46話 揺れる…… -3-
「あの、キッカ……」
少し呆けてしまって、声がうまく出なかった。
だから、キッカはわたしの呼びかけに気付かず、険しい顔で言葉を続ける。
「もう、ムカつくほどでれでれした顔してさ……そんなに揺れるのが嬉しいのかっ」
固く握られた拳がテーブルに打ちつけられる。
だが、さすがは無敵の【歩くトラットリア】。木製のテーブルなのに、キッカの一撃にびくともしない。
いや、そんなことよりも……
「キッカっ」
「え? なによ?」
声を出そうと必死になり過ぎたのか、キッカが少し驚いたような顔でこちらを向く。
でも、あの……だって、それは仕方がないことで。
理解が出来なくて……
「シェフが、気に入っている?」
そう、言ったのだろうか?
「そうよ」
「このドレスを?」
「そう」
「わたしが着ていても?」
「そうだってば」
キッカがすべてを肯定する。
シェフが、このドレスを気に入っている、と。
「とても、そうは思えないのだが……」
「え? なんで気付いてないの? あんなあからさまに嬉しそうな顔してるのに」
嬉しそうな顔…………はて?
「あんた、タマちゃんの顔、ちゃんと見てた?」
それはもちろんだ。
「シェフは、バニーの尻尾がまん丸で可愛いからだろうと思うのだが、キッカのお尻を何度もじっと見つめていた」
「……そんなことしてたのか、あの男…………」
再び、拳が固く握られる。
あれは……ガッツポーズ?
「とにかく、今日はその格好でいなさい。その方が、タマちゃんも喜ぶから」
「シェフが…………喜んで、くれる、のだろうか?」
「間違いなくね」
「……そう、か」
それなら、この格好でいよう。
シェフが喜んでくれるのなら……
「アイナさん!」
勢いよくドアを開け、シェフがホールへと入ってくる。
もう、具合はいいのだろうか。
不安になって、思わず、駆け寄る。
「シェフ、具合は……」
駆け寄ったせいで、また、胸が揺れる。
そして、揺れたせいだろう……シェフの目が胸へと引き寄せられていく。
胸の揺れと一緒に、シェフの首が上下する。
そして……
「あの、アイナさん。鎧とか、着ませんか?」
…………煩わしい揺れを、鎧で固定しろと、言う。
「……うむ。わたしも、ちょうど、そうしようと思っていたところだ……」
なぜか、心が重い。
胸の中が空っぽになったみたいで、苦しい。
空っぽになったのなら、しぼめばいいのに。
「この……タイミング激悪男!」
「どぅっ!」
キッカが手のひらを開いて揃えた指をシェフの脇腹へと突き刺す。手のひらを上にして。
キッカ曰く、「でゅくし」という技らしい。
「……い、痛いです、よ……キッカさん」
「誰が悪いの?」
「え……っと、力加減を見誤ったキッカさんが……」
「ん?」
「…………ボク、です、か?」
「……ん」
キッカが短い声を漏らしてアゴをしゃくる。
それを見て、床にうずくまるシェフがわたしへと視線を向け……表情を強張らせた。
「あっ、いや……ち、違うんです、アイナさん!」
そして、慌てた様子で立ち上がり、困ったような、少し泣きそうな顔で、わたしに言葉をたくさん送ってくれる。
「そのドレスはもちろん素敵で、ボクとしては毎日見ていたいなぁってくらいなんですけども、鎧姿のアイナさんも素敵、というか、凛としてカッコいいというか…………よくよく考えたら、アイナさんの鎧姿って本当に絵になりますよね。どっかの画廊に置いてないですかね? そしたら即買いするのに。それで、部屋に飾って寝る前と起きた直後にちゅ~……いえ、なんでもないです、忘れてください!」
忘れる?
なにを?
どれを?
「と、とにかく! 鎧姿もドレス姿もとても魅力的で素敵だと思うんですが、その、なんと言いますか…………グロリアさんの里へ行くとなるとですね、きっと、あの……男性の方もいるでしょうし、その、そういった方の前に、こんな素敵な格好のアイナさんが出ていったら大変なことになるというか、変態が群がるというか……あの、つまりですね!」
ぐいっと、身を乗り出し、シェフが真っ直ぐな瞳で言う。
「パンツを見せるなら、まずボクに……!?」
シェフの言葉は、そこで途切れた。
キッカが、そしてグロリアが、シェフの後頭部を○○○○した。
……あれ?
○○○○した。
……ん?
『○○○○』…………
『○○○』…………
『○○、○○○』…………
『ぽかり』……あ、言えた。
二人が、シェフの後頭部を『ぽかり』した。
「剣姫、鎧着てこようか?」
「その方が、いい、と思う、わたしも。賛成、大賛成」
「う……うむ……?」
なんだか、鎧推奨派が増えた。
やはり、鎧が必要なようだ。
「では……、着替えてくる」
立ち上がり、従業員用のドアへと向かう。
自室へ戻って鎧を着てこよう。
「あぁっ、でも、ドレスもやっぱり捨てがたい! ふわふわがっ、ひらひらがっ!」
「黙れ、このしゃべる18禁!」
「存在自体がセクシャルハラスメントだな、この煩悩オールコンプリートめ!」
「キッカさん、それは酷いです……そしてグロリアさんは相変わらず罵詈雑言だけはすらすらと出てきますね!?」
そんな賑やかな会話を耳に、わたしはドアをくぐる。
妙に、ふわふわした気持ちで。
……そうか。
このドレスも、素敵なのか。
よかった、シェフに嫌われているわけではなくて。
普段の鎧姿も褒めてもらった。
そんな風に思っていてくれたなんて、知らなかった。
だから、きっと。
きっと、シェフは…………揺れるこの胸だけが好きではないのだろう。
本文中、
著しく残酷な表現があり、一部伏字になっております。
『○』の数は適当ですので、好きな言葉を当てはめてご想像ください。
なお、サブタイトル『揺れる……』に続く言葉は
『心』ですよ。
決して胸では……ないとは、言い切れないところが悩ましい。




