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スキルマ剣姫と歩くトラットリア  作者: 宮地拓海


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46話 揺れる…… -4-

 シェフは本当に、大きな胸が嫌いなのだな。


「はぁ……」


 重いため息が漏れる。

 それを聞かれないように、慌ててドアを閉める。

 部屋に戻ろうと振り返ると――


「おやおや、お嬢ちゃん。ため息はよくないのぅ。幸せが逃げるぞぃ」

「――っ!?」


 ――お師さんがいた。

 危うく踏みかけた。……危なかった。


「お師さん。いきなり出てくると危ない」

「体のサイズはどうにもならんでな、配慮しておくれ」


 確かに、それは仕方がない。

 わたしの胸がしぼまないように、お師さんの背丈も伸びたりはしないのだ。


「なので、仮にうっかりパンツが見えてもご愛嬌じゃの」

「――っ!?」


 慌てて飛び退く。

 足元に、あのサイズのお師さんに、あの角度で見上げられると、見えてしまうかもしれない。

 そうなれば、わたしはお師さんと結婚を……


「お師さんは好きだが、それは無理だ!」

「生理的に無理とか、面と向かって言うもんじゃないぞぃ」

「生理的にとは言っていない」

「顔が言ぅておるんじゃ」


 ふむ……顔が…………それは否定出来ない。

 なぜなら、わたしは自分の顔を今この場で確認することが出来ないから。


「まぁ、安心せぃ。見えてはおらなんだからの」

「そうか……」


 ほっとした。

 このカエルのパンツは、お師さんに見せるために買ったわけではないのだ。


「では、誰に見せるためなのかのぉ?」

「――っ!? い、いや、別に……!」


 そ、そもそも、見せるための物ではなく、むしろひた隠しにするために購入したようなものだ。

 ……ただ、シェフが……お師さんとすごく仲がいいから、もしかしたらカエルのガラとかが好きだったりするのではないかと、ふと脳裏をよぎったりしただけで……そう思っていたら、いつの間にか買っていただけで……


「見せるような予定はない!」

「凄まじい意気込みじゃが、それが普通なんじゃぞ」


 そう、普通だ。

 普通でいいのだ。

 普通にしていれば……あれ?


「今、わたしの心を読んだだろうか?」

「はて、なんのことじゃ?」


 気のせい……か?

 口に出していないことに関して質問されたような気がしたのだが……


「あ、そんなことよりも、鎧を着なければ!」

「あぁ、それなんじゃがな」


 小さな体で通せんぼをするようにわたしの前に立ちはだかるお師さん。

 なぜだろう……この小さな体を越えて向こうへ行ける気がしない。

 お師さんが、大きく見える……


「今日は、鎧は無しじゃ」

「しかし、それでは……」


 揺れてしまって……シェフに……


「今ここで鎧を着るのは逃げじゃ。お嬢ちゃんや、おぬし、この先一生逃げ続ける気かの?」

「逃げ……?」

「苦手を克服してこそ、その先に求めるものが見えてくるというものじゃ」

「克服した、その先に……」

「目を伏せて、逃げて……おぬしは何かを得たかの?」


 わたしは、父に置き去りにされ、ドラゴンに拒まれ、人に避けられ、そうして独りになった……と、思っていた。

 けれど……逃げていたのは、わたしなのかもしれない。

 父から逃げ、受け入れてくれないドラゴンや人々から逃げ……そして――


 受け入れてくれたシェフのところに、身を置いている。

 ずっとここに居たいと、そう思っている。


 それが、これまでわたしが逃げ続けていた証拠では、ないだろうか。


「逃げていては、何も得られん。逃げたくなった時こそ、一歩、勇気を出して踏み込んでみるのじゃ」

「……一歩」

「ワシのように、残りの人生を後悔だけで埋め尽くしたくなければの」


 穏やかな声だった。

 だからうっかり聞き逃しそうになった。

 お師さんの口から出た、似つかわしくない言葉。

 ――後悔。


 お師さんは、一体何に後悔しているのだろうか……


「まぁ、本当に無理な時は逃げ出せばえぇ。じゃが、そうなった時に、逃げ込める場所になってくれる者を失わないように、今は逃げるな。お嬢ちゃんなら、分かるよの?」

「…………分か……り、たい」

「うむ。それでえぇ」


 お師さんの言う言葉は難しい。けれど、シェフやキッカからは逃げちゃいけない。そう言われたことだけは分かった。

 あの二人は、わたしの…………味方だから。


「とはいえの、不測の事態があってはことじゃ。これを装備しておくのじゃ」

「……これは?」

「万が一の時に、お前さんの後悔を防いでくれるアイテムじゃ」


 手渡されたアイテムを、わたしはじっくりと観察する。

 こんな防具は見たことがないが……お師さんの言うことなら間違いはない。

 だって、シェフがいつもそう言っているから。


「ありがとう、お師さん。部屋に戻って装備してくる」

「ここで装備すればえぇのに。なんなら、手伝ってやるぞぃ?」

「それは無理だ」

「……だから、面と向かって無理とか…………まぁ、しゃーないのぅ、お嬢ちゃんじゃもんのぅ……」


 肩を落とし…………あの辺が肩だとは思うのだが……お師さんは部屋へと帰っていく。

 その背中に、感謝の念を送っておく。

 ありがとう、お師さん。

 わたしは、逃げずに向き合おうと思う。


 わたし自身の人生と。

 そして――


 この節操なく揺れ動く、自分の胸と。






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