36話 おへそと頬と -3-
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何をしたんだ、ボクは!?
ア、アイ、アイナさんの、ほ、ほほ、ほっ、……おほっぺたに! おタッチを!?
……ダメだ。「お」をつけて丁寧に、心持ち可愛らしく言っても、どうあがいても痴漢行為を正当化出来ない。可愛らしいおふざけみたいなところに落とし込めない……っ!
お師さん、ボク……捕まるかもしれません。
違うんです。
言い訳をさせてもらえるなら、ボクはただ訴えたかっただけなんです。
気持ちの悪い男に触れられることが、それもほっぺたなんて部分に無許可でいきなり触れられることがいかに気持ち悪いことかを!
……あぁ…………改めて客観的に顧みると、すごくキモいことをしちゃったな、ボク……
気持ち悪い男……ボクじゃないか、それは。
「アイナさん……怒ったかな?」
「剣姫に何かしたの?」
「うひゃああ!?」
いつの間にか、背後にキッカさんが立っていた。
気配ってもんがないんですか、あなたは?
「まさか、妄想が溢れ出して、剣姫のおへそでもいじくり倒したの?」
「そんなことしてたら、ボクはもうこの世にいません!」
「いや、さすがに剣姫でも、おへそくらいで命まではとらないでしょ」
「満たされ過ぎて成仏します!」
「死ぬ前に成仏って概念捨てなさいよ、いい加減」
呆れ果てて精も根も尽き果てたみたいな重たい溜息を吐かれてしまった。
もし、キッカさんがストレス性の胃炎になったら、原因の一割くらいはボクかもしれない。
「いつも軽めのご迷惑をおかけして、すみません」
「タマちゃん。自分には結構甘いんだね。……軽くないから、全っ然」
いや、そんなことはないはず…………ない、はず。
「それはそうと、タマちゃん。いい物見つけたんだ」
にこにこ顔でキッカさんが差し出してきたのは、バニースーツ。
えっ!? こんな物がこの世界に!?
これって、お師さんのコレクションの中にしか存在しない架空の衣装だと思ってました!
……で、これを持ってきたってことは、まさかキッカさんがこれを…………
「タマちゃんに似合うかと思って」
「そんなわけないでしょう!?」
似合いませんよ!? 似合っても嬉しくないですし! そもそも着ませんし!
「どうせなら、キッカさんが着てくださいよ。これ、脚が綺麗に見える衣装なんですから」
「は、はぁ!? な、なに言ってんの!? なんであたしがこんなの着るのよ!? おかしいでしょ、常識的に考えて!」
「ボクが着る方が非常識だと思いますけど!?」
「だ、大体、タマちゃんはすぐ脚とかおへそとか……エ、エロいのよ!」
「そんな、お師さんと同じカテゴリーに入れないでください!」
「一緒じゃない! 踏ん付けるわよ!?」
「それで料金を支払おうと思うのはお師さんだけですからね!?」
あぁでも、素足だったら…………いやいや。待つんだボク。
まだお師さんのエリアに足を踏み入れてはいけない。……元の世界に帰れなくなるぞ。
「そ、そういう目で見るの、いい加減やめてほしいわね」
「いえ、そういう目では見てないですよ」
ドキッとしたりはしますけれど、お師さんみたいな目では、決して見てないです。
「……剣姫は?」
「そ、……それは…………」
すみません。たま~に、だけ。
「…………」
「あ……あっ、そういえば、新製品のアレ、入荷したか見てこようかなぁ~……」
「どれ? 何を見に行くの? ついていこうか?」
……くっ。やはり魔王相手に『にげる』コマンドは通用しないか……っ!
「……は~ぁ。ビキニアーマーでも着てやろうかしら、本当に」
「え!?」
キッカさんの発言に、思わず大きな声が出てしまった。
「な、なによ。さすがにちょっと食いつき過ぎじゃない?」
「いえ、というか、キッカさんは引っかかりがありませんのでビキニアーマーなんか着たら大変なことに……大変なことになりそうなのはボクですよね、それも、まさに今!?」
キッカさんのネコっ毛がぶわっと広がる。
……メデューサかと思った。
「あ、あのっ、キッカ……ビキニアーマーは、ダメ……っ!」
まさに今、ボクの命が刈り取られようかというタイミングで、アイナさんがふらりと姿を現した。
ふらり……というか、ふらふらになりながら。
アイナさん……、足腰どうしちゃったんですか?
「なによ。あんたも引っかかりがどうとか言うつもり?」
「違う。ビキニアーマーを着ると、おへそが…………キッカのおへそ周りはふにふにしていて気持ちがいいから……危険」
「ちょっ!? いつ触ったのよ!?」
「寝ている時に」
「触んな!」
「毎晩」
「日課か!?」
そうか。キッカさんのおへそ周りはふにふになのか。
……で、それがなぜ『危険』?
と、そんな疑問が浮かんだところで、アイナさんと視線がぶつかった。
「ひぅっ」
短い声を漏らし、アイナさんが先ほどのオシャレなドレスで顔を覆い隠す。
「あ、あの、アイナさん……一体どうしたんです、顔なんか隠して……」
それってもしかして、ボクのせいですか?
ボクがほっぺたに触ったから、気持ち悪くて顔も見たくないとかですか?
変な汗が拭き出し、心臓がきしみを上げる。
「し、心配しないでほしい。これは、その……た、ただこのドレスの匂いを嗅ぎたいだけだ!」
「それはそれで心配な案件なんですけども!?」
「あの、別に、さっきのは、なんでも、ない……というか、なくもなく……じゃなくて……むぁぁあ!」
と、言いながら、ドレスで顔をごしごしこすり始める。
「アイナさん!?」
「むぁぁあ! いい香りだなぁー!」
「心配の度合いが急激に上がりましたよ!?」
なんだか、アイナさんが重症だ。
もしかしたら、その原因の一端はボクかもしれない。……一割くらいは。
「お客様……そちらのドレスですが」
気が付くと、お店の主らしきおじさんがボクたちの背後に立っていた。
額に太い青筋を立てて。
「か、買います……すみません」
おじさんの迫力に、キッカさんがお財布を取り出した。
アイナさんがごしごししているドレスは購入することになってしまった。
「それから、他のお客様のご迷惑になりますので、店内では『もう少し』お静かに」
「は……はい」
言葉の一つ一つに念を込めるように、おじさんがボクたちを威嚇してくる。
……この店には【歩くトラットリア】と同じ魔法がかけられているのかもしれない…………店の主の言葉には、誰も逆らえない。
結局ボクたちは、そこらへんにあった服をいくつか適当に買って、逃げるようにお店を出たのだった。




