90 空からくる異変
「シェフ……?」
ボクの背後に、アイナさんとキッカさんがいる。
飛ぶ斬撃を追い越して受け止めたのだから、当然と言えば当然だ。
あ~ぁ、お腹の音、聞かれちゃった。
……死にたい。
こうならないように、ずっと注意して生きてきたのに。
誰にも聞かれないように。
絶対に鳴らさないように。
力を使わず、逃げて、隠れて、平穏に暮らしてきたのになぁ。
仕方なかったとはいえ、お腹が鳴っちゃった。
ボクのお腹の音は特殊で――
ヤツらは、それを聞き逃すことはない。
それは、すぐに『異変』として現れた。
空気が、一瞬で澱んでいく。
呼吸するのが嫌になるくらいに、濃密な――『闇』のニオイが漂い始める。
「な、なに……この異様な空気……」
キッカさんが口を開く。
突然変わった世界の空気に、微かに怯えるように。
「え……なんで……空が……」
日が落ちて、空は暗くなっていた。
薪組が燃える炎で赤く照らされ、この付近では幾分見えにくくなってはいたけれど、見上げれば満天の星空が見えていた。
それらがすべてなくなった。
完全なる闇に飲み込まれていく。
空に亀裂が入り、ひび割れた隙間から闇が這い出して来る。
黒をも飲み込む闇。
光の存在を許さないとばかりに、世界を飲み込んでいく。
「……うっ!?」
アイナさんが短く呻き、自身の体を抱きすくめる。
「……なにか、来るっ」
その声は掠れて、微かに震えていた。
あぁ、やっぱり、来ちゃったか……
「お二人とも」
「は、はい!? ……なに?」
咄嗟に大きな声が漏れたキッカさんが、平静を装うように言い直す。
そんな声も上擦っている。
「【歩くトラットリア】へ、避難してくれますか?」
可及的速やかに。
「ウチの家族なんて、紹介したくもないので」
あんな連中、大切な二人には見せたくない。
「家族……」
アイナさんの呟きに、焦りを感じる。
早く避難してほしい。
連中は、話が通じないとかいう次元の生き物ではない。
「急いでください。……食べられちゃいますよ?」
ボクが言った瞬間、空の亀裂が大きく口を開く。
そこから濁流のように漆黒があふれ出してくる。
なんなんだろうね、あの世界に充満してたあの闇。
こっちの世界では一度たりとて見かけたことがない、おぞましい空気。
それが、流れ込んでくる。
この世界を、穢すなよ――バカ親父。
「エックハルト」
空の裂け目に立つ男が、ボクの名を呼ぶ。
十年ぶりくらいに聞くその声は……頭が割れそうなほど、聞く者の脳を揺さぶった。
「うるさいよ、クソ親父。声、デカいんだよ」
思わず悪態が零れていく。
脳に直接話しかけるのやめてくれるかな?
すっごく不愉快。
「ようやく見つけたぞ、次代の王よ」
十年経っても変わらない。
このバカ親父は、同じことしか口にしない。
「耄碌したなら、さっさと引退して、片田舎で家庭菜園でもやって隠居したらどうですか?」
こいつの作った野菜なんか、死んでも口にしたくないけれど。
「あれって……」
背後で、キッカさんの震える声が聞こえてくる。
マズいな、呼吸が乱れている。
落ち着いて。
ニンゲンがヤツを見ると恐慌状態に陥るって言うけど、そんな大したヤツじゃないから、あんなクソ親父。
「怖がらなくて大丈夫ですよ。あんなの――」
ボクの父親なんて――
「――ただの、魔王ですから」
ホント、二度と会いたくなかったよ、クソ魔王。
こんなシーンの後で何ですが、
『スキルマ剣姫と歩くトラットリア』の
OPアニメーションを作ったので、是非ご覧ください
【架空アニメOP】
スキルマ剣姫と歩くトラットリア『扉のむこうで、きみと』
https://youtube.com/shorts/BYYX8sIMHFU
【架空アニメCM】アイナVer.
https://youtube.com/shorts/PxsL1AUJ2FQ
【架空アニメCM】キッカVer.
https://youtube.com/shorts/nnUEO6Yy4kI
※諸事情にしょり、キッカとグロリアが『特盛』です




