33話 深夜の秘め事 -2-
「コップ…………」
タマちゃんは、暇さえあればコップを磨いている。
おかげでガラスのコップには曇りひとつない。ピカピカだ。
なんでも、曇りがあると飲み物の味が落ちるとかなんとか……関係ないと思うけどなぁ。気分の問題なんでしょう。
だって、コップが曇ってたって中身が一緒なら味は一緒のはずだもん。
そんなピカピカのコップを手に取り、蛇口とかいうヤツをひねる。
すると、水道ってところから勢いよく水が流れ出す。
驚くことに、ここから流れ出す水が冷たくて美味しいのよ。霊峰の清水かと思うような透明度と美味しさ。それがこんな手軽にいつでも飲めるんだから、ヤバいよね【歩くトラットリア】。どこかの王国に知られたら即占拠されちゃいそう。
ま。あたしがさせないけれど。
「……んく…………んくっ………………ぷはっ!」
生き返った。
ムカつきが、ほんの少しだけ収まった。
あぁ……もうしばらく鶏肉は見たくない。
コップを置いて……洗うのは明日にしよう。うん、きっと明日洗うから。今はちょっとそんな気分になれないくらい気持ち悪いから。ごめん、置いておく……カウンターを出ようとして、立ち止まる。
やはり、少し気持ち悪い。
「あぁ……マズいなぁ……これで剣姫に捕まったら………………明日の朝、ベッドの上は目も当てられないような惨状になっているでしょうね……二人とも」
少し、お腹が落ち着くまでここにいるか。
とも思ったのだが……お腹がいっぱいというわけでは、ない。
ただ、胸がムカムカするのだ。
胸がムカムカ……つまり、現在あたしは胸を病んでいる……胸が悪いわけで…………だとすれば、同じ部位――むね肉でも食べれば良くなるかも……
「……って! 三歩歩いたら物を忘れる魔鳥ホロッホーかっ!?」
かつて戦った魔獣に、そういう鳥がいた。
凄まじい殺気をぶつけられ、臨戦態勢に入ったら……敵があたしに敵対してることを忘れてエサを食べ始めた。
三歩歩くと忘れる魔鳥ホロッホー。
ヤツに出会った際の正しい行動は、四歩程離れる。これだけだ。
「とにかく、何か胸がすっとする物が食べたいわね」
すっとする物……果物とか…………
「あれ? そういえば……さっきタマちゃんが…………」
シードルを飲んでいる時に、そんな話が出たような気がする。
えっと、なんだっけな…………胸やけした時に、何かを食べるとすっきりするって…………えっと…………その時確か、「焼き魚と一緒に食べても美味しいですよ」って言ってたから………………ライム? いや、違う。確か……
「あっ! 大根!」
そう!
大根を食べると胸やけがすっきりするって言ってたんだ!
大根なんとか……、って言ってたような?
まぁ、大根なんだから別に丸かじりでもいいよね。
「確か、大根は残ってたはず。冷蔵庫ってのの中にあった気がする」
あたしは記憶を頼りに冷蔵庫を開く。
――ン、ヴゥ……ン……と、低い音が微かに鳴り、薄明るい灯りがつく。そして、ひんやりとした空気が流れ出してくる。
あぁ……気持ちいい。
もう、これずっと開けっ放しにしておけばいいのに。そうしたら熱い時も部屋が涼しくなるのに。風通し悪いんだもん、この店。
それが唯一の欠点だ。窓くらい付ければいいのに。……あ、無理なのか。
ものすごい速度で移動してるんだもんね、この【歩くトラットリア】は。
じゃあ、せめて、今だけでも……あぁ、涼しい。




