65 バナナオレ
『ミサキ』さんの優しさパックには、材料だけでなく、調理器具まで準備されていた。
至れり尽くせりだなぁ。
というわけで、ある程度の下ごしらえを歩くトラットリアの厨房で済ませた後、それらの道具を持って外に向かう。
お師さんにバナナオレを届けてあげよう。
きっと喜ぶだろう――
「呼んだかの?」
「ふぉうっ!?」
ドアを開けたらカエルがいた。
危うく踏みかけた。
「いや、踏んどる、踏んどる。足をどけてくれんかのぅ、ボーヤよ」
あ、つい。
「……えい」
「ほっほっほっ、退ける前に一回踏み込んでくるあたり、イタズラ好きじゃのぅ、ボーヤは」
全体重をかけてみても、一切の痛痒を感じていないっぽいお師さん。
この柔らかぬめぬめボディのどこに、それだけの防御力が……
「お師さん。バナナオレ、出来ましたよ」
「ほぅ…………そうか」
大きなミルク缶を見上げて、お師さんが――泣いた。
「えっ!?」
「ん? なんじゃ?」
普段と変わらない声に、一瞬見間違えたかと思ったけれど、確かにお師さんの瞳から涙がこぼれている。
ぽたぽたと、今もなお、とめどなく。
「……泣くほど嬉しいんですか?」
「泣く? はて?」
と、自分の頬を触って、お師さんは驚いたように目を大きく見開いた。
「ぬめぬめしとる!?」
「いや、それは前から、ずっと、年中無休でそうですけども」
どこに驚いているのか……
しかし、自身の涙に気が付いたお師さんは――見たこともないような寂しそうな顔で、微笑んでいた。
「そうか……ワシもまだまだ、ということか」
ずずっと、洟をすすって、お師さんは目元を手で覆い隠す。
「すまんが、あとは任せた。歩くトラットリアのOKが出た料理なら、みなも大層喜ぶじゃろうて」
「お師さんは参加しないんですか?」
「ワシは……ちと、疲れてしもぅての」
「年寄りですもんね」
「ほっほっほっ、そういうのは普通、こっちが口にして弟子が『そんなことないですよ』と否定してくれるもんなんじゃがのぅ」
「じゃあ、やってみますか?」
「うむ。……ワシも、もう年じゃからのぅ」
「ですね☆」
「清々しい笑顔をありがとうのぅ、ボーヤよ」
ほっほっほっ、といつものように笑って、お師さんはフロアへと入っていく。
すれ違いざま、「すまんの」と、呟いて。
なんだか、らしくもなく、しおらしい。
「あ、お師さん。バナナオレ……あれ?」
遠ざかる背中に声をかけたが、さっきまで手元にあったミルク缶がなくなっていた。
もう一度お師さんの背中に視線を向けると、自身の体よりも大きいミルク缶を、楽々と担いでいるカエルがそこにいた。
「もぅ、もろたぞぃ」
いや……独り占め……
「お嬢ちゃんたちには、なにか別の飲み物を出してやっておくれ」
それだけ言って、お師さんはドアの向こうへと消えていった。
『あの人、寂しくなると閉じこもっちゃう人だから』
そんな『ミサキ』さんの言葉が、なんとなく思い出された。
……籠るのかなぁ?
一緒に感謝祭、やればいいのに。
……ぷくぅ。
「シェフ」
後ろから名前を呼ばれた。
天上から降り注ぐような清らかな声で。
「アイナさん」
「どうかしたのか?」
「いいえ、なにも。ちょっと小骨が引っかかったような違和感がありましたが、もうすっかり解消しました」
アイナさんがいれば、何も問題はない。よね☆
「運ぶのを手伝おう」
「ありがとうございます。重いですよ?」
「そういうものの運搬は得意だ。任せてほしい」
アイナさんが来てくれて、ボクの心は晴れやかになった。
さぁ、この青空の下で、盛大に感謝祭を開催しましょう!




