ぬぉっ!?』
巨大なドラゴンの肉体が空を舞う。
それを仕出かした兄は、禍々しいまでの魔力を全身に纏っていた。
「五十年かけて鍛え上げた細胞だ。なかなかいい具合に成長しているだろう?」
生まれ落ちてすぐ、次々崩壊していく兄弟を目の当たりにし、生き残るためにすべての時間を費やして兄がたどり着いたのが、細胞の強化。
「血液から魔力を取り込むのが最も簡単な方法だ。だが、それでは自分と相手の魔力が反発しあってしまう。だから――血液から魔力だけを抜き出して取り込む術を、俺様は編みだした」
それはきっと、とてつもなく凄いことなのだろう。
物凄い自慢げに語っている。
今まで、誰にも語れなかっただろうからなぁ、ここぞとばかりに教えてくれてる。
こっちは聞きたいなんて思ってもないのに。
「血液から直接魔力を取り込めば、取り込む量の調節が出来ず、細胞に多大な負荷がかかる。肉体が成長する時に激痛が起こるのはそのためだ。だが、抽出した魔力であれば取り込む量を調節できるのだ」
その特性を生かし、兄はさらに上の兄から奪った核に魔力を貯め込みながら、自身の細胞へと与える魔力を調節した。
必要最低限の魔力だけを与え、細胞を常に飢餓状態にさせてその力を増幅させ続けていった。
「先代魔王の力を得た今代魔王の血は、なかなかにいいエサになった。力が漲るようだ」
今代魔王を圧倒した先代魔王を一撃で吹き飛ばして見せた兄。
これは、もしかして、結構強いのでは?
「本来なら、お前の肉体を奪って魂を移植してやろうと思っていたんだが――」
と、兄がボクを見る。
いろんなヤツに狙われてたんだな、ボクの体。
「折角ここまで成長させた肉体だ、愛着がわいてしまってな。もう手放すつもりはなくなった」
それはよかった。
それがまともな思考回路というものだよ。
二度とおかしなことは考えないように。
「なので、お前は魔力として取り込むこととする」
おかしなことを考えるなというのに!
「安心しろ。小さな切り傷一つあれば、俺様はそこから魔力を吸い出せる。あそこの騎士たちにしたように」
ドラルミナの騎士たちはこいつに生気を吸われていたらしい。
どうりで、妙におとなしいと思った。
「こうして血を舐めているのは、タダの趣味だ」
悪趣味極まりないな!?
「血液を介さず魔力を取り込むことで、肉体の崩壊は抑えられる。その境地にまでたどり着けた俺様が最強だ」
「それなのに、父に従っていたふりをしていたのはなんで?」
「お前に会いたかったからだよ」
ボクのお腹の虫を聞き分ける力は、生みの親である父にしかなかったらしい。
兄は、どうしてもボクに会いたかったそうだ。
「ずっと『食事』を拒み、細胞を飢え続けさせたお前に、今代魔王の血を与えればどれだけ強大な魔力を生み出すか……ずっと楽しみにしていた。今なら、先代魔王の血も与えられる」
お師さんを殴った時にえぐり取ったと思われる肉の塊を手に、にやりと笑う兄。
これが身内だなんて、恥ずかしい。
正気じゃない。
「さぁ、エクス――ご飯の時間だ」
お師さんを吹き飛ばせるほどの力を持つ兄に逆らうことは不可能で――
気が付いた時、ボクの口の中にはドロッとした生臭い血の塊が流し込まれていた。




