95 魔王と異世界勇者
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そいつは、何とも情けない顔で、ワシの前に現れた。
「も~ぅ! 最悪ですぅ! なんで私がこんなことしなきゃなんないんですかぁ、も~ぅ!」
べそをかいて、剣を構える一人の女。
……いや、女児。
「失敬な!? これでも、当年取って二十二歳! ぴっちぴちの女子大生ですよ! 二浪してますけども!」
じょしだいせい? にろう?
わけのわからぬことを話す子供だ。
「レディだと言ってんでしょうが!」
剣を振って抗議してくる。
なんなんだ、こいつは?
『ニンゲン、か?』
「いえす! そちらは魔王さんであってますか?」
知らぬ。
ニンゲンがそのように呼んでいるらしいが、ワシが望んだことではない。
「人間に悪さするのをやめてください!」
知らぬ。
ニンゲンなどどうでもいい。
「え、でも、国とか滅ぼしてますよね?」
向こうが攻めてきたから、潰しただけだ。
何人も何人も住処に冒険者を寄越しおって。
「あれぇ~? じゃあ、こっちから何もしなければ、別にどうこうするつもりはない感じ?」
興味がない。
ワシはただ、死ぬまでここでこうしていたいだけだ。
「もったいなっ!?」
……もったいな?
「だって、そんな強いのに。なんでもきる魔力もってるのに」
なんでも出来る……だと?
「だって、魔法って万能じゃない。こっち来て、魔法使えるようになって、びっくりしたもん。『あぁ、アレがあればいいのになぁ』って思ったら日本から取り寄せられたんだから」
にほん?
そなたは異世界人か?
「あぁ、うん。なんかそうみたい。魔王さんが強すぎてどうにもならないから、異世界人を召喚して、なんとかしてー、って。勝手すぎるよねぇ」
はぁ……っとため息をついて、少女はその場に座り込んだ。
「……おまけに、もう二度と元の世界には帰れません、なんてさ……酷いよ」
なら、そんなニンゲンの言うことなど、聞かなければいい。
「そうは言うけどさ! 私めっちゃ強くなっちゃったから、戦わないわけにはいかないというか……魔王さんが、こんな話しやすい人だとは思わなかったから」
……話しやすい?
「正直、顔見た時『あ、私死んだ』って思っちゃた。顔怖すぎだよ」
……ふん。
「あ。傷付いた?」
知らぬ。
「けど、ちゃんと話通じるじゃない」
まぁ、今から二千年ほど前までは暴れ回っていたからな。
「じゃあ、自業自得じゃん」
『やかましい』
なんなんだ、この女は。
『よくそれだけの力を得られたものだ』
実際、この女の力は凄まじい。本気で戦えば、負けはせずとも、苦戦はするだろう。
そんな強さを、この女は――
「違うんだよぉ~、聞いてよ~」
――嘆いていた。
「初めて行ったダンジョンにさ、こ~んなデッカい『ゴキ』がいたの!」
ごき?
「口に出すのもおぞましい、黒い帝王だよ……」
あぁ、カオスコックローチか。
ニンゲンにとっては、驚異的な魔物だな。
「でさ、わたし、ゴキだけは絶対無理で! 無我夢中で『殺虫剤ー!』って念じたら、出て来たの。それも、煙で家じゅう丸ごと駆除する方のヤツ!」
ん、分からぬが……
「で、物は試しと、それを洞窟の中で使ったらね――ゴキ全滅して、めっちゃレベル上がったんだよね……」
ダンジョン一つ分のカオスコックローチを死滅させたのであれば、当然だろう。
ヤツは、一匹で騎士団を壊滅させるレベルだからな。
「もう、そっからアレやれ、コレやれうるさいうるさい……わたしね、本当はお家に籠って、料理して、美味しいものを食べて、薄い本読んだり書いたりするのが生き甲斐だったんだ」
うすいほん?
