94 お師さん
「おい、そこの」
と、お師さんがウチの父を指さす。
「ウチの可愛い弟子に悪さするんじゃない。その手を離してやれ」
ぷっくりと膨らんだ指先を突きつけて、魔王に命令するカエル。
なんともシュール。
「なんだ、この矮小な生き物は?」
「うるさいのぅ。脳に直接話しかけてこんでも、しっかり聞こえとるわ」
指先でこめかみをぐりぐりするお師さん。
お師さんの鼓膜、その辺じゃないでしょうに。
「消えろ。目障りだ。――喰らうぞ?」
「ほほぅ、面白いことを言うのぅ」
おそらく、父もうっすらとは感じ取っていたのだろう。お師さんの隠された力を。
そうでなければ、アイナさんやお父様にそうしたように、存在そのものを無視していたはずだ。
でも、そうしなかった。
いや、出来なかったんだろうなぁ。
だって、お師さんは――
「このグラ=アマルガンドに向かって」
噂の先代魔王、グラ=アルマガンドなのだから。
「グ、グラ=……アルマ、ガ……っ!?」
そうそう、父が避け続け、逃げ続けた歴代最強魔王(自称)。
父のあの反応を見るに、本当だったっぽいな。
話半分で聞いてた。
「はいはい、そーなんですねー、すごいですねー」って。
「ボーヤは、随分と余裕そうじゃのぅ」
くつくつと、肩を揺らして笑う。
まぁ、あなたのようなとんでもない人に育てられますとね、危機管理能力というか、心の中の、なにか大事なものがエラーを起こすんでしょうね。
よって、全部あなたのせいですよ、お師さん。
「バカな! 先代魔王は死んだはずだ! 異世界の勇者に討たれて! その勇者も老いて死んだ! ニンゲンの寿命など短いものだ! 念には念を入れて五百年待った! それから慎重に三百年かけて力を得た! そこから二百年は我が力にかなうものはいなかった! もはや、誰も私を止められるものはいないはずだ!」
そういうセコい考え方だから、本当の強者に慣れなんだよ、バカ魔王は。
「なにより、グラ=アマルガンドは、漆黒のドラゴンだったはずだ! 何故カエルの姿に!?」
「ん~? 食生活を変えたせいで、ちょっと痩せちゃったかのぅ?」
「爬虫類から両生類になってるじゃないか!?」
「進化、かの?」
「あり得るか!」
完全に遊ばれてるな、父。
お師さんの言うことなんて、話二割くらいで聞き流せばいいのに。
半分も聞く必要ないから。
「なぜだ……なぜ生きているのだ……」
と、驚愕している父のそばで――
「え、先代魔王? カエル師匠が? それってどういったベクトルの冗談?」
――と、キッカさんが小首をかしげている。
さっきまで恐慌状態だったみたいだけど、お師さんが来てから落ち着いたようだ。
なんか知らないけど、落ち着くんだよねぇ、お師さんのそばって。
「何故……か。……ふっ」
あ、これ長くなるやつだ。
「よかろう。では語って聞かせてやるとしよう、ワシと異世界からの勇者――」
「あの、お師さん。長くなるなら座って聞きたいんで、これ、なんとかしてもらっていいですかね?」
「んもぅ、ボーヤはいっつも空気を読まんのぅ。――ほれ」
お師さんが軽く手を振ると、ボクを飲み込もうと纏わりついていた闇が掻き消えた。
「こんな簡単に対処できるなら、さっさとやってくれればいいのに」
感謝します。
「逆じゃ、逆じゃ。口に出す方、そっちじゃないぞい」
でも、どっちにしても両方伝わってるんでしょ?
なら一緒じゃないですか。
「私の闇が、こんな、いとも簡単に……まさか、本当に……」
「なんじゃい、信じとらんかったのか? 全盛期の百分の一くらいには落ちてもぅたが――」
突如、お師さんの体が膨れ上がる。
ぬめっとしていた肌には、ごつごつとした頑丈そうな鱗が現れ、間の抜けた顔は獰猛なドラゴンの顔に変わる。
マザーさんの二回りくらい巨大な漆黒のドラゴンが、姿を現した。
『まだまだ若造に舐められるほど、衰えてはおらぬぞぃ』
言葉に重さがあるように、その声はボクたちの頭上からずっしりと降り注いできた。
お師さん……
「グロリアさんたちとキャラ被りしてますね」
しかも、後発なんでインパクト薄いですよ。
「人気投票で26位くらいに甘んじそうな感じですね」
『他に言うことはないかぃのぅ、ボーヤよ』
「声デカいですね」
『もうえぇわぃ』
お師さんが拗ねた。
デカい体でいじいじしないでください、煩わしい。
……分かりましたよ、まったく。
「わーかっこいーあこがれちゃうー」
『もうちょっと心を込めてくれても、えぇんじゃぞぃ?」
あっはっはっ、ご冗談を。
『まぁ、よぃ』
と、全然よさそうじゃない顔でため息をついて、お師さんは父に視線を向ける。
「チチに視線を向ける!」
『違って聞こえるから、やめとくれぃ』
違って聞こえるなら、それはあなたの日頃の行いのせいです。普段の言動を反省してください。
「めっちゃブーメランだね、タマちゃん」
キッカさんが、完全にいつも通りに戻っているようで何よりです。
『異世界の勇者は、確かに魔王を討った。それで、この世界から魔王はいなくなった――』
すっと空を見上げ、お師さんは静かに言った。
とても、幸せそうな表情で。
『――そして、魔王と勇者の共同生活が始まったんじゃ』
うん、この語り、長くなりそうだ。




