49話 ののしり -1-
キッカさんによるお説教を、三十分間、床の上に正座して聞かされていたボクは、脚のしびれにも負けずに厨房に立ってグロリアさんのための食事を作っていた。
とりあえず、キッカさんリクエストの鶏肉のトマトソース炒めを作ってみた。
「食べ物に、罪は、ない……もぐもぐ」
すごく好意的に解釈をして、美味しいということらしい。
「罪なき、モノ、を、よこせ」
「おかわり、ですか?」
「わたしを、物乞い、扱い、か?」
「いえ、おかわりはすべての生物に許された権利ですよ」
「では、それ」
「はい」
凄まじい食べっぷりに胸がすくような思いだ。
実に清々しい。
あぁ、よく食べる人って、いいなぁ。
「エロい目で見るな、わたしの中の何かが汚れる、眼球を抉り出すぞ、乾燥したウロボロスみたいな顔をしやがって」
「それって、今生み出された言葉なんですか!? それとも、何かの教本にでも載ってるんですか!?」
後者だとしたら、そんな使いどころのない例文を載せた編集者をクビにするべきです。
……まぁ、実際今使用されたわけですけども。
「グロリア。シェフに対する暴言は慎むのだ」
「あ、大丈夫ですよ、アイナさん」
アイナさんはボクを守ってくれようとしている。
けれど、グロリアさんは本心からの悪意でそう言っているわけではない。ボクには、なぜだかそう思えるのだ。
「ボーヤは口汚く罵られることで快感を覚える人種じゃからのぅ」
「なんでこんなタイミングで出てくるんですか、お師さん。ぬか床に沈めて上から漬物石四つ載せますよ?」
悪意の塊としか思えないタイミングで現れたお師さんの発言に、グロリアさんがドン引きしている。
「へぇ~、タマちゃんって『そう』なんだ」
「そんなわけないじゃないですか」
キッカさんは面白そうにニヤニヤしている。
ウサギって、あんなに挑発的な生き物でしたっけ? もっと穏やかでふくふくした生き物だと思っていたんですが……
「……心底、キモい、な……お前は」
わぁ、心の底からの本音を吐き出されちゃいました。
目って、口ほどに物を言うんですね。嘘偽りのない言葉だってことがよぉ~く分かりましたよ、今の発言。
「ほっほっほっ。ボーヤはの、そうやって罵れば罵るほど喜んでしまうのじゃ」
「まだ言いますか、その口は。千枚通しでまつり縫いしますよ?」
どうしてお師さんには口があるのだろう。
なくても誰も不幸にならないのに。
「う、嬉しい、のか……お前は、こんな、のが?」
「誤解ですよ、グロリアさん。このカエルの言うことは話半分で聞いてていいですから」
「話、半分…………『口汚く罵られることで快感を覚える』と『罵れば罵るほど喜んでしまう』の、半分………………ド変態か、貴様!?」
「100%ろくなこと言ってない人の話って、半分でもろくでもないんですね! 新発見ですよ!」
どうしよう、ボクの人生の足枷にしかなっていないです、ボクのお師匠様は……
「あんまりボーヤを喜ばせ過ぎると、いつしか恋心が芽生えるやも、しれんのぅ」
「また適当なことばっかり……」
罵られ続けて芽生える恋心って、それもう、さっき捨てられたボンテージを着た女王様に跪くブタさん状態でしょうに。
さすがにボクはそこまでの領域には………………ん?
「あ…………あぅ……あ…………」
なんか、グロリアさんがボクを見ている。
大きく開いた口を、微かに震わせて。
大きな目をうるうるさせて。
そして何より――顔を、真っ赤に染めて。
「わ、わた……っ」
わた?
「わたしを、好きに、なんて、なるなぁー!」
ブォウッ――と、熱風がボクの顔に吹きつける。
グロリアさんの口から吐き出された大量の息は、布団乾燥機ほどの熱量を持って、風速40メートルほどの威力で吹きつけてきた。
……に、人間の姿でも、ブレスが吐けるんですか、ね?
幸いなのは、炎ではなく、ただの温かい風だったことだろうか。
髪の毛は、もっはもはになりましたけれど。
「むきゅぅ……」と、グロリアさんは両手で顔を覆って背を向けてしまった。
耳の先まで真っ赤だ。
とんでもない誤解なんだけどなぁ……
むしろ、なんか申し訳ない。