「あぁ、まぁ、それは……乙女の嗜みというか、生きる糧というか……」
卑猥な書物か。
「何でわかんの!?」
『心を読んだ』
「そんなん出来るなら、最初から言っといて! デリカシーないよ、もう!」
それから、女は開き直ったように、自身の半生を語って聞かせた。
穏やかな国に生まれ、平穏に暮らしていたこと。
本当は、戦いなどしたくないということ。
帰れないまでも、せめて、祖国に近い環境で、のんびりと人生を過ごしたいという願いを、楽しそうに語っていた。
『祖国の物を取り出せるなら、すべて持ってくればよかろう』
「それがダメなんだよぉ。魔力が足りないのか、自室にある物で、5kg未満の物しか取り出せないの。あと、電気も使えないから、電化製品を取り出しても意味ないしねぇ」
少しだけ寂しそうに、女は言う。
「キッチンが使えたら、自慢の手料理くらいご馳走してあげたんだけどねぇ」
『いらぬ』
「ひっどいなぁ。これでも料理は超上手いからね? 一応、調理師免許持ってるし!」
『そうではない。ワシは物を食わぬ』
「え? ……あ、人間以外は、的な?」
『ニンゲンなど食ったことはない』
噛み殺したことはあるけれど。
『ワシは強くなりすぎた。なにもかもが虚しい。誰にもワシは殺せない。だから、何も食わず、いつか来るであろう崩壊をここで寝て待つことにしたのだ』
もう、生きるのに疲れた。
「ダメだよ、そんなの!」
女は立ち上がり、大袈裟に腕を振って熱弁する。
「楽しいことって、いっぱいあるから! 知らないだけで、絶対、いっぱいあるから!」
『三千年生きてきたワシに、二十二年しか生きていないそなたが言うか?』
「うぐ……、じゃ、じゃあ、バナナオレは知ってる?」
ばななおれ?
「はい、知らない! はい、人生の半分損してる!」
……いら。
「バナナオレは、世界で一番美味しい飲み物です! 飲まずに死ぬなんてありえない!」
『……では、飲ませてみよ』
「それがねぇ……」
女は魔法を使い、黄色い果実と、白い飲み物と、花の蜜を集めた甘未と、奇妙な筒を取り出した。
「ミキサーが動かせないから、作れないんだよねぇ……電気さえあればなぁ」
でんき……?
よくは分からんが、女の使った魔法を真似てみる。
女の指定していた座標に魔力を飛ばし、その場所に存在するのであろう『でんき』という物を呼び寄せる。
――すると、四角い板のくっついた紐が出て来た。
「ぅえええ!? 電源タップ!? っていうか、どこに繋がってるの!? え、嘘でしょ? まさか…………電気使えるし!? なに!? どうなってるの!? 魔王さん、マジすげぇ!?」
女がやかましい。
「でも、これで作れる! 待ってて、世界で一番美味しい飲み物、ご馳走してあげるから!」
それから、女は実に楽しそうに何かを作り始めた。
けたたましい音を立てる謎の筒は「ミキサー」というらしく、飲み物を作る道具のようだ。
「これが、ミサキちゃん特性バナナオレ! 頬っぺた落ちちゃうかも知んないから、気を付けてね!」
『ワシに頬などないが』
「う、うるさいな! そーゆー爬虫類ギャグとか、いいから!」
……ぎゃぐ?
「さぁ、召し上がれ。一口飲んだら、世界が変わるから」
そう言われて、一口飲む。
正直、味はたいしたことがなかった。
どろっとした、甘い飲み物。それだけだった。
だが……
「どう? 美味しいでしょ? 感動した?」
そう問いかけてくる女――ミサキの顔が眩しくて。
『うむ。悪くない』
「でしょ~!」
そういって、嬉しそうに笑ったミサキの顔が、愛おしくて。
本当に、ワシの世界は、その一杯からがらりと変貌した。




