96 穏やかな日々
★★★★★★★★★★
それから、しばらくの後。
ワシの魔力を使って、ミサキの魔法を強化できることが分かった。
そして、ミサキが心配していた「そんなに持ってきて、大丈夫!? 万引きになってない!?」という不安も、物質を異世界へ渡らせているのではなく、構造や組織を模倣してこちらで再構築していると判明し、「なら万引きじゃないよね☆」と解消されたようだった。
まんびき?
『卑猥な言葉か?』
「ちがうわい!」
『ミサキの家にあった書物を片端から読んでみた結果、そのような趣味嗜好をしていると判断したのだが?』
「プライバシーのしんがーい!」
ぷらいばしー?
『卑猥な言葉か?」
「ちがうっつーの!」
ミサキはよくワシを叩いた。
「ツッコミ」というらしい。
愛情表現の一種ということで、甘んじて受け止めることにした。
「本当にいいの?」
『ミサキの提案であろう』
「それはそうなんだけどさぁ……弱くなるんだよ?」
『構わん。最強の勇者様が守ってくれるからな』
「やめてよも~、わたしも相打ちで死んじゃったことにするんだから」
ミサキから提案があった。
『魔王が死んじゃった大作戦!』というらしい。
「魔王さんの魔力を根こそぎ使って、この世界に、誰にもマネできない、二度と誕生しないような最高傑作の魔法を作ちゃおう!」
ワシの魔力がなくなれば、ニンゲンたちはワシが死んだと判断するだろう。
そして、勇者が同時に姿を消せば、相打ちだったのだと思うだろう。
『では、弱る前に大量の血をまき散らしておくか』
魔王の死を演出するため、住処中にワシの血を振りまいておいた。
洞窟内が真っ赤に染まるほど、大量に。
「も、もういいんじゃない!? 死んじゃう、死んじゃうって!」
『この程度、唾を付けておけば治る』
「ヨダレエリクサーか!?」
傷口にツッコミを入れられて、ちょっと痛かった。……ぐるる。
「じゃあ、一応私の血もどっかにつけとかなきゃね」
『必要ない』
「でも、魔王さんだけの血じゃ、戦った感じしなくない?」
『これだけ大量の血だ。どれが誰の血かなど分からぬ』
「あ、そっか。DNA鑑定とかないもんね、こっちには」
あははと笑うミサキ。
さっさとその剣をしまえ。
『お前の体はキレイだ。傷など一つもつけるでない』
「ぉ……ぉうっふ。それ、は……ちょっと照れる、ね」
ぱたぱたと、手扇で頬に風をおくるミサキ。
褒めると喜ぶのか。そうか。ならば……
『エロい体をしている』
「参考資料を見直せ!」
全力のツッコミだった。
それから、住処を出る前に魔力を使い切るため、この世に存在しない、規格外れの大魔法を構築した。
魔力の使い過ぎで頭が割れそうになったのは、後にも先にもあの時だけだった。
「それでねぇ、キッチンは対面式でね、目の前には座って食事が出来るカウンターがあるの。私が『はい』って料理出したら、魔王さんがそこでご飯を食べるんだよ?」
『料理に必要なものもすべて想像しておくのだ。余さず創造してみせよう』
「じゃあさ、私の好きなゲームであったんだけど、『ハンティングフィールド』と『ファームフィールド』っていう部屋があってね――」
ミサキの語る絵空事のような夢物語を、膨大な魔力でこの世に具現化する。
ミサキが心底願った故郷を、特殊な『扉』に隔てられた別次元に想像する。
そうして、ワシの99%の魔力を注ぎ込み、『歩くトラットリア』は完成した。
『それからは、穏やかな人生じゃった』
最初は取り繕っておったミサキも、『オタク魂』というものが抑えきれなくなり、一年も経つころには本性を隠さなくなっていた。
もっとも、ワシは、そちらのミサキの方が断然好きだったがの。
『スク水の破壊力を教えてくれたのは、ミサキじゃった』
「『ミサキ』さん、余計なことを!?」
ほっほっほっ、ボーヤのツッコミもなかなかじゃが、ミサキにはまだ届かぬのぅ。
「というか、お師さんは三千年も生きてたんですか? 前に千年近く生きているとか言ってませんでした? 盛りました?」
『盛っとらんわぃ。こんだけ生きとると、千年も三千年も誤差じゃ、誤差』
その三千年の内千年近くは洞窟で寝て過ごしていた。
何もしていないのであれば、生きているといえるかどうかすら怪しいものだ。
『まぁ、そういうわけで、あの時の「魔王」は死んだんじゃ。あとに残ったのは、種族と次元を超えた、一組のアベックだけじゃった』
実に、楽しい時間じゃった。
見るものすべてが楽しく、輝いて、生まれて初めて幸せというものを知った。
食事が美味いと感じたのも、初めてだった。
ただ一つ、不満があるとすれば――ミサキと過ごせた時間は、あまりにも短すぎた。
ミサキが消えてからの九百余年。
物言わぬ『歩くトラットリア』で過ごす日々は、つらかった。
そこかしこに残るミサキの思い出に包まれて、ただ無為に過ごした時間。
そんな時、ボーヤに出会った。
人ならざる力を持ちながら、「人間になりたい」と願う少年。
ワシと同じ願いを抱いた少年。
ボーヤと出会ってからの毎日は、あの頃には勝てないまでも、実に楽しい。
『なのでの、――お前ごときにはくれてやれんのよ』
邪魔をするものは、排除する。




