38話 『鬼』と呼ばれた少女 -4-
キッカは、やや呆れたような、投げやりな口調で続ける。
「交渉は当然決裂。ドラミルナの連中は使節団に刃を向けてきたのよ。『ドラゴンの利益を横取りする気だろう』って」
「……話し合いの通じないタイプのお国柄なんですかね」
「かもね。選民意識っていうのかな? とにかく、『気に入るか気に入らないか』でしか物事が判断出来ない連中だったわ」
キッカが何かを思い出して不機嫌そうな顔をする。
シェフも、それに釣られるようにため息をついた。
防具屋でシェフに絡んだ四人組も、ヘビーアーマー売り場に、シェフのような可愛い人がいたことに憤ったのだろう。
ヤツらは、あの重装を纏うために膨れ上がるまで筋肉を鍛えていて、それを誇りに思っているような人種だから。馬鹿にされたとすら、思ったかもしれない。被害妄想だとしても、それだけでヤツらがシェフに難癖を付けるには十分過ぎる理由となる。
「あの、キッカさん。『だったわ』って……まさか?」
「うん。わたしも、その使節団に参加してたの。まだ駆け出しだったからあまり目立ったことはしてないけどね」
少し照れくさそうに、おどけてキッカが言う。
使節団というと、あの時たしか…………そうか、あそこにキッカもいたのか。
ほんの一瞬だけ、視線がぶつかった。
けれど、何を言うこともなく、キッカはまた難しい表情を見せる。
「ドラミルナって、嫌な国なんだけどホンット強くてさ……特に、向こうは砦に立て籠もってるからこっちはお手上げ状態。交渉決裂かぁ、って思ってた時に――剣姫が現れたの」
わたしは、一人で砦に乗り込み、そして砦を破壊した。
「尋常じゃなかったわよ、あの時の剣姫は」
何かを含むような笑みを浮かべるキッカだが、微かに、口の端が引き攣っていた。
「ドラゴンの群れを押し返す大軍勢が、たった一人の剣士によって敗北を喫したのよ。それも、全員無傷で」
いや、怪我人はいたと思うのだが……
「これがどれだけ異常か分かる? 相手を無傷で制圧するのって、十倍くらいの力量差がないと無理なのよ。力が拮抗してたら手加減なんか出来ないもん」
いや、そんなこともないと思うが……
「それを、剣姫はやってのけた。砦に立て籠もっていた三百もの軍勢を、たった一人で……たった一晩で…………ね」
いや、昼過ぎから深夜までだったので『一晩』という表現はどうかと……
「あんた、一言もしゃべってないのに、なんでさっきから小首傾げまくってんのよ!? いいのよ、細かいところは! だいたいのところが伝われば!」
「そ、そう……なのか。すまなかった」
「でね!」
バン! と、カウンターを叩いて、キッカが再び話し始める。
「決着はあっさりついて、剣姫と敵対していたドラミルナの兵士たちと、あたしと一緒にその戦いを傍観していた部隊の連中がね、剣姫の強さを『鬼のようだ』って言い始めたのよ」
そうか……
「そこが始まりだったのか……」
「あんた、知らなかったの!?」
「気が付いた頃には『剣鬼』と呼ばれていたから」
「はぁ……のんきね。いや、あんたらしいけど」
それ以降、いくつかの町で『鬼』と呼ばれた。
キッカが一緒だったという使節団の話が伝わったのだろう。
「ドラミルナの連中が腹いせに悪評を振りまきまくったのよ。『魔獣に荷担して人間を襲う鬼がいる』って」
魔獣に荷担して……か。
それは、あながち間違っていない。
「確かに、わたしはドラゴンたちを守るために砦を破壊した。恐れられても、仕方がない…………わたしは、『鬼』だから……」
数千、数万人の人間に恐れられる『鬼』、それがわたしだ。
生まれた時に、殺すことを使命として与えられた、鬼の子……
「だから、わたしはあの町の収穫祭へは行けない。わたしが行くことで多くの者が嫌な思いをする。わたしには、収穫祭を楽しむ資格は……」
「やりますよ、収穫祭」
「……え?」
カウンターの向こうから、シェフがわたしを見つめていた。
自信に満ちあふれた顔で。
楽しそうな顔で。
思わず、甘えてしまいたくなるような、頼もしい顔で。
「まずはご賞味あれ」
そう言ってシェフが取り出したのはリンゴ。
ただし、赤い何かをまとった、棒に刺さったリンゴ。
「リンゴ飴っていう、お祭りの定番料理です」
「りんご、あめ?」
「えぇ。かじりついてください。はい、キッカさんも」
リンゴ飴を手に、キッカと顔を見合わせる。
そして、言われたとおりに、赤く輝くそれにかじりつく。
「…………甘い」
とても甘い。
外のカリカリした部分がすごく甘くて、その中のリンゴがほどよく酸っぱくて……爽やかで、美味しい。
「アイナさんが正しいと思って行動した結果が、あの町の現状なのだとしたら、そんな町のお祭りになんて参加しなくていいです」
言い切って、そしてにっこりと歯を見せて笑う。
「ここでやりましょう! 【歩くトラットリア】の収穫祭を!」
初めて会った時に、わたしの心を救ってくれた時のように……
「メチャクチャ楽しい収穫祭にして、アイナさんが全然間違ってなかったってことを、ボクが証明してみせます!」
……優しい笑顔。
その笑顔を見て、わたしは………………
「アイナさん……?」
「……うん。収穫祭…………やりたい」
……泣いていた。
シェフの顔をもっと見たいのに、出来なくて、悔しくて……また、泣いた。




