38話 『鬼』と呼ばれた少女 -3-
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手が、震えている。
もし、わたしの過去を知られたら……彼らと同じような目で、見られてしまうのだろうか…………
「アイナさん。とりあえずは普通に剥いてみました」
目の前に綺麗に剥かれたリンゴが置かれる。
視線を上げると、優しい笑顔がそこにあった。
いつもここにある、いつもそばにいてくれる、シェフの笑顔が。
それを、失いたくないと思ってしまうのは、わがまま――なのだろうか。
シャク……っと、リンゴが口の中で音を立てる。
不安な気持ちと一緒に飲み込もうとするが、リンゴがなくなっても不安な気持ちだけが残った。
怖い……
話したくない……
けれど……逃げるわけには、いかない。
「シェフ……わたしは…………」
指先が震え、リンゴを落としそうになる。
話し終わるまで、リンゴは食べられそうにない。
……話し終わった後、まだわたしが食べてもいいリンゴが残っているかは、分からない。
「わたしは、シェフの料理が……出してくれる物すべてが……好きだった…………」
もしかしたら……もう二度と…………
と、突然後頭部を殴られた。キッカに。
「なに過去系にしてんのよ。順番が違うでしょ」
「……う、うむ……」
キッカの言うとおりだ。
まずは話さなければ……わたしが『鬼』と呼ばれるようになった理由を。
唐突に名残惜しくなって、半分残ったリンゴを口の中へと放り込む。手掴みで。
「……落ち着いて食べなさいよ」
呆れたような声で言った後、キッカの手がわたしの髪を撫でた。
優しく、ゆっくりと。
「誰も、逃げやしないからさ」
そんな言葉に、少しだけ勇気をもらった。
…………逃げないかどうかは、分からないけれど。
「わたしは、人と話すのが苦手で……上手く、説明出来るかどうか分からないのだが……」
「いいから。あんたの言葉で、あんたの間で、思ってることを話しなよ」
「…………うむ」
キッカの声が背を押してくれる。
キッカが隣にいてくれれば、わたしはきちんと話せる気がする。
……シェフに嫌われてしまうかもしれない、こんな話を…………
「わたしは、ドラミルナの砦を壊したことがある…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「………………シャク、もぐもぐ」
「終わりなの!?」
「……シャク」
「リンゴ食って返事してんじゃないわよ! もうちょっとあるでしょう? 詳しい説明が!」
「えっと…………砦を、『バーン!』と壊した」
「そこの説明要らないわ!」
なんだか、キッカが立ち上がって憤っている。
うむ……どうやら、わたしの言葉と間では伝わらなかったようだ。
「あぁ……もう。あたし、事情知ってるから、代わりに話そうか?」
「いや、そこはわたしの口から」
「あんたの口で説明してたら来年の収穫祭が来ちゃうわよ」
「のんびりいこう」
「のんびり過ぎるわ!」
怒られた。
きっと説明が不足しているのだろう。
しかし、あの町の人間に恐れられているのは、ドラミルナ王国の砦を破壊したからで……なら、説明はそれ以上しようがないと思うのだが……?
「タマちゃん。さっきも言ったように、ドラミルナはドラゴンを狩って大量のお金を得ていた国なの」
「はい。そう言ってましたね」
「でね、お金ってさ、あってもあっても欲しくなるものじゃない?」
「そう……なんですかね? ボクにはピンときませんけど」
「そりゃタマちゃんはね……でも、他の、ごく普通の人間はタマちゃんとは違うの」
カウンターの向こうで何かを作りながら話を聞いているシェフ。
さっきからずっと何かを作っている。
甘い香りと、香ばしい香りが漂ってきている。
「もし、ドラミルナの人間がもっともっとお金が欲しいって思ったら、どうすればいいと思う?」
「えっと……もっとたくさんのドラゴンを狩る……ですか?」
「そう。で、そんなことを建国以来百何十年もやり続けてきたらさ……ね? 分かるでしょ」
「あ……ドラゴンが」
「そう。絶滅の危機に瀕したの」
ドラミルナのドラゴン狩りは本当に凄まじかった。
的確に、確実にドラゴンを狩っていく。
それは、巨大なドラゴンも幼いドラゴンも例外なく。
「それで、別の国からドラゴン狩りをやめさせるために使節団が派遣されたの。せめて幼いドラゴンを狩ることだけでもやめさせるために」
ドラゴンの部材はお金になる。
だから、どこの国も「ドラゴンを狩るな」とは、言えなかった。
自国でもドラゴンの部材を使った物を大量に必要としているから。
だが、あの時はもうすでに「子供だけは見逃す」なんてレベルでは対応しきれない段階にまで来てしまっていた。
猶予はもう、なかったのだ。




