63 見上げた先に
「あの、もしかしてなんですが……」
と、ボクはマザーさんを見る。
「クイツクシープのお肉を『食べない』と仰っていたのは、食わず嫌いですか?」
「ふ、ふん……肉は嫌いなのじゃ。食べとぅない」
こんな、野菜も育たない大地で飢えに苦しみながら、またそんなことを……
「分かりました。では、今日を境に、皆さんにはお肉大好きになってもらいます!」
「待つのじゃ! これだけ野菜があれば皆の腹も膨れよう! 肉は、その~、あれじゃ、また今度、ど~~~してもお腹が空いて、もう泥でも砂利でもいいから食べたいくらいに飢えた時に鼻を摘まんで食べるとしよう!」
そんな目一杯我慢しなくても、ちゃんと美味しく料理しますよ!
何せこっちには、とっても頼もしい味の師匠がいますからね。
「とりあえず、これが食べられるか調べてきますから、一匹もらっていきますよ」
「ダメじゃ! そやつはアレじゃ! そうじゃ、きっと毒を持っておるのじゃ! 緑のエレエレとかを口から出すに違いないのじゃ!」
そんな、バッタやイモムシじゃあるまいし……
なんなんでしょうね、あの、虫が口から出す緑のエレエレ。
まぁ、なんでもいいんですけども。
「じゃあ、調べてきますね」
「誰か、アヤツを止めるのじゃ!」
「待って、ください、マザー!」
マザーさんの前に、グロリアさんが立ちはだかった。
ボクを背に庇うように。
「わたしも、そうとは知らず、お肉を、食べた……」
それで、さっきまで青い顔して地面に伏してたんですよね。
具合、よくなったようでよかったです。
「けど、今思い返しても、……おいし、かった」
「え……」
今、美味しいって?
「とても、美味しかった!」
やったぁ!
嫌いな食材を「美味しい」って食べてくれるって、これ、最高に嬉しいことですよ!
ありがとう、グロリアさん!
「だから、信じて、やって、ほしい! この、エロニンゲンのオスを!」
「もうちょっと言い方なかったですかねぇ!?」
エロニンゲンのオスって!?
それだと、『エロニンゲン』っていう括りがあって、エロニンゲンのメスとか……ちょっとドキドキするじゃないですか。
「グロリア……」
マザーさんが腕を組み、深く考え込む。
「そなたに、食糧の調達と調査を頼んだのはわらわじゃ。で、あるならば、そなたの言う言葉には、真摯に耳を傾けるべきか……」
「マザー!」
「信じよう……その、エロニンゲンのオスを」
「そこまで真摯に耳を傾けなくても!?」
その呼び名、定着しないといいなぁ。
「それに、その者は尊きあの方の弟子でもあるしな」
と、若干語尾にハートが付いていそうな声で言うマザー。
そう言えば、さっきから姿を見てませんね。
植物に絡みつかれて養分でも吸い取られたんでしょうか?
だとしたら、その辺一体の野菜は、もったいないけれど焼却処分しなければいけませんね。
まったく、お師さんは……周りの迷惑も考えてくれないと。
「あれ?」
どこで干からびているのかと、辺りを見渡すと、お師さんが、とある木の前でぼ~っと立っていた。
そこそこ大きな木の、上の方に成っている黄色い実を見上げるように。
「お師さん」
「おぉ、ボーヤか」
「てっきり植物に養分を吸い尽くされていればよかったのになぁと思っていたんですが、こんなところで何してるんですか?」
「願望が強く入り込み過ぎて冒頭の『てっきり』が仕事を放棄しておるぞ」
ほっほっほっ、といつものように笑うお師さん。
でも、いつものような軽薄さが薄い。
というか、寂しそう?
「これはな、バナナという果物なのじゃ」
木の上に、房のように綺麗に並んで実る黄色く細長い果実。
……バナナ。
歩くトラットリアでは見たことがない果物だ。
「これはな、ミサキ…………先代のオーナーが一番好きだった果物なんじゃぞ」
「え……」
お師さんの言葉に、ボクは驚いた。
「先代オーナーの名前って、ミサキさんって言うんですか?」
「そっちかい」
なんか、軽く突っ込まれた。
だって、ミサキって……
ボクの料理の師匠の名前と同じだったから。
「先代オーナーが、今もトラットリアにいたりはしませんよね?」
――と、ボクはお師さんに質問しようとした。
なのに、ボクの口はまるで縫い付けられたように開くことが出来なかった。
『だ~めっ』
と、そんな声が、微かに耳の奥で聞こえた……ような気がした。
「……ば、バナナって、美味しいんですか?」
「ん? あぁ、美味いぞぉ。ワシも何度か歩くトラットリアで再現できないか試してみたんじゃがのぅ……ついぞ、実現させられんかった」
お師さんに不可能なんてあったんだ!?
『常識を身に着ける』以外のことなら、なんだって出来る人だと思ってた。
「そうか……『扉』の外でないと、育たないよう封印されとったのか……小娘め」
そう呟いたお師さんは、少しだけ、泣きそうな顔をしていた。




